眠りネズミの眠れない日々









アリスは、わざと葉を踏みつけながら歩く。


(結局、踏み込んじゃってるし……)


あの後、数時間帯を経てからアリスが同じ場所へ戻ると、葉の落ちている位置が変わっていたのだ。

これは何かある、と思った。
嫌なものか良いものかわからないけれど、きっと、何かが待ち構えている筈だ。

行動を木々に見守られているような、見張られているような――そんな気がして、アリスの足はどんどん早くなっていた。


(自分でも、おかしいって思う)


何でこんなことをしているのか、自分でもよくわからなかった。

あれ以来、ピアスが姿を見せていない。
いつもなら、森に来れば、すぐ彼に会えたのに。

だから、もやもやとした気分のまま、落ち葉に導かれようなんて突拍子もないことをしているのだろう。きっとそうだ。

真っ赤な葉は続いていく。
アリスが歩くことに飽きてきた頃、ふと、葉が途切れた。


「??」


アリスの足は自然と止まった。
何も考えずにここまで歩いてきたので、いざ終わりがくると、どうしていいものやら迷う。

とりあえず、アリスは周囲を見回してみた。

ここが何処なのか見当もつかない。
こんな深い場所に、アリスは立ち入ったことがなかった。


「わ」


アリスの背ほどもある大きな茸が目に入り、アリスは驚いて声をあげた。
カラフルな――と言えば、多少は愛らしく聞こえるが――悪趣味な色をした、見るからに怪しい茸だ。


「な、なにこれ……あれ? あれは」


驚きと共に、視界にもうひとつ飛び込んできたものがあった。

アリスの上――茸からたらりとぶら下がる、長い――尻尾。尻尾だ。
この尻尾、アリスも見おぼえがある。

長く茶色い尻尾は、アリスをあやすように、ゆらゆらとだるそうに揺らめいている。


(ピアスがいる……って、この茸の上に!?)


茸の上に乗っているネズミ……メルヘンだ。


(いやいやいや、ピアス以外の可能性だってあるかもしれないんだから。だから……)


ピアス以外にも、ネズミはいるだろう。
ピアスと断定はできない。だから、尚更。


(確かめなくちゃ)


意を決したアリスは、まずは茸の周囲を回ってみた。
目の前の茸は巨大すぎる。よじ登れそうな箇所が、どこかにあるかどうか。


「あ」


アリスは足を止めた。


「……踏んでいいかな? いいよね」


階段のように、高さが違う――さあ踏んでくださいと言わんばかりに並んで生えている、小さい茸があった。

そっと、カサの部分に足を乗せてみる。
思ったよりも硬く、アリス一人が上に乗っても大丈夫そうだ。

アリスは茸の階段を、一段上った。


(茸の上に乗ってる……メルヘンだわ……)


頭が余計なことを考えてしまう前に、さっさと登ってしまうに限る。
アリスは次の茸へと踏み出した。

一歩一歩進むたびに、ふわり、ふわり、と足もとが沈む。
アリスは不思議な感覚を覚えた。たまにはメルヘンもいいかな、とすら思えてくる。

やっと最上茸(?)に辿りついた時、アリスは息を殺していた。

茸の上では、丸まったピアスが、うとうとと眠りこけていた。


(よかった。ピアスだった)


アリスはホッと安堵して、そうっとピアスの傍に身を寄せた。
茸を揺らさないように気をつけながら、静かに腰を下ろす。


(気持ち良さそうに眠っちゃって)


小憎らしい、とピアスの寝顔をアリスは見つめる。
やわらかそうなほっぺたを、つついてみたくなる。

本当は彼を起こして、一緒に話がしたい。

けれど、ピアスはあまり眠れないと聞いた。
落ち着いた眠りをとれているピアスを起こしてしまうのは、可哀想な気がしたのだ。


(綺麗な子)


ピアスが起きてる時は、ちゅうちゅう言ってそれどころではないので、今まで気がつかなかったけれど。
眠っているピアスにはどこか小動物らしさがあり、とても愛らしい。


「……可愛い」


アリスの口元は緩んだ。

ピアスは可愛い。
少なくとも、足の疲労など吹き飛んでしまう程には。

眠っているピアスは幸せそうだった。いま、どんな夢を見ているのだろう。


「ん〜〜〜……」
「!」


小さく呻きながら、ピアスが不意に寝返りをうった。

アリスは動揺しながらも、上手く避けることができたが――距離が近くなった。
また同じ方向に寝返りを打たれたら、次はアリスの膝の上だ。


(ビックリした……っ!?)


突然、ピアスが手を伸ばしてきた。
ピアスの手がアリスの腕に触れたと思った次の瞬間には、もう、アリスはピアスに抱きしめられていた。息が止まる。

――悲鳴をあげなかっただけ、上出来ではないだろうか。

硬直したアリスは、しばらくそのまま固まったままで居たのだが、静かに――本当に本当に静かに息を吐いた。
そうっとピアスの顔を見やると、彼の瞼は閉じられたままで、どうやら、これは。


「いい匂い」


ピアスはそう呟いて、幸福そうに笑う。
きゅっとアリスを抱きしめたままで。


(……なんか、抱き枕の気分……)


アリスは困り果てていた。

普通ならば、いきなり異性に抱きつかれたら、ペーターのように殴り飛ばしてしまえる。
だが、眠っている間の無意識な行動だと分かったからには、無碍に突っぱねる訳にもいかない。

それに第一、嫌ではない。
もうちょっとこのままで居たいなどという、馬鹿なことすら思い浮かぶ。

けれど、このままの状態に甘んじているわけにもいかなかった。
さっきから心臓が破裂しそうな勢いなのだ。頬も熱い気がする。このままでは死んでしまう。


「……ピアス」


アリスがそっと囁くと、ピアスの耳がぴこぴこっと反応を見せた。


「ピアス?」
「ん……」


アリスがもう一度囁くと、ピアスの瞼が重たそうに開いた。

しばし、とろんとした目とアリスは見つめあった。
ピアスは夢うつつのまま、ぼんやりとアリスを眺めている。


「……」


ピアスは緩慢な動作で小首を傾げた。
アリスは、何と声をかければいいのか分からなかった。ピアスの反応を待つ。


「……あ、の。ピアス?」
「わっ!?」


やっと頭のほうも起きたらしい。
ピアスは驚愕に目を見開くと、素早く跳ね起きた。


「!? アリス……ッ。これって、まだ夢? 夢なの?」
「夢じゃない……と思うんだけど」


アリスが控えめに口を挟むと、ピアスは更にあわあわし始めた。


「ええええええ、夢じゃないの!? 夢じゃないと困るよ! 困る! でもでも、どうして? どうして君がここにいるの?」
「落ち着きなさいよ」


――何気に、失礼なことを言われた気がしないでもない。

このネズミは、時折、こうして無意識に毒を吐く。
けれど、アリスは気にしないことにした。


(どうして、私はここにいるんだっけ)


アリスはピアスに説明しようとして、己の行動を振り返った。


「ええっと……赤い葉を辿ってきたら、ピアスが居たの。……って」


口に出して、思った。
己の馬鹿さをさらけ出しているようで、非常に恥ずかしい。


「……説明になってないわよね、ごめん」


アリスは渋面になったが、ピアスの反応は違っていた。


「赤い葉? 赤い葉っぱ?」


ピアスは意外にも、話に食いついてきた。
アリスには見当もつかないが、ピアスには何か心当たりがあるのだろうか。


「うん、赤い枯れ葉が道に落ちていて、それを」
「赤い葉っぱを辿ったら、俺のとこにきたの?」


改めて他人の口から言葉にされると、痛々しいものがある。


「そ、そう……みたいね」


アリスがためらいがちに頷くと、ピアスはしばし考えこんだ。


「そっか……」
「ピアス?」


ピアスは不思議そうな顔をしてアリスを眺めている。
眠たそうな目は、アリスを視界にいれながらも、アリスを見ていない。虚ろな瞳に、アリスの胸がざわめく。


「赤い葉は、印だよ。君がつけた」
「え? 私が?」
「そう、君が。君が印をつけた」


そこで言葉を切ると、ピアスは黙り込んでしまった。


(私がつけた? 道に葉を落として?)


アリスの頭は混乱した。
だが、すぐに否定してしまえる。


(いや、そんな覚えはないな……自然と落ちてたっていうか)


葉が先に落ちていたから、アリスが後から辿ったのだ。
断じて、先回りして葉を置いて、知らぬふりをして歩いてきたわけでは――。

……そこまで残念な子ではないと、思いたい。


「葉は、私が置いたわけじゃ……ピアス?」
「……」


真剣な顔で、彼は何を思っているのだろう。
しばらく経っても沈黙したままだったので、痺れを切らしたアリスが口を開いた。


「あのね、ピアス。私」
「!!」


ピン、とピアスの尻尾が直立する。
恐々とアリスの様子を窺いながら、ピアスは不自然な動作で立ち上がった。


「お、俺っ! そうだ、仕事! 仕事があるからっ! じゃあね!」
「え」


アリスが引き留める間もなく、ピアスは茸から飛び降りて行ってしまった。


「……なんで」


アリスは茫然としながら、小さくなるピアスの背中を目で追っていた。

ついさっきまでは、抱きしめられていたというのに。

けれど、不思議と落ち込んではいなかった。


(こうなったら、意地でも……!)


この手をすり抜けていく暖かさを、アリスが覚えていられるうちに。







それからというもの、アリスは休暇になる度にピアスを探しに出かけた。

五時間帯の休暇だから、まず森に行って、居なければ町を探そう。
頭で算段しながら、足早に森へと向かう。

ほとんど駆け足になりながら森に着くと、タイミング良く、ちょうど出かけようとしていたピアスと出くわした。


「居たっ! ねえ、ピア」
「!!!」


ピアスはアリスを見るなり、脱兎のごとく駆けていってしまった。


「……っ!」


確かに、ピアスと視線は合ったのだ。
なのに、アリスに一言もなく駆けていく。この前と同じパターンだ。


「また、逃げられた……」


そう、ピアスは逃げている。

去っていく途中で、時折申し訳なさそうに、アリスの方を振り返りながら。


(ピアスに避けられてる)


グサリ、とアリスの胸を刺した。
アリスは俯いた。鼻の奥がつーんとする。


(あの子に避けられるなんて……)


こうあからさまに避けられるのは――若干の覚悟はしていたけれど、目の当たりにすると、なかなかきついものがある。

時間帯の変化すら、どこか淀んでいるように感じられた。
いつも理屈でどうにか逃れようとする自分にしては、思い切った行動……のつもりだった。
タイミングを逃すと、次の行動まで、また踏ん切りがつかなくなるのは目に見えていたから。

もう自分は幸せな恋愛ができないんじゃないのか、と笑いだしたくなる。


(ピアスと? 私とピアスが?)


冷静になれ、と頭が勝手に諭すが、それでも、アリスは挫けなかった。


「……負けないもの」


そうと決まれば、こんなところで一人俯いていても仕方がない。

アリスは顔をあげて、空を見上げた。
鬱蒼とした木々の合間からこぼれる日差しが、やけに眩しかった。




   



===== あとがき ===

恋におちる一歩前、ぐらいのぐだぐだ部分が好きです。
あと1話続きます。