make-believe play -3rd-












甘ったるくて気だるい雰囲気の中、アリスはゆっくりと体を起こした。体が軋むような気がした。


(あ……時間帯、変わってたのね)


見れば、窓の外には青空が広がっている。
乱れた着衣を緩慢な動作で直しながら、アリスは口を開いた。


「エリオット、これから仕事?」
「あー……ああ。行ってくる」


行きたくないなあ、とエリオットの全身が如実に物語っている。
珍しいこともあるものだ、と驚きつつも、可愛らしい様子にアリスの口元は緩む。


「私も手伝えることはある?」
「あんたが?」


エリオットは目を瞬かせると、苦笑を浮かべた。


「俺がやってるのは、汚れ仕事だぜ。あんたにはやらせたくない」


愛しそうな眼差しを向けられると、アリスは言い返すことができない。

いつもなら、の話だ。
いつもは、エリオットがそう言うとアリスは『わかった』と聞き分けの良い振りをする。

だが、今回こそは、とアリスは引き下がらなかった。


「でも、何か手伝いたいの」


アリスの視線が強いことを見てとったエリオットは、小さく唸った。


「気持ちは嬉しいけど……あんたも、なかなか頑固だよな。どーしても手伝うっていうなら……そうだ」


思いついた、とエリオットは口元を緩ませた。


「一緒にガキ共を探してくれねえか? まーた仕事放棄して姿くらましやがってよー」


それならば、アリスにも手伝えそうだ。アリスは快諾した。


「うん、わかった。探してみるわね」


頼むなー、と言われて、アリスは俄然張り切って頷き返した。






部屋を後にすると、てくてく廊下を歩く。
よくよく考えると、上手くはぐらかされた気がしないでもない。それでも、頼まれたことはしっかり遂行するのだ。


(門の辺りを探してみようかな)


足早に正門へと向かう。
エリオットの言った通り、そこに居るべき筈の双子の姿はなかった。
きょろきょろと辺りを見渡すが、特徴的な赤と青の双子は、アリスの視界に入ってこない。


「ディー? ダムー?」


迷子を捜すように声をかけながら、アリスは捜索を開始した。
探しているのがアリスだと判れば、彼らは油断して出てきてくれるかもしれない。そんな期待を、心に薄っすらと潜ませて。


「この辺りにはいないのかな……ディー? いないのー? ダム……きゃあっ!?」


突然の出来事だった。
茂みからにょきっと腕が伸びて、アリスの腕を掴んだのだ。そのまま、強引に茂みへと引っ張りこまれる。


「な、なにすっ……!」


いま、誰かの腕の中にいる――と認識した途端、アリスはパニックに陥った。
暴れるアリスを抑え込む力は、痛くはないものの強く、少し動いたくらいではびくともしない。そのことが、アリスの混乱を深めていた。


「しーっ、静かに! お姉さん、僕らだよ!」
「暴れないで、お姉さんっ!」


聞きなれた声に、やっとアリスの頭は冷静さを取り戻した。


「な……ディー、ダム!? どうして」
「うわ、来たっ……隠れてっ、お姉さん!」
「わっ!?」


声を出せないように、片手で口を覆われる。
いきなり双子は姿勢を低くすると、緊張した面持ちで息を潜めた。彼らは真剣な顔つきで、周囲に視線を走らせている。

張り詰めた空気の中で、アリスも緊張してきた。
やがて、ザクザクと土を踏みつける音が聞こえてきた。


「あんのクソガキ共、見つけたらただじゃおかねえ……」


怒気を含ませた声が聞こえ、アリスは目を瞠った。


(エリオット!)


名を呼びたいのに、アリスを抑え込む手の力は、思いのほか強い。


「〜〜〜〜っ」
「あー、行った行った。ふぅ」
「やっと行ったー。鬱陶しいよねー、ほんと」


やれやれ、とディーとダムは身を起こした。

アリスが酸欠になりそうだというのに、二人はまったく気づいてくれない。
苛立ったアリスは、細い指にガリっと噛みついた。


「いたっ!?」


驚いたのはディーで、いきなりアリスに噛みつかれて目を丸くしている。


「いきなり何するのさ、お姉さん!?」


ちょっぴり酷いかなと思ったりもしたが、こっちはそれどころではない。
急に肺に空気が流れ込んできたものだから、盛大に咽てしまった。


「息が止まるわ!!」


抗議の声を一蹴して睨みつけると、ディーは「ああ」と呑気な声を出した。
さも、今気がつきましたーといわんばかりに、おざなりに謝る。


「あ、ごめんごめんー。うっかりしてたよ」
「兄弟ってば、気をつけないと。お姉さんを窒息死させたら駄目だよ。兄弟がごめんね、お姉さん。許して?」
「……」


アリスは、むっつりと唇を引き結んだ。


「困ったな……お姉さんが拗ねちゃったよ。どうしたらいいかな、兄弟?」
「うーん……機嫌、なおして貰いたいよね。どうしようかな、兄弟」


口で言う程たいして困った様子もなく、双子は揃って首を傾げる。
ふと、ダムはアリスに視線を移した。


「この体勢も、なかなかいいね」
「え?」


ディーの視線も、アリスへと注がれる。
アリスは、ディーに抑え込まれる形になっていた。


「うんうん。お姉さんって華奢だよね」


アリスの肩に、ダムの手が添えられる。


「……このまま僕らと遊ぼうか? お姉さん」
「ああ、それがいいね。僕ら、お姉さんと遊びたい」


じりじり、と双子はアリスに迫る。


「……ま、待って」


背筋に寒いものを覚え、アリスは焦って身を起こした。

嫌な予感がする。
ディーとダムは獲物を見るような目つきで、アリスを見ている。穏やかではない。

警戒心を露わに、アリスはディーとダムから距離をとろうとした。


「私、あなた達を探しに来たのよ」


それを聞いて、ディーとダムはにんまりと嗤う。


「へえ、そうなんだ。じゃあ、お姉さんも僕らと遊びたいんだよね?」
「ち、違う……そうじゃなくって、エリオットが呼んでるから」


近づいた胸を押しのけながら、アリスは懸命に口で対抗した。
そうでもしないと、二人の強い視線に負けてしまいそうになる。

アリスが告げると、二人は接近することを止めた。


「ひよこウサギが?」
「え……馬鹿うさぎに頼まれたから、僕らを探してたの?」
「そうよ」


ふうん、と双子は気のない返事をする。
しばらく二人は考え込んでいたが、しばらくして、ディーとダムは視線をアリスへと戻した。


「それ、なんか嫌だな。……つまらないなあ」
「うん、つまらない」


アリスは脱力した。
面白いとかつまらないとか、そういう問題ではない。


「つまらないって、あんたら……仕事じゃないの。もうちょっと真面目に」
「ねえねえ、アリス」
「!」


名前を呼ばれて、アリスの心臓はギクリと跳ねた。


「ひよこウサギの何処が良いの?」
「ど、何処って」
「僕らよりも良いの?」
「ねえ?」


囁く声は甘ったるい。
アリスの頭は痺れたようになって、指一本動かすことができなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



カサリ、と双子は茂みから抜け出した。
思考が真っ白になったままのアリスの手を引きながら。


「じゃあね、アリス」
「またね、アリス」


いつものように子供らしく笑いかけて、ディーとダムはアリスから距離を置いた。
その直後。


「てめえら! んなとこ居やがったのか!」


肩を怒らせたエリオットが現れると、ディーとダムは揃って溜息をついた。


「わあ、うるさいのに見つかったねー兄弟」
「うんうん、鬱陶しいよ。お前と違って僕らは若いんだから、怒鳴らなくても聞こえるよ、馬鹿ウサギ!」
「俺はウサギじゃねえっつってんだろうが!!」


ぎゃあぎゃあと元気な怒鳴り合いが始まる。
口合戦だけではなく、銃とか斧とかが飛び出すから物騒な話だ。

しばらく銃撃音と金属音が響いた後、いくらか気が済んだのか、エリオットは傍らに立つアリスに目を留めた。


「あれ、あんた。ガキ共と一緒にいたのか?」
「え……」


声をかけられて、アリスは顔をあげた。


「そうだよ」


アリスが答えるよりも早く、ディーが口を挟んできた。ダムもディーの隣で頷いている。


「お姉さんに見つかって、お願いされたからね。だから出てきてあげたんだ」
「おい……出てきてあげたって何だ、あげたって! そもそもお前らの仕事だろうがっ!」


エリオットは目を吊り上げると、双子を罵り始めた。
ディーとダムも、口は負けていない。場は再び騒がしくなっていった。


「……」


アリスは、黙って三人のやり取り(喧嘩だったのかもしれない)を見つめていた。
なんだか頭がぼんやりと霞みがかっていて、何も考えられない。

エリオットが場を制したらしい。
騒ぐ双子の首根っこを掴みあげ、アリスを振り返った。


「じゃあ、俺らは仕事行ってくるからな、アリス。……アリス?」
「……えっ?」


はた、とアリスは正気に戻った。

呼びかけられるまで、全く頭が動いていなかった。
見れば、エリオットが訝しげな顔でアリスを見つめている。

動かない思考を奮い起して、アリスは笑顔を取り繕った。


「ああ、うん。行ってらっしゃい」


おう、とエリオットは明るく応えると、軽々と双子を引っ張って行ってしまった。
残されたアリスは、エリオット達が去っても尚、ぼうっとその場に突っ立っていた。


(どうしよう)


頭がぐるぐるする。


(正直に言う? 隠してても気まずいだけだし、そんな変な意図はなかったと思うんだけど……って)


これは言い訳だ。

アリスが事実を伝えれば、必ずエリオットは怒る。
エリオットに怒って欲しくないから――嫌われるのが怖いから、アリスが伝えたくないだけだ。


「……言わなくちゃ」


エリオットは、アリスに誠実である。
だからアリスも、エリオットに対して、誠実に向き合っていなくてはならない。
そうでなくては、いつか崩れてしまう。

後ろめたい気持ちを心に抱えたままでは、アリスの方から崩れ落ちる。気が重い、とアリスは息を吐いた。


(ディーとダムは、何を考えてたんだろう)


悪戯にしては、少し――。
アリスは指先で唇をなぞった。火遊びの熱がそのまま残ってしまったのか、やけに熱く感じられた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



ザクザクと敵を切り刻みながら、ダムはのんびりとした口調でエリオットに話しかけた。


「ねえ。ひよこウサギさあ」
「んだよ? それと、俺はウサギじゃねえ!」
「どこからどう見てもウサギだよ! ほんっと、頭の悪いウサギ。馬鹿すぎて憐れみたくなるよね」


三人は呑気に世間話などをしているが、口調がのんびりし過ぎている。
銃声音と悲鳴が飛び交う地には、滅法不釣り合いだ。


「お前、もっとお姉さんと遊んであげなよ。仕事ばっかりじゃなくってさあ」
「は? 何でお前らに、んな事……おっと」


姿勢を低くして、飛んでくる銃弾を難なくかわす。


「あんまり愚図愚図してると、僕らが貰っちゃうよ?」
「貰っちゃおう、貰っちゃおう」


悪意に満ちた勝手な言い分に、エリオットは呆れかえった。
返事をする気も失せたので、無視を決め込んだ。
ディーとダムは返事を期待するでもなく、どんどん話を続ける。

まったく、騒がしい子供たちだ。
けれど、彼らは手は休めていないので、無駄話をしていても気にはしないが。


「お姉さんてさー……ひよこウサギ、知ってた?」
「何がだよ」


絶え間なく銃弾を撃ち込みながら、エリオットは短く返した。
双子は馬鹿にしたような笑い声をあげた。本当にこいつらは、人を煽る天才だ。


「知らないの? お姉さんとボスのこと」
「……ブラッドと、アリス? どうかしたのか」
「別に。どうもしないよ。でもさあ」


ディーは振り向きざまに、向かってきた敵をバッサリと両断する。
崩れ落ちる塊には目もくれず、次の獲物を狙い定める。ディーの言葉を、ダムが引き継いだ。


「お姉さん、よくボスを見てるよねぇ? お前、気にならないわけ?」
「……」


エリオットは黙っている。
双子はエリオットが無反応なのを見て、すこし落胆の色を見せた。

つまらない。からかって遊ぼうと思ったのに、と。


「よーし、これであらかた片付いたね。次いこ、次っ」


心の水面にわざと一石を投じてから、ディーとダムは楽しげに駆けていく。
エリオットは銃を持った手をだらりと下ろすと、険しい顔で空を仰いだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



迷惑な双子に告げられてから、エリオットはアリスを観察するようになった。

観察というか、より――よく注意して見るようになった、という方が正しいか。
半信半疑だったが、そうしてみて、エリオットは改めて気づくことがあった。


(また、ブラッドを見てる)


本人は無意識なのだろう。
けれど、確かにアリスは、ブラッドを目で追っていた。


(そりゃ、アリスの気持ちも分かるぜ。ブラッドは格好いいしな。当たり前っちゃ、当たり前なんだが……)


そうは思っていても、どうしても苦い感情がこみ上げてくるのは止められない。
エリオットは思わず口を開いていた。


「アリス」


エリオットが声をかければ、振り向いてくれる。
自分を見るアリスの表情は明るく、陰りなど微塵も見えない。

アリスの気持ちを、疑いたくない。
そんな思惑とは裏腹に、エリオットは硬い声でアリスに問いかけていた。


「なあ、アリス。あんたに聞きたいことがある」
「なに? 改まって……。……エリオット?」


アリスは、エリオットの異変に気づいたようだ。訝しげな表情は、若干の緊張を含んでいる。


「あんたは、ブラッドが好きか?」


アリスの目が見開かれる。

何を聞いているのだろう。
何と答えて欲しいのだろう。

自分でもよくわからないまま、エリオットの感情は堰をきって溢れだす。
心はぐちゃぐちゃしているが、頭だけは妙に冴えわたっていた。






大きすぎる衝撃からアリスが立ち直るまで、すこし時間が必要だった。頭の芯が、まだ痺れている。


「ブラッドが好きなのか? 俺じゃなくて」


聞こえていないと勘違いしたのか、エリオットは念入りに繰り返した。


「……なんで、そんなこと言うの」


渇いた声を、なんとか絞り出す。

以前ならば――そんな風に勘違いされても、不本意ではあるが、納得もした。
エリオットの思い込みの激しさは、一、二を争うのだ。

けれど、その時とはまるで状況が違う。
今、アリスはエリオットの恋人なのに。


「だって、あんたはブラッドが好きなんだろ?!」
「好きじゃないったら!」


あんな男、と口走りそうになって、アリスは止めた。
エリオットの前でブラッドの悪口を言うと、あまり良い展開にならないことは、アリスの記憶に新しい。


「そう……一度、ちゃんと聞いてみたかったの。どうしてそんな風に思うの?」
「……あんたは」


エリオットは顔を歪めると、アリスの肩を掴んだ。
やり場のない憤りを抑えるように、言葉を切る。


「あんたは、自覚がないのか?」
「自覚……って、何の?」


アリスは困り果てていた。
そんな事を言われても、アリスには思い当たる節はない。
ブラッドが好きだ、と勘違いされるような素振りを見せたつもりもない。

けれど、エリオットは責める視線を止めない。


「ブラッドを見る目だ。他とは違う目で、あんたはブラッドを見てる」
「!」


エリオットに指摘され、アリスは目を瞠った。

――まさか、そんな筈が。


「だから、俺は、あんたがブラッドを好きなんだと……けど、違うのか? 本当に?」


気弱な声で、エリオットは苦しそうに吐き捨てる。
エリオットはとても辛そうで、アリスは泣きそうになった。どうして、こんなことになるのだろう。


「本当よ、エリオット。私は貴方が好き」


震える心を奮い立たせて、アリスはエリオットの腕にぎゅっとしがみついた。
お願いだから、そんな悲しい誤解をしないで。


「エリオットが、好きなの」
「……好き?」
「うん……」


もどかしい、とアリスは唇を噛んだ。アリスの全てを伝える術がない。
エリオットは、いくらか落ちつきを取り戻した。


「アリス……俺、すげー嬉しい。だけど、なら、何であんな目でブラッドを見るんだよ?」


何で、と言われても。


「……どんな目をしてたの、私は」


自分では、どんな目をしていたのかは分からない。エリオットはどんなアリスを見たのだろう。


「あんた、いつもブラッドを目で追ってるぜ。ブラッドの一挙一動を見守ってるみたいに……たまに、苦しそうな目で、な」


エリオットの声は何処か冷ややかで、アリスの心は軋んだ。
観察されていたことも、いささか衝撃的であった。


「……そんな目を、してたの」


アリスは気を落とした。
無自覚とはいえ、そんなことをしていたのでは、エリオットが誤解しても仕方がない。

加えて、過去を引きずっていた自分に落ち込む。


(……最低)


けれど、己を責めるのは、まだだ。それは後でいい。
今は、目の前で不安がっているエリオットを、アリスが救いあげなくてはならない。


「あの……エリオット。話を聞いてくれる?」
「ああ、聞く。俺も、何が何だかわかんねえんだ」


エリオットは、片手でアリスの肩を軽く掴んだ。助けてくれ、とアリスに訴える。


「何を信じていいのか、わかんねえ」


吐き捨てるように、エリオットは呻く。


「私を、信じてくれないの?」


エリオットから向けられるのは、縋るような視線だ。
まだ一縷の望みがあって、それに躊躇わず縋らせて欲しいのに、と訴える目。


「俺、あんたを信じたい。けど、なら、あの目は何だ?」


アリスも混乱しているが、エリオットもまた、アリス以上に困惑している。


(こんな顔、させたくないのに)


アリスは覚悟を決めると、大きな深呼吸をした。


「聞いて。混乱させるかもしれないけど」
「ああ」
「あんまり話したくなかったんだけどね」


前置きをしてから、アリスは話を切り出した。
過去のことを吐露するのは嫌だったが、そんな悠長なことは言っていられない。


「ブラッドって……。昔の恋人にそっくりなのよ。顔が」
「顔が?」


エリオットの方は見ずに頷いてから、アリスは話を続ける。
言葉が詰まる前に、全てを言ってしまいたい。


「うん。気味が悪いくらいに瓜二つでね。……あ、性格は違うわよ。ほんと、性格は真逆」
「……」


エリオットは、黙ってアリスの話に聞き入っているようだ。
触れたくない部分を掘り起こす痛みと戦いながら、アリスは一挙に言葉を吐きだした。


「だから……ブラッドには申し訳ないと思うけど、ブラッドを見て、あの人を思い出しちゃってる……のかな」


言っていて、自分が情けなく思えてくる。
己の馬鹿さ加減に嫌気がさす。後でたっぷり落ち込もうと思う。

アリスは一呼吸置くと、再び口を開いた。


「本当のこと言うと、自信ない。自分では上手く隠してるつもりだったけど」
「そういうことか」


アリスはようやっと面を上げることができた。
エリオットは深刻な顔をして、考え込んでいる。


「……エリオット」


きちんと、エリオットに伝わったのだろうか。
彼が正確に理解してしまったら、それはそれで怖いのだけれど――こんなこと、彼には知られたくなかった。
アリスは項垂れた。


「私のこと、嫌いになった?」


まずい。
声が泣きそう。

案の定、エリオットは慌てふためいた。


「!? 何でだ!? 俺、あんたのことは好きだぜ!?」
「だって、私」


ふう、と息を吐く。
エリオットに嫌なところを見せてしまった。見せたくなかったのに。


「未練がましいもの。本当に。ブラッドを他の人と比べてるなんて最低だし……ブラッドにも失礼。それに、エリオットにも失礼だわ」


アリスの恋人は、エリオットなのに――情けない、ときつく唇を噛む。


「そうは思わなかった?」
「思わねえ」


エリオットは強く否定した。
だから、アリスは再び、エリオットの顔を見ることができた。


「って、あんた……なんて顔してるんだよ。あんたが悪いわけじゃないだろ」


エリオットは苦笑を浮かべた。
そんな顔をしなくていいんだ、と、頬に触れられる。


「あんたは、そいつに傷つけられたのか」
「傷……って、大げさね。傷ついてなんか」


いない、とは言えなかった。アリスは傷ついた。
そんなことを馬鹿正直に言ってしまうと、エリオットは怒る。アリスの昔の恋人に対して。

幸い、アリスの返答を待たずして、エリオットが言葉を被せてきた。


「いーや。そうか……なら、あんたがあんな目をしてたのも納得もいく」
「……」


怖い、とアリスは思う。

エリオットが納得してしまうのも、怖かった。
アリスは、恐る恐るエリオットに声をかけた。


「エリオット……」
「ん?」
「考えてること、全部口に出してみて。隠さなくてもいいから」


エリオットが何を考えているのか、アリスは知りたかった。
言葉足らずで誤解を生んでいるのではないか、という心配もある。


「……考えてること……ああ」


エリオットは目を瞬かせると、徐に口を開いた。


「俺は……あんたを信じたい。けど、信じきれねえ。そんな自分に、すっげえイライラする」


心が狭いよな、とエリオットは嘆息した。


「なあ、何で信じられねえんだろうな?」
「……」


苦悩しているエリオットを見ていると、胸が締め付けられる。


「エリオット、ごめん」
「んん?」
「ごめんね」


エリオットを抱きしめる。
エリオットは大人しく抱きしめさせてくれた。伝わる温もりに、泣きたくなる。


「え? あんたが謝ることはないだろ?」
「だって、混乱させたのは私じゃない」


悪いのはアリスだ。
エリオットをこんなにも悩ませている。


「無意識だった?」
「うん、無意識だった……」
「なら、あんたは悪くない」
「悪いでしょう。無意識でも」


アリスが言いきると、エリオットは苦笑を浮かべた。


「あんたって、真面目だよなあ。そういうところ、好きだぜ」


エリオットはちょっぴり笑みを零したが、すぐに表情を引き締めた。


「俺がもやもやしてるのは、さ」


ふと、エリオットの視線が尖る。


「あんたは、まだそいつのことが好きなのか」
「……!」


アリスは目を瞠った。肌がざわつく。


「私は……エリオットが好きって、言ったじゃない」


アリスは渇いた声で答えたが、エリオットは許してくれない。


「ああ。それは分かった。けど、そいつのことは? 嫌いか?」
「……きらい……」


アリスは口にしてみたけれど、全くもってしっくりこなかった。


「……」


好きだったから、付き合った。
そして、嫌いになって別れたわけではない。

だから、エリオットの質問は返答に困る。
嫌いだと言えず、かといって、嫌いじゃないとも言えず――『嫌いじゃない』と正直に答えると、エリオットはそれを『好き』と捉えてしまうのだ。


「アリス」


苛立ちを抑えるような声に顔をあげると、厳しい表情のエリオットがいる。


「答えろよ」
「痛……エリオット、痛い」


骨が軋むほど強く掴まれて、アリスは思わず顔を歪めた。
ハッと我に返ったエリオットは、慌てて掴んでいた手を離す。


「っと、わりぃ。……」


エリオットは、アリスを掴んでいた手を、不思議そうに眺めている。


「な……なに?」
「いや……何でもねえ」


ふと、エリオットは窓に視線を走らせた。


「チッ。時間か……仕事、いってくる。後でな」
「……行ってらっしゃい、エリオット」


やっとのことで言葉を発すると、遠ざかるエリオットの背を見送る。
姿が見えなくなると、アリスはその場にへたり込んだ。

過去の幸せの思い出が、アリスの幸せを阻んでいた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



エリオットは鏡と睨みあっていた。
大の男が鏡と睨めっこをしている光景は、なかなかシュールである。


(外見な〜……ん〜〜〜)


顔の造作はどうしようもない。
ブラッド程ではないが、エリオットとて「格好いい」とアリスは言ってくれた。
だから、そこはクリアしていると思う。

この癖っ毛が問題だ。
好き勝手に跳ねまくっていて、ストレートとは程遠い。

試しにぐいぐいと伸ばしてみたが、エリオットの心をあざ笑うかのように、くるんっと元通りの巻き毛に戻る。


「……直んねーなー」


憮然と呟くと、エリオットは渋い顔になった。

本当に、これだけはどうしようもない。


(ブラッドは、黒のストレートだな。俺はこんな色だし、癖も強くて……アリスは癖っ毛が嫌いなのか?)


そういえば、とエリオットは思い出した。
同じ帽子屋ファミリーの中でいうと、双子も、ブラッドと同じく、髪が黒い。
黒髪で――やや癖はあるものの、エリオットほどではない。

その理屈からいえば、アリスは双子の外見も好みだといえる。
そう考えて、エリオットは頭を振った。

いいや、そんな筈がない。
アリスはそんな子ではない。

それは、エリオットとて理解しているのだ。ただ。


「……んー」


アリスがもっと好きになってくれたら、と願うのだ。


(ちょっと変えてみるか……な)


薬を使って。

エリオットは気づいていない。
アリスは、エリオットを好きだと言ったのだ。

外見の好み(しかも、エリオットが勝手に考えたアリスの好みだ)とは遠くても、エリオットを望んだ。
その事実にまでは、エリオットは気が回っていなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「エリオット、いる?」


入っていいぞ、と中から声がする。
遠慮なくドアを開いて、アリスは仰天した。


「エリオット!?」


小さく叫んでから、アリスは呆然と立ち尽くした。
部屋にはエリオットが居た。いつものようにベッドにもたれかかって、床に座りこんでいる。


「ん、どうかしたのか?」


どうかしている。

普段と態度は変わりないのだが。
エリオットは、いつものエリオットではなかった。


「その髪……ど、どうしたの!?」


彼の明るい金色の巻き毛は、その色を深い黒へと変えていた。

アリスは一瞬、よく似た別人が居るのかと思った。
けれど、頭の色以外は『エリオット』そのものだし――だから、エリオットなのだろう。


「どうって……変か?」


色が変わっているのは、本人も知っているようだ。
アリスは止まってしまった足を再び動かせると、エリオットの傍まで歩み寄った。

間近で見ると、違和感は更に募った。


「変っていうか、びっくりした……なんで、そんな色になってるの?」
「変えてみたんだ」


エリオットの言い方はあっさりしているが、アリスは首を捻った。


(変えられるもの??)


アリスには不思議で仕方ない。
この世界にはまだ、アリスの知らないことが山ほどあるのだ、と痛感する。


「どうやって」
「これか? 薬だよ」
「薬?」
「そういう薬があるんだ。ま、一時的なんだけどな」


ふうん、とアリスは曖昧に返した。そんな薬があるなんて、初耳だ。


「一時的……その薬とやらを、直接塗ってるわけじゃないわよね?」


エリオットの髪は濡れているわけでもない。
髪の質感は、見たところ変わりないようだから――単に、上から塗り込めているのではないらしい。
一体どういう仕組みだろう、とアリスは不思議がった。


「ああ。飲み薬だからな」
「……飲むの?」
「うん、飲む」
「……」


飲むと髪の毛の色が変わるなんて、どんな薬だ。

何だか突っ込む気力も起きなかった。
きっと、この世界には在るのだろう。探せば何でもありそうだ。


(胸が大きくなる薬、とか……怪しいわね、絶対)


怪しいけれど、それならばちょっぴり欲しいかもしれない。


「体に害はないの?」
「ああ、ないぜ。多分」


エリオットは軽い調子で頷いた。


(多分!?)


聞き捨てならない。
多分だとか大体だとか、曖昧なものは、あまり当てにならないではないか。


「体の調子、おかしくない?」
「うん、全然」


エリオットはけろりとしている。

アリスとしては、得体の知れない薬を飲むな、と声高に訴えたいところだ。
そんなもの、ほいほい飲まないで欲しい。障りがあったらどうするのだ。

けれど、本当に危険極まりない薬であるなら、さすがに飲むことはあるまい、と考えると――わざわざ説教しなくても良いように思えた。
エリオットが平気だと言うのなら、きっと平気なのだろう。たぶん。


「……」


そう信じよう。
恋人なのだから、エリオットを丸ごと信じていい筈だ。


(あ。でも、タコもどきを食べたそうだったけど……)


あの、緑色で花柄の――タコのようで、タコとは程遠い生き物を。

美味しそうだな、とエリオットは本気で言っていた。
どう考えても食用すべきではない色のアレを。


(……自信なくなってきたなあ)


もっと、アリスがエリオットの危機管理もするべきなのかもしれない。主に、口にするもの全般について。


「なあ。これ、俺には似合わねえか?」


アリスは改めてエリオットを見た。

金色のベールが失われた分、エリオットのマフィアっぽさは、以前より際立っていた。見る者に酷薄そうな印象を与える。
顔立ちは同じである筈なのに、がらりと雰囲気が違っている。まるで――。


(ペーターみたい)


エリオットが微笑んでいないせいか、今のエリオットは、どこかペーター=ホワイトを思い起こさせる。
むっつりとしていれば、エリオットもそれなりに頭が良さそうで、冷静な男に見える。何より、狡猾そうだった。


(笑って欲しいのに)


今のエリオットに微笑まれても、何処か引っかかりを覚えてしまうだろう。


「……うーん。似合うんだけど、何だかしっくりこないっていうか……」
「そっか……似合わねえかー」


エリオットは心底残念そうに肩を落とした。
耳が垂れ下がるのを見て、アリスの胸は罪悪感に苛まれる。

だが、挫けてはいけない。
ここで絆されて甘い顔をしてしまい、うっかり「黒の方が気にいって貰えた!」などと勘違いされてしまっては、困る。


「でも、どうして黒にしてみたの?」
「それは……」


悪戯がバレた時の子供のように、バツが悪そうな顔になった。


「だって、ブラッドは黒だろ? だから」
「……」


アリスが好きだと思ったから、染めてみた。つまり、そういう事だ。


(……可愛すぎる)


何という――アリスは頭を抱えた。
エリオットの行動の決め手が自分である、ということが、嬉しい。嬉しすぎて目眩がする。


「エリオット」


エリオットは、こんなにも幸せにしてくれる。
その何分の一かでも彼に返してあげたくて、アリスは柔らかな声で語りかけた。


「ねえ、エリオット。私、エリオットの髪が好きよ」


滑らかに、するすると言葉が出てくる。
アリスにそうさせてくれるのはエリオットだけだ。
自分でも気味が悪いぐらい、甘ったるい声が出る。


「羨ましいくらい綺麗な色だし、巻き毛も大好き」


エリオットは顔を上げた。


「……ほんとに? 本当に、そう思うのか?」
「うん」
「けど、あんたの好みじゃないだろ?」
「私の好みは、エリオットなの」


髪が黒くなったからといって、エリオットのことが嫌いになるわけではない。
ただ、エリオットはエリオットで居て欲しいのだ。


「ごめんね、不安にさせちゃって。エリオット、私は……っ!」


突如、ぐぐぐっと抱きしめられた。
あまりにも強い抱擁に、一瞬、息が止まる。抱きつぶされてしまいそうだ。


(ぐっ……!)


アリスは必死に耐えた。耐えてこその愛だ。


「ブラッドより?」
「うん。ブラッドよりも、貴方の方がずっと好き」


比べ物にならないくらい。
アリスは明るい笑顔を作った。


「黒よりも、元の色のほうが素敵だわ」


エリオットは、元のままでいい。
そのままで、何も変える必要なんてないのだ。


(断然、前のほうがいいに決まってる)


よくよく見ると、黒い髪も似合っているのだが――可愛い方がアリスは好きだ。


「……」


エリオットの頬には朱が差している。
穏やかな顔つきに戻ったので、アリスはホッとした。


「これ、元に戻すことにする」


エリオットが呟いたので、アリスは胸をなで下ろした。


(よかった)


すっかりアリスが油断していると、エリオットが顎に手をかけてきた。


「せっかくだし、色を戻す前に、俺と遊ぶか? 気分変わっていいだろ」
「え……」


鼓動がひと際おおきく高鳴る。
それが緊張なのかときめきなのか、アリスには判断がつかない。


「嫌か?」
「ううん。何をして遊ぶの?」


わざと幼く聞こえる言い方をして、アリスはエリオットを見上げている。
エリオットは一笑すると、アリスの耳元に口を寄せてきた。


「お嬢さん」
「……!」


ぞわりとして、アリスは身を竦ませた。今のは鳥肌が立った。


「あ、悪趣味よ!?」
「んー? 何がだ?」


軽く睨んだが、エリオットは飄々と言ってのける。


「わ、わかってやってるでしょう!」
「何が?」


エリオットは、あくまでとぼけるつもりらしい。アリスは呆れて、小さく息を吐いた。


「全く、ブラッドの真似なんかしなくっても……」
「だって、あんたの理想に近づきたいんだ。笑うなよ」


エリオットは照れくさそうに視線を逸らしながら、口を尖らせる。


「……」


可愛い。

エリオットはどんなエリオットでも、その愛らしさは変わらない。
アリスは優しい気持ちになり、エリオットの首に手を回した。
ご褒美をあげるように、横顔に唇を押しつける。


「笑ったりしないわよ」


馬鹿ね、とアリスは笑む。

エリオットの気持ちを、どうしてアリスが笑うことができよう。
エリオットと同じことを、アリスも願ったことがあるのだから。


「私、嬉しいの。ありがとう、エリオット」


自分だって姉のようになれば、あの人は、きっともう一度、アリスを愛してくれるに違いない、と。

口には出さなかったけれど、そんなことを考えたことがある。
別れたてほやほやの、アリスが腐りきっていた頃の話だ。

今はもちろん、そんなことは思わない。
最初から愛ではなかった、と冷静に分析することさえできる。

あの青い恋愛経験は、アリスにとって良かったのかもしれない、とすら、いまはは思う。

アリスには、エリオットの気持ちは痛いほど解る。
きっと、彼が欲しいであろう言葉も。


「もしエリオットがブラッドみたいだったら、私、あなたを好きになってないわ」
「……アリス」
「エリオットが好きよ」


エリオットは、ぽうっとアリスを見つめている。幸せな戸惑いを隠せていない。


(……キスしたいな)


無性に、そう思った。

エリオットのマフラーを引っ張ると、唇を重ねる。

エリオットは背が高くて、アリスが背伸びしたくらいでは、まだ足りない。
エリオットをすこし屈ませて、やっと届くのだ。
ゆっくり唇を離しながら、アリスは繰り返し囁く。


「あなただから、好き」


離れがたくて、ぎゅーっと首元にかじりつく。
ふわりと揺れる黒髪が見えたが、もうどうでも良くなっていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



アリスは廊下を歩く。
と、角を曲がった途端、アリスは足を止めた。


「ブラッド……」


曲がってすぐの所に、ブラッドが立っていた。
壁にもたれかかり、アリスを待ち構えていたかのように――おそらく、待っていたのだろう。横目でアリスの姿を確認すると、だるそうに体の向きを変えた。


「ああ、お嬢さんか。今は、エリオットは一緒じゃないのか?」


さも偶然だという風に装ってはいるが、ブラッドに『偶然』は無い。


「あいつは思い込みが激しいからな。さぞかし疲れただろう?」


ブラッドはニヤニヤと厭らしく笑う。アリスは頭が痛くなった。


「……セクハラはよして」
「少しくらい我慢しろ。私の八つ当たりだ」
「八つ当たり?」


アリスはきょとんとした。ブラッドは、そんなアリスを軽く睨む。


「いつのまにか、私も巻き込まれていたようだが」
「あ」


思わずアリスは口元を抑えた。
エリオットの黒髪化は、屋敷内でも話題になっていたらしい。
とうとうブラッドに傾倒して狂ったのか――そんな噂があったのだと、アリスは使用人から聞いていた。


「……ごめんなさい」


その噂を、ブラッドが知らない筈がない。たまったものではなかっただろう。


「ま、いいさ。嫉妬するエリオットというのも、なかなか見物だった」


退屈しのぎにはなったからな、とブラッドは気だるそうに言う。
わざわざ嫌みを言いに来たのか、と詰め寄りたくなる。

ふと、ブラッドは遠くを見て、目を細めた。


「……早いな」
「何が?」


アリスが聞き返すと、ブラッドは皮肉げな笑みを浮かべた。


「すぐにわかる。後ろを見てみるといい」
「後ろ……? あ」


促されて素直に振り向くと、遠くから手を振り駆けてくる男の姿が見えた。


「エリオット」


アリスが呟くと、ブラッドはあからさまに溜息を吐いた。


「うるさいのが来たな……さて、私は退散しよう」
「アリス〜〜! ブラッド〜〜〜!」


エリオットは全力で二人の名を呼んでいる。

アリスはチラリとブラッドの顔を見やった。
涼しい顔はしているけれど、彼の耳にも届いている筈だ。


「……あなたの名前も呼んでるけど?」
「そうなのか? 私には聞こえん」


早口に言い捨てると、ブラッドは踵を返した。こんな時だけは、行動が素早い。


「また機会があれば、ゲームに呼んでくれ。できれば、ゲームをやる前にな」


そう思わせぶりに言い残すと、ブラッドはエリオットが駆けてくる逆の方向へ歩み去って行った。心なしか、歩も早い気がする。

ブラッドが去った後、入れ換わりにエリオットが到着した。
不思議そうな顔で、ブラッドの背を見送る。


「ん? ブラッドのやつ、どうしたんだ?」
「あー……」


逃げた。

とはエリオットには言えないので、アリスは曖昧に笑って誤魔化してみた。


「?? なあなあ。ブラッドと、何を話してたんだ?」
「……えーと」


何を話していたっけ、とアリスは記憶を辿った。
ついさっきのことなのに、あんまり覚えていない。


「ゲームの話よ」
「ゲーム??」
「そう。この間、私たちがやったゲームのこと」


黒髪エリオット事件の後のことだ。

アリスは興味を隠そうとしない使用人たちに囲まれて、『エリオット様は〜どうされたんですか〜』と詰め寄られたのだ。それも、大勢で。


(あれは……困ったなあ……)


焦ったアリスは、あれは一種のゲームだった、ということにしておいた。
そう言い張ることで、使用人たちには納得して貰った。


「あー、アレか。そういや、やったよなー」


以前、メイドごっこやら新婚ごっこやらでアリスと遊んだことのあるエリオットは、そっちのことだと解釈したらしい。アリスの目論み通りだ。


「面白かった?」


アリスが尋ねると、エリオットは大きく頷いた。


「ああ! あんたとのゲームは面白いぜ。ついマジになっちまう」


アリスとのゲームならまたやりたい、と言いながら、エリオットは明るく笑う。


「あんたは? 俺とのゲーム、楽しんだか?」
「うん」


エリオットを振りまわすつもりが、逆に、アリスは振りまわされてしまった。
やっぱり、エリオットは一筋縄ではいかない。


「また、一緒にゲームをしましょう」
「ああ!」


エリオットは嬉しそうに声を弾ませた。
部屋に行こう、と肩を引き寄せられ、アリスとエリオットは並んで歩き出した。
途中、使用人から好奇の視線を注がれたけれど――アリスは気にしないことにした。


「なあ、アリス」
「ん?」
「ゲームは、俺の勝ち。だな」


エリオットは得意げに、アリスに耳打ちする。
アリスは周囲に誰もいないことを確認すると、ふわりと唇を重ねた。


「おあいにく。勝ち負けじゃないのよ」


アリスが悪戯っぽく笑ってみせると、エリオットは目を丸くした。


「ええ!? ゲームなら、勝ち負けがあるだろ!?」
「私たちのは、勝ち負けのないゲームだったのよ」


それでいいじゃない、と勝手にアリスは続けた。勝ち負けがあるなんてルールは、知らない。
エリオットは腑に落ちない顔をしているが、アリスは気にしない。


(だって、悔しいもの)


実は、負けたと思っている。
アリスはエリオットに完敗だった。

だから、このゲームはお相子なのだ。
いつか、アリスが勝つ時が来るまでは。




【 make-believe play -3rd- / 了】









===== あとがき ===

2010年8月発行『make-believe play』より。

髪を黒に染めたエリオットは、えらいことワイルド〜な感じになるんじゃないかと想像。
たぶんオレンジ巻き毛のせいで、エリオットはだいぶ柔らかな印象に補正されてるんじゃないかと思います。
3話ともエロにするかどうか迷って、3話目だけ無しにしました。

読んでくださってありがとうございました。