喧嘩するほど
年頃の子供は難しい。
いつ、何がきっかけで感情が爆発するか分からないのだ。
そう、今だって。
アリスは若干、遠い目になった。
「え〜〜!? それはずるいよ、兄弟!」
「別にずるくないだろ? この前のゲームは僕が勝ったんだから、当然だよ!」
「あれは僕の方が勝ってたじゃないか!」
「何だと!? 言いがかりはよせよ!」
ぎゃあぎゃあと声を張り上げて、ディーとダムは言い争っている。
その光景を、アリスは呆然と見守るしかできない。
それほどまでに、喧嘩は突然の出来事だった。
「ねえ、二人とも……ちょっと落ちついたら」
アリスが控えめに声をかけるも、二人は同時に振り向いて――同時に、ニッコリと笑う。
「少し待ってて、お姉さん。ごめんね、兄弟が小うるさくってー」
「って、うるさいのはそっちだろ!?」
そうして、喧嘩再開。
というのを、先ほどから何度も繰り返している。
「……いや、その」
アリスは、どんな顔をして居たらいいのか分からなかった。
(喧嘩するほどの事じゃないと思うよ……)
心からアリスはそう思うのだが、二人は一向に聞き入れてくれる様子がない。
アリスは、ややぐったりしていた。喧嘩は、見ているだけでも疲れる。
今回も長引きそうだな、とアリスは息を吐いた。
所在無さげに、視線を床へ落とす。
「……」
ふと、二人は怒鳴り合うことを止めた。
喧嘩をやめてくれたのかと思ったが、それにしては妙に不穏な空気だ。
アリスは視線をあげて、仰天した。
ディーとダムは、射殺さんばかりに互いを睨みつけている。
これは、本気で――そろそろ得物が登場するかもしれない。
「喧嘩しないで、二人とも」
ピリピリと弾けそうな雰囲気の中、アリスだけが冷静だった。
いつもはおろおろするだけなのに、どうして涼しい顔をしていられるのか。
それは、本当に本当に些細な――と言えば聞こえはいいが、心底くだらない争いだから、だ。
「……えい」
思いきって、アリスはその『元凶』に手をかけた。
途端に、ディーとダムの動きが止まる。
「あ」
ディーとダムは、アリスの行動にぽかんとしている。
割り込むなら、今だ。
アリスはつかつかと二人に近寄ると、同時にその口元へ『喧嘩の原因』をさし向けた。
「はい」
口を開けて、と視線で促す。
二人が素直に口を開いたので、アリスは遠慮なく押しこんだ。
「む……」
もぐもぐと噛んだ後、飲みこむ。
飲みこむタイミングも二人同時だったんので、アリスの口元は緩んだ。抵抗しないところが可愛らしい。
「ディー、美味しい?」
アリスがわざとらしい程に明るく尋ねると、ディーは頷いた。
「……美味しい」
「ダムは?」
同じように、ダムに問いかける。
「美味しいよ」
「そう。よかった」
アリスの有無を言わさぬ笑顔に圧倒されたのか、二人はやけに素直だった。
「……」
ディーとダムは、バツが悪そうな顔になった。
すっかり喧嘩する気が失せたのを察して、アリスは二人の手を取った。
「お姉さん……怒ってる?」
「ううん、怒ってない」
アリスは小さく首を振った。彼らは、アリスを怒らせたのかと思ったらしい。
素直な態度の理由はそれか、とアリスの顔には微笑が浮かぶ。
けれど、ディーとダムは、それでも不安そうな顔をしている。
アリスが念を押すように手に軽く力を込めると、ディーとダムも、ためらいがちにアリスの手を握り返してきた。
「こんなことで喧嘩しないの。足りないなら、すぐに作ってくるから」
派手な喧嘩の原因は、アリスの作ってきたクッキーにあった。
最後のひとつは、どちらの物か――で、ディーとダムはヒートアップしていたのだ。
何とくだらなくて、何と愛らしい理由だろう。
諭すようにアリスが言うと、ディーとダムは顔を見合わせた。
「怒ってないの?」
「ええ。二人が喧嘩を続けて怪我でもしたら、怒ってたでしょうね」
流血沙汰にならなくて、本当に良かった。
この子達ときたら、兄弟喧嘩でさえ、すぐに刃物が出てくるのだからたまらない。
(……いや、皆そうか)
手が早いのは、ディーとダムに限った話ではない。
それでも、せめて兄弟喧嘩くらいは、微笑ましくあって欲しかった。こんな肝の冷えるような喧嘩ではなく。
「お姉さん」
「ん?」
少なからぬ衝撃を受けて、アリスは思いっきり転びそうになった。
上手い具合に左右から同時にきたので、何とか倒れずに済んだけれど。
二人で包み込むかのように、抱きしめられる。
「好きだよ」
「……僕も。大好き」
アリスは瞠目した。なんて優しい声で囁くのだろう。
(な、なんで……)
滅多に見られない、二人の毒気の抜けたやわらかな笑みを受けて、アリスは動揺した。頬が熱くなってくる。
けれど、年上の意地にかけて、何とかアリスは笑ってみせた。
「ありがとう。私も好きよ」
二人を存分に抱きしめ返しながら、この高鳴りを鎮めるにはどうしたら、とアリスは息を吐いた。
全く、やってくれる。
(……あんまり成長して欲しくないな〜……)
アリスの心臓がもたない。
クッキーひとつを賭けて全力で喧嘩をしている内は、まだまだ大丈夫だろうけれど。
今度からは、ちゃんと数を考えて作ってくることにしよう。そう、固く心に誓いながら。
===== あとがき ===
2011年の夏インテで頒布したフリーブック「すだちMIX」の双子話でした。
クッキーひとつでも戦います。
ではでは、ありがとうございました!
(2012.11.27 山藤)