子供と動物のおはなし。









とうとう森に着いてしまったと、アリスは心の中で思った。

ディーとダムは、先程虫を捕まえる時に使用した網を持っている。
ボリスは、縄を持っている。


(どうかピアスが見つかりませんように)


アリスに出来る事は祈る事だけだった。


「それにしても珍しいな」


ボリスが、ディーとダムに話しかけた。


「ピアスを捕まえようなんてさ」


ボリスは、しきりと不思議がっている。


「僕ら、お姉さんに動物の可愛がり方を教えてもらっているんだ。餌をあげると仲良くなれるってお姉さんが教えてくれたんだ」
「猫はネズミが好きなんでしょ。だから、捕まえるんだよ」
「ふ〜ん。そんな話をしていたのか」


やっと理由が分かり、ボリスは納得したようだ。
だが、アリスには気がかりな事があった。


(どうしてボリスは否定しないのかしら? まさか本当に食べる気なのかしら?)


森の奥へ進むにつれて、アリスは無口になっていく。
相変わらず、三人は仲良くピアスを捜している。


「そうだ!」


ボリスが何か思いついたようで、楽しそうに笑っている。


「「どうしたの?」」


ディーとダムが興味津々で、目を輝かせている。


「いい事を思いついたぞ。アリスにおとりになってもらう」
「えっ! 私?」
「ああ。ピアスは、アリスの事が好きだからな。一人になれば出てくるかもしれないぜ」
「それいい案だね!」
「さすがだね!」


ディーとダムに褒められ、ボリスはまんざらでもなさそうだ。


「そうかもしれないけど……」


ボリスの姿があれば隠れて出てこないに違いない。


「アリスは、乗り気じゃないんだな」


先程から浮かない表情のアリスを見て、ボリスが顔を覗き込んできた。


「だって、ピアスを食べるなんてひどいわよ」


そう言ってみるものの、ボリスは笑うだけで何も言わなかった。

アリスを残して、ボリス、ディーとダムは姿を隠した。
何も知らないピアスを捕まえるつもりなのだ。

ぽつんと一人残されたアリスは、このまま帰ってしまおうかと考えた。
だが、ボリスに止められるかもしれない。


(もう泣きたい気分だわ)


じっと立っているのも疲れるので、アリスは腰を下ろした。
しばらくその場で待っていると、茂みからガサガサという音がした。

茂みから現れたのは、ピアスだった。


「いい匂いがすると思ったんだ」
「もしかして、私の匂いが分かるの?」
「うん! チーズみたいなおいしい匂いがする!」
「だから、……」


チーズではないと言おうとした時、一斉にピアスに飛び掛った。


「えっ? えっ?」


何が起こったのかピアスは分からなくなった。


「よっしゃー! 捕まえたぞ」
「やった! 大成功だね」
「ネズミを捕まえたよ!」


三人は嬉しそうに喜んでいる。


(あ〜あ、捕まってしまったわ)


ピアスが来たら、逃げるよう伝えるつもりだったのに、ついチーズじゃないとムキになっている内にボリス達が飛び出してきた。


「じゃあ、ネズミを食べてよ!」
「おいしいんじゃない?」


ディーとダムは、早速食べるようボリスに促した。
ところが、ボリスは何もしなかった。


「あれっ? 食べないの?」
「ああ。誰が食べるかこんな不味そうなネズミ!」


ボリスは、捕まえる事に満足したのか、ピアスに興味を失ったようだ。


「えぇ! 食べるところを見たかったのにな」
「折角ネズミを捕まえたのに、食べてくれないの?」


ディーとダムは、不満をあらわにした。


「良かった……」


アリスは、安心した。
だが、ディーとダムは再び恐ろしい事を口にした。


「ネズミを食べないなんて、猫じゃないんだよ」
「そうだね。やっぱり尻尾をちょん切ってやろうよ!」


今度は、ボリスを追いかけ始めた。


「なんでそうなる!?」


身の危険を感じたボリスは、急いで走って逃げた。
その後を、ディーとダムは追いかけた。


「やっぱり仲良くなんて出来ないのかしら?」


そんな事はないはずと、アリスは思いたかった。


「アリス〜、助けて!」


ボリス達によってグルグル巻きにされているピアスの事をすっかり忘れていた。


「あっ! ごめんなさい。すぐに助けるわ」
「うぅ。怖かったよう」
「もう大丈夫よ」


縄を解き終わると、ボリスが走って行った方向を見た。


(ボリスは、大丈夫かしら?)


遠くの方から、何やら叫ぶ声が聞こえてきたが、何と言ったのかまでは聞き取れなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



本当なら、アリスも彼らの後を追いかけるべきだったのだ。
二人を追いかけて、そんな事は止めてと、二人の暴走を止めねばならかなった。


(……ごめん、ボリス。助けにいく気力がない……)


でも、アリスが助けに行かなくたって、ボリスの身のこなしは素晴らしい。

だから、きっと大丈夫。たぶん。

そう思い込んで、アリスは自分を誤魔化した。

ピアスと二人、その場に取り残される。
ピアスは身を屈めると、アリスにそっと耳打ちした。


「……何だかよくわからないけど、にゃんこも双子もいなくなったね? ね?」
「そうね……置いていかれたわねー」


元気ねえ、とアリスは他人事のように呟いた。
そんなアリスを見て、ピアスは得意そうに胸をはった。


「大丈夫、がっかりしなくても、俺が一緒にいてあげるよ! でもでも、何で俺のこと捕まえたりしたの?」
「あー……」


ピアスの疑問も当然だろう。
アリスも一緒になってピアスを捕まえた形になってしまっている。
彼に、ちゃんと説明しておくのが親切かもしれない。

アリスはかいつまんで、今までの経緯を説明した。
ディーとダムと一緒に動物愛護に乗り出したのだと言うと、ピアスは目を丸くした。


「ええっ!? そんなことしてたのっ!?」
「うん……」


すっかり恥ずかしくなって、アリスは俯いた。
双子と一緒になって悪乗りしてしまった自覚は、ある。


「アリスっ!!」
「はいっ!?」


ガシッと勢いよく肩を掴まれて、アリスはぎょっとした。
怒られる、と思わずアリスが身を竦めると――。


「俺はっ!?」
「へ?」


アリスが素っ頓狂な声をあげたが、ピアスは到って真剣だった。


「俺だって動物だよ!? 立派な動物! だからアリス、俺のことも可愛がってよっ!!」


勢いに任せて、がばーっと抱きつかれる。

アリスはどぎまぎしながら、何とか離れようと試みたが、それも徒労に終わった。
ピアスも男の子だ。力はアリスよりも遥かに強い。


「あ、あの」


離れて、とアリスは口を開いたが、ピアスは聞く耳をもたない。


「ずるいよ、ずるい! 皆して、アリスに可愛がって貰っただなんて!」
「あの、ちょっと、ピアス、顔が近い」
「アリス、ネズミは嫌いなの? 嫌いだから、俺にだけ優しくしてくれないの??」
「人の話を聞けー!!」


ぱしんっと、軽快な音が響いた。


「あいたっ!? 痛いよ、痛いっ! 酷いよ〜〜〜」
「話を聞いてくれない方が酷いわ!!」


涙目で訴えられたが、アリスはすぐさま切り返した。
人の話をちっとも聞かず、しかも力任せにぎゅうぎゅうに締めあげられたのでは、たまったものではない。

スッと、二人の間に刃が差し込まれた。
ギラついた刀身にぎょっとして顔をあげると、傍らにはいつのまにかディーとダムが立っている。

二人が戻ってきていたことに、全く気づかなかった。
ぎゃあぎゃあ煩く騒いでいたから、知らなくても当然かもしれない。

ディーとダムは、ピアスを睨みつけている。


「そうだよ、離れてよ。ネズミの癖に、何でお姉さんに抱きついてるのさっ!!」
「図々しいネズミだね……お姉さん、ネズミは可愛がらなくていいよね? 駆除しないと」


低い声で呟くと、ディーとダムは斧を持ちかえた。刃をピアスへと向ける。


「わ、わわわっ!?」


ピアスは慌てふためいて、その場にしゃがみ込んだ。

刹那、ジャッと空気を斬る音が走る。
ちょうど、ついさっきまでピアスの首があった位置だ。

ピリピリした空気に、アリスは青ざめた。
ピアスを傷つける、なんて可愛らしいレベルではない。いや、可愛くはないけれど。
二人とも、殺る気満々である。


「駄目よ、二人とも! 酷いことしないで!」


アリスが声を張り上げると、ディーとダムは追撃する手を止めた。


(危なかった……)


危うくピアスが真っ二つになるところだった。
アリスはやっと息を吐くと、その場にしゃがみこんだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



一方、攻撃を制止された双子は不満だった。
せっかく仕留められると思ったのに。


「え〜〜〜〜。でもさあ、お姉さんがネズミに襲われてるんだよ? 助けるのが当たり前じゃない」


アリスに勝手に抱きついているだけでも、死に値する蛮行だ。
ディーとダムが取った行為は、正当防衛に近いものである。


「そうだよそうだよ。僕らの大事なお姉さんが、ネズミなんかに……」


ディーの言葉は、最後まで続かなかった。
アリスはしゃがみこんで――ピアスの背を、優しく撫でているではないか。


「もう、そんなに泣かないの。ほら、二人とも。斧をさげて」


その上、優しい言葉までかけている。
何でネズミなんて庇うんだろう、とディーとダムの心中は、まこと複雑だった。


「……」
「……」


ぐすぐすと泣くネズミ。
それを、一生懸命なだめるアリス。

ああ、何て面白くない光景だろう。

ディーとダムは苛立ちを隠そうともせず、ぷいっとそっぽを向いた。


「ネズミだって動物よ? 二人とも。ピアスも可愛がってあげてよ」


いつもなら素直に聞き入れる筈の言葉も、なんとなく頷き難い。


「ネズミの可愛がり方なんて知りたくないよ」
「同感。どちらかっていうと、殺したい感じ」


ぶつくさ呟くと、はあ、とアリスの大きな溜息が聞こえてきた。

――嫌われる?

――いいや、そんな筈はない。

アリスを困らせたくはなかった。
けれど、この仏頂面は、なかなか直せない。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



すっかりへそを曲げてしまった二人を見て、アリスはどうしたものか考えた。
機嫌を損ねてしまった理由は、ちっとも分からないのだが。


「もう……。じゃあ、いいわ。私だけでピアスを可愛がるから」


本当は、もう少し二人と一緒に――。
アリスが諦めてそう口にすると、ディーとダムは弾かれたように顔をあげた。


「ええええ!?」
「何てこと言うのっ!? お姉さん、正気っ!?」


頭まで疑われてしまい、アリスはいささかムッとした。


「うん、正気よ。だって、二人とも嫌なんでしょう?」


アリスが言い返すと、ディーとダムはぐっと言葉に詰まった。
アリスの方が優勢である。珍しいこともあるものだ。


「……」
「……」


色々と、心の中では葛藤があっただろう。
けれど、結局、ふたりは渋々頷いてくれた。
アリスが折れないと分かって、譲ってくれたのだろう。


「わかった……嫌だけど、お姉さんは好きだから」
「僕らもやる」


アリスは、わざと明るい笑顔で「ありがとう!」と返した。
少しでも二人の機嫌がよくなればいいな、と願って。


(あ、少し……やわらかくなった気がする)


もともと、子供は移り気な生き物だ。
ムッとしていたのに――それは、持続しない類のものだったのだろう。


(よかった)


さて。
改めて、考えてみることにする。


「ネズミの可愛がり方……うーん……」


アリスが考え始めた横から、ディーとダムが口を挟んできた。


「チーズでもやれば? って、変わり映えしないけどさあ」
「そうだねー。意外性の欠片もないよね、あいつ」


若干、言い方に刺を感じないでもない。


「チーズ?」


ぴくん、とピアスが反応した。
途端に、ディーとダムの顔がげんなりとする。


「……ほら。あ、何か僕、うざくなってきた」
「僕も」
「こらこら……」


そんな二人を軽く窘めながら、アリスはピアスに向き直った。
期待の眼差しが、やけに眩しい。


「アリス、チーズくれるの? 俺にくれるの?」
「うん。ちょっと待って、いま」


あげる、とアリスはバスケットからチーズの入った箱を取りだした。
そのままピアスに手渡すと、ピアスは歓声をあげた。


「へへっ、チーズだっ! 嬉しい、俺、すっごく嬉しいなっ! アリスから貰ったチーズ」


わあ、と喜色満面のピアスを見て、ディーとダムは苦い顔をした。


「おい。僕らのこと、忘れてない? それ、僕らからだよ?」
「え」


ぴたり、とピアスは動きを止めた。


「僕らが選んでやったんだ。感謝しなよ」
「え、えええっ!?」


ピアスは短く叫ぶと、瞠目した。


「ふ、双子が……俺に、選んだ……」


ショックのあまり、肩が震えている。
そんなに嬉しかったのかと誤解したアリスが、ピアスに声をかけた。


「そうよ。いいところもあるでしょう」
「こ、怖いよっ!! ぜったい、普通のチーズじゃないっ!!」
「え」
「でも、でもでも、くれたのはアリスだし……でも、双子が選んだのなんて、危険がいっぱい過ぎる! ど、どうしよう。俺、どうしたらいい?」


どうもこうもない。チーズなんだし、食べてくれたらいいと思うのだが――。


(危険??)


実は、アリスは中身をちゃんと見てはいないのだ。
絶対に安全、と勝手に保障することは難しい。

アリスは、くるりと双子へ向き直った。


「……ねえ、ディー。ダム。妙なチーズを選んだわけじゃないわよね?」


ディーとダムは、揃って頷いた。


「当たり前だよー。そこらへんにあった、ごく普通のチーズだよ。失礼だよねー、あいつ」
「そうそう、普通だよ。普通。むかつくなー、あいつ」


双子はそう言うと、口を尖らせた。
そう思うのも尤もだな、とアリスは納得した。
誰だって、選んだものにケチをつけられて良い気はしないだろう。

アリスは、ピアスに視線を戻す。


「……変なチーズじゃない、って言ってるわよ?」


けれど、疑い深いピアスは強く首を振った。


「う、嘘に決まってるっ!! アリス、君、騙されてるんだよっ!!」
「……」


まさかそれはないだろう、と思うものの、やはり確証はない。
アリスは、再びディーとダムへ視線を向けた。


「騙してるの?」


私のことを。
アリスがたずねると、双子は目を瞠った。


「僕らがお姉さんを騙す!? そんな訳ないじゃないか!」
「ほんっと、口の減らないネズミだね……! たたっ斬ってやる!」


激昂した双子は、すぐさま斧を構えた。
ピアスは、慌ててアリスの背後に回る。ぎゅう、と指先で肩を掴まれて、正直、痛い。


「わわわわわっ!! 怖いよ、双子こわいっ!!」
「ちょっと、みんな落ちつい……」


その時。

ガサリ、と物音がした。

四人の視線が、一斉にそちらへ向けられる。
ボリスが戻ってきたのかな、と思ったのだが、そこに現れたのは――。


「……何をしてるんです。僕のアリスに勝手に触らないでください。汚らわしい」


眉間の皺が、彼の胸中を物語る。


「ペーター!」
「ぺたちゃんっ!!」
「死ね」


ピアスに対するペーターの返事は簡潔だった。
短い宣告と同時に、遠慮のない銃声音がする。

ピアスは素早く飛びのいて、何とか直撃を免れた。
ペーターが小さく舌打ちするのを、アリスは聞き逃さなかった。


「あんたこそ、こんな所で何を」
「僕ですか? 僕はですね……ふふ」


にこり、と微笑まれて、アリスは動揺した。
ピアスに対する態度とまるで違うことに、空恐ろしいものを感じる。

ペーターは無邪気な笑顔を浮かべると、アリスに飛びついた。


「アリス、貴女に会いに来たに決まってるじゃありませんかっ!!」
「ぐっ!?」


不意打ちだった。
というか、完全に油断していた。
ぐいぐい抱きついてくるペーターを、なんとか押し返そうとしたけれど、ビクともしない。


「実は、エース君から聞きましてね」
「な、にをっ」
「どうも、貴女が動物を愛でて回っているとか」


アリスは目を丸くした。

どうして、ペーターがそんな事を知っているのか。
それよりも、エースから仕入れた情報というのが――。


「な、んでエースが、そんなこ……ペーター、苦しいってば! そろそろ離して!」


思いきり胸を叩くと、ペーターはようやくアリスから身を離した。


「ああ、すみませんっ。久しぶりにあなたと会えて嬉しかったので、つい」


つい、で窒息死しては困る。

アリスは何とか呼気を整えた。
ペーターが背中をさすってくれるのが、ありがたいやら小憎らしいやら、だ。


「何でも、三月兎から聞いたとか」
「エリオット……?」


これまた、不思議な連鎖だ。
敵対しているエリオットとエースに、接点などないのに。


「ええ。いつものように迷子になって、偶然出会った彼に道を尋ねたそうです」
「……」


ああ、なるほど。

そう言われると、合点がいった。
エースの筋金入りの迷子っぷりには、いつも驚かされる。


(現に、ペーターまで動いてるし……)


厄介なことをしてくれた、と苦々しい想いで、アリスは息をこぼした。
ペーターは得意そうに続ける。


「そこで、僕の方から来て差し上げた、というわけなんですよ。さあさあ、アリス。遠慮することはありませんよ! 僕を可愛がってください!」


そんなごり押しされるのは嫌だ、とアリスが言いかけた時、ぽふん、とペーターの姿が消えた。


「え……ペーター……」
「ここです、アリス」


まさか。

アリスは恐る恐る、声のした方を見た。アリスの足元に。

そこに居たのは、兎姿のペーター=ホワイトだった。

真っ白な毛皮はやわらかそうで、丸い瞳はガラス玉のように愛くるしい。
そんな生き物が、ちょこん、とアリスの足元から見上げているのだ。


「……か、可愛いっ……!」


禁じ手を使われた感はあるが、ともかくアリスは、誘惑に負けた。

ペーターを抱き上げると、そのまま胸に抱く。
ふわふわとした毛の感触が、どうにもたまらない。


「ああ、アリス……僕、幸せです! あなたに抱きしめて貰えるなんて……!」


ペーターも幸せそうに、アリスの抱擁に応じる。
二人の周囲にだけ、まるで春のような陽気に包まれていた。

そんな二人を、冷ややかに見つめる子供たちがいた。


「兎の持ち方って、耳を掴んでいいんだっけ? お姉さん」


ナイフのような鋭利な声に、アリスは我にかえった。


「そ、そんなことしたら駄目よ。兎の耳は繊細なんだから、引っ張ったりしちゃいけないの」


エリオットの耳は、たまに引っ張られているけれど。


「ふうん? 意外と頑丈そうだから、実は平気じゃないの? 試してみたいなあ」


ダムが手を伸ばした途端、ペーターは人型へと姿を変えた。


「子供はいりません。僕は、アリスに可愛がって貰いに来たんですっ!!」


そのまま銃撃戦へ突入する。金属音や銃声音が耳に痛い。


「ペーター!」


やめてよ、とアリスが声をあげると、ペーターはアリスへ視線を向けた。


「はいはい、何ですか? 僕のアリス!」
「あんたのじゃないっ!!」


そこは違う。
断じて違う。

アリスが怒鳴り返すと、ディーとダムの目が険しくなった。


「そうだよ、お前のじゃないよっ! お姉さんは僕らのだ!」


それしきの事で言い負けるペーターではない。
ダムの言葉を一蹴して、嘲笑を浮かべる。


「ふん、子供のくせに生意気な。アリスは、あなた達のような子供に興味はありませんよっ!」


(ペーター……あんたって)


本当に、己に忠実な男だ。
元来、子供だからと、譲歩するようなタイプではないけれど。

アリスは早々に諦めると、木の幹にもたれかかった。
ぼんやりと、三人の撃ち合いを眺める。


「……あ〜〜……耳が痛い」


しばらく、喧騒はおさまりそうにない。
どうしたものか、と思案していると、背後に気配を感じた。


(誰か……いる? ピアス?)


アリスが何の気なしに振り向くと、髪の乱れたエリオットが立っていた。


「エリオット……」
「アリスか。ってことは……いたな」


エリオットの視線の先には、ディーとダムがいる。
ぎらり、と目の輝きが嫌な感じに増していくのを、アリスは間近で見た。


「よお。ここに居たか、ガキども」


低い声には、少なくはない怒気をはらんでいる。
思わぬ来訪者に、ペーターと双子は撃ち合うことを止めた。

エリオットの尖る視線を受け流し、双子は、エリオットの後ろに目を向けた。


「事情は聞いたぞ。動物愛護だったそうだな」


エリオットの背後から、もうひとり。
鋭い金色の目をした男が現れた。その手には、ナイフが握られている。


「派手にやらかしてくれたお礼に、お前らのことも可愛がってやるよ」


のそり、とボリスが現れる。
ところどころにかすり傷を負っていた。木の枝に引っかけた傷ではなく、切り傷だ。


「何せ、お前らはガキだからな。ガキは、遊んでやらなきゃいけねえだろ?」


なあ、とエリオットは銃を構えた。
そんなエリオットに、グレイが深く同意する。


「そう。年下の子供だ。たまには、相手をしてやらなくてはな」


言いながら、グレイも戦闘態勢にはいる。

不穏な空気が辺り一帯に漂い始めた。
ディーとダムは数歩さがると、突如あらわれた第三勢に対して身構えた。


「ってことで、俺らが遊んでやるよ。全力でな!」


ガン、とボリスが発砲する。
それを合図に、エリオットやグレイが動いた。


「わっ!?」
「アリス、貴女はこちらへ。危ないですからね」


思わず目を瞑ったアリスの背に、誰かの手が添えられる。
ペーターかな、とアリスは思ったが、目を開ける事ができなかった。
そっと誘導され、喧騒が少しだけ小さくなる。

――遠ざかってる?

気づいたアリスは、慌てて目を開いた。


「ま、まって、あの子たちを置いてくわけには」
「いいんですよ。悪ふざけをしたんですから、たまには良い薬です」


ペーターは、あっさりと言いきった。
やっとアリスから手を離すと、目を細めて来た方角を見やる。


「……ま、そのうち終わりますよ。それまでは、ここに居てください」


適当なことを言うと、ペーターは銃を片手に場へ舞い戻って言った。


(ペーターまでっ!?)


慌てて引き留めようとしたけれど、伸ばした手は空しく空を掴んだ。


「……ど、どうしたら」


迷ってはみたものの、アリスには、どうする事も出来ない。ただ待つことしかできない。
銃声は鳴りやまず、合間に聞こえる金属音がアリスの心をざわめかせた。


「ちっ……そんな親切、いらないよっ!!」
「わっ!? 危なかった……!」


怒声に混じり、ディーとダムの声が微かに聞こえる。
形勢は圧倒的に不利だというのに、声には焦りは感じられない。


「……ディー、ダム……」


この世界の動物には、曲者が多い。多すぎる。


(……可愛がろうなんて言いだして、悪かったわ……ごめん)


アリスの常識を押し付けたりして悪かった。と、アリスは反省していた。
今後もこの世界で生きていくのだから、アリスの常識は捨てるべきなのかもしれない。


(それにしても、仕返しって……エリオット達もなかなかやるわね)


大人げないなあ、とも思うけれど――確かに、やり返してやりたくはなるかもしれない。


(意外と、子供よね。みんな)


自分も含めて。

この世界の住人は、皆、子供っぽいところがある。
不思議な幼さが、魅力の一つかもしれないけれど。

グレイまでも参戦してきたのは、意外だった。
大人の男の代名詞だ。グレイは――ああ、そうか。タイミングが悪かったのかもしれない。
疲れている時に大量の虫を見せられたのでは、たまったものではない。


(後で、各方面にはお詫びをしないと……)


はあ、とアリスは嘆息した。それぐらいしか、アリスは出来ない。


(でも、なんだか楽しそうにしてる)


怒声に混じり、高笑いも聞こえてくる。
とうとうキレて笑うしかなくなったのか、心底楽しんでいるのか、どっちだろう。

悪戯好きの過激な双子だ。
こうやって、たまには追いかけられる方が良いのかもしれない。


(楽しかった)


密かに、アリスは心の中で舌を出した。
派手な銃声音が、いつまでも森に響いていた。




 


===== あとがき ===

2010年12月発行の「子供と動物の本」です。

ディー&ダム+アリス本?でした。
分類のわからない本をまた……。

リレーの順番は、山藤→岬→深紅でした。終わりも私で。

私が虫じゃなく果物モードにしたのに、岬さんが虫モードに戻すし!打ち返された!みたいな。
他にも、岬さんが張った伏線を、深紅さんがブツ斬りにするとか。なかなかカオスでした。

読んでくださってありがとうございました!