Tellus after - Honeymoon couple-










「さーてと」


一通りの作業を終えると、エリオットはぐるりと部屋を見渡した。
見慣れたエリオットの部屋だ。今日から、特別な意味を持つ部屋。


「こんなもんか?」


ピカピカに磨き上げた部屋は、埃ひとつない。エリオットは満足そうに頷いた。


(そろそろ、アリスが来る頃だよな)


華やかな結婚式は、無事に終わった。
途中で、双子がナイフを投げ付けてはきたが、エリオットは難なく避けた。
それと、招いてもない刺客が団体で来訪したようだが、そこは想定済みだった。
式場まで辿りつかなかった事を見ると、配置しておいた部下共が、ちゃんと排除したらしい。


(ったく……今度、たっぷり礼をしねえと)


大体の見当はついている。目触りな白兎め。

――嫉妬に狂う気持ちも、解からなくはないが。

まあ、それはどうだっていい。
そんな事よりも、大事なのはアリスだ。

もう既に、アリスの部屋から、彼女の荷物は部屋に運び入れている。
とは言っても、彼女に私物は多くはない。慎ましいものだ。

けれど、これからはどんどん増えていくだろう。
アリスの欲しい物なら何でも買ってやるし、どんな物だって手に入れてみせる。
そして、ここはアリスの物で溢れかえって――想像するだけで、幸せな光景だ。


(はやく、アリスが来ねえかな〜)


残るは、アリスがここへやって来るのみ、だ。着替えをしてから来るらしい。
彼女が、この部屋を気に入ってくれるといいのだが。


(あ〜、そこが心配だ……ま、アリスが気に入らなけりゃ直させるし、増やせるし……)


コンコン、とノックをする控えめな音がした。


「エリオット……入ってもいい?」
「ああ、入れよ」


声をかけると、ドアが遠慮がちに開いた。


「お待たせ、エリオット」


そろり、と部屋に足を踏み入れたアリスは、感嘆の声をあげた。


「わあ……かなり広くなってない?」
「まあなー、二人分だからな!」


ブラッドの許可を貰い、かなり改造させて貰った。
今までは、あまり手を加えていなかったのだが。
二人で眠る為にベッドも更に大きいものに換えたし、部屋の数もこれまでの倍になった。
浴室も広くして、キッチンも、ちゃんとした物を新たに入れた。

アリスは興味深そうに、部屋を覗いて回っている。
エリオットは、そんなアリスを温かい目で見守っていた。


「気に入ったか?」
「ええ、とても」


アリスは穏やかに微笑む。
よかった、とエリオットは内心、安堵の息を吐いた。気に入ってもらえて何よりだ。

好奇心が満たされたのか、アリスはエリオットの傍へ歩み寄った。
ソファに、二人で並んで腰をおろす。


「……っ」


唐突に、アリスの顔が、みるみる赤く染まっていった。


「どした?」
「な、なんか恥ずかしいなって……」


照れながら呟くアリスが可愛くて、エリオットの頬も熱くなる。


「そ……そうか?」


しばらく、沈黙が降りた。
意識してしまったせいか、互いにそわそわしてしまう。


(……あ、あれ? なんだ? 一体)


エリオットは動揺していた。
何故、思うように言葉が出てこないのだろう。
胸が詰まるような、妙な感覚だ。自身のことなのに、不可思議で仕方ない。


(な、なんか……アリスに言う事って無かったっけか……?)


エリオットは懸命に考えた。
焦って話題を探すような事など、今までになかったのに。

ああ、ひとつある。
言っておかねばならない事が。

エリオットはぎこちなく口を開いた。


「……あ、あのな。この部屋に入るときは、もう気兼ねすんなよ? ここは、あんたの部屋でもあるんだからな」


照れずに言えることは、これぐらいか。

他人行儀。

さっきアリスが入ってきた時、エリオットはそう感じた。
アリスは、二人が恋人だった時の、他人の部屋へ足を踏み入れるような顔をしていたのだ。

それでは駄目だ。
アリスには、この場所に馴染んで貰いたい。


「あんたの場所、だからな」


念を押すようにエリオットが繰り返すと、アリスは僅かに目を瞠った。


「……うん。わかった。ありがと」


アリスは表情を崩し、嬉しそうに微笑む。
会話の糸口を掴んだ、と、糸が切れない内に言葉を続ける。


「部屋の掃除とか、どうする? メイドに頼むか?」
「ううん、私がやる。やりたい」
「そっか。俺も手伝うからな」
「うん、お願いね」


そうして、再び会話が途切れる。


「……」
「……」


アリスとエリオットは、互いに顔を見合せたまま――同じタイミングで、頬を染めた。


「ね、ねえ……何を話せばいいのかしらね……」
「わ、わかんねえ」


照れくさそうに、エリオットはアリスから視線を逸らしてしまった。
何故だろう。アリスの事がまともに見られない。


(なんか……なんだ? これ)


恋人だった頃、二人の話は尽きなかった。
けれど、新しい関係になった今、全てが手さぐりの状態に戻っている。新鮮なようで、落ちつかない。

以前は会話が途切れても、それはそれで心地よく居られたのに、今はどうだ。この面映ゆさときたら。

ああ、何でも良い。
何か話をしていないと気まずい――と、妙に気持ちが急いていた。

アリスもきっと、この変化に戸惑っている。
ここは男がリードするものだ、とエリオットは懸命に話題を探した。


「アリス、仕事はどうしたい?」
「ん? ああ、メイドの仕事?」


一度会話が始まれば、落ちつかなさは溶ける。
エリオットは小さく頷いた。
あまり色気のある話題ではないけれど、この際なんでもいい。


「そうだ。俺としては、あんたにそんな事させたくねえんだけど……あんたの意見を優先するつもりだ。あんたは、どうしたい?」


自分の意思を織り交ぜつつも、エリオットはアリスに強要しない。
アリスの意思こそが、最も優先されるべきものだからだ。

できるなら、メイド業は辞めて貰いたいのが本音。
晴れてエリオットの妻になってくれたものの、だからこそ、エリオットはアリスを独占したかった。

平たく言えば、できるだけアリスを他の目に触れさせたくない。
安心するどころか、心配しか芽生えない。信頼関係の有無ではなくて、純なる嫉妬心だ。

結婚式の最中だって、そうだった。
アリスに向かって綺麗だとか美しいとか褒め称える部下たちを眺めながら、こいつらこの場で撃ち殺してやろうか等と真剣にエリオットは考えていたのである。






アリスは、密かにエリオットに感謝した。
彼はアリスを気づかって、懸命に場を繋ごうとしてくれている。
エリオットも戸惑った表情をしていたから、彼だって状態はアリスと同じだろうに。

アリスだって、頑張りたい。
なのに、実際は頭が真っ白になるだけで、ちっとも役に立ちはしない。


「うーん……」


エリオットの振ってくれた話題に、アリスは遠慮せず乗っかった。
自分の妻にメイド業をさせたくない、とエリオットは言う。
それはそうか、とアリスは一人で納得した。


(確かに、仮にもマフィアbQの夫人がメイド業だ、っていうのは外聞が悪いかしらね……)


不釣り合いにも程がある。

アリスは考えを巡らせながら、口を開いた。
エリオットに希望を伝える場合は、言葉の選び方が大切になってくる。
言葉が足りないが為に、エリオットが勘違いしてしまう事が多いからだ。
きちんと伝わるように願いながら、アリスはエリオットを見つめる。


「……なるべく、仕事はしたいんだけど」
「ん、そうか」


エリオットは咎めもせずに、微笑んでくれる。
寛容な夫を持てた幸せを噛みしめる――その前に。


「でもね」


アリスは続けて言う。ここからが肝心な事だ。


「エリオットの妻として、相応に見合うものじゃないと駄目よね……。何か、私が出来そうなことはある?」


妻として、だけが理由ではない。
アリスがエリオットの役に立ちたいのだ。
プライベートな面でもそうだが、仕事もアリスが手伝えそうなものがあるのなら手伝って、エリオットの負担を少しでも減らしてあげたい。


「エリオットを手伝いたいの」


エリオットの傍に居るようになって、その事を強く想うようになっていた。
見ているアリスが倒れそうなぐらい、エリオットはオーバーワーク気味にも程がある。

アリスが真摯に訴えかける一方、エリオットはというと――。


「妻……」


ぼうっとした表情で、エリオットはアリスを見つめていた。
夢心地のような、ほわっとした眼差しをしている。


(エリオット……今までの、ちゃんと聞いてたの?)


耳に届いているかどうか、非常に疑わしい。
アリスは訝しんで、エリオットの顔を覗きこんだ。


「エリオット?」


アリスが呼びかけると、エリオットはハッとした。
照れくさそうに、鮮やかな色の髪を乱雑にかき乱す。


「いや、何でもねえ。そっか、妻か……」


言葉の重みを噛みしめるように、エリオットは呟く。そして、彼は晴れやかな笑顔になった。


「なあ、抱きしめていいか?」
「え? う、うん」


じいっと見つめられて、アリスの鼓動は跳ねた。
向けられる熱い眼差しが、アリスの心を乱す。

エリオットは手を伸ばすと、包み込むようにしてアリスを抱きしめた。


「あ〜〜、本っ当……この部屋から出したくねえ」


エリオットは幸せそうに、しみじみと言う。
アリスは一人、高鳴る鼓動と戦っていた。


(あ、でも……何だか、安心する)


まだまだ恥ずかしさや照れが先に立ってしまうが、後からじんわりと湧き起こるものがある。
幸福感に似た安心感だ。エリオットによって、アリスは満たされていく。


(ときめくと同時に安心する、なんて、不思議な感じ……)


贅沢だなあ、とアリスは思う。
自然と口元を緩ませながら、アリスは暫しエリオットに酔った。


「なあ、部屋に閉じ込めていいか?」
「部屋に? それ、専業主婦で居て欲しいってこと? それも確かにいいけど、仕事の手伝いも出来るならやりたいわ」


アリスの家だけで言えば、奥さんは基本、外では働かないものだ。
アリスの母もそうだったし、アリスと同じぐらいの家庭の奥方も同じく。

けれど、アリスは働きたい。

エリオットが気持よく仕事ができるように努めるのも、ある意味、妻の仕事ではあるが――実際に仕事のサポートが出来れば、やりたいのだ。
その両立は、アリスが努力をすればきっと可能だろうから。
外聞の問題がクリアできればいいな、と淡い期待を抱きつつ、アリスはエリオットの言葉を待った。

初めの妙な緊張感は、今やすっかり消えていた。
代わりに漂っているのは、甘ったるい温かな空気だ。

エリオットはアリスを抱きしめたまま、首を捻って考えている。


「んー……なあ、アリス」
「うん?」
「その話、後にしようぜ」
「後って……う、わっ!?」


アリスが何かを答える前に、エリオットは行動に移っていた。
エリオットはアリスを抱き上げると、そのままベッドへ移動する。

アリスは抗議の声を挙げようとしたが、唇が塞がれてしまう。
身体中の熱が、一気にあがったような気がする。
結んでいたリボンが解かれる音が、わずかに耳に届いた。

あまりに急なことだった。
何か詰ってやろうと思ったのに、そんな気が起きない。
萎んで消えていく代わりに、ぼうっとしたものが膨れ上がって――。

アリスの思考は霞みがかって、もう何も考えることができない。



× × × × ×



アリスの身体から強張りが解けていくのを感じて、エリオットはニヤリと笑った。

アリスは優しい。
エリオットの邪な想いにも――弱々しい抵抗を見せるものの――結局は流されてくれる。


「アリス……」


愛している。愛していける。
この先もずっと、エリオットが死んで、ただの『三月兎』の時計になっても。


「っ、エリオット……!」


縋りつくようなアリスを受け止めてやりながら、エリオットは服に手をかけた。もどかしいのは変わらない。
自身の服もアリスの服も緩めながら、エリオットは、ふと手を止めた。


「んー……」
「……ど、どうしたの?」


急に侵食を止めたせいで不安になったのか、アリスの困惑した声がする。


「いや、これってさー……何か、新しい事でもやった方がいいのか?」
「は?」


アリスは目を瞬かせた。エリオットは真剣そのものだ。


「特別だろ? 結婚した後の」


最初の。
だから、何か新しいことを仕掛ける方が、アリスの心に残るというのなら――自分の胸の時計に刻みつけられるのなら――。


「あたらしいこと……って?」


アリスはエリオットの言うことが呑み込めていないらしく、眉を潜めている。

エリオットは、暫し考え込んだ。
アリスが未経験かつ刺激的なことは何だろう。


「そうだな〜……体位変えてやってみるとか、道具とか……身体にきつくない薬とか」
「普通でいいっ!! 普通でお願いします!!」


全力で否定されて、エリオットは首を捻った。


(特別な方がいいんじゃないのか?)


普通と特別なら、誰だって特別の方が好きに決まっている。そうエリオットは思うのに。


「遠慮すんなよ?」


アリスが単に遠慮しているのなら、遠慮は無用だ。
エリオットの方には応える準備が出来ている。


「遠慮じゃないっ!!」
「そっか? 普通でいいのか?」


アリスは真っ赤になりながらも、勢いよく頷く。


「うんっ! 普通だけど、特別なのよ!」
「?? よくわかんねーけど、それでいいなら……そうするか」


エリオットが同意すると、アリスは安堵の表情を見せた。
アリスが心からそうして欲しいと思っている、という事は伝わってくる。


「エリオット」
「ん」


エリオットの気が変わらぬうちに、と焦ったのか、アリスの腕が首に回される。
ぎこちなくキスをされ、エリオットの表情は緩んだ。可愛らしいキスだ。

喰らい尽くすように、愛してやれる。
捕食者の目をしながら、エリオットはアリスの細い体躯を抱きしめた。
一切の加減ができなくなりそうだが、今夜くらいは構わないだろう。今日は特別な日なのだから。


「アリス……」


されるがままに求めに応じていたが、次第にエリオットの方から責め立てていくことにした。
耳元で囁くと、アリスの身体がびくりと跳ねた。
反応の全てが愛しくてたまらない。頭がどうにかなりそうだ。
あどけなさを残す笑顔を、快楽で塗りつぶしてしまいたくなる。

白い肌も、震える指先も。
エリオットは、無遠慮にアリスの服の中に手を滑り込ませた。
柔らかく手に吸いつくような肌の感触を確かめながら、アリスを煽っていく。
いやだ、と弱々しくアリスが鳴いた。アリスは快楽を恐れている。


「何が?」
「……っ」


エリオットはわざと意地悪く言いながら、乱れた服の隙間から垣間見える肌に、次々と唇を落としていく。その度にアリスの身体は震えた。


「あ、あ」


戸惑いの入り混じった嬌声が、耳に心地よい。
もっと溺れさせたくて、エリオットは唇を舐めた。
探り合うようなキスから、蹂躙するためのキスへ。柔らかい彼女の咥内を、好き勝手に犯す。


「は……っ」


荒い呼気と、上気した肌と、とろんとした目。
アリスの全身が、エリオットを誘っている。

全く、アリスは何て凶悪な――。


「ま、って」
「嫌だ」


アリスの懇願も聞き入れず、エリオットはアリスの肢体に手を這わせた。
細い首筋を強めに吸うと、たちまち赤い痕がつく。舌先でなぞり、甘い肌を遠慮なく味わう。
アリスは何故、こんなに甘い生き物なのか。


「甘い……」
「エ、エリオット……やっ」


嫌だと首を振るアリスを制して、エリオットは侵食を続ける。
きっと今、お互いの頭の中は、相手のことしか頭にない。それが、たまらなく嬉しい。


(血とか肉とか、全部が甘いんじゃねーか、って思うけど……)


たまに、本当に齧ってみたい衝動に駆られる。

さすがに怖がらせたくないので、口にはしないけれど。

アリスは眉を潜めて、じっと快楽に耐えている。
耐えきれなくなるまで、エリオットは責める。
アリスの胸に手を伸ばして優しく触りながら、片方の胸に唇を押し当てる。ここの肉は特にやわらかくて、思わず噛みつきたくなる。
べろりと舐めあげると、アリスの唇から短い嬌声が漏れた。ちゅ、と音を立てて吸うと、アリスの指先に力が籠もった。

エリオットは、ちらりとアリスの表情を窺った。
先ほど声が漏れたことを恥じ入るように、アリスは唇を固く引き結んでいる。


「なあ、もっと……アリス」
「な、なに……きゃっ!?」


もうすっかり耳まで赤い。
耳たぶに唇を押しあててねだるように囁くと、アリスは短い悲鳴をあげた。


「もっと」


だらしなくていい。その姿が見たい。
エリオットは力の入らないアリスの足を開くと、間に身体を滑り込ませた。アリスの目が驚愕に見開かれる。

エリオットは嗤った。
触らずともすっかり受け入れる準備が整っている事を、エリオットは知っている。
今までは一度アリスが指で達してから挿れていたのだが。その方がアリスに負担が少ない。けれど。


(今日は、な)


はやく、エリオット自身を感じて欲しかった。体重をかけて、一気に突き立てていく。


「あっ……あ、あっ!?」


くぐもった声が、どちらからともなく漏れた。
いやらしい水音から目を背けるように、アリスが苦しげに身をよじっている。

だが、エリオットはアリスを逃してやれない。
アリスの腰をしっかりと掴むと、ゆっくりと動き始める。

ひとつに溶けあうような、頭の芯が痺れるような快感だった。
快感と呼ぶよりも、幸福感と称する方が強い。

アリスの額から、珠のような汗が零れ落ちた。自分ために流される、珠玉だ。
羞恥心は、快楽の前にすっかり消え失せてしまったようで、アリスは淫らに声をあげている。
アリスが、そんな声を出すからいけないのだ。エリオットは、夢中になってアリスを貪る。
数多くの――エリオットなりの――愛の言葉を捧げながら。

求めても求めても、全然足りない。
枯渇しそうになる想いを埋める為に、またエリオットはアリスの手を伸ばす。

アリスには悪いが、今日は気が済むまで付き合って貰おう。

そう。
今夜ぐらいは――特別な夜、なのだから。




【Honeymoon couple/了】






===== あとがき ===

2011年12月発行「ラビット・ライフ」より。

ほのぼの。はい、ほのぼのです。
エロシーンがあるやつは、アップするの迷いますね……アップしちゃうけど。最初からサイト用に書く分には恥ずかしくないのに、何故でしょうか……。

ではでは、読んでくださってありがとうございました!