Find Out






クローバーの国へと移り変わって、はやくも数十時間帯が経過していた。
かなりの時間帯を経たにも関わらず、アリスは、よく森に入り浸るようになっていた。
正確には、遊園地から弾かれたボリスの様子を伺うために。


(ボリス……元気そうに見える、んだけど)


口では、まったく平気だという。
おそらく、彼は心から思っているのだろう。けれど。


(寂しいって、思って欲しい)


寂しいと答えてくれたなら、いくらか自分も救われるのに。
そんな八つ当たりめいた考えすら浮かぶ。

そんなアリスは、もはやクローバーの国に慣れてきている。
ユリウスやゴーランドを忘れるわけではないけれど、それでも、慣れることは罪深いことのような気がしてならない。


(悪いことじゃない、と思う)


ユリウスやゴーランドがいなくて寂しい、と思う気持ちは変わらない。
けれど、もう、グレイやピアスと別たれることも嫌だと思ってしまっている。

考えごとをしている間にも、足は動く。
門を抜けたところで、アリスは二人に捕まった。


「あれ? お姉さん、どこに行くの?」
「遊びに行くの? お姉さん」


声をかけられて我に返ったアリスは、じいっと見上げてくる二人の双眸を見つめかえした。


「ええ。ちょっと森に出かけてくるわ」


何の気なしに答えると、ディーとダムはわずかに眉をひそめた。


「森? 誰に会いに行くの?」
「ボリスに」


アリスは即答する。
アリスの気持ちにやましい事など何もないから、あっさりと答えられるのだ。

答えを聞いたディーとダムは、ますます表情はくもらせた。気に入らない。
けれど、アリスは他事に気をとられていて、二人の変化に気がつけない。


(もう、門まで来てたんだ……道が変わってなければいいんだけど)


引っ越したばかりの頃は、たまに道が変わっていたりすることがあった。
まだ土地が不安定だから、とブラッドは言っていたような気がする。

最近は定着しつつあるのか、滅多にそういうことは起こらなかった。だが、油断は禁物だ。


「最近よく出かけてるよね、お姉さん。いつも森に行ってるの?」


声音には咎めるような響きが含まれていたが、アリスは気づかなかった。


「うん。まぁ、約束はしてないんだけどね……二人とも、またね」


遠ざかる後姿を見つめながら、ディーとダムは揃って小さく溜息をついた。


「……んー、あんまり面白くないね」


ダムの声音には、すねるような響きがある。


「うん、面白くない。子供を放っておくなんて酷いよ」


ダムの意見に賛同しながら、ディーも不機嫌さを露にする。
そもそも、アリスが他の男に会いに行く、というだけでも許せない。許せそうにもない。
ただ、あんまりしつこく言ってアリスに鬱陶しく思われてはいけないと考えたから、自制しているだけだ。本当なら会わせたくない、というのが本音である。


「……」
「……」


ここのところ、アリスはボリスにかまけ過ぎている。

ハートの国であった頃よりも確実に、ボリスに会う頻度が高くなっている。
そう思うのに、今日も行かせてしまった。胸に苦い思いが広がっていく。


「ねえ、兄弟」
「どうしたんだい、兄弟」


どうする、と互いに視線を交わしあう。その瞳は、子供らしさの欠片もない。


「お姉さんを、僕らの手に取り戻そうよ」


だって、アリスは自分たちのものなのだから。ダムは大きく頷いた。


「そうだね。お姉さんてば、最近かまってくれないし……。僕らは子供なんだから、たくさん遊んでくれなくっちゃあ」
「そうそう。お姉さんは、僕らと一緒に遊ばなくちゃいけないよ」


問題は、ボリスもアリスを好きなことだ。
自分たちに比べれば程度は浅いと思う。今は、だが。

ディーとダムは、アリスでなければならない。
けれど、アリスはそうではないのかもしれない。

時々、そんな風に思うことがある。


「僕らはお姉さんが好きなのに」
「なのに、お姉さんは僕らだけじゃ足りないのかな」


ディーとダム、という存在は、世界にとって特別なものではない。
顔なしのカードに比べれば、よほど地位は確立されてはいるものの――役持ちは、代えのきかない存在ではない。

自分たちは同じものなのだから、愛される可能性は、他の役持ちの誰にだってある。
最も近しいのは自分たちだという自負はあるけれど――自分たちが特別ではない事を、ディーとダムは気づいている。

そうなってはたまらない、とディーとダムは拳を握り締めた。

何故、アリスはボリスに会うというのだろうか。
何故、時計屋やオーナーと別たれたからといって、アリスは沈んでいるのだろうか。


「不思議なことを言うよね、お姉さんって」
「うん。僕らにはよくわからないけど」


彼らとアリスは友人だった。そのことは認めよう。

けれど、彼らは一番ではない。
アリスの一番は、自分たちの筈だ。自分たちが貰う。

けれど、それでもきっと、二人さえ居ればいい、とアリスは思ってはくれない。

二人は、アリスの『一番じゃなくても大切である』という感覚がさっぱり理解できない。
だから、ちょっとしたことでも勘ぐってしまう。今のように。

ああ、これは誰がどう考えたってアリスが悪い。

だから、自分たちはもっとアリスにつけこんでも許される。だって、子供だから。


「お姉さんに遊んで貰おうか、兄弟」
「そうしようか、兄弟」


刺すような視線のまま、ディーとダムは口元だけで、にっこりと笑った。



× × × × ×



空には、清々しい青空が広がっている。
今は仕事もなく、ただ時だけが流れていく。
威嚇のためだけに門前に立っている二人は、退屈で仕方がなかった。


「ディー、ダム」


声にふり向いて期待どおりの姿を確認すると、ディーとダムの表情は、ぱっと明るくなった。


「こんにちは、お姉さん。今日もお出かけ?」


ダムが問いかけると、アリスは小さく首を振った。


「ううん、今日は外に用事はないわ」
「あー、暇なんだ? お姉さん」
「暇……というか、あなた達に会いに来たの。仕事中なのにごめんね」


アリスが申し訳なさそうに呟くと、ディーとダムは笑顔で頭を振った。


「ううん、嬉しいよ、お姉さん!」
「うん、すっごく嬉しい。お姉さんが会いにきてくれた」


建前でもなく手放しで喜ぶ二人を見て、アリスの口元は緩む。
物騒ではない時の二人は――少年っぽさを見せてくれる二人は、とても可愛らしい。


「もう少し、仕事が忙しかったらいいんだけど」


臨時の手伝いが必要ないということは、いまは勢力争いもなく、平和だということだ。
だから、平和上等なアリスには、おおっぴらに文句はいえない。

アリスが零すと、ディーとダムは不思議そうに目を瞬かせた。


「えー……お姉さん、仕事がしたいの?」
「仕事が好きなの? お姉さん」
「好き……そうね、好きだわ」


もともと仕事は好きである。
けれど今は、気を紛らわせる、という意味あいが強い。
仕事が忙しければ、考えなくて済むからだ。


「へー、お姉さんって変わってるね」
「うんうん。お姉さんは、お客さんでもいいのに」


気後れすることなど、何もないのだ。
それでは落ち着かないというから、アリスにも仕事を割り振っている、とブラッドは言っていた。
ただでさえ気うつな今、そう仕事を詰めることが良いことだとは思えないけれど――と考え、ディーは閃いた。


「あっ、そうだ! ねえ、お姉さん。もっと仕事がしたいんなら、僕らと一緒に門番をやらない?」


常々、アリスが不安定な今、できるだけ近くに居たいと思っていた。
ずっと一緒に居れば、アリスの気持ちを紛らわしてあげられる。
うまく誤魔化して、隠して、守ってあげられる。


「ああ、それは良案だね。兄弟」


アリスにとっても、自分たちにとっても。
ダムの声も、自然と弾んだものになる。ディーは得意げに頷いた。


「でしょう。そうしたら、仕事中もお姉さんと一緒にいられるんだよ」
「それ、すごくいいね。お姉さんと一緒なら、僕、すっごく頑張れる気がする。ボスにお願いしてみようかな」
「も、門番は無理っ!」


アリスは顔を引きつらせながら、慌てて首を振った。

彼らの――門番という仕事を、目撃したことが何度かある。
アリスがあれを行うには、無理がありすぎる。

そう返すと、ダムは不満そうに口をとがらせた。


「えー。そこは何とか、愛の力で乗り越えてみようよ、お姉さん」
「そうそう。努力したら何とかなるかもしれないよ。それに、怖いなら僕らが守ってあげる」
「ならないと思う……」


そもそも、門番に守られる門番など、論外だろう。


「ありがとう、気持ちだけで十分よ」


とりあえず、お礼を告げておくことにした。
彼らなりに考えてくれた、ということには違いない。


「仕事をしてないと、何だか手持ち無沙汰で……困るわね」


ふう、と軽く息を吐く。
ディーとダムは、しばらく考えこんだ。


「んー、分かる気はする。お姉さんも、役割がないと落ち着かないんだね」


そういう者が、この世界には多く居る。
顔なしであっても、役持ちであっても。


「そうなんだ。だから、僕らに遊んで欲しいんでしょう」
「え」


突然の話の流れに、アリスは面食らった。


「僕、仕事なんかより、大事なことってあると思うんだ」
「僕もそう思うよ。仕事なんかにかまけてたら、お姉さんが退屈で死んじゃう」
「いや、死なないから」


そんなアリスの言葉も、今の二人には届かない。


「兄弟兄弟。お姉さんを退屈させない為に、何をしたらいいだろうね?」
「うーん、難しい問題だね」


ディーとダムの会話は、アリスを置き去りにして、勝手に進められていく。


「そうだ。お姉さん、僕らとゲームをしようよ」
「ゲーム?」
「うんうん。僕ら、お姉さんとゲームがしたいな」


にっこりと同じように笑う二人は、とても可愛い。
可愛いのだけれど、笑顔の中にどこか薄ら寒いものを感じたのは、気のせいなのだろうか。


「危険なゲームじゃ、ないのよね?」


彼らの性格を鑑みるに、普通一般のゲームではないような気がする。
彼らは、危険でないと面白くない、とさえ言っていた。

だが、ディーとダムは即座に頷いて返してきた。


「うん、もちろん。お姉さんでも楽しめるように、僕ら、ちゃんと考えたんだよ」
「偉い? 偉いでしょう。褒めて褒めて」
「い、いい子ね」


ぎゅーっと抱きついてくる二人の頭を、順番に撫でてやる。

彼らの頭を撫でるのは好きだ。
彼らの、少しだけ癖のある柔らかい髪に触れると、なんだか猫を撫でているような気がしてくる。

ひとしきり撫でられた後、ディーとダムは満足そうに微笑んだ。


「お姉さんが逃げ切れたら勝ち。時間内に僕らに捕まったら、負け。わかりやすいでしょう?」
「……何をやるの?」


逃げるだの捕まるだの、アリスにとって冷や冷やする単語が聞こえた。


「えーとね、今から四時間帯、かくれんぼも兼ねた鬼ごっこをしよう」
「兼ねた?」
「うん。かくれんぼと鬼ごっこと、両方! 隠れてるお姉さんを僕らが見つけて、追いかけるんだよ」
「うん、すごく楽しそう。燃えるね」


(……それ、絶対に無理だと思う)


第一、アリスが彼らの俊足に敵うはずがない。

けれど、常日頃の物騒すぎる『遊び』と比べれば、驚くほど平和的な遊びだ。
気乗りはしないが、この遊びなら乗っても構わない。だが。


(楽しいのって、この子達だけじゃないの)


きっと、アリスだけが必死になるだろう。
斧つきで笑いながら追いかけてくる二人は、想像上だけでも、恐怖の対象にしかなりえない。
アリスを傷つけるようなことはしないだろう、と頭では理解しているものの、不安感は募る。それもそのはず、彼らには前科があるからだ。


「ルールは、時間制限だけ? 場所は?」
「場所はどこでもいいよ。敷地内じゃなくっても、どこでも」
「どこでも? ……例えば、お城でも?」
「うん、いいよ。スリルがあって面白そうだし」


ディーとダムは、あっさりと頷いた。

そろそろ休憩時間だね、とディーとダムは大きく伸びをした。
屋敷内に戻ろうとし、ふいに二人は振り返った。
大事なことを言い忘れていた、と綺麗な笑顔をアリスへと向ける。


「お姉さんが負けたら、僕らのお願いを聞いてもらうよ」
「お姉さんが勝ったら、何でも言うことを聞いてあげる」
「……それって」


何だか、とても不利な気がしないでもない。

けれど、二人の断定的な口調に、アリスは咄嗟に反論することができなかった。
それが、非常にまずかった。


「決まり! 次の時間帯が変わったら、スタートにしよう」
「そうしよう。お姉さん、僕らに捕まってね」


じゃあ後でね、と二人は屋敷内へと歩いて行く。


(ええと)


アリスは何とか思考回路を取り戻すと、話の流れを追いかけてみた。

アリスは双子とゲームをする。
逃げるのはアリス。追うのは双子。

アリスが捕まれば、おそらく――きっと、アリスはとんでもない目に遭う。

アリスが逃げきれば――。


(え、無理じゃない)


どう考えても、アリスに勝ち目は。

アリスは、ゆっくりと顔をあげた。
遠く、アリスから歩み去っていく、赤と青の二人の背中が見えた。

その後姿を呆然と見送りながら、アリスは表情を引きしめた。


「……絶対、逃げ切ってやる」


アリスは、相当の負けず嫌いでもあった。



× × × × ×



夕方に変わって、まだ見慣れない町並みが綺麗に照らされている。
石畳の先には、様々な店舗にちょっとした公園、縦横に路地もあるようだ。

アリスはふらふらと、近くの店に近づく。
店内を覗くと、色とりどりの雑貨が並んでいる。


「わぁ可愛い」


感情のこもってない声はさておき、傍目から見ると、単なるウインドウショッピング。
でも内心アリスは大いに動揺していた。


(ま、迷った……)


早速、迷ってしまった。
屋敷の門から町に来て数分。これではエースをバカに出来ない。

アリスはスタートする前の、2人を思い出す。
かくれんぼだからと、ちゃんと数を数えていた。

2人揃って門に向かい1,2と言っている姿だけは可愛いかったのに……。

覗いていたお店の人が、アリスに気付いて営業スマイルを送ってきた。
アリスもにっこりほほえみ返す。

いつまでも突っ立っていられない。

アリスは店から離れ、公園のほうに足を向ける。


(ここがどこかは、問題じゃないわ。早く隠れる場所を探さなくちゃ)


予定としてはディーとダムから逃げるため、、まずは人ごみに紛れて隠れる場所を探すはずだった。
これまでは引越したといっても、目的地は目立つ建物だし、迷った事などなかった。


(ぜっったい、捕まらないわ! でもってディーとダムに……すっごく困るお願いしてやる!)


「あれっ? アリス?」


決意も新たに歩き出したアリスは、背後から声を掛けられた。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはエースがにこにこと立っている。


「げ、エース」
「げ? ひどいなぁ。何か傷つくよ」
「ごめん、会いたかったけど会いたくはなかったの。でも会えて嬉しいわ」
「あはは。相変わらず面白いね。……ところで何してるの?」


アリスは、今の状況を説明した。


「どこか、いい隠れ場所はないかしら?」
「んー……そうだね。いいところを知ってるよ」


全く期待をしてなかったので、アリスは驚いた。


「え! どこ?」
「こっち、こっち」


アリスは促されるまま歩き出す。


「そういえば、エースはこんなところで何してたの? ハートの城に帰るところ?」
「ああ、そんなところだったかな?」
「なにそれ。適当なのね。……ビバルディやペーターは相変わらず?」


ここ最近森にばかり行っていて、ハート城を訪ねることは少なくなっていた。
暫く会わないからといって、変わるような面子じゃないだろうけど。


「相変わらずといったら、相変わらずかな。あ、でもペーターさんが、アリスが森にばっかり行くから、嘆いてたなぁ。森の害虫を駆除するとかなんとか……。怖い怖い」


そう言いながら、爽やかに笑うエース。


「ほんと相変わらず、危ないストーカーね」


近いうちにハートの城に行こう。
ペーターのことだ、冗談じゃないかもしれない。

そんな話をしている間にも、どんどんエースは進んでいく。
いつの間にか、狭い路地に入り込んだみたいで夕方のせいもあって薄暗い。


「ねぇ、どこまで行くの? もしかしてまた迷ってるんじゃないでしょうね」 
「んー? あはは」
「やっぱり迷ったのね!」


2人して迷ってどうするのよ……。
これじゃあエースについていく意味が無い。


「もういいわ。自分で探すから」
「えー……せっかく迷ってる者同士会えたのに。一緒にハートの城目指そうよ」
「それどころじゃないの。あ、ディーとダムに会っても私のこと言わないでね!」


なにを考えているか不明な爽やかな笑顔で手を振るエースと別れ、アリスは一人路地を進むことにした。



× × × × ×



「お姉さん、どこかな〜。早く見つけて追いかけっこしたいや」
「うんうん、隠れてるお姉さんを追い求めるのも楽しいけど、やっぱり本物のお姉さんがいるほうが楽しいよね」
「じゃあ、早く探そう! あ、こっちにお姉さんの気配を感じるよ」
「うん、感じる感じる〜。こっちだね」


アリスの提案で千まで数え終えたディーとダムは、街の大通りを進んでいた。
小さな体に大きな鎌という姿は目立つが、通りを歩く人達は平然としている。


「それにしても平和だね、兄弟」
「これじゃあ僕らの仕事、いらないんじゃない?」
「楽に稼げていいけどね。つまらないけど」
「つまらないけど、お姉さんがいるからいいよね」


ディーとダムにとってアリスがいなかった日々は、どう過ごしていたか分からないほど、遠くに思えた。

お金や休みは今でも大好きだ。
でもアリスがいないと物足りない。
二人はもちろんそこに、意味は見出していない。


「……うんでも今はお姉さんいないからなぁ。あ、お姉さんハートの城にいる気がするよ」
「あーうんうん。いそういそう。ちょっとハートの城行ってみよっか」


アリスがいないのはゲームだからで、自分達の提案なのに、その場しのぎの楽しみを探してしまう。どこまでも無邪気な子供思考だ。


「え? ハートの城行くの? じゃあ俺もついて行こうかな」


その声に振り返ったディーとダムは、一声も発さないまま斧を振り下ろす。


「うわっ! ひどいなぁ」


そう言いながらも、危なげなく避けたのはエースだ。


「ちょっと何勝手に避けてんのさ」
「そうだよ、ちゃんと切られときなよ」


そのまま二撃、三撃と切りつけたものの、それも避けられる。


「う〜〜ムカつくよ、こいつ。絶対殺す」
「も〜〜へらへらしてるのがムカつく。早く消えろ」


本気になったディーとダムをみて、エースは剣に手をかけた。


「俺に剣を抜かせたら、取り返しがつかないぜ?」


死ね。
……声に出さなくとも、ディーとダムを取り巻く空気を見たら、そう聞こえただろう。


「何が取り返しがつかないって?」
「勝手に言ってたら?」


いっそう激しくなった攻撃をよけつつ、エースは楽しそうに笑った。  


「アリスのことなんだけどなぁ」
「お姉さんがどうしたのさ!」
「適当なこと言ったって許さないよ!」


聞く耳持たない二人。


「いろいろきいたよ。探してるんだろ? ゲームだっけ」


エースの言葉に2人の動きが止まる。


「……」
「怖いなぁ。どこにいるか知ってるって言ったらどうする? 俺を殺したらもう見つからないかもなぁ」


人のよさそうな笑顔で、言ってる事は悪だ。


「そういうことか。……で? どうしたらお姉さんの居場所教えてくれるの?」
「早く言いなよ」


不機嫌そうに言い募る二人にエースは、「だから――」と終始変わらぬ表情で言った。


「ハートの城まで連れてってよ」



× × × × ×



路地を進むアリスは本格的に迷っていた。

エースに会うまでは、通行人もいたのに、もはや人自体見えない。
アリスは少し、エースと別れたことを後悔しそうになった。

岩壁に囲まれた狭い道は、迷路のようで、ある意味ディーとダムに見つかりにくそうではある。


「見つかりにくくても、不安でしかたないわ……」


呟いた声も、壁に吸いこまれるような恐怖感だ。


「この世界に幽霊とかいなさそうだけど、なんか出そう」


夜じゃなくて良かったと思うものの、夕闇も別種の怖さがある。
遠くに見える影が、物なのか人なのか分からない。


「あーもう、早く見つけてよ〜〜」


もう勝ち負けなんてどうでもいいと、思い始めたときだった。

 ガシャン……

何か金属っぽいものが、倒れる音が近くで聞こえた。


「な、何かしら?」


耳を澄ます。
この街には自分ひとりかというほど静かだ。
気のせいだったのか、と思ったとき――

 ズ……ズ……

重いものを引きずるような音がする。

だんだん近づいているようだ。
とっさにアリスはどこか隠れる場所を探す。
音は、アリスが歩いてきたほうから聞こえてきたので、自然進んでいたほうに、向かうことになった。

小走りで進んでいくと、だんだん道が狭くなっている気がする。
嫌な予感がしつつ道なりに右に曲がると、行き止まりだった。


「そ、そんな……」


まるでホラー映画の主人公になったようだ。
さっきまでディーとダムとかくれんぼなんて、字面らだけなら可愛い気分だったのに。

辺りを見渡しても隠れる場所は無いし、壁は高くよじ登れそうにない。
なにか武器になるようなものと、ポケットを探ると出てきたのは砂時計くらいだ。絶望的だ。
もうこの砂時計を投げつけて、相手がひるんだ隙に逃げるしかない。そうアリスは決意した。

 ズ……ズ……

引きずるような音は確実に近づいている。
音の主は角を曲がってもうすぐ姿が見えそうだ。
ちょうど逆光になって、アリスからは影としか見えない。

ズ……

音の主が現れる。
アリスは見えた瞬間、力の限り砂時計を投げつけた!


「あれ? アリ……いたぁ!」

顔面に直撃した。
よしと、計画通り走りだしたアリスは、聞き覚えのある声に立ち止まる。
しゃがみこんで顔を押さえているのは……。


「ピアス?」


最近知り合ったピアスだった。 

 
「何してるの? それに……」


しゃがんでいるピアスの横にあるもの。
アリスを怯えさせていたもの。血まみれの塊。
薄暗くてよく見えないのが救いだ。


「アリスこそ、なんで砂時計なんか投げるの? 俺嫌い? 嫌いだから……」
「そうじゃなくて……」


いろいろありすぎて、言葉が続かない。


「えーと……嫌いじゃないから」
「ほんとに? よかったぁ」


ピアスを落ち着かせるのは成功。


「ピアスは何してるの? 死体なんて引きずって……」


アリスは、動揺を抑えて自然な感じで尋ねた。


「これ? これはお仕事だよ。俺の仕事。言ってなかったっけ?」


死体を引きずる仕事?
アリスは深く追求する事は避けた。


「そうだったわね。あ、この先行き止まりよ? 広い道に戻りましょうよ」


もう何でもいい。
分かりやすい道に出れたらと、願いながらピアスを誘った。
この際死体付きでもいい。しかしアリスの願いは届かなかった。


「大丈夫だよ。この先に秘密の通路があるんだ。楽しいからアリスも一緒にいこうよ。楽しいよ。絶対楽しい」


行き止まりだと思っていた壁を、ピアスは両手で押した。
すると扉のようになっていて、壁の向こうにまた道があることが分かった。

ピアスは顔の痛みなんか忘れたのか、嬉しそうにしている。


「え? せっかくだけど、急いでるから……」


面倒な事になりそうだと、後ずさりしたアリスは何かにぶつかった。
不思議に思って振り返ると、血まみれの男が、ぬっと立ちふさがっていた。


「……!」


驚きすぎて、声も出ない。


「あわわっ、アリス! 早く逃げて!」


逃げてって……ピアスを見ると、壁の扉に逃げ込んでいるところだった。
酷い。
でもそうも言ってられないと、ピアスに続こうと、逃げようとしたアリスの腕を血まみれの腕が掴んだ。


「……ま、待ってくれ」


アリスに話しかけてくる。
叫びだしそうなところをおさえ、アリスは尋ねた。


「何? 言い残した事でも……」
「こ、この手紙を……ぐ!」


血まみれの男は上着から取り出した手紙を、アリスに渡そうとしたところで、倒れこむ。
その背中にはナイフが刺さっている。


「ひっ……」
「アリス、大丈夫?」


その後ろにはピアスが。


「ごめんね。とどめが甘かったみたい」


ザクザクと刺しながら言ってくる。


「……ううん。大丈夫」


全然大丈夫じゃないが、口が勝手にそう言っていた。


「良かった! じゃあ早く行こう」


こっちこっちと、手を引かれる。
もう片方には、3割り増しにもっと血まみれになった男が引きずられている。

ディー、ダム……と心の中で呼んでみたけど、助けは現れなかった。



× × × × ×







     


===== あとがき ===

2009年8月発行『Find Out』です。

岬さんと私のリレー小説形式でございます。
×××表示のとこで場面を区切ってはいますが、どこで代わってるかわかるかな??
長いので、小分けにしました。