森に落ちる。
後編












「この辺りかな。ちょっと待ってて」
「探してくるね、アリス。ここで待ってて」


 ボリスとピアスは、ガサガサと茂みに分け入っては、落ちた星を探している。
 アリスはただ突っ立って、彼らをぼうっと見つめるだけだ。

 全くやる気がないことも理由のひとつだが、夜目がきかないことが大きい。


(……暇だな)


 とりあえず手伝おうとしたものの、足元も見えないような場所は危ないから、と二人にやんわり止められたのだ。


「あった! あったよ、アリス!」
「こっちにもあったぜ。二つ落ちたのか」


 ピアスとボリスは、同時に明るい声をあげた。
 二人は急いでアリスのもとへ戻ると、ほら、と、よく見えるようにその手を広げた。

 アリスは、二人の手の上に乗せられたものを、まじまじと見つめた。
 チカチカと淡く輝く、まるで玩具のような星。


「……星ね」
「うん、星だ」


 この星を、アリスはハートの国で見たことがある。星の夢を、アリスは見た。
 正確には、星と共に落ちる夢を。ナイトメアつきで。

 あまり美味しくはなかったな、とアリスはぼんやり考えた。思考回路が狂っている。


「キラキラして綺麗だよね! 俺、星って好き。でも、今回はアリスにあげるよ」
「え?」


 ぎょっとして、アリスはピアスを見た。ピアスは「さあ」とアリスに手を突き出している。


「初めて見たんでしょう? だから、アリスにあげる。どっちがいい? どっちの星にする?」
「な、何が?」


 そもそも、受け取ること前提で話を進めないで欲しい。


「残るのは、どっちかひとつだけ。選ばなかった方は消えるんだよ」


 ボリスの言葉に、アリスはぎくりとした。
 それはかつて、アリスがした選択に似ていた。

 どちらかを選ぶ。いらない方は消える。
 選ばなかった方には、二度と戻れない。道は閉ざされ、消えてしまう。


「……」
「好きな方でいいんだ。願いごとがあるなら、選ぶといいよ」


 ボリスは囁くように、アリスに選択を促す。その表情には、全く悪意は感じられない。
 彼らが親切で言ってくれている、ということはわかるのだけれど。


(願いごとなんて)


 馬鹿げている。
 意思とは裏腹に、自然とアリスの手は伸びていた。


「そっちにするの? こっちの方が、あんたに似合うと思うけど」


 ボリスは意外そうな顔つきで、選ばなかった方の星を、手の上でぽんぽんと弄んだ。
 確かに、ボリスの持っている方が大きく、優しい色合いをしている。


「ううん、こっちがいい」


 アリスが選んだ方は、やや小ぶりで、どこか冷たい輝きを放っていた。自分にはこちらの方が似合う。


「そっか。はい、アリス! あげる」


 ピアスはニコニコしながら、アリスの手に星を落とした。
 ボリスは、残った星を、空に向かって投げ返した。返された星は、夜空に溶けて、ゆっくりと消えていく。


「よかったね、アリス! 星を大事にしたら、お願いごとを叶えてくれるんだよ」
「……本当に?」


 実を言うと、まだ半信半疑だ。星を手にしておいて今更感はあるが。


「うん、そう。大事にしてたらいいことがある、っていうね。ま、おまじないみたいなもんだよ」


 ボリスが横から補足してくれたが、アリスの顔は僅かに引きつった。冷静に考えて、自分は今、ありえないことをしている。


(お星様に、お願いごと?)


 そんなうすら寒い行為を、やれというのか。
 寒気がした。そんなキャラではない。断じてない。その筈だ。


「大事にするって、どうやって?」
「アリス、知らないの? 話しかけるんだよ。お話するの」
「……へー」


 さっきから、質問ばかりしている気がする。


(お星様と、お話……)


 なんてメルヘンなのだろう。メルヘンすぎて鳥肌がたつ。

 ピアスは、自分がアリスに教えてあげている、と、やけに嬉しそうだ。
 その気分に水を差したくない、とアリスは黙ってピアスの説明を受けた。


「それでね、それでね。これ。これが大事なことなんだ。お願いしたことは、誰にも言っちゃ駄目なんだよ」
「そうなの……ルールがよくわからないわ」


 アリスにはよくわからないルールだが、ボリスの修正が入らないところを見ると、そういうものなのだろう。
 自分も随分と適当になったものだ。順応している自分が怖い。


(願いごと、か)


 アリスは、手の上で輝いている星を、改めて見つめた。
 灰色や薄い青の冷たい光に、目が奪われる。冷たいように見えるけれど、実際に冷たくはない。暖かくもないが。

 しばらくそうしていると、ピアスがアリスの手元を覗きこんできた。


「ね、ね、アリス。何をお願いするの? こっそり俺だけに教えてよ」
「……お前、今、自分で『誰にも言ったら駄目』って言ったじゃねえか」


 ボリスの心底呆れた声を受けて、ピアスは「あ」と口をおさえた。


「そうか。そうだったね。じゃあ、二番目! 二番目のお願いだったら、いいでしょう?」
「二番目?」
「うん。俺に教えて?」


 ボリスも興味深そうに、アリスの答えを待っている。二人(二匹?)に見つめられ、アリスは訳もなく動揺した。


「ピアスは? ピアスは、願いごとはないの?」
「俺? 俺はね、あるよ。知りたい? ……ぴっ!?!?」


 にじり寄るピアスの頭を、ボリスの手がガシッと掴んだ。ピアスは氷のように硬直している。


「鬱陶しいから聞きたくねえよ。お前の願いごとなんて、たかが知れてる」
「それは……ちょっと、言い過ぎよ」


 ボリスは「そうかあ?」と言いながら、小さくため息を零した。


「そうでもないと思うよ、俺は。こいつ、どうせチーズのことしか言わねえ」
「そ、そんなことないもん!」


 ピアスの決死の反論を、ボリスは綺麗に無視をした。


「俺は、あんたに興味がある。な、アリス。あんたは、二番目に何を願う?」


 アリスはしばらく考えこんだ後、ぽつりと口にした。


「二人と、ずっと一緒に居たい」


 ボリスは目を丸くすると、不服そうに口を尖らせた。


「それ、二番目? 一番じゃないの?」
「うん、二番よ」


 今のところは。
 ボリスは「ふうん」と呟くと、アリスに向かって微笑んだ。


「何か釈然としないけど……わかった。それは、俺が叶えてあげるよ」


 不安がるアリスに、ボリスはただ優しい。


「俺はあんたから離れない。もしもこの先、世界が変わって離れたとしても、俺はあんたに会いに行くよ」


 ドアを開けて。

 ボリスの声に嘘はない。きっと変わらず、アリスに会いにきてくれるだろう。
 二人がいい雰囲気になったのを察したのか、ピアスも、負けじと声を張り上げた。


「俺も俺もっ! 俺も、アリスとずっと一緒に居る!」
「お前はいらねえ」
「え〜〜!? でもっ、アリスは俺とも居たいって言ったじゃないか!」


 珍しく、ピアスはボリスを相手にしても引いていない。二人はそのまま言い合いに発展し、静かな森は騒然となった。


「ふ〜ん、珍しいな。生意気言うじゃねえか。……ああ、わかった。お前も一緒にいるといいよ」


 ぞわりとする声で、ボリスは優しく囁いた。背筋の寒くなるような、猫なで声。
 警戒したのか――しない方がおかしい冷ややかさではあったが――ピアスは、びくりと体を震わせた。


「え、え? なに、なに!? なんか怖い予感がするっ……」
「ああ、三人で一緒にいようぜ。但しお前は、俺の腹の中でな!」
「ぎゃあああああっ!?」


 とうとう臨界点を超えたのか、キレたボリスがピアスを追いまわし始めた。
 そうして、穏やかな時間はこれにて終了となった。
 二人の追いかけっこを「微笑ましい」と眺めながら、アリスは星を軽く握りしめた。


(一番の願いは)


 姉の幸せを望むべきだと思ったが、願ったのは姉のことではない。自分の為の、しかも、酷く我侭な願いだ。


(叶うかな?)


 叶って欲しい。
 
 アリスの願いを受けて、星は呼応するかのように静かに瞬いた。
 このまま、ずっと変わって欲しくない。でも、変わって欲しいことがひとつだけ。
 猫と鼠のいる遊園地は、どんなにか楽しいものだろう。
 ゴーランドとボリスとピアス。四人でするお茶会は、きっと楽しいに違いない。

 そうしていつか、このままで、遊園地に変わればいいと思うのだ。




【了】




 


===== あとがき ===

穏やか系の森組でした。
ゴーランドのことをピアスが「メリーちゃん」と呼ぶ&仲良しのは個人的な希望でございます。書いた時に勝手に作りました。
ゴーランドとは仲良くあって欲しいなあ、と。

それにしても森組は可愛らしくていい。癒し系万歳!

ではでは、読んでくださってありがとうございました。

(2011.9.26 山藤)