騒がしい夕食を皆で囲みながら、カズマはふとの顔を見上げた。
「なあ、」
「うん?」
「何で、俺たちに……毎日こうして、メシとかくれるんだ?」
唐突な問いかけに、は目を丸くした。
それから、カズマを見て口元を緩める。
「優しくされたら、優しくしたいの。それだけ」
単純でしょう、とは笑う。理由なんてそんなものだ。
かつて――こんな辺鄙な場所にも、奪いに来る者が居た。
それを、たまたま通りがかったクーガ―が加勢し、略奪者を蹴散らしてくれた。
「女一人で不用心だからって、しばらくこの辺り見回ってくれて……すごく、感謝してるの。本当よ」
「男として当然のことですッ!」
クーガ―が胸を張って言うから、は救われている。
(それを当然と言える人も、珍しい)
力がある人で、奪う者にはならない人。逆に、弱者を守れる人。
そんな人が、今この地にどれくらい居るだろうか。
クーガ―がの代わりに抗ってくれたから、心境にも変化があった。
奪われることに慣れてはいけないのだ、と。
「クーガ―さんのおかげなの。抵抗しようって気になったのは」
争いが怖くて、真正面からぶつかっていく勇気がなくて、奪われるに任せていた。
最低限の隠し食糧は確保していたから、また自分が頑張ればいい話だ、と諦めて。
だから、あの日。
クーガ―が略奪者に立ち向かった時。心から――目の前の道が開けたような気がした。
「アルター能力使って畑を守り始めたのも、その時から」
アルター能力で壁を創り、手出しさせない。
要塞のような壁を破る術なく、普通の略奪者は去って行った。
多少、抵抗はされるが。そこは些細な問題だった。
も無傷と言う訳にはいかないが、それはお互い様だ。罪悪感はない。
そう心を決めてから、奪われることは防げるようになった。
土の状態が安定してきたからか、収穫量もほぼ一定になってきた。
だから、少しずつでも街へ卸しに行ける。
卸して得たお金で、必要な物を買えるようにもなった。細々と、だが。
「だから、もっと恩返ししたいけど……アルター能力も、私は戦闘向きじゃないし」
ご飯を作って食べさせる、くらいの事しかできていないなと我ながら思う。
アルターと聞いて、カズマはパッと目を輝かせた。
「……アルター能力、あるのか? どんなだ?」
「壁よ、壁。障壁っていうのかな。バリア? だから、何とかここで奪われずに済んでるんだけど……」
あんまり大っぴらに使えるものではないから来ないで欲しいんだけどねえ、とは零す。
全てを奪う気満々で来る者が多すぎる。
そんな風でなければ、分けるくらいはできるのにな、とは残念に思う。
それをクーガ―に話したら、賛成はされなかったけれど。
むしろ、絶対にダメだと反対されてしまった。隙を作ればつけこまれるのだ、と。
「? 何でアルター使っちゃいけないんだ?」
「ネイティブは、ホーリーに目をつけられたら大変よ。だーいぶ、面倒だからね」
「ホーリー……」
「そう。捕まっちゃう」
カズマは渋い顔をしている。
不条理を受け入れてしまうには、まだカズマは幼いのだろう。
アルター能力を持つネイティブは、ホーリーから見れば犯罪者だ。
どうも捕縛された後は犯罪歴を調べられて本土へ送られるというが、この地に帰って来たものをは見たことが無い。
断罪された時――完全に手を汚れていないネイティブアルターなど、この地にいるわけがない。
とて、それは同じこと。
だから下手に目立って捕まる訳にはいかなかった。
「畑を守っただけでもか?」
「そうよ。事情なんて、ホーリーには関係ないもの」
「……」
その答えに、カズマは不満そうだ。
(抗えるものなら、抗いたいけれど)
ホーリーに属しているのはアルター使いだ。戦闘訓練も受けている。そして何より、集団である。
自分の力では敵わないことを、は知っている。
(男の子だなー)
幼いながらも既に、いっぱしの反骨精神だ。羨ましくなる。
きっと将来、クーガ―の良き相棒になるだろう。
「私は、それよりも……ここでたくさん作物を作って、それを流通させたいの。物資、全然足りてないから」
ロストグラウンドの問題は山積みだ。
悪化する治安。流通しない物資。一握りの声のでかい者たちだけが大きな顔をしている現実。
小さな声はかき消され、塵と消える。
「お腹すくのって、誰も嫌でしょ? だから、そこだけでも何とかできないかって思って」
は微笑む。
かなり無謀な夢だとわかっているけれど、飢えないことは大切だから。
「がっかりした?」
「! そ、そんな事は……」
ない、と言いかけて、カズマは口を噤んだ。その正直さが微笑ましい。
「アルターも、大した事ないし……」
「アルターがなかったらよかった、って思うか?」
ネイティブ差別は、ある。
アルター能力があるというだけで、迫害されることだって多々。
アルター能力は産まれつきのものだから、どうしようもないのだけれど。
は少し考えた後、首を横に振った。
嫌なことが全くなかった、と言えば嘘になる。こんな力が無かったら良かったのに、と思ったこともある。
それでも、今のには――役立っていることに、変わりはない。
「アルター能力……あった方がいいに決まってる。力は、ないよりある方がいいよ」
「……俺も、そう思う」
「そうでなくちゃ女一人で生きていけない」
「まあな」
カズマは否定しない。
ロストグラウンドで生きる為には、どうしても必要な力だった。
アルター使いの庇護を求めて強制労働を課されている人々も居る。どんなに望もうが、市街では暮らせない。
既に、この地ではそれが「当り前」になっていた。
(カズマさんもクーガ―さんも、凄いと思う。抗う力がある人は、凄い)
流されるだけで生きるのは楽だ。
いや、ここではどんな生き方でも楽とは言えないか。
現状に逆らおうとする意思の強さは、誰もが持てるわけじゃない。
クーガ―やカズマにはあるそれは、には眩し過ぎた。
「私は……弱くて。ダメねー」
「だが、戦うだけが強さとは限らない」
苦笑いで返すと――やり取りを聞いていたクーガ―が口を挟んできた。
ピリっとするような、真剣な声音だった。
驚いてクーガ―へ視線を向けると、彼は静かに怒っているようにも見え、は更に驚いた。
「畑を耕して物を作って……それは全部、さんの努力だろう? 違うか?」
カズマは渋い顔のまま、うーんと唸っている。
「俺は……よくわかんねえ。力は、力だ。勝つための力だけが」
「だーから、お前はダメなんだ」
首を振るカズマの頭を、クーガ―が軽く小突く。
は笑いながら、茶を淹れる為に席を立った。
「ありがとう、クーガ―さん」
クーガ―は何でもないことのように、ひらひらと手を振った。
小さく呟いた自分の声は、クーガ―には届いたようだった。
++++++++++
それからしばらく後のこと。
カズマは、完璧にアルターを操れるようになった。
今日が、彼らの旅立ちの日だ。
「今までお世話になりました! さん!」
「こちらこそ、楽しかった。近くまで来た時は、是非立ち寄ってね」
お前も礼を言え、とカズマの頭を押さえつけて無理矢理頭を下げさせるクーガ―。
それくらい自分でできるから手を離せ!と騒ぐカズマ。
賑やかな夏の日々は、とても楽しかった。
「ねえ」
ぎゃーぎゃー騒ぐのを止めた二人を前に、は弁当箱を手渡した。
ありったけの携帯食を詰めて。これはもう、返してくれなくて良い。
彼らに正面から向かい合って、は微笑む。
「クーガ―さん、カズマさん。気をつけて……怪我しないようにね、できるだけでいいから」
「も……戸締りちゃんとしろよ」
「わかった」
自然と差し出したの手を、クーガ―がしっかりと握る。
もう片方もカズマへ差し出すと、おずおずと手を取ってくれた。
「どうにもこうにも出来なくて困ったら、うちにおいでね。きっと、あなた達の力になるから」
共に暮らしている内に、すっかり彼らの反逆心が自分の身にもしみ込んでしまったみたいだ。
抗う気持ちが胸の奥から湧いてきて、どうにも心地よい。
「私は戦えないけど、負けはしない」
どれだけ殴られようが叩かれようが、気持ちが退かなければ負けではないのだ。
傷だらけになるであろう彼らの為になら、きっと頑張れるはずだ。
「だからきっと、守ってあげるからね」
「ええ、いざという時は頼らせてもらいます」
クーガ―は「戦わなくて良い」とは冗談でも言わない。それがには嬉しかった。
反対に、カズマはばつが悪そうな顔をした。
「……なあ。悪かった」
「何が?」
「あんたが、弱いって思ったこと」
とクーガ―は目を丸くして、互いに見つめ合った。
カズマがこんな殊勝なことを言うなんて、と。
成長の芽が垣間見えて嬉しかったのか、クーガ―はカズマの頭をガシガシと撫でた。
「そうだろう。覚悟を決めた女性は強いんだぞ、カズヤ」
「カズマだっての!!!」
「では、さん! 行ってきます!」
「聞けよ!!」
最後まで賑やかに、風のように彼らは旅立っていく。
まるで嵐のような二人だな、とは笑う。
「行ってらっしゃい」
は彼らの姿が見えなくなるまで、ずっとその背中を見守っていた。
すっかり見えなくなってしまうと、気を取り直して日常へと戻っていく。
しっかりと地に足をつけて生きていこう。胸をはって再び彼らと会えるように。

=== あとがき ===
一旦、ここで道は分かれます。
コツコツ真面目にがんばる系主人公です。
読んで下さってありがとうございました。(2022.5.12 山藤)