それは、肌寒い秋の日だったと思う。

蜘蛛の仕事があった。

暇な奴は来い、と招集をかけられたので、は参加することにした。
集合場所は割と近かったし、何より暇だったからだ。

珍しく少し体調が悪かったのだが、それほど――大したことはないだろう、と。

そんな軽いノリでの参加だった。
行ける奴は参加、というのが蜘蛛の暗黙のルールでもあったから。

集まってみたら――シャルナークとパクノダ、そして、フェイタンが居るだけだった。
パクノダとフェイタンは律儀なのか、こういった突発的な仕事の参加率は驚くほど高い。ほぼ皆勤賞だ。

言い換えれば、これだけしか参加者は居なかった。
今回は集まりが悪いが、少数でもいける(らしい)仕事だったので、そのまま決行となった。

は久々に、フェイタンと組むことになった。


「よろしく、フェイタン」
「ああ」


フェイタンは素っ気なく返してきた。

フェイタンとは仲が悪いわけでもない。
かといって、特別に良いわけでもない。

必要最低限のことは話すし、躊躇い無く背中を預けられるぐらいには信用している。
だがそれだけで、互いにもう一歩、踏み込んだことはない。そんな興味も、お互い無かったから。

組んだ事が無い訳ではないし、大きなトラブルもなく、今回の仕事も順調に終わる――はずだったのだ。


ところが。


簡単な仕事だ、と踏んでいたのが少々甘かった。
意外と、ターゲットの集めたボディガードがなかなか強かったのだ。

それだけなら、別段たいしたことじゃない。
それくらいのハプニングはつきものだし、むしろやりがいがある。ウヴォーあたりが参加してたら大喜びな展開だろう。

問題なのは、そういう「そこそこ」クラスの連中が大量にいたことだった。

もちろん大事なのは量より質だが、上質が一人いるよりも、中質が百人いる方が厄介なことに違いない。数の暴力である。

団長はソロで。パクノダはシャルナークと。自分とフェイタン。
その3組で、建物の3方向から攻め入った。

皆さくさくと攻め進んでいたけれど、だけが少し遅れて始めていた。

は、けして皆よりも実力が劣っているわけではない。
が、ここにきて体調がじわじわと響いてきたのだろう。
己の動きに精彩を欠いていることに、自身も気がついていた。

敵もそれに感づいたようだった。
見るからにを狙い始めたので、囮役に転じることにした。

その間に、団長とシャルナーク、パクノダは、内部に侵入していく。
それを遠目で確認してから、は建物から更に離れることにした。
周囲の鬱蒼とした森に、じわりじわりと誘導していく。

そして、ふと気がつく。


(……あれ、フェイタンは?)


ざっと周辺を確認してみたが、辺りに彼の姿はない。
足の速い彼のことだ。多分、に見切りをつけて先に中に入ってるのだろう。


(まあ……いいか)


ペアだからといって、必ずしも同じ行動をとらないといけない訳ではないのだから。

ただでさえ人数が少ないのだ。
効率的に動くことは間違いではない。

そう思って、は次々と向かってくるボディガード達と応戦していた。

空には、心に影を落としたかのように、灰色の重たい雲が広がっていた。
重たい幕が今、開かれようとしていた。














  Stage by Stage











が孤軍奮闘している、ちょうどその頃。

を除く4人は、風のように建物内を疾走していた。
彼女が囮役を引き受けてくれたおかげで、侵入自体は容易かった。
成金趣味の屋敷は無駄にだだっ広く、ターゲットを捜索するのには多少時間がかかりそうだ。


「うまくいったね」
が敵をひきつけてる間に、さっさと行くぞ」
「ええ。でも、大丈夫かしら」


パクノダが走りながら、少し気がかりそうに呟く。
シャルナークは苦笑した。


「もー、心配性だなぁ。は仮にも団員だよ? あれくらい平気だって」
「そうね」


共に駆けていたフェイタンも、シャルナークに同意した。

数こそ多いものの、極端に強い使い手はいない。
そんな状態でが負けるなど、万が一にも想像ができない。

とフェイタンは似ている。
二人とも、逆境になればなるほど強いカウンタータイプだ。

パクノダは「そうよね」と頷くと、目の前の目標に集中し始めた。
クロロが手早く指示を出す。
4人は散開して、各階をそれぞれで捜索する事になった。

窓の外では、雨が降り始めていた。





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灰色の空から、大粒の雨が零れ落ちる。
瞬く間にそれは土砂降りとなり、視界が良好とはいえなくなっていた。

まだまだは、一人交戦中だった。

ぬかるんだ泥の中に敵の体が崩れ落ち、また1人、骸に変わる。
手間取りながらも、順調に敵の数を減らしてはいた。

体調の悪い今、いつもは気にならない雨も、確実にの体力を奪っていく。
あまり長く戦うと危ないかもしれないな、と本能が囁く。こんな時は、さっさと終わらせるに限る。

さぁ次はどいつだ、と顔をあげた途端、グラリと視界が揺れた。

こんな時に。


(……立ちくらみ……)


足が絡みそうになる。
まだ敵が居るのに。倒れては駄目だ。

気合で踏ん張ろうとした瞬間、の足を銃弾が貫通した。
焼けるような激痛が体中に走る。


「ッ!!」


一瞬、痛みで気が遠くなった。
ビリっと電流が走ったような、鋭い痛み。

念を纏い、すかさず血を止める。
だが、それすら満足にできない。生温い血が足を伝っていくのがわかる。
その粘ったい感触が、とても気持ち悪い。


(まいったなー。ヤバいわ)


にとって、かなり分が悪い状況にある。そう認めざるを得ない。
いつのまにか、肩で息をしている。頭もぼーっとしてきた。
たかが体調不良、と侮った過去の自分が忌々しい。

ここぞとばかりに一斉に向かってくる敵を見て、は覚悟を決めた。


(あー……仕方ない!)


は敵に一瞥をくれると、もうどうにでもなれとばかりに、力の限りに念を放った。
同時に、意識はずるずると暗闇へ落ちていった。