風が好きだった。



「まだまだぁっ!!!」
「遅い、遅すぎる!! お前には何よりも速さが足りないッ!!!」



賑やかな声。
今は遠いあの日も、確かに風は吹いていた。











 夏風









乾いた土地に、砂埃が舞う。続いて、鈍い音。
元気いっぱいの声は、風に乗ってよく通る。

燦々と照りつける太陽を仰ぎ見て、は目を細めた。



「毎日元気ねー……」



この暑いのに飽きずによくやる、とは思う。

クーガ―とカズマの訓練――この光景も、幾分慣れてきた。

初めて見た時は青くなったものだが。
嘘ではない。二人の全力具合に、本気で血の気が引いた。


(……死んじゃうかと思った……)


カズマは、まだ少年だ。
それなのに、クーガ―は手加減していなかった――ように、には見えたからだ。

そこがクーガ―の厳しさでもあり、優しさでもある。
それは理解しているつもりだが、理性と感情は別だった。
相手は子供なんだから手加減してあげたら、と、ついつい言いそうになってしまうのだ。


(あ……)


盛大に土埃を巻き上げながら、クーガ―が駆ける。

思わず見惚れてしまう程、素晴らしいスピードだった。
走っていて、どんな気持ちになるんだろう。風よりも速く、鋭い。

は足を止めて、その景色を眺めていた。
カズマが構え、クーガ―の蹴りを受け止めて――受け止めきれずに、すごい勢いで吹っ飛ばされていく。

不意に、クーガ―と目があった。
クーガ―は構えを解くと、ぶんぶんと勢いよく手を振ってくる。まるで大型犬のようだ。



さ〜〜〜ん!」



つられるように、カズマも振り向いた。爛々とした瞳が印象的だ。
今日の『訓練』も、なかなかハードなようだ。痣だらけのその姿は痛々しい。



「何だ、かよ……」



呟いたカズマの頭を、クーガ―が軽く叩く。
軽く見えたが、かなり良い音がした。痛そうだ。



さん、だ! カズヤ、お前失礼だろうが!」
「人の名前間違えるあんたに、失礼とか言われたくねえよ! 俺はカズマだ!」



カズマも負けじと言い返している。
そんな二人を見て、は可笑しそうに笑った。本当に、この二人は仲がいい。ボロボロだけど。



「ふふ、元気なのは良い事だと思うよ。はい、ご飯もってきたから。食べてね」
「ああ……ありがとうございます! さん!」



は、きょろきょろと周囲を見渡した。
どこか置く場所は――あった。

座りやすそうな岩を見つけ、歩み寄る。ちょうど木陰になっているから、涼しそうだ。
そこに、お弁当の包みと水筒を置く。

その様子を眺めながら、カズマはクーガ―に視線を向けた。
クーガ―はうっとりとした表情で、ただを見つめている。



「なあ、クーガ―。あんた……あいつが来たら、妙なテンションになるよな」
「あいつ!? あいつとは何だカズヤ! さんはなあ!」
「カズマだっての! いい加減覚えろよ!!」



ぎゃあぎゃあ言い争い始めた二人を見て、は堪え切れずに噴出した。
ダメだ。どう見ても可愛らしい。顔が勝手に笑ってしまう。

ころころ笑うを見て、二人の肩から力が抜ける。
みっともないところを見せたなあ、とクーガ―は頭を掻いた。



「じゃあ、私は仕事に戻るね。怪我しないでねー」
「はいっ! さんも!」
「ふふ。はーい、わかったー。じゃあねー」



手を振りながら、は立ち去った。
二人の『訓練』の邪魔をしないよう、さりげなく気遣ってくれる。

その後ろ姿を、クーガ―は――やはり、というか――熱い眼差しで見つめている。
それはもう、穴があきそうな程。



「ああ……なんて可愛いんだ……」



そんな事を、うっとりと呟く。
悦に入っているクーガ―を見て、カズマは首を捻った。可愛い?



「ああいうのが、可愛いのか?」
「……お前、目がどうにかしてるな。さんを可憐と言わずして、何を可憐と言うんだ!」



クーガ―は力説しているが、カズマには今ひとつピンとこない。
可愛いと言われても、良く分からないのだ。よく笑う女の人だな、ぐらいには思うが。

それよりも、クーガ―の変わり様の方が――カズマにしてみれば問題だ。非常に不気味である。

気色悪いクーガ―から目を逸らすべく、カズマは話題を変えることにした。



「メシにしようぜ。腹が減った」
「そうだな」



カズマとクーガ―は包みを手に取ると、近くの岩に腰をおろした。
流れる風が、汗ばんだ肌に気持ちいい。水筒の水は冷たくて、一口で気が緩む。



「美味いな」
「ん」



少ない材料でも美味しそうに見えるように、と工夫のあとがうかがえる。
そして、味も美味しいのだから文句なしだ。

おかずを箸でつつきながら、クーガ―は真面目な顔つきになった。



「カズヤ、覚えとけよ。これだけの食料を惜しみなく分けてくれる人は、なかなか居ない」
「それは……そうだな。その通りだ」



カズマは頷いて同意した。

今の無秩序状態の――ここ、ロストグラウンドでは特に。

ロストグラウンドの一部、市街地を除けば、かなり非情な環境にあると言っていい。
生きるための基本である食料を確保するのも、なかなか厳しいのが現状だ。
食べるのに困って強奪、なんてのも日常茶飯事である。

その大切な食料を、は分けてくれている。
自身が畑仕事をしているから、という理由だけでは、なかなかできない所業だった。



「俺だってわかってる」
「そうだな」



クーガ―もしみじみと同意する。

お互い、飢えた事が無い訳じゃない。
だからこそ、彼女の存在のありがたみが身にしみる。



「芯の強い人だ。だから、そういう人は大事にされるべきだと、俺は思う」
「……ふーん」



そういうものか、とカズマは何となく考えた。
その意見はカズマにも真っ当に聞こえたので、反論はない。

ふいに、強い風が吹いた。
そろそろ夏がくるだろう。

それを合図にするように、クーガ―はゆっくり立ち上がった。



「うっし、今日はここまでだ。引き揚げるぞ」
「俺は、まだ……」
「明日だ」



カズマは、まだやれると言いたげにクーガ―を見上げている。
諭すように繰り返すと、カズマはやっと頷いた。渋々、ではあるが。

クーガ―とて、その燃え立つような闘争心は嫌いではない。

むしろ、褒めてやりたい所だが――。

下手に調子に乗られても困る、と心の中に留めるだけにしておいた。
まだまだ子供で、呆れるくらいに無鉄砲だ。怪我でもされたらたまらない。



「それに、俺達はさんの手伝いもしなきゃいかん。お前だって、衣食住を世話になりっぱなしなんて性に合わないだろ?」
「まあ……それは、そうだな。借りは返す」



クーガ―とカズマは、連れだって歩き始めた。
訓練場所から、森の近くにあるの家まで。

の家は、森の近くにひっそりと建っている。家というより小屋だ。
遠目でも気づきにくく、他に民家はない。とくに荒れて乾いた土地だからか、通る人の姿も稀だ。

そんな場所で、は一人で暮らしていた。
あまり交流はせずに、畑をしながら、ひっそりと。世間の目から隠れるように、生きている。

今、カズマとクーガ―は、の所で世話になっている。

カズマのアルター能力を制御し、鍛える為だ。人の目のない方が、何かと都合がいい。
クーガ―とが知り合いだった事もあり、一人増えたカズマの事も、躊躇なく受け入れてくれた。

はというと、やはりというか、ザクザクと畑仕事に励んでいた。
鍬を規則的に振るう姿は、華奢な体躯に不釣合いなものだが――不思議と、たくましく見える。



さんッ! お弁当、ありがとうございました!」
「あ、今日は終わり? お疲れさま」



額に浮かぶ汗を拭いながら、は手を止めた。
微笑んで、二人の帰還を出迎えてくれる。クーガ―は思わず笑顔になった。



「今日もとびっきり美味しかったです!」
「ありがとう。カズマさんもクーガ―さんも、綺麗に食べてくれるから嬉しいわ」



負担も感じさせない笑顔で、は笑う。

クーガ―は、眼前の畑を見渡した。よく手入れされているな、と感心する。
なかなかの広さがある畑だ。これを一人で手掛けているのだから、大したものだと心底思う。



「そうだ。畑仕事、手伝いますよ。なあ、カズヤ」
「カズマだって言ってんだろ!!」



カズマの抗議を綺麗に無視して、クーガ―は身を乗り出した。
の目が、どうしようかな、と僅かに揺れる。考えが透けて見えるのは、彼女の魅力だ。



「疲れてるでしょうに……でも、ありがとう。お言葉に甘えて、お願いします」



はぺこりと頭を下げた。頼られたクーガ―は嬉しそうだ。
ええと、とは畑を見て――遠くの畦を指差した。



「あっちの畑、そろそろ収穫できるので……ひと畦、収穫して貰えますか?」
「お安いご用です!」



言うが早いか、風のようにクーガ―は走っていく。
みるみるうちに収穫される作物を見て、は感嘆の声をあげた。



「凄いなー……はやーい」
「なあ、。俺は?」
「カズマさんは……そうね。私と一緒に」



カズマとは、近くの畦で雑草を抜く事にした。
仲良く並んで作業に取り掛かる。

抜いた雑草も無駄にはできないので、一か所にまとめておく。



「これ、集めてどうすんだ?」
「乾かして肥料にするのよ」
「ふぅん……これは何だ?」
「それはサツマイモ。収穫は……そうねー、夏が終わって涼しくなってからね」
「へえ」


雑草を丁寧に抜きながら、穏やかに会話する。
他愛のない内容だが、ゆったりとした時間に頬が緩む。

弟ができたみたいで、何だか楽しい。

クーガ―とカズマが来てからというもの、の生活は変わった。
あまり人と接しない分、かなり賑やかなものとなったが、それでも不思議と心地よかった。



(穏やかで……)



自分の料理を、美味しいと食べてくれる人がいる。
作業を手伝ってくれる人がいる。帰って来てくれる人がいる。

こんな暮らしが続けばいいのに、と願わずに居られない。



(もうちょっと、交流すべきかな……でもなー)



けれど、にはそこまでの勇気がない。

はアルター使いだ。
忌み嫌われ、人との交流を諦めてしまった。
だからこんな辺境の地で、小ぢんまりと生活しているのだが。

こういう気持ちになれるかもしれないのなら――もう一度、頑張ってみようか。

期待しかけて、はその考えを押しやった。
今はまだ、この二人が居る。考えるのは、もう少し後でいい。



さん! こんなもので如何でしょう!?」
「ああ、助かります。ありがとう」



クーガ―が得意そうに笑うので、は微笑み返した。
すっきりした気性の、気のいい人だ。

クーガ―が突然、このカズマを連れて現れた時は――心底、驚いた。

更には、少年がアルター使いであること。
その為に、しばらくここに置いて欲しいこと。

は頼られたのが嬉しくて、すぐに了承した。

カズマの素性を全く知らなかったが、そんな事は気にならなかった。
クーガ―が連れている子だから、悪い子ではない筈だ、と。


(ほら、いい子だった)


口の悪い猫のようだけれど、気性は真っ直ぐだ。
疲れて面倒だろうに、こうして文句も言わず手伝いもしてくれる。

日が落ちるまで作業を続けると、三人は家へ引き揚げた。







           




=== あとがき ===

始まりは、穏やかな風景から。

書き始めなので、終わりがどこに行くやら。
ひょっとすると、逆ハーになるかもしれません。

読んで下さってありがとうございました。(2015.8.28 山藤)