土の中













「うぅぅ〜〜眠い……ねむい〜〜」


ふらふらと、オレンジ色の夕日の中ピアスはシャベルを引きずりながら、歩いていた。


「ねむいよ、でも行かなきゃ……ねむ……もうどうでもいい……」


今すぐ眠れるのならば、他のことはもうどうなろうと考えたくない域にまで、ピアスは追い込まれていた。


「ん〜〜あっ、あれかぁ」


そう言えば少し遠くで銃の音が聞こえていた。
気がつけば其処らじゅうに死体が転がっている。


「はぁ……」


仕事だから仕方ない。
 

ザク ザク ザク……


「ふう……大変だなぁ。もうやだ……多すぎだよ」


いくら遣り慣れた仕事といえど、あり得ない量だった。
でもピアスは頑張った。
道に折り重なるようにして転がっている者、木々の間で息絶えている者、何故かしら幹の上で、ぶら下がるようにして終わりを迎えているなど様々だったが。もくもくと、シャベルを使った。
帽子屋ファミリーは、今回も容赦がなかった。


ザクザクザク


手を動かしていると、少しは眠気が紛れた気がした。
さぁ次……と、掘り終えた穴に、放り込もうしたとき、死体から声がした。


「うぅ……」
「わわわっ、まだ生きてる!」


ずさっと、持ち前のすばやさで後ずさる。


「……」


そのまま注意深く観察した。
呻いて少し動くぐらいで、危険はなさそうだ。


(うん、大丈夫!)


安全を確認すると無造作に近寄り、ナイフを取り出しとどめを刺した。
悲鳴を無視してナイフを振りおろす。
返り血など全く気にならないのか、手や服に飛沫が飛び散った。

何回か繰り返すと静かになった。


「ふぅ……」


やっと死体になってくれたので、埋める作業を再開する。


(あーあ、眠いなぁ)


一瞬驚いて目が覚めたと思ったけど、それでもすぐに眠くなってきた。
少し前にボリスに追いかけられて、心身ともに疲れたせいか、それとも珈琲を飲むのを忘れたせいかもしれない。


(アリス……今何してるかなぁ)


基本的に、ピアスの考えることはころころ変わる。
自分では繋がっているつもりでも、はたから見ると、そうは見えなかった。
この場合、珈琲の連想でアリスだ。


(仕事してるのかな……一緒に珈琲飲みたいなぁ)


アリスの働いている姿を思い出す。大好きなアリス。

ピアスは好きなものが色々あった。
チーズとかウサギとかいろいろ。

でも、アリスだけは違った。
アリスもピアスのことが好きだと言うのだ。
これまで好きっていうのは自分の中だけで、相手から思われることはなかった。本当に変だ。でも嬉しい。


(えへへ……俺頑張る! 頑張って早くアリスに会いに行くから待ってて!)


一気にやる気を取り戻したピアスは、シャベルを勢いよく振り上げた。










暫くして振り返ると、ぼこぼことした、さも埋めましたというばかりな光景が広がっていた。

夕日が盛り上がった土を照らして、濃い影を作っている。
手とか足とか頭とかちょっとばかり覗いていて、酷く不気味な光景。
それは、ピアスにとって納得のいく出来ではない。


「うーん、やっぱり急ぐと、綺麗にならない。どうしよ〜〜」


まるでみんなまだ生きていて、土の中から出てこようとしているようだ。
これでは掃除屋としてダメだろうか。ピアスは首をかしげた。
どう見ても景色は変わらない。


「ピアス〜〜」
「ぴっ!」


いきなり声をかけられて、ピアスは文字通り飛びあがった。
見ると仲間のネズミが其処にいた。


「お、驚いた〜〜。なに? 何か用?」
「受け取りに来た。鞄はどこ?」
「鞄……? あぁ〜〜!」


鞄=死体を入れる鞄。
もちろんその中に入れる死体は、今までピアスが埋めていた死体だ。


「忘れてた〜〜! 忘れて全部埋めちゃったよ、どうしよ、どうしよ〜〜」


ピアスは眠いのとアリスのことで頭がいっぱいで、死体を一つ鞄に詰めておくように指示されていたことを忘れていた。


「あ、でも其処にいっぱい埋めたから、掘り返したらいいよね」


浅く埋めたし簡単と、シャベルを持って足の生えている場所を掘り返し始めた。
すぐに死体の全体が見えてきた。
本当、今日だけは適当に埋めてよかったとホッとして、仲間を振り返る。


「これでいいよね! よかったぁ」


鞄はどこかと見渡しながら、そもそも持ってきたか記憶をたどっていた時、


「違うよ。これじゃダメだ」
「え?」


掘り返した、死体を見て仲間ネズミは言った。


「こう頬に傷がある死体じゃないと駄目だよ」
「うそ? そうなの?」


2匹は絶望した。
ピアスはそんな話聞いていなかったし、聞いていたとしても、いちいち確かめながらなんて無理だ。無茶だ。

でもボスになんと言えばいいのだろうか。

仲間ネズミは早く早くとせかす。
ピアスは早々に諦め、何処に逃げるか考えた。

やっぱり森だろうか。
小さくなって身を隠していればやり過ごせるかも。
それとも街の中で人に紛れるのはどうだろう……。


「ピアス〜〜」


また、仲間のネズミが呼び掛けてきた。


「え? なになに?」
「あれあれ」


その指の先には、頬に傷のある男が歩いていた。
 


*  *  *



アリスがその噂を聞いたのは、そう最近ではなかった。
初めに耳にしたのは仕事先で、常連のお客さんからだったはずだ。


「……そうそう、知ってるかい? 近頃、帽子屋ファミリーが面白いことになってるらしいね」
「面白い?」


アリスにとって、帽子屋の面々は、親しいと言っていい間柄だ。
マフィアと知ったときは少し驚いたものの、特に気にせず付き合っている。
この間もブラッドの開いたお茶会で語らったばかりだ。


(面白いねぇ……面白いことにはいつもなっているけど、この場合、違う意味よね)


アリスは、客の一言で記憶をよぎった面白エピソードを打ち消しながら、続きを促した。


「それが……掃除屋が関係しているらしいよ」
「え?」
「そう言えば、ここでもたまに掃除屋を見かけるね。あ、君の知り合いだった?」


ピアスはよくアリスの仕事先にやってくる。
この客は何回かそれを見ていたのかもしれない。


「ピアス……掃除屋がどうかしたんですか?」


アリスは、その客の含んだものの言いように気付かないふりをして問い返した。


「さぁ、詳しくは知らないよ。君のほうが詳しいと思ったんだが……知らないようだね」


顔のよく分からない、多分常連らしい客は突然興味を失ったようにそっけない返事になった。


「あ、コーヒーたのむよ」
「……かしこまりました」


(なによ、そこまで言っといて!)


そう思いながらも、アリスは笑顔を作った。


(まぁいいわ。ピアスにはいつでもすぐ会えるんだし)


そう強くは気に留めなかった。
 
ディーとダムにはよく森で会っていた。
ボリスと仲がいいようだし、それにしょっちゅうアリスを遊びに誘う。


(ピアスにとっては災難よね……ボリスと双子なんて……)


可哀そうなピアス。
せっかく家出したのに、気の休まることがなくていつも寝不足気味。

健気に珈琲を飲む姿を見ると、アリスは実感した。
バカな子ほど可愛いってこういうことなのだと。

はじめ会ったときは、人のことを落とし物扱いするはなんやらで疲れ果てたものの、しばらく付き合ってみると、慣れた。
……慣れたとしか言いようがない。
言動といったら、何かにつけいちいち繰り返すし、たまに変な声は出すし、言うことは的外れで、ボリスがバカにして呆れるのも頷ける。

なのに誰よりも気になるのだ。

今だって、アリスの横でガタガタ震えているピアスを見ると、可愛いと思ってしまう。


(可愛い……耳まで震えてるわ)


もちろんピアスはアリスより背が高い。
横に並ぶと、思ったより大きくて驚いたぐらいだ。少し目線を上にあげるとちょうど目が合う。でも今は、双子を警戒して逃げる場所を探してか、きょろきょろしている。


「お姉さん、こんにちは。そんなネズミ放っといて、僕らと遊ぼうよ」
「うんうん。それがいいよ。そんなのと一緒にいたら、お姉さんまでバカになるよ〜」


無邪気に笑いかけてくる。


「双子怖い………嫌だよ怖いよこわい」


その笑みに一層不安を感じてか、ピアスは一歩ずつ下がりだした。
もちろんアリスの手を掴んでいる。


「遊ぼうよお姉さん。面白い遊び考えたんだ〜。ね、兄弟」
「そうそう。第一希望はネズミ捕り。何匹捕まえられるか競うんだ。もちろん生死は問わないから安心して」
「ひっ……殺されるよぅ」
「あはは。でもそれじゃあ簡単すぎだよ兄弟。お姉さんはネズミ落としがいいよね? 落とし穴好きだからね」


中に何を仕込むか考えるのが楽しいんだよね〜と、笑う。
落とし穴が好きなんて今まで生きてきて口にした覚えはなかったが、ディーとダムは言いたい放題だ。

アリスは呆れて、


「2人とも冗談はそのくらいにして。ピアスが今にも倒れそうよ」


そんなアリスをディーとダムは不思議そうに見た。


「冗談? ねぇ兄弟、僕ら冗談言ったっけ? あ、やっぱり生け捕りじゃつまらない?」
「多分そこじゃないよ。落とし穴の中身についてもう少し吟味しろってことだよ」


ああだこうだと、アリスはまた置き去りだ。
何より一番の当事者、遊ばれる予定のピアスとしては、聞くだけで涙目になっている。


「だ、大丈夫? ピアス」


うつろな目で、ぶつぶつ呟いてるピアスは、本当に双子が苦手なようだ。


(苛められて屋敷から家出したぐらいだものね)


今回の引っ越しで、また帽子屋ファミリーと一緒になったピアスは災難なのだろう。
次の引っ越しでは分かれるかもしれないが、誰も心配しない。するほうが不思議な目で見られる。

その繰り返しにいつか慣れるのだろうか。
たまに空しくならないのだろうか。


「お姉さん! 落とし穴にはボリスがいいってことになったよ! これならいいでしょ?」
「これ以上の罠はないね。槍とかきのこなんてありがちでつまらないよね。さすがお姉さんだね」


2人はいいこと思いついちゃって、楽しいという目でアリスを見つめる。


(毎日楽しそうね……心配するだけやっぱり無駄ね)


「でも、ボリスはそんなの嫌がるんじゃない?」


落とし穴の中に入って、いつ落ちるともしれないネズミを待つなんて絶対やりそうにない。
追いかけることに楽しみを見出しているのだから。

そうアリスが言うと、さすがの双子も難しい顔だ。


「まずはボリスを落とし穴に入れることを考えないとね」
「ネズミと違って難易度が高そうだね」


今度はボリスの引っかかりそうな餌はと、考え出した。


「アリスアリス……」


ピアスはやっと双子に出くわしたショックから立ち直ったみたいだ。


「早く逃げようよ。嫌な予感がするんだ」
「まぁこんな話聞かされたら、予感どころか確実でしょうけど」
「ううん、そうじゃなくってアリスが……」
「私……?」


私がどうしたのかと、首を傾げてピアスを見たその瞬間、目の前に斧が降りおろされた。


「えぇ!」


もちろん双子の仕業で、驚いている間にぐいと、後ろに引っ張られたと思ったら横に突き飛ばされて銃声がしたりと、起こることがいちいち突然で、何が起こったのかアリスには分からなかった。
結局、気がついたら、ピアスに庇われる形で座り込んでいた。
アリスからは後ろ姿しか見えなかったが、ひしひしとピアスの緊張感が伝わってくる。


「……ピアス?」


呼び掛けたつもりが、掠れた声しか出なかった。
それでもピアスは小さく頷いて、銃を構えた。

ディーとダムはと言うと、ちょっと驚いた顔で、すこし楽しそうに斧を向けている。


「ふーん、珍しいこともあるね」
「ふふっ、落とし穴よりこうしたほうが楽しいんじゃない?」
「ダメだよ兄弟。楽しみは少しでも長引かせなきゃ。まずはボリスを落とすためのお姉さんを捕まえなきゃ」
「そうだった。ネズミは最後だよね。でも僕としては最後はお姉さんがいいなぁ。ネズミより」
「うーん、それもそうかも」
「じゃ、やっぱりネズミから捕まえて、これを餌にボリス。でもお姉さんボリスに引っかかってくれるかなぁ」
「……どうかな。でも何だか面倒になってきたよ」
「実は僕も」


あまりの勝手な言いように、緊張感も忘れアリスが呆れた時、


「おい、さっきから聞いてりゃ、何勝手なこと言ってんだ?」


頭の上から声が降ってきた。
声だけでなく軽い身のこなしでボリスが降りてくる。


「あれ? ボリスだ。いつからいたの?」
「やぁボリス。いるなら早く言ってよ」


のんきにあいさつをする双子。
それと反対にピアスは今度こそ恐慌状態だ。


「ボ、ボ、ボリス〜〜!!」


ついにこのメンバーが集まってしまった。

ピアスにとっての最悪の状況だ。
反射的に走り出そうとするピアスを、アリスは腕を掴んでなんとか引き留めた。

もう何度も見て、ピアスが逃げたらボリスが追いかけることになると分かっていたからだ。
しかも、しばらく終わらない。


「お前らピアスだけ狙うならいいけど、アリスまで巻き込むな。ピアスはどうでもいいけど」


そう言いながら視線を向けてくるボリスにピアスがビクッとするのが分かった。
驚いたからか、尻尾がバサバサだ。


「ボリスずっとその木の上にいたの?」


その視線をどうにか逸らすためアリスが尋ねると、ボリスは肩をすくめた。


「夕方の木の上って寝るのにちょうどいいんだ」
「そ、そう。器用なのね」
「まぁ猫だしね」
「にゃんこと双子が集まってしまった……どうしよ、どうしたら……」


ピアスはまたブツブツ言い出した。そろそろ限界かもしれない。


「ね、ボリスに会っちゃったからもう落とし穴の遊びは無理なんじゃない?」


アリスの言葉にディーとダムは顔を見合わせた。


「そうだね。これはまたいつか仕切りなおそうか、兄弟」
「うん。思ったより暇つぶしになったしね〜」
「お前らのんきだなぁ……帽子屋今忙しいんじゃねぇの? こんなとこで遊んでる場合かよ」


ボリスはそんな二人に、呆れたよう言った。


「サボってないよ。それに……そう言えば仕事で来たんだった。忘れてたよ兄弟」
「うん、ついお姉さんに会って忘れちゃったよ」
「……仕事?」


門番の彼らがこんなところまで来るのは珍しい。
アリスは、忙しいという言葉に、いつか仕事先で聞いた話を思い出した。


「みんな忙しいみたいでさ、なかなか抜けれないみたいなんだよね。時間外労働もいいとこだよ」
「だから僕らが休憩がてら来たってわけ〜。いつもならこんなつまらない仕事嫌なんだけどね〜」


双子はピアスを見てくすくすと笑った。


「ボスが、ピアスを至急連れて来いってさ〜」
「早く行ったほうがいいんじゃない?」
「至急って、ずいぶんここで時間を潰していた気がするけど……」


アリスが驚いてピアスを見ると、顔色が悪い。


「ピアス……?」
「あわわわわ……」
「ピアス!」
「あわあわ! こ、殺されるよ〜〜!」


そう言うなり走り出した。


「あ、逃げた」
「まてまて〜〜」


きゃらきゃら笑いながら、双子がそのあとを追いかけて行った。
カラフルな森の中は見通しが悪くすぐに見えなくなってしまう。

アリスは心配になって、追いかけようとした。


「アリス!」


その手をボリスは掴んで、引き留める。


「帽子屋の問題だ。関わらないほうがいい」
「でもピアスが……! ピアスは……」


いろんな感情を言葉でいい表わせずにいるアリスを、ボリスは何も言わず見つめた。


「まぁ心配ないって。ディーとダムもあれでちゃんと考えてるからな。大丈夫だろ」
「だったらいいんだけど……」


それでもアリスは、ピアスたちが消えた森の奥を、見つめずにはいられなかった。



*  *  *



すぐにディーとダムにに捕まったピアスは、嫌々ながら帽子屋屋敷に来ていた。
かつては住んでいた場所ではあったが、嫌な記憶しか思い浮かばない。


「はぁ……」


ため息が知らず零れた。森に帰りたかった。
ボスが呼びだすなんて、一体何のことだろうと、ピアスは頭を悩ませる。

最近した仕事だと――、


「やっぱりあの事かなぁ」


ひとつ気になっている仕事はあった。
鞄に詰める予定の死体を見失ったとき、通りかかった似たような人間で代用してしまったことだ。


(傷が同じだけじゃ駄目だったのかなぁ? ……でもボスはそんなの気にしないよね。もしかしてボスの知り合いだったとか? ……そんなのボスが気にするなんてありえない。友達……はいないだろうし、紅茶かなぁ。紅茶関係の人ってなに? なんなの!?)


ボスの部屋に着いてしまった。
控えめにノックして扉をあける。
少し開けて中を覗こうとすると、逆に部屋の中から勢いよく扉を開けられた。


「遅い!」


エリオットだ。


「あ、エリーちゃん!」


ピアスは可愛いものの出現でとっさに飛びついてしまった。


「またかよ、離れろ!」
「エリーちゃん、エリーちゃん!」


ピアスとエリオットが、バタバタ騒いでいると、ブラッドがいつものけだるげな声で割って入った。


「やぁ、ピアス。呼んだのは私だ。しかも、5時間帯は前……だった気がするんだが」
「そうだぞ! ブラッドが呼んだらすぐ来い! ブラッドが困るだろ!」


やっとピアスを剥がしたエリオットが怒鳴る。


「ごめん、ボス。でもね、俺聞いてからはすぐ来たんだよ! 双子が悪いんだ! 俺のせいじゃないよ!」


弁解したピアスの言葉に、またエリオットは怒鳴る。


「あいつらまたサボりやがって! ブラッドの伝言を何だと思ってやがるんだ!」
「まぁいい。……それよりピアス。何故呼ばれたかは分かってるか?」


尋ねるブラッドに、


「多分……」


ピアスは、この間の仕事の話をした。


「ボスの大事な紅茶関係の人……? だったんだよね? 申し訳ないです。ごめんなさい」


ばっと頭を下げる。ピアスにしては潔い。
最悪撃たれるか、良くてもステッキが飛んでくると身構えていたが、何の反応もない。
不思議に思って顔を上げると、呆れたような変な顔をしたブラッドが見えた。エリオットも、同じ表情だ。


「ち、違うの?」


はぁ……と、大きなため息をつきブラッドは眉間に手を当てた。


「あぁ、違うとも。……あぁ、頭が痛い。用件は、お前のネズミ仲間の話だ」


思ってもみなかったことに、ピアスの眠たげな目が丸くなる。


「えぇ?」


ブラッドの面倒臭そうな話によると、不穏な動きがあるから、どうにかしてこいお前の仲間だろう、と言うことだった。


「えぇ〜〜! 無理無理! 絶対無理!」


ブラッドは話が終わると、嫌がるピアスなど見ようともせず、紅茶の準備を始めた。


「面倒ならみんな撃っちまえよ」


エリオットはそう言って、ピアスを部屋から閉め出した。
 


*  *  *
 



ピアスが帽子屋屋敷に行ってから何時間帯か経った。
数えてはいなかったが、心配していたアリスにとってはとても長く感じられた。
何度目だろうか、ピアスの家の様子を見に行く途中、木蔭でのんびり寝転んでいるボリスに出くわした。


「ふぁ〜〜。昼は眠くなるよ。アリスも昼寝しない?」 
「私はさっき起きたばかりなの」
「ふーん、そう。……で、何? なぞなぞでもする?」
「そんな気分じゃないわ……」


そう言うアリスに、そんな時こそなぞなぞだと、ボリスは言う。


「……じゃあいつもボリスが問題出してばっかりだし、私から問題を出そうかしら」


その言葉に、ボリスは珍しいなと笑った。


「最近帽子屋でなにが起こっているの?」
「え〜〜? それじゃあ全然なぞなぞになってないぜ」


意地悪く笑って答えようとしない。アリスは直接的過ぎたかと思ったが、諦めなかった。


「立派ななぞなぞでしょ! 早く答えて」


怖いな、と肩をすくめたボリスは、それきり彼にしては少し真剣な顔をして、黙りこんでしまった。


(……そんなに話し辛い事なのかしら?)


たまに忘れてしまうものの、帽子屋ファミリーはマフィアだ。
色々な繋がりはあるだろうし、ここにはルールがあって、みんなそれに縛られている。
ボリスだって、話せないこともあるはずだ。
ピアスに関わることとはいえ、彼らの問題に無遠慮に立ち入りすぎなのかと、アリスが後悔し始めたときボリスは口を開いた。


「……分かった。アリスに言われちゃ仕方ないな。あれだろ? ディーとダムが今やってるギロチン大作戦」
「ギロチン?」


大作戦って……。


「そうそう。いたるところに罠を作って引っかかったら首が飛ぶって、喜んでたぜ? しかも上手く首落とせるのなんか、5回に一回もなくて、体に突き刺さったり腕だけ千切れたり。ほんと悪趣味だよな〜〜」


そんな話を笑いながらできるボリスも、相当感覚がおかしい。


「あの子たち……。いいわ、それじゃなくて」


ディーとダムのことも気になったが、今はピアスについて聞きたいのだ。
アリスが、不正解だというと、


「じゃぁ……」


ボリスは森に住んでいるはずでも、よく帽子屋ファミリーのことを知っていた。
次々と出てくるボリスの話は、大変衝撃的だったが、肝心のピアスに関わる話が出てこなかった。


「これも違う?」
「えぇ……。違うわ」


(もしかしたら、もう帰ってこないかも……なんて、考えすぎならいいんだけど)


もう何時間帯もピアスに会っていないのだ。


「いくら待っても、アリスの欲しい正解はないかもね」
「え?」
「この辺で正解にしておけば、アリスの聞きたいこと、分かるかもしれないぜ?」
「え?」
「知りたいんだろ? ピアスのこと」


問いかけるようにしてボリスを窺えば、間近で目が合った。

いつの間にこんなに近くにいたのだろう。話に夢中で気がつかなかった。
きつい眼差しに、アリスが目を逸らすと、咎めるように手を掴まれる。


「……痛いわ。放して」


アリスがそう言うと、ボリスはすぐに手を離した。


(ごめん、ボリス……)


「分かったわ。じゃあさっきのブラッドがいつも×××で×××ってるのが正解よ」
「あはは。じゃあ俺の勝ち」


一瞬壊れかけた何かを取り戻すかのように、2人は笑った。


「……何が起こってるの?」
「実はよく知らない」
「えぇ!? 何よそれ!」


さすがにアリスは怒鳴った。


「もういいわ。ボリスなんて知らない」


さも知ってます、みたいな言い方したくせにこれだ。
ボリスにからかわれたのだと、アリスは思って、ふいと横を向いた。


「よくは知らない、でも何が起こってるかはすぐに分かる」
「またなぞなぞ?」


分かりにくい言い回しに、アリスは苛立つ。
まぁまぁと、いきり立つアリスを押しとどめながら、ボリスはアリスの後ろに、視線を向けた。


「事実さ」


なんの事かと、アリスはボリスの視線の先を追って振り返った。
すると、その先に、何人かが固まって言い争っているのが見えた。
少し離れているので声までは聞こえなかったのだ。


「ねぇ、ボリス、あの人たちって……」
「ネズミが集まって何してるかなんか知らないよ」


……ウザいから食ってこようかとボリスはぶつぶつ言っている。


「ネズミ? じゃあ……」
「気を付けろよアリス。あいつら×××だから」


ボリスに形だけのお礼を言って、アリスはそのネズミ達の輪に向かって走り出した。
走り寄ってくる音に反応してか、一斉にネズミたちが、アリスを見た。
アリスが近づくのに気付くと驚いて散り散りに逃げだす。


「待って! 話を聞きたいだけよ!」


急いでそう言ったにもかかわらず、彼らの姿はもう見えなくなってしまった。


「もう……何にもしないのに……」


この世界の人たちは大抵好意的に接してくれるのに、彼らは違うようだ。そ
う言えば、ピアスの仲間の姿は今まであまり見掛けなかった。

どうしようかと、途方に暮れたアリスの後ろから、おずおずというふうに、声が聞こえた。


「あ、あの……」


その声に振り向くと、木の根元に一匹のネズミが隠れていた。
気付かなかったアリスは、そのネズミに急いで駆け寄る。

見ると、所々擦り傷やら切り傷を作っていた。


「ど、どうしたの?」


もしかしてネズミ間でもいじめが?
ピアスもいつもいじめられているけど、仲間のネズミからはどうなのだろうかと、一瞬心配になった。 
役もちなのだから大丈夫だと思いたい。


「アリス? アリスじゃないですか?」
「そうだけど……」
「よかった〜〜実は……」


その傷だらけのネズミさんは、聞きだすまでもなくぺらぺらと話し始めた。

今ネズミ同士の対立が激しく、片づけなんて地味な仕事は嫌だもっと華やかな仕事がしたい派(過激派)とただただ静かに暮したい派に分かれているらしい。
こんな状態では仕事も満足にできないし、過激派は掃除屋の仕事を邪魔するのだという。


「ちょうど今、大規模な交戦中で……」
「えぇ!」


(じゃあ、まさか今ピアスは、それに巻き込まれているのかしら……?)


「過激派の奴らの抵抗が激しくて、そうしたら――」
「そんな事になってたなんて……。ピアスは? ピアスは過激派なわけないから、あなたたち側なのよね? まだ残ってるの?」


ピアスなら一番に逃げ出してもおかしくないと、思ったものの、一応聞いてみた。


「ピ、ピアスはまだ戦っていると思う」
「えぇ? どうして」
「ピアスはどっちにも付いてないんだ。俺たちが争うのを止めようとしてたんだけど……」


傷だらけのネズミはいきなり泣き始めた。


「ピアスが何なの……?」
「ピアスがいなくなったら、俺たち困るよ。困って仕方ないよ」
「え……?」
「助けてよ、アリス。 アリス助けて!」


助けてと繰り返すネズミの声が、アリスにはピアスの声に聞こえた。


『アリス! 助けて!』



*  *  *



ザク、ザク、ザク……

ザクザク……ザク


「ピアス? そこにいるの?」


土と小石が抉られる音がする。
聞くだけで不安になる音だ。もう勝敗は決まり、誰もいないのだろうか。

傷だらけのネズミが告げた場所に着くまでに、夜に代わってしまった。

森の奥には出来るだけ一人で行きたくなかった。
あのドアのある場所に近づくのは怖かった。

暗くて見えづらい木々の間に目を凝らす。
昼間は明るくて綺麗な森も、夜になると様変わりする。


「……ピアス? ねぇ! 返事して!」


不安が募って、呼びかける。

しかし返事はなく、代わりにそれまで聞こえていた土を掘る音が消えていた。
葉と葉がこすれ合うざわめきしか返ってこない。

アリスは道からそれ、森の奥へと足を踏み入れた。不安は忘れていたのだと思う。

先ほどまで聞こえていた音を目指して、アリスは進んだ。
いつもより森が自分を拒んでるような気がしてならなかったが、かすかに届く星明かりを頼りに、ピアスの姿を探す。

静かだった。
時折足の下で折れる小枝の音が、響くほどに。

銃音どころか、生き物の気配すらない。
アリスはこの先にピアスがいるのか分からなくなってきた。
あの土を掘る音が、まるで夢の中の出来事だったかのように、遠く感じられた。


「あっ!」


物思いに沈んでいると、途端足元が危うくなる。
転びそうになって、つい傍にあった木の幹に手をついた。


ぬる……


倒れずには済んだものの、その木の幹は濡れていた。
アリスはべたべたとするそれが何なのか知ろうとしたが、やはり暗くて何も見えない。
雨は降るはずないし、誰かがこんなところまで水やりに来るとは思えない。


(……これ、もしかして)


アリスはまさかと思うと同時に、多分そうなのだろうと、心のどこかで思う。
ピアスはこの先にいるのだろうか。


「え?」


早く行かなくてはと、踏み出した足に力が入らず、膝をついた。足が震えていた。


(私って、弱いわね。こんなことで……)


アリスは汚れた手で土を握り締めた。

ピアスがいなくなると思った途端これだ。
今までいなくても、ちゃんと立っていられたのに。

しばらくしゃがみこんでいると、目の前が明るくなった。

夕方になったのだ。
手を開いてみると、土で汚れていて真っ黒だった。スカートも土で汚れている。


「ふふっ……」


自分の姿がみじめで笑えた。


(こんな姿になってまで、ピアスに会いたいだなんて、少し前の私が見たらきっと笑うか、呆れる)


歩きやすくなった森を、アリスは進んだ。道も木も何もかも赤黒く汚れている。


(この景色を見たら、ピアスはなんていうかしら)


死体もいくつかあった。
銃で撃たれたものが多かったが、綺麗に首が切れていたり、木に斧で縫い止められた者もいる。

どこかで聞いた場景。
予感がして歩いて行くと、地面に見慣れた帽子が落ちている。

その場所に近づいてアリスは手で掘り返した。

少しずつ、少しずつ。
指から血がにじむころになって、やっとアリスは会えた。


「ピアス生きてる?」


頭を膝の上に乗せて、髪と顔に付いていた土をはらう。
しばらくそうしていると、ピアスは目を開けた。不思議そうにアリスを見る。


「アリス?」


存在を確かめるように、手を伸ばす。


「とっても綺麗だね」
「どこがよ、土だらけじゃない」


その言葉にピアスは笑い、アリスもつられて笑みを浮かべた。
泣き笑いのようになっていたかもしれない。


「結局、罠にかかっちゃったわね」


そう呟いたアリスの声は、赤く染まった森に……土に吸い込まれていった。



【土の中 / 岬 / 了】





 


===== あとがき ===

2010年夏発行『in the Dark Forest』より。

岬さんによるピアス×アリス。
ほんのテーマが「夏っぽい」だったので、ほんのりオカルト風味にしたかったそうです。

読んでくださってありがとうございました!