猫の宝物
机に並べられた銃の数々。それを喜々として手入れしている、一匹の猫――もとい、恋人のボリス。
アリスは、彼の作業をぼんやりと見つめていた。
「……楽しそうね」
「うん、楽しいからね。あんたも磨く?」
「遠慮しとく」
アリスが断ると、ボリスは唇を尖らせた。
「え〜……」
何でだよ、と視線でめいっぱい詰られる。
どうにも不服そうなので、アリスは言葉を付け加えた。
「えーとね、それって、ボリスの大事なものでしょう。素人な私が触ったりするのは……壊しちゃうかもしれないから、嫌なの」
ボリスの視線から刺が抜ける。
「そんなの、別にいいのに。あんたなら、壊したって怒んないよ」
「……いや、そりゃ怒らないとは思うけど」
何か別のもので、きっちり弁償させられるに決まっている。求められるものは、主にアリスだ。
ボリスはニヤリと笑うと、徐にアリスの手を取った。
悪戯を仕掛けてくる猫の目だ。
「あんたの事も、ピカピカに磨いてあげようか?」
「それ、曇ってるってこと?」
何て失礼な。
アリスが目を潜めると、ボリスは笑いながら首を振った。
「いーや、眩しいよ。十分」
そんな臭い台詞も、さらりと言ってみせる。器用な猫だ。
「これでよし……と」
ようやく満足したのか、ボリスは全ての銃を棚に戻した。
「さて、お待たせ。アリス」
ボリスの次なる相手は、銃ではなくアリスだ。
ボリスはアリスの隣に座ると、そのままごろりと横になった。ぽすっとアリスの膝に頭を置く。
その頭を撫でてみると、ボリスの喉は甘えるようにゴロゴロと鳴った。
「あんたのことも、すっげー綺麗にして、一番いいところに飾っておきたいんだけど」
手が伸びてきて、アリスの頬に触れる。
眩しそうに目を細めてアリスを見つめる、金色の猫の瞳。
うっかり気を抜けば、吸い込まれてしまいそうだった。
「まっぴら御免よ」
甘い空気の中、アリスはにっこり笑って断った。
(前にも、こんな事があったような気がする……)
アリスをコレクションに加えたい、と言いだした事がある。もちろん、速攻で却下したけれど。
「ははっ、あんたはそう言うと思った」
断られて、ボリスは嬉しそうだ。
「大丈夫、やらないよ。あんたは連れて歩きたいし、声だって聞きたい。何より、笑って欲しいからさ」
飾っておくだけなんて、勿体ない――と、ボリスはうっとりと続ける。
「大事にする」
急に、声音が真剣さを帯びる。
「……銃よりも?」
揺らいだ心を隠すために、アリスはわざと笑ってみせた。
「って、何であんた、銃と同列に考えてんのさ……」
「だって、ボリスが言ったんじゃない」
「俺が? まさか」
言いかけて、ボリスは言葉を切った。
「……あー、なるほどね」
「言ったでしょ?」
珍しく、アリスが優勢だ。ボリスは力なく頷いた。
「確かに、それっぽいこと言っちゃったな……ごめん、アリス。俺、そんなつもりで言ったんじゃ」
「わかってるって。しょげないの」
優しく言うと、ボリスの尻尾がふわりとアリスに絡みついた。
「比べ物にならないよ。あんたとじゃ」
ボリスは柔和に笑う。
アリスの胸が、ほのかに温かくなったのも束の間。
「あんたの方が、ずっとレアだしな〜……って!? アリス、尻尾はっ! 尻尾は駄目だって!」
「あんたのせいでしょ。いい加減、引き千切るわよ」
アリスは真顔で、ボリスの尻尾を握りしめた。
低く宣言すると、ボリスはサッと顔色を変えた。
「うわ、ごめん! 悪かった!」
あまりに慌てているので、アリスはボリスの尻尾を解放してやった。
謝ってはくれたが、何故アリスが怒ったのかまでは理解していないだろう。
アリスは俯いた。
「好きな人に、レアだから好きなんだーって言われた身にもなりなさいよ。すっごい情けないわよ」
「え」
ボリスは目を瞠った。
もともとボリスは聡い猫だ。すぐに言葉の意味を呑みこむと、神妙な顔になる。
「……そっか。そうだね。ごめん」
アリスの腰に腕が回される。
ぴたりと添われて伝わってくる温もりが、アリスの強張った感情を薄めていく。
「俺は、あんたのこと好きだよ。余所者じゃなくっても、あんただから」
「うん……そっちの方が、ずっといい」
ボリスは真面目な顔で、アリスに想いを告げる。
それでやっと、アリスは力なく笑った。
「って、信じてないでしょ……」
ボリスは身を起こした。
アリスの元気がないことに気づいているのか、その表情は何処か申し訳なさそうだ。
「信じてるわよ?」
「ほんとに?」
「うん、本当に」
ボリスに悪気があったわけじゃないことは、ちゃんとわかっている。
むしろ、ボリスがこの手の失態をするのは珍しい。
アリスは微笑んで答える。
それでも尚、引っかかるものがあるのか、ボリスは笑わない。
「俺のこと、好き?」
「好きよ」
アリスはボリスを抱きしめた。
すっかり弱気になっているボリスは、されるがままに抱きしめられてくれる。
いつも飄々としているだけに、落ち込んでいる姿はアリスの心にくる。
それが母性なのか庇護欲なのか、それとも恋なのか、感情の名前は分からないけれど。
「私からボリスを取ったら、何が残るって言うの?」
アリスが尋ねると、やっとボリスは笑った。
「ははっ、それってなぞなぞ?」
「かもね」
クスリと笑んだ後、ボリスはアリスの頬に両の手を添えた。
包み込むような温もりが心地よくて、アリスは目を細めた。
「あんたが残るよ。大事な大事な、俺のアリスが」
「……」
「正解、だろ?」
にんまり嗤うと、ボリスはアリスの唇をぺろりと舐めた。
やわらかい金色の視線に酔いそうになる。
「……そうね。でも、私は何も残らなくていいわ」
心から。ボリスが居なければ、もうアリスはアリスで居られない。
アリスが穏やかに告げると、ボリスは嬉しそうに喉を鳴らした。
「そうだな。俺も、何も残らなくていいや」
互いにそう在って欲しい。
贅沢な願いだとは知りつつも。
そう言って、また今日も猫は笑うのだ。
===== あとがき ===
2011年の夏インテで頒布したフリーブック「すだちMIX」のボリス話でした。
珍しく糖度が高めな気が。
ではでは、ありがとうございました!
(2012.11.27 山藤)