どこでもいっしょ。







物音をたてないように気をつけながら、アリスはそっとベッドから抜け出した。


「うわっ!?」


途端に腕が伸びてきて、がしっと手首を掴まれる。
口から心臓が飛び出るかと思った。


「び、びっくりした……ちょっと、ピアス!」


まだドキドキいってる胸をおさえて、アリスは振り向いた。
眠たそうなピアスが、しっかりとアリスの腕を掴んでいた。

熟睡しているとばかり思っていたのに。


「ねえねえ、アリス。何処にいくの?」


眠たそうな声で、眠たそうに尋ねられる。
ピアスはむくりと体を起こした。


「何処って……まあ、色々と」


アリスは言葉を濁した。
やっと鼓動がおさまってきた。


「色々? 色々ってなに?」


ピアスは曖昧な返事を許してはくれない。

アリスは肩を落とすと、額に手をやった。


「ねえ、ピアス。……最近、やけに外出する理由を聞くわね。どうして?」


ここ最近、ピアスの詮索は強くなってきている。アリスの勘違いではない。
アリスが尋ねると、ピアスはきょとんとした。


「だって、君は俺のだよ。だから、アリスは俺と一緒に居なきゃダメじゃないか」


それが当然であるかのように、曇りない感情でピアスは言う。
だからアリスは困るのだ。


「……ちょっと買い物に行くだけだってば」


仕方なくアリスが白状すると、ピアスの尻尾がふわりと膨れた。


「俺も! 俺も行くっ!」
「駄目」


アリスは一言で切って捨てた。
ピアスは瞠目する。ショックの余り、すっかり目が冴えたようだ。


「えぇっ!? 何で!? どうして俺がついて行ったらダメなの!?」
「ピアスに内緒の買い物がしたいから、よ。本人についてこられたら、バレちゃうじゃない」


本当は言うつもりもなかったけれど、言わねばピアスは納得してくれない。
隠せば隠すほど、アリスは追いつめられる。
アリスは半ば諦めの境地に立たされていた。


「え、俺に内緒の? それって、どんなもの?」


それでも尚、ピアスは聞いてきた。
アリスの顔は引きつった。これでも駄目なのか。


「……だから、本人に言ったら台無しになるんだってば」
「どうして?」
「内緒だから」


止まらないピアスの攻撃に適当に答えながら、アリスは溜息を零した。


「……ピアス。ついて来ないでよ?」


ピアスは聞き分けが悪い。
アリスが念を押すと、ピアスは視線を彷徨わせた。


「え〜〜。俺、ついて行きたいよ。でもでも、アリスに嫌われるのは嫌だし……どうしよう……」


どうもこうも、ついて来なければいいだけの話だ。
はやく諦めて、とアリスが心から願っていると――。


「そうだっ! ねえ、アリス、こういうのはどう?」


何か良い案を思いついたらしい。
ピアスはアリスにそっと耳打ちをした。今度は、アリスの目が丸くなる。


「……それでいいの? ピアス」
「うんうん、俺、それでもいいよっ」


ニコニコと笑うピアスを見て、アリスはとうとう観念した。


(まあ……ピアスがいいなら、いいけど……)


何だか、腑に落ちないような気がしないでもない。
けれど、ピアスが嬉しそうだからいいか、とアリスは気持ちを切り替えた。












そうして今、ピアスはアリスと共に居る。


「アリス、アリス。いい匂いがするよ」


くいくいと髪を軽く引かれ、アリスは立ち止まった。
周囲を見回して、ピアスのいう「いい匂い」の元を探す。


「ん? ……ああ、チーズが売ってるわね。買ってきましょうか?」
「うんうんっ」


弾む声に、アリスの頬も緩む。
目的の店の前へ辿りつくと、アリスはそっと肩に手をやった。とん、と手のひらに重みが増える。
落とさないよう慎重に、その手を、自身の顔の前へと持ってくる。

アリスの手のひらには、小さなピアスが立って居る。


「じゃあピアス、ポケットに入っててね。私が良いって言うまで、出てきたらダメよ?」


アリスが言い聞かせると、ピアスは素直に頷いた。


「うんうん、わかった。俺、大人しくしてるよ」


それを確認すると、アリスは慎重な動きでポケットの傍へ手を移動させた。
小さな重みが、手の上からポケットへと移動する。


(うう、落としそうで怖い……)


ピアスは楽しそうで何よりだが、アリスは緊張しっぱなしだ。
うっかり潰したり落としたりしそうで、冷や汗が出る。


「……はあ」


アリスが、同行を頑なに拒んだ時。

小さくなってついて行く、とピアスは言ったのだ。


――それで、アリスの内緒の買い物の時にはポケットに隠れて俺は見ないよ。それなら、俺も一緒に行ってもいいでしょう?


それは、ピアスなりの最善策だった。
自分のことばかりではなく、アリスのことも、ピアスはちゃんと考えていた。

それが嬉しくて、アリスは合意した。


「ねえねえ、何を買ったの?」


店から出た途端、ピアスはポケットから顔を出した。


「内緒だって言ったじゃない……」
「だって、知りたいんだ。アリスの買った秘密のもの」


ピアスの欲求は尽きない。
制止しないと、どこまでもアリスに踏み込んでくるだろう。ピアスの勢いには驚かされることが多い。

それでも、結局、アリスはピアスを押しきれない。


(なんたって、可愛いんだもの)


おずおずとアリスを試すピアスの事を、アリスが嫌える筈がない。

アリスに踏み込んで許されるかどうか、ピアスはずっと探っている。
恋人になった今も、その姿勢は変わらない。

アリスは気づいている。
ちらとでも拒絶の意思を見せれば、すぐに自分から離れて行ってしまうであろうことも。


(難しいなあ……でも、好きだけど)


好きだ好きだと言ってくれる割に、アリスが好きだと告げても、まったく疑心暗鬼な彼のことが。

ピアスは何処か自分に似ている、とアリスは時々思うのだ。
アリスは微笑むと、そっと息を吐いた。


「……わかった。森に帰ったら見せてあげるから、それまでは我慢してね」
「わあ、本当!? やった!」


ピアスは顔を輝かせた。
次の会合の時にあげるつもりだったのに、予定より早く渡す羽目になりそうだ。予定が狂った。

けれど、不思議と嫌な気持ちではない。


(喜んでくれるといいな)


開けた時のピアスの顔を想像するだけでも、ドキドキする。
小さいピアスを肩に乗せると、アリスは歩き始めた。森へと帰る為に。


「俺、よく仕事で運んだりするけど、運ばれるのって初めて! 楽しいね!」
「そう? よかった」
「これで、アリスは俺といつでも一緒に居られるよ!」


すごいことを発見した、と手放しで喜ぶピアスに、アリスは微笑んで返す。


(ピアスは……一緒にいると、安心する)


いつでも一緒に居たいのは、実は自分の方なのかもしれない。
そんな事を、ふと考えながら。






 


===== あとがき ===

2011年の夏インテで頒布したフリーブック「すだちMIX」のピアス話でした。
このフリーブックは可愛らしい系でまとめる、と決めていたのですが、ピアスが一番難しかった記憶があります。

ではでは、ありがとうございました!

(2012.11.27 山藤)