百花繚乱
泣く子も黙る帽子屋ファミリー。
不穏な噂が行き交い、物騒な抗争は毎日のように起こる。
その存在だけでも、付近の住民をこれでもかと威圧しているような、そんな悪党たちが集う場所。
その本拠地・帽子屋屋敷内では、日々、喧騒が絶えなかった。
マフィアのボスの片腕を自負している大柄な男と、まだ幼いのに腕ききの凶悪な門番。
彼らは自分の武器を手に、口汚く互いを罵り合っている。
「馬鹿言うな! アリスは、俺の方が好きに決まってるだろ!?」
「うっわ、図々しいウサギ。お姉さんは僕らの方が好きだよね!?」
「勿論だよ、兄弟。お姉さんだって、若い方がいいに決まってる! 馬鹿ウサギは引っ込んでろよ!」
「てめえらが引けよ、ガキが!」
とても、しょうもない事で。
アリスはあきれ顔で、そのやり取りをぼんやりと眺め見ていた。
金属のぶつかり合う音。重たい銃声。
そんな物騒な所を目の当たりにしているというのに、またか、と慣れつつある自分が怖い。
今回のきっかけは、一体全体何だったのだろうか。
アリスは考えてみたのだが、終ぞ判らなかった。
喧嘩の芽すら出ていない状態でも、彼らはやり合い始めてしまう。
「ふん、それならお姉さんに聞いてみればいいじゃないか。ねえ、お姉さん!」
「なあ、アリス! あんたはどっちが好きなんだよ!?」
いきなり会話を振られて、アリスは目を丸くした。そんなに睨まれても困る。
「……」
アリスは溜息を零した。
最初は確かに、同じテーブルでお茶をしていた筈なのだが――仲が良いのか悪いのか、よく分からない。
最初は普通なのに、ディーとダムがエリオットをからかい始めて、それに耐えかねたエリオットが応戦してしまう。
そんなパターンが圧倒的に多い。
ともあれ、一つだけハッキリしている事は。
(喧嘩のダシにしないで欲しい……)
強い視線を感じて、アリスは顔を上げた。
ディーとダムとエリオットが、真剣な眼差しでアリスを見つめていた。
「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてたわ……えー……っと。エリオットと、ディーと、ダム……うーん……」
アリスは困り果てた。
面と向かって『エリオットの方が』とか『ディーやダムの方が』なんて口にしようものなら、彼らが更に白熱することは必須。
互いだけでなく、庭園やティーセットにまで飛び火しそうだ。
事態をこれ以上悪化させない為には、言葉を濁すのが一番の得策と思われた。
「……」
アリスは考えている振りをする。
振りをするだけでは見抜かれるかもしれなので、ちょっとだけ考えてみる。
誰がというよりは、正直に言うと――。
(三人が、好きなんだけどな)
むしろ、セットが好きだ。
彼らの兄弟喧嘩のようなやり取りが賑やかで、アリスには何だか微笑ましい。
一種の羨望が混じった――そんな奇妙な感情さえ覚えるのだ。
そんな答えでは、到底許してくれそうもないけれど。
そろそろ彼らが痺れを切らしそうなので、アリスはゆっくり口を開いた。
「誰か、選ばないと駄目?」
選ばなくてもいいのなら、選びたくない。
彼ら自身に魅力がないという訳では無くて、この距離を壊したくないのがアリスの本音だ。
「うん、選んでよ、お姉さん!」
「そうだよ、選んで! お姉さんっ!」
アリスは言葉に詰まった。
ディーとダムの目は、いつになく真剣だ。僅かだが緊張の色も見てとれる。
エリオットはと言うと、そんな双子を鼻で嗤っている。
「アリス。遠慮する事ないぜ。ハッキリ言ってくれて構わねえから、さっさとクソガキ共に引導を」
「ちょっとちょっと! 何でそんな自分が選ばれる気満々なのさ!」
「うっざいウサギだなーとは思ってたけど、ここまで図々しいなんてね……」
「んだと!?」
再び、アリスは置いてけぼりだ。
彼らは互いしか目に入っていない様子で、またも本気で攻撃し合っている。
アリスの顔は引きつった。
これは真剣に考えねば失礼か、と一瞬反省しかけたのに。
はあ、とアリスは溜息を零した。
(ほったらかしなのは……割と私の意見はどうでもいいんだわ、きっと)
心を落ちつけると、アリスはティーカップを手にした。紅茶はすっかり冷めきっている。
せっかく良い茶葉を分けて貰ったのになあ、と呑気なことを思う。
もう、喧嘩さえできれば良いのだろう。結局。
「てめえら、ちっとはブラッドを見習えよ!」
論点は、かなり脱線し始めているようだ。
アリスは彼らから視線を外すと、テーブルを見回した。
とばっちりで壊されそうな物を、さり気なく彼らから遠ざける。
ディーとダムは、小馬鹿にしたような声でエリオットに応えている。
「はあ!? お姉さんがボスみたいなタイプが好きだーって言うんなら、ちょっとは考えなくもないけど」
ディーが言うと、ダムも頷いた。
「そうだね、お姉さんが好みって言うなら、僕ら頑張るけど……ねえねえ、お姉さん。ボスのこと、好き?」
「……えっ!?」
ふいに肩に手を置かれ、アリスは飛び上がりそうになった。
いつのまにか、ダムがアリスの傍に立っている。
反射的にダムの顔を見上げると、拗ねたような視線とまともにかち合った。
「ボスみたいなタイプが好きなの? お姉さん」
反対から声がして、アリスは思わず振り返り――ディーの手が、アリスの肩に添えられた。
ついさっきまで、テーブル越しに盛大に喧嘩をしていた筈なのに。
「当ったり前だろ!! なあ、アリス!? ブラッドの事、格好いいと思うよなっ!?」
「え……あの」
右にはダム。左にはディー。真正面にはエリオットだ。
アリスを取り囲むようにして、ファミリー屈指の男たちは立つ。
お茶の方へ気持ちを戻していたアリスは、思いがけずに再度巻き込まれてしまい、面食らっていた。
「……えーと、何て言うか」
ブラッドは、格好良いと思う。
けれど、それを言って曲解されては困る。
今の、頭に血がのぼっている彼らに、まともに受け取って貰えるかどうか。
アリスが答えに詰まったのを見て、ディーとダムは、勝ち誇ったように笑う。
「ほらー、馬鹿ウサギ。お姉さん、ボスは好みじゃないって!」
「ええっ!? 何でだっ!? アリス、ブラッドのことが好きじゃねえのかっ!?」
エリオットは信じられない、とばかりにアリスに訴えてくる。
すると、間髪いれずに、ディーの声が冷ややかさを増した。
「……おい、ひよこウサギ。それ、地雷だって知ってて言ってるの?」
「は? 地雷って、何が」
判ってない、とディーとダムは、盛大に溜息を吐いた。
「馬鹿なウサギだねー、本当……はあ。少しは考えてから物を言えよ」
「もしお姉さんがボスが好きーとか言っちゃったら、それこそ大問題だよ。お前なんか好みじゃない、眼中にないって事じゃないか」
「……!!」
ディーとダムが、容赦なく辛辣な言葉を投げかける。エリオットは瞠目した。
「そ、そこまで言ってないんだけど……」
「そうなのかっ!? アリス、俺のこと、嫌いか!?」
エリオットは大慌てで、身を乗り出してきた。
「いや、あのね。私、エリオットを嫌いなんて言ってな」
「だよなっ!? てめえら、適当言うんじゃねえ!」
エリオットは心底安心したように、ほっと表情を緩めた。そして、双子に向けて目を吊り上げる。
「……馬鹿の相手は疲れるね、兄弟」
「そうだね、兄弟……そうだ。お姉さんの好みのタイプって、どんな感じなの?」
「あ、それ聞きたい。僕ら頑張るよ」
「好み?」
アリスの頭にパッと浮かんだのは、かの家庭教師の顔。
この世界でいうと、ブラッドの顔。
(これで、元恋人がブラッドそっくりだったのよー、とか言ったら)
まずい事この上ない。
懸命なアリスは口を噤んだ。
何とか上手く切り抜けられないか。
アリスはしばらく考え込んだ。
「改めて考えたこと、ないな……ディーとダムは、どんな人が好きなの?」
矛先が変わってくれたらいいのだけれど。
アリスが尋ねると、ディーとダムは顔を輝かせた。
「僕? 僕は、お姉さんが好きだよ!」
「僕だってお姉さんが好きー!」
ガッと左右から抱きつかれ、アリスはよろめいた。首が締まりそうだ。
「あ、ありがとう……」
アリスは、何とか礼を告げた。
(あんた達、趣味悪いわよ)
そう、忠告してあげたくなるけれど。
少しずつではあるが、場の空気が緩んできたようだ。アリスは、少しズレた答えを必死で探す。
「私の好みっていうか、同性で、憧れてる人はいるけど……なれるかな」
ぽろりと零すと、三人は興味深そうに視線を投げかけてくる。
「え? 誰?」
「同性……女か? どんなのだ?」
想像もつかない、と三人は首を捻っている。
胸の内を吐露するか迷ったが、たまにはいいか、とアリスは話すことにした。
――ディーとダムに抱きつかれたままだという現実を、ちょっぴり片隅に追いやっておきたくて。
アリスが密かに憧れている人は二人。
一人は、清純と母性を具現化したような、アリスの姉・ロリーナ。
もう一人は、気高く残酷で美しい赤の女王・ビバルディ。
タイプとしては対極と言っていい。
どちらも十分に美しいのだけれど、種類が違う。百合と薔薇の美しさの差だ。
身近に手本としたい同性がいるのは、それはそれで良いことだと思う。具体的に、自分と重ねて思い描きやすい。
(実際問題……)
ロリーナよりはビバルディの方が、アリスの理想に近い。
頭の中で、かの女王を想い描く。
大人の色香と品格を備えた佇まいは、凛として美しい。自立した強い女性、のイメージだ。
アリスもそうなりたいと――将来的にはそうなりたいな、とは思っているものの。
アリスは自分の可能性を考えてみた。
もう一人の――ロリーナみたいな女性に、アリスはなれるだろうか。
百合のように淑やかで女性らしく、穏やかな眼差しと微笑みを忘れない――そう考えた所で。
(あ、無理)
アリスは早くも挫折した。きっと、姉の様にはなれない。
(私、格好いい女性になりたい)
アリスは、自分は同じ年の女の子に比べて、比較的しっかりしている方だと思う。
そんなアリスが自立した女性を目指すのは、方向性として間違っていないだろう。ただ――。
うーん、とアリスは眉間に皺を寄せた。
(ビバルディ程、スタイルが……)
それ程、悪くは無いと思うが――アリスとて、まだまだ少女。これからだ。成長は未知数。
「ビバルディみたいになりたいんだけど」
アリスが答えると、三人は揃って顔色を変えた。
「えええっ!?」
「お姉さんがっ!?」
「げ……」
三人ともが、難色を示している。
そんな風にあからさまに嫌そうにしなくても、とアリスは唇を尖らせた。
いくら政敵とはいえ、誰がどう見ても彼女は美しいではないか。
「え……理想なんだけど。すごく素敵じゃない。自立してキリッとしてて」
「全っっ然!!」
「ちっっとも!!」
「だ、駄目だぞ、アリス!」
全力で否定されてしまった。
双子のアリスに抱きつく腕に、ぎゅーっと力がこもる。
「いやだよー、お姉さん。僕ら、可愛いお姉さんにあんな風になって欲しくないよー」
「僕も嫌だな……お姉さんはお姉さんのままがいいのに」
「そこは同意する。いいか? あんた、妙な事は考えるなよ」
三人の本気の説得に、アリスはむっとした。
ビバルディを馬鹿にされた事への怒りと、アリスは、到底ああはなれないと断定された事と。
――いくつもの怒りが、沸々と湧き上がって来る。
「……わかってるわよ、あんな風になれないのなんて! ちょっとぐらい夢みたっていいじゃない!」
怒りにまかせて、アリスは勢いよく立ちあがった。
その怒りの足取りのままで、屋敷へと戻って行く。
「ち、違う! 誤解だって! アリスー!」
「ま、待って、お姉さんっ! お姉さんってば!」
焦る彼らの声にも惑わされず、アリスは肩を怒らせたまま、ただ前を向いて歩いて行く。
窓から一部始終を眺めていたブラッドは、小さく笑みを刻んだ。
アリスの周りでは、ころころと場面が変わる。見ていて飽きない。
まず、エリオットと双子が争い始める。
慌てたアリスが事態の収束を図るが、彼らに通じない。
そうこうしている内に、エリオットとディーとダムの失言か失敗で、アリスの堪忍袋の緒が切れる。
そうしてやっと、三人は慌ててアリスを追いかけて行く――。何とも賑やかな光景だ。
「……まあ、それもいつもの事、か」
今頃、三人は必死にアリスの機嫌を取ろうとしているだろう。
元気なことだ、とブラッドは窓から離れ、椅子へと腰かけた。
ただ――大切な茶器が、少しでも欠けたりしてはいないか。それだけが、気がかりだった。
===== あとがき ===
ほのぼのでした。
フリーブックにするか迷ったんですが、ボリュームがあんまりないのでこちらへ。
ごりごり掘りさげてアリスを悩ませようかとも思いましたが、肝心のエリオットや双子の影が薄れるので、このくらいがどうかな?と。
ちょっと思考錯誤中です。
ブラッドは何となく傍観者の立ち位置で、一歩引いて眺めている感じが好きです。マイペースな感じが。
ではでは、読んでくださってありがとうございました!
(2012.11.27 山藤)