make-believe play -1st-








アリスはエリオットの部屋にいた。
その格好は、いつもの青いエプロンドレスではない。
帽子屋ファミリー特有のメイド服に身を包んだ姿は、屋敷にいる多くのメイドたちと遜色ない。

屋敷で働かせて貰うようになってからしばらくを経て、アリスは、エリオットの部屋の掃除を任されるようになったのだ。

エリオットはアリスの恋人でもある。
だからそういった配慮がなされた――のかどうかは、アリスには分からないが。

背景が何にせよ、仕事を任されるのは気分が良い。しかも、恋人の部屋なら尚更だ。
休暇の少ない彼が、少しでも気持よく過ごせるように、とアリスは密かにこの任務を張り切っていた。

今回も、彼が外出している間に綺麗にしてしまおうと頑張っていたのだが――。
そんなアリスの目論みは、まるっと外れてしまう。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



丁寧に掃かれた床には、埃ひとつ無い。
無造作に床に転がっていた花瓶には、アリスが摘んできた花を活けておいた。


(ん、これでいいよね)


空間に花があるというだけで、豊かな気分になる。花は元気なオレンジ色をしていた。


(さあ、次は)


次は床を磨こう、とアリスがモップに手をかけた時だった。


(え……帰ってきた!? もう?)


廊下の方から、大きな足音がする。
アリスは驚いてドアを見た。音はこちらへ向かって近づいてくる。


(エリオット)


アリスが間違える筈もない。エリオットの足音だ。

しまった、とアリスは思った。


(まだ、掃除が終わってないのに)


時間配分を間違えたかもしれない。
アリスが動揺している間にも、足音は大きくなる。
ガチャリとドアノブが回り、アリスの思っていた通りの人物がぬっと姿を見せる。


「は〜〜……ただいま……」
「お、おかえりなさい、エリオット」


疲れているのか、心なしか長い耳が垂れている。
それでもエリオットは、アリスを見つけると、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「お、仕事中か。お疲れさん」


自身が疲れていても、ちゃんとアリスを労う事を忘れない。エリオットは良い上司だ。
アリスはエリオットの傍に寄ると、申し訳なさそうに声をかけた。


「ううん。エリオットこそ……。ごめんなさい、まだ終わってないんだけど、後にしましょうか」
「ん? いや、気にしなくていいって。俺の方が予定より早く終わったんだ」


エリオットはコートを脱ぎ、徐にベッドに腰掛けた。
体を思いきり伸ばしては、小さく呻く。体からは、パキポキと響く音が聞こえた。


「でも、うるさくない?」


エリオットからコートを受け取り、皺にならないようハンガーにかける。
見たところ外傷はなさそうだったので、アリスはホッとした。

ただ――エリオットは疲れている。
エリオットは笑顔なのだが、その笑顔も、どこか霞んでいるように見えた。
本人は「気にするな」というが、エリオットを気にしたいアリスには無茶な注文だ。


「気にせず、してくれよ」
「でも、それはエリオットが」
「いーからいーから」


エリオットは軽い調子で、ひらひらと手を振る。

邪魔には違いない。
けれど、エリオットの視線は柔らかい。
なので、アリスも彼の優しさに甘えることにした。


「……わかった。エリオットも、私のことは気にせずに休んでいてね」
「おう」


エリオットは快諾すると、ごろりと体を横たえた。
おそらく、彼はそのまま軽く眠ってしまうのだろう。そう思っていた。

だが――エリオットは眠りにつかなかったようだ。
その上。


(……エリオット、こっち見てる?)


エリオットの方を見てはいないから、実際にどうなのかはわからない。けれど、背に視線を感じる。

てっきり、眠るのだとばかり思っていたのに。

彼の視線に刺々しさは皆無で、見つめられているというか、見守られているというか――居心地は、正直言うと悪い。そわそわと挙動不審になりそうだ。
そして、見られていると思ってしまうと体が固まり、作業が全くはかどらなくなる。


(見てる……気がするなあ)


なにせ、彼には眼力がある。
アリスは手を止め、後ろを振り返った。視線の先にはエリオットがいる。
やわらかな色の長い耳、黄金色の髪、紫の双眸。どこをとっても男前だ。いや、耳は違うかもしれない。
そんな男前な彼は、アリスと目が合うと、愛らしい耳をぴょこっと立てさせた。


「……何よ?」
「ん? 何が」
「何って……こっちの台詞よ、それ」


白々しくとぼけるエリオットに向かって、アリスは肩をすくめてみせた。

とぼけたって無駄だ。
彼の素直な耳が反応を示しているのだから。

アリスが気づかないとでも思ったのか。
さすがにエリオットほど鋭くはないにしろ、鈍くもない――と、アリスは勝手に思っている。
エリオットが「どうした?」と言いたそうに首を傾げてみせたので、アリスの推測は確信に変わった。


「ね、エリオット。さっきから……私の方、見てた?」
「ああ、見てた」


エリオットはけろりと白状した。

アリスは小さくため息を吐くと、掃除用具を壁に立てかけた。
くるりと体の向きを変えて、アリスはエリオットに歩み寄る。


「見てたら、まずかったか?」
「ううん、全然……それは構わないんだけど。ちょっと不思議な感じがしたから」


何と表現したらいいのか――愛しさから見つめていたのではなくて、エリオットの視線は何か言いたそうだった。だから尚更、アリスは気になった。


「言いたいことがあるんなら、言えばいいのに」
「あー……大したことじゃねえんだけど」


言いたいことはあったらしい。

エリオットは不躾な視線を逸らそうともしないまま、じーっとアリスを見ている。
否、観察しているといった方がいいのかもしれない。


(な、なに?)


何処かおかしいところでもあるのだろうか。
アリスがもやもやと不安がっていると、エリオットは徐に呟いた。


「あんたがメイドっていうのは……やっぱ、まだ変な感じだな」
「失礼ね」


メイドの仕事も板についてきたんじゃないか、と自負していただけあって、エリオットの言葉はアリスに少なからず衝撃を与えた。
アリスは不服そうに口を尖らせた。気持ちが緩やかに落ち込んでいく。


(違和感があるのか……そりゃあ、私はあんまり有能じゃないけど)


戦闘もメイド業も完璧にこなす使用人たち。
彼女たちと比べれば、確かにアリスの能力は遥かに低い。
低いというか、到底、及ばない。追いつける可能性もない。

それは仕方ないことなので、諦めていた部分なのだけれど。


「……掃除、するわ」


燻ぶる寂しさを嘆息に変えて、アリスは仕事に打ち込むことを決めた。

むしゃくしゃしている気持ちを、仕事モードに切り替える。
そう、今は掃除をしなくてはならない。ぐちゃぐちゃ考えるのは、その後にしよう。

エリオットは上体を起こすと、明るく声をかけてきた。


「なあなあ。俺、手伝ってやろうか?」


うきうきと、その声は弾んでいる。けれど、アリスは小さく首を振った。


「ううん、私がやるわ。仕事だもの」


それに、仕事から戻ってきたばかりのエリオットをこき使うことはできない。少しでもいいから、休んで欲しかった。


「そうか? でも、遠慮なんかすんなよ?」
「うん、遠慮してない。……って、エリオットが、私に掃除されるのが嫌じゃなければ、だけど」


エリオットが気に入らないのならば、アリスが一人で押し進めても意味がないのだ。
アリスが遠慮がちに付け加えると、エリオットは目を瞠った。
とんでもない、と彼の目が如実に語っているので、アリスは安堵する。


「なっ……! 嫌じゃねえよ! 俺はただ、あんたを手伝いたいんだ」


エリオットの好意は、素直に嬉しい。
甘やかしてくれるのが嬉しくて、アリスの口元は綻んだ。
グレーがかった気持ちが、ゆっくりと澄んでくる。


「あー……ごめん、見なかったことにして」
「ん? 何を?」
「上司の目の前で堂々とサボってるなんて、いけないわ」


悪い部下だ。
アリスが苦笑すると、エリオットは「そんなことか」と笑みを崩した。


「気にするなって。たまにはいいだろ。あんたは、いつも頑張ってる」
「いや、よくないと思うよ……」


エリオットは甘いことを言ってくれるが、よくないことは明白だろう。
意固地な自分は、エリオットの言葉を「優しいな」と思いこそすれ、受け入れることはできない。

それはそれ、これはこれ、だ。


「手伝ってやるから、ちゃっちゃと終わらせようぜ」


エリオットはそう言うと、ベッドからのそりと立ち上がった。
大股に近寄り、アリスの手にあるモップに手を伸ばす。

自然な動作で奪われかけて、慌てたアリスはモップを体の後ろに隠した。

予想外の行動だったのだろう。
エリオットはきょとんとして、伸ばしかけた手を空で止めた。


「ん? どした? 貸せよ」
「……駄目」


なんと強情な兎さんだろう。
アリスはひとつ息を吐くと、目の前の男を見つめ上げた。

エリオットの行為には、アリスへの善意しかない。
だからこそ、きっちりアリスが線引きしておかねば、ぐだぐだになってしまう。

いくらプライベートで恋人関係にあるとはいえ、仕事に持ち込んではいけない、とアリスは思う。

けれど、エリオットには、その辺りがいまひとつ理解できないらしい。
理由がわからない、と不思議そうな顔をしている。


「何で駄目なんだ? モップがけ、好きだったか?」
「好き……っていうか、駄目ったら駄目。エリオットは仕事で疲れてるのに、そんなことさせられないわ」


アリスがささやかに抗議すると、何故かエリオットは噴出した。


「ははっ、あんたって謙虚だな。けど、俺、疲れてなんかいねーよ。あんたの手伝いなら、何だってやる」


だから貸せ、と手を伸ばされて、アリスは今度こそモップを奪われてしまった。

呆気にとられるアリスを余所に、エリオットはゴシゴシとモップをかけ始める。
鼻歌交じりに作業をしているエリオットを見て、アリスの肩から力が抜けた。

手慣れたものだな、とアリスは思った。彼が綺麗好きだというのも頷ける。
見ていると、アリスの心は和む――のだけれど。


(……いいのかなあ)


ちくりと、アリスの胸に罪悪感が芽生えた。
疲れて帰ってきた恋人に、掃除の手伝いをさせる。傍から見て、アリスは完璧に悪女だ。


(でも、エリオットがやりたいって言ってくれたんだから、この場合……大丈夫かな?)


何が大丈夫なのか分からないが、なんとなく釈然としない気持ちを抱えたまま、アリスは雑巾を手にとった。


「……疲れてないの?」


作業の手を休めずに、エリオットはこくりと頷く。


「ああ。疲れてない」
「ふぅん」


エリオットは言うが、本当かどうか怪しい。
いくら体力無尽蔵なエリオットとて、疲れるものは疲れる筈だ。

そして、彼には前科がある。
仕事を詰め過ぎて、今にも倒れそうになっていたことが。

本当に無理をしていないのか。
アリスはそこが気がかりだった。

エリオットの様子をちらちら伺いながら、丁寧にテーブルを拭く。
彼が少しでも疲れた素振りを見せたら飛んでいこう。そう考えながら。


「早く終わらせて、俺と一緒に遊ぼうぜ」
「……エリオット」


ピタッとアリスの手が止まった。
エリオットはアリスの方を見て、照れたように笑う。

エリオットの微笑みは甘く、優しい。
温もりがアリスの胸にも伝染して、うっかりアリスの気は緩んでしまった。


「あんたも、俺と遊びたいだろ?」
「そうね……」


ぎゅうっと雑巾を絞りながら、アリスは微笑を浮かべた。
声が優しくなっているのが、自分でもわかる。


「エリオットと遊びたいわ」


アリスが同意すると、エリオットの表情は花が咲いたように明るくなった。心なしか、全体的に輝いて見える。


「そうだよな!? あんたもそう思うよな! よかった〜〜〜」
「……」


アリスは気圧されて、口ごもった。
エリオットの純粋さは、時にアリスに暴力的である。

エリオットは、気にせずに言葉を続ける。


「さっき、あんたと何処に行こうかって、すっげー考えてたんだ。次の休憩なら、あんたの休みとも合うしさ」


穏やかな声で、エリオットは語る。
照れながらも好意をぶつけてくるエリオットに、アリスの頬は緩みっぱなしだ。
何て可愛いことをしてくれるのだ、とエリオットの髪をくしゃくしゃに撫でまわしたくなる。


(可愛い)


エリオットと居ると、心がほっこりと温かくなるのを感じる。
めろめろになるというのは、案外こういう事なのかもしれない。

仕事中だというのに、アリスは彼に思いっきり抱きつきたくなった。
そして――無性に、彼に構って貰いたくなった。

幸いにして、アリスは今、ひとりのメイドである。これを利用しない手はない。
キュキュッと床を磨き上げてしまうと、エリオットは部屋を見回した。


「よし。ま、こんなもんでいいだろ。いつもありがとうな、アリス!」
「……ううん」


エリオットの、太陽のような笑顔が眩しい。

さあ――。


アリスはひとつ、深呼吸した。瞬時に、パッと明るい笑顔を作る。


「お茶をお持ちしますね、エリオット様!」
「はぁ!?」


わざとらしい程に元気よく言うと、エリオットの耳は勢いよく飛び上がった。


「あ、あんた、どうかしたのか? 大丈夫か? 何でいきなり」
「いきなりじゃないわ」


内心、期待通りにエリオットが狼狽したことを喜びながら、そこは顔に出さずに、澄まして言う。


「思い出したのよ。私は今、メイドなんだもの。今の時間帯、私はあなたの部下なのよ、部下。だから部下らしくしてみたんだけど、どう?」
「ど、どうって……」


エリオットは面白いぐらいに動揺している。そうして、一言。


「変だ」


グサリ、とアリスの胸に突き刺さる。なかなか的を射た反撃だ。


「……えらくストレートに言うわね」
「いや、もうちょっと、こう……なんつーか」


首を捻るエリオットを見ながら、アリスは少し考え込んだ。
元気なタイプよりも、落ちついたタイプが好ましいのかもしれない。

そういえば、ここのメイド達は皆、のんびりしている人ばかりだ。
驚かすことを優先していたので、うっかり失念していた。


「元気がありすぎる、ってこと? じゃあ……エリオット様、いま、お茶をお持ちしますね」
「……えー……」


物言いたげなエリオットを綺麗に無視して、アリスはしとやかな動作でお茶の準備をする。


「お待たせしました、エリオット様……って、何? どうかしたの?」


どうもこうもない。
エリオットの顔は盛大に引きつっている。

だが、アリスは素知らぬ振りをして、エリオットの前にティーカップを置いた。
エリオットは強張った顔のまま、薄く湯気がのぼるカップとアリスとを交互に見た。

どうしたらいいのかと迷っている様子だが、アリスは放置を決め込んだ。メイドは慎ましくあらねば。


「……おいー。何の遊びだ、一体」


若干、エリオットに引かれてしまったようだ。残念である。誤魔化されてはくれなかった。


「遊びじゃないけど……んー、強いて言うなら、メイドさんごっこかな?」
「っ!?」


エリオットは瞠目した。
エリオットが大げさに反応したので、アリスは大きくため息をついた。


「そんなに驚かなくても……私、そんなにメイドが似合わない?」


ついさっき、エリオットに「変だ」と言われた意趣返しも兼ねていたことは否めない。
可愛くないから不味いのか、とアリスが零すと、エリオットは慌てて首を振った。


「なに言ってんだ! あんたは可愛いに決まってるだろ!?」
「あら、そうかしら」


慌てふためくエリオットとは対照的に、アリスは涼しい顔で答えた。

なんて良い性格なのだろう。
本当は、何を言ってるんだ自分は、と自分で自分に突っ込みたくて仕方ないのだが、アリスは堪えた。阿呆な会話は楽しくて、癖になりそうだ。

アリスに向かって、エリオットは強く頷く。
がしっとアリスの肩を掴むと、真剣な眼差しで訴える。


「ああ! そんなの当たり前だ! けど……一体、なんでそんなこと言いだすんだ?」


エリオットの手には力が入りすぎていて、肩がちょっぴり痛い。
痛いのだが、この状況で離してくれとは言いにくく、アリスは耐えることに決めた。


「たまにはいいじゃない」


アリスはとぼけて言ってみせたが、エリオットは渋い顔のままだ。怪訝そうにアリスを見ている。
しばし見つめ合ってみたが、根負けしたのはアリスだった。


「……わかってるって」


力なく溜息を零す。
エリオットの視線の意味など、アリスには痛いほどわかってる。

ただ、解せない、と。

やっぱり痛いから手を離して、とエリオットの手を引き剥がす。


「そんな顔しなくっても、言いたいことはわかってるわ。私らしくないんでしょ。わかってるわよ、そんなの」


いつもの冷めたアリスとは程遠い行動に、きっと面食らっているのだろう。
そんなことは自分でもわかっていた。
ただ、昔――遥か昔に、姉と一緒によくやった――ごっこ遊びを、ふと思い出しただけだ。


(珍しく、童心に返ってみたのに)


失敗だったかもしれない。返ることはできなかった。


「アリス」


すっかり拗ねてしまったアリスに向かって、エリオットは手を伸ばした。

ああ、抱きしめられるのか。

ぼんやりと考えているうちに、抵抗なくエリオットの腕の中におさまる。
抱きしめられるのは、好きだ。逞しい腕の中で、アリスは何も考えなくていい。


「エリオット……私らしくない私は、嫌い?」


嫌われるのは怖い。
けれど、エリオットならば、きっと受けとめてくれるだろうと思っていた。この広い胸で。
それくらいの確信はあったのだ。

だから――自分は、酷くずるい言い方をしている。アリスの心は自己嫌悪に沈みこんだ。


「違う。あんたは……あんただろ? それに、俺にとって特別だ」


低く静かな声は、耳に心地よい。アリスはうっとりと目を閉じた。
目を閉じてしまえば、もう何も見えない。ただ、エリオットに守られている気分になる。
エリオットの大きな手が頭を撫でてくれたので、アリスは尚のこと安心を深めた。


「どうしてそんな事を言い出したのか、知りてえ。教えてくれないか?」


アリスは目を開けると、エリオットを見上げた。


「なあ。俺、あんたの事は何よりも大事にしてきた……してきたつもりだぜ? 何か不満があった?」


エリオットの縋る視線に、アリスの方が驚いた。
いつのまに、そんな深刻な話になったのだろう。


「な、なんでそんな話になるの」
「だって、そういうことだろ!?」
「いや、全然わからないんだけど……エリオット?」


両手を伸ばして、エリオットの頬に触れる。
それで、エリオットはいくらか落ちついたようだった。


「だって、あんたはただのメイドなんかになりたいっていう」
「言ってないよ……」
「特別なのが、嫌か?」


彼の長くて立派な耳は、アリスの言葉が聞こえていないらしい。残念な耳だ。


「特別なのは嫌じゃないし、すごく嬉しいわ。それは本当よ」


噛んで含めるように言い聞かせながら、アリスは彼の腕からすり抜けて、ちょこんとベッドに腰掛けた。
エリオットも、ベッドを背に床へ落ちつく。彼の憮然とした表情は崩れない。


「なら、なんで」
「だから、単なる」


ふう、とアリスは息を吐いた。
本当に何でもないことなのに、話をややこしくしたくない。


「含みのない遊びなんだってば。いわばゲームなのよ、ゲーム」
「ゲーム?」


耳がぴょこんと反応を見せる。エリオットは、アリスをまじまじと見た。


(あ、通じた)


よかった、とアリスは胸をなで下ろした。
エリオットに話が通じたことが素直に嬉しい。
エリオットがわかるまで何度も繰り返し言わなければ、と覚悟していただけに、嬉しさもひとしおだ。

だが――。


(……あれ?)


アリスの明るい心に、薄っすらと影が差した。エリオットは、やけに神妙な顔をしている。


「あんた、俺とゲームしたいのか?」
「うん、したいわ」


反射的にアリスは返したが、不思議と、己の意思とずれている気がした。


(……んん?)


感じる違和感を、無理矢理に抑え込む。そう、気のせいに違いない。これは――。


(不安……? まさかね)


原因はわかっている。
さきほど一瞬だけ見せた、エリオットの好戦的な目だ。
それがやけに印象深くて、アリスの頭に焼きついて離れない。

エリオットはニヤリと笑むと、身を乗り出してきた。


「あんたとのゲームなら、俺も乗る。ルールは?」
「ルール?」


アリスが聞き返すと、エリオットは大きく頷いた。彼の端正な笑みは、成程、悪そうな男に見える。


「ああ。ゲームには、ルールがいるだろ?」


大げさだな、とアリスは首を傾げた。


(でも、そういうもの……なのかな?)


けれど確かに、ゲームはルールがある方が互いに興じやすい。
エリオットがルールを求める理由は、そんなところだろう、とアリスは勝手に見当をつけた。


「それじゃあ、うーん……そうねえ」


アリスはしばし考え込んだ。
ルールと言っても、特別にこだわりがあってゲームと言った訳ではないのだ。
気まぐれなお遊びなのだから、そんなに堅苦しくて複雑なルールには、ならないようにしたい。


「私の勤務時間帯は……そうね。次の勤務から数えて十時間帯分、私とエリオットは、メイドとご主人様、ってことで」


エリオットの頬に、パッと朱がさす。


「ご、ご主人様って……」
「ふふ」


照れるエリオットが可愛くて、アリスは自然と微笑んでいた。ひとしきり照れた後、エリオットは承諾した。


「お、おう。わかった。ルールはそれだけか?」
「うん、それだけ。でも……」


アリスは言い淀んだ。


(あんまり冷たくあしらわれたら、辛いかもしれない)


我侭だとは思うけれど、そこが気になる。
そう危惧してしまう程、エリオットは、アリスと他との扱いに明確な差があるのだ。


「あくまで、ごっこだからね? エリオット。あんまり……その」


自分から仕掛けただけに、手加減して欲しいとは言いにくい。
口ごもっているアリスを見て、エリオットは得心したらしい。


「ん、わかった。あんたは特別なメイドってことだな」
「……特別?」


アリスは顔を上げた。エリオットは優しく頷く。


「ああ、特別だ。俺、あんたのことが好きだから、他と同じようには扱えない。そこは勘弁してくれな」


慈しみを、これっぽっちも隠そうともしない声だ。頬に添えられた手が熱い。この手があるなら、全て――。


「ううん、私もその方がいい」


よかった、とアリスの顔にも穏やかな笑みが戻る。
敏感なエリオットは、アリスの意図を正確に汲んでくれたようだ。時々、ずれにずれているけれど。

エリオットはもう一度、大きく頷いてみせた。


「んで、だ。俺の方からも、ルール決めていいか?」
「うん、いいわよ。無茶なものじゃないなら」


アリスは、エリオットの申し出を快諾した。そちらの方が、より公平なゲームになる。


「無茶じゃねえと思うけど……あんたは、ゲーム中は俺の傍に居てくれ」
「え」


エリオットから思わぬ言葉が飛び出したので、アリスは面食らった。
エリオットは真面目な顔で、エリオットの求める『ルール』を語る。


「俺がいない間は、俺の部屋に常駐する。俺が屋敷にいる時は、俺の隣に。いいか?」
「うん……わかった」


離れないことが、エリオットからのルール。
嫌な筈がない、とアリスは頷いた。
エリオットがわざわざ言わなくても、アリスは彼に引っついているつもりだった。


(でも、良かったのかもしれない)


エリオットの部屋で居る、という制限がある方が、アリスには良い。ブラッド達と顔を突き合わさずに済むからだ。
ブラッド達に見つかったら、死ぬほどからかわれる羽目になる。
見つかったとしても、エリオットが傍らに居れば、いくらかはマシな筈だ。たぶん。

気を取り直して、アリスはエリオットに向き直った。


「それじゃあ、メイドっぽさを追求してみるわね」
「メイドっぽさ?? って?」
「やるからには、きちんとやりたいのよ。ねえ、もっとメイドっぽくなるには、どうしたらいいかな?」


アリスが相談を持ちかけると、エリオットは腕組みをして、しばし考え込んだ。


「あー……メイドっつーか、お嬢さんっぽいぜ?」
「あら、やだ」


それはいけない。
屋敷の使用人らの立ち振舞いを、アリスは思い出す。


(口調はだるそうでも、姿勢は綺麗だったわよね……こうかな?)


とりあえず、姿勢を正してみる。


「姿勢、どう?」
「んー、そんなもんじゃね?」


たずねても、エリオットは適当だ。
気にしたことがないから、よくわからないと言う。

エリオットと和やかに談義を交わしながら、アリスなりのメイド像を描いていった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



部屋の色が変わる。

アリスとエリオットは、同時に窓を見た。
窓の外には、見事な夕焼けが広がっている。


(あ……変わった)


ゲームが始まる。

アリスは緊張した面持ちで、ひとつ深呼吸をした。スッと背筋を伸ばして立ち上がる。
アリスはエリオットに向けて、深々と頭を下げた。


「では……下がります。御用がありましたら、申しつけ下さい」
「ああ、わかった」


エリオットは鷹揚に頷いた。
言葉通りに、アリスは下がる。姿勢はきちんと保ったまま、ただ静かにエリオットの傍に控える。


(うん、何だか新鮮だわ)


アリスの口元は微笑んでいる。
これをゲームだと割り切れたエリオットは、いつものようにアリスを見ない。

いつもエリオットの付き添いをしている使用人は、こんな感じなのだろうか。お得な感じだ。


「アリス」
「はい」


名を呼ばれ、アリスは穏やかに返事をした。
誰も見ていない二人のゲームは、密やかに進行する。


「こっちに来てくれ」
「かしこまりました」


少し離れた場所で、エリオットの正面に立つ。


「もっとだ」


もっと近くに、と促されて、アリスはエリオットとの距離を詰める。
何か用があるのなら、そんなに近づかなくてもいいのに、と不思議がりながらも、アリスは素直に指示を聞き入れた。

至近距離になった時、ようやくエリオットは満足そうに頷いた。


「そ。そこで……っと」


エリオットはアリスを抱きかかえると、アリスもろともベッドへ横たわった。ベッドのスプリングが軋む音をたてた。


「これでよし」


エリオットは嬉しそうだが、アリスはよくない。
きっと、笑顔が引きつり気味になっているだろう。


「エ……エリオット様、お疲れでしょう? お休みになられませんか?」
「ん〜? 休む休む」


暗に離せと促したのだが、エリオットは手を緩めようとしなかった。
エリオットは安らいでいるようだが、アリスは落ちつかない。
もぞもぞと動いて逃れようとするが、力で敵うはずもない。


「このままでは」
「このままがいい」


手に、きゅっと力がこもる。アリスを離すまい、とする意思のある手だ。
何を言っても離してくれそうもないので、アリスは観念した。


「……では、そのように」
「ああ、このままでな。時間帯が変わったら、起こしてくれ……」


言い終わったと同時に、すやすやと寝息をたて始める。
エリオットの寝つきの良さには閉口する。

それに――。

やはり疲れていたのではないか、と長い耳を引っ張ってやりたくなった。

けれど、アリスは我慢した。

今のアリスは『メイド』である。
だから、『ご主人さま』に対してそのような無体はできないのだ。
エリオットの腕の中で、大人しく抱き枕に徹する。


(これって、メイドの仕事だっけ??)


違う気がする。
けれど、深くは考えないことにした。

それにしても、暇である。

アリスは動けない。
動けないと、やれることは限られてくる。

手持無沙汰なアリスは、穏やかな顔で眠るエリオットの顔を見上げた。
彼の、こんな無防備な寝顔を見られるのは、アリスだけの特権だ。幸せなのだ、とアリスはこんな時に実感する。


(いい顔で寝ちゃって)


あまりにも気持ち良さそうに眠るので、アリスまで眠たくなってきた。欠伸を噛み殺して、時が過ぎるのを待つ。
時間はたっぷりあるので、遠慮なくエリオットを眺めることができる。
エリオットの髪は見事な色をしていて、アリスから見ても美しい。いいなあ、とアリスは思う。


(……あ)


窓から影が差した。時間帯が変わる。


(変わらないで)


もう少し、エリオットを休ませてあげたいのに。

アリスは切に願ったのだが――無情にも、空は色を変えた。
アリスは小さく息をつくと、仕方なくエリオットに声をかけた。


「エリオット様、時間です」
「ん……ん〜〜」


呼びかけると、エリオットはすぐに反応した。
むくりと体を起こし、ごしごしと眠たそうに目を擦っている。

寝起きが良すぎる。
たまには、すぐに起きなくてもいいのに、とアリスは落胆した。

まだ眠いんだと愚図ってくれれば、僅かな時間でも休めるのに。
仕事熱心なのはいいのだけれど、いつか体を壊してしまいそうで怖い。
エリオットは、倒れるまで仕事をするタイプだろうから。


(私がしてあげられることは……そうだ)


ボサボサの頭を見て、アリスは閃いた。
一旦エリオットから離れ、ブラシを手に再び戻ってくる。


「髪を梳きますね」


アリスが手を伸ばすと、エリオットは「え?」と硬直した。どぎまぎしながら、首を横に振る。


「い、いいって、そんなん。適当で」
「駄目です。ハネてますよ」


アリスはエリオットの意見を却下した。
丁寧にブラシで梳かし、毛先を指でくるっと巻き、整える。

エリオットは、おとなしく髪を触らせてくれた。
気持ち良さそうに――ちょっぴりくすぐったそうに目を細めるのを見て、アリスは微笑む。


「はい、できました」
「……おう」


頷くエリオットは嬉しそうだ。ほわっとした顔で、しきりに髪を気にしている。
喜んでくれてよかった、とアリスの心も緩みそうになった。けれど、アリスは『メイド』だ。


「仕事、いってくる。すぐ戻るからな」
「はい。いってらっしゃいませ、ご主人さま」


恭しく頭を垂れて、エリオットを送り出す。心なしか、彼の足取りは軽いような気がした。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



予定通り、時間帯が変わる前に、エリオットは自室へ舞い戻ってきた。
渋りまくる双子を前線に送り出し、それから周辺の見回りをして――時間帯が変わってもおかしくはなかったのだが、今回はどうやら長いらしい。

アリスはエリオットを見ると、深く頭を下げた。
アリスとの――ベタベタし過ぎない、この主従関係は初めてで、なんだか新鮮だった。
ちょっぴり寂しいものもあるけれど、ゲームだと思えばその寂しさも楽しめる。


「お帰りなさいませ、ご主人さま」
「ん」


短く頷き返し、コートを脱ぐ。
控えめに立つアリスへ渡すと、アリスは当然のように手入れをし始めた。

エリオットはその様子を眺め見ては、満足そうに息をついた。口元がにやける。
何かと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるアリスが、可愛らしくて仕方がない。

これはゲームだ、と彼女が言いだした時は心底驚いたけれど、このゲームはなかなか秀逸だ。
双方に危険がなく、ただ楽しむためのゲーム。
アリス以外と、これをやろうとは思わないが。


(アリスはただの遊びだっつーけど、これは……なんか、これはこれでイイな)


ちょっと落ち着かないものはあるが――妙にそわそわしてしまう。
嫌な感じではないのだけれど、名前をつけるとしたら、何だろうか。強いて言うなら、くすぐったさに似ている。

アリスの横顔は、どこか清らかだ。
美しいけれど――すこし引っかかるものがある。


(俺とのゲーム中なのに、安心するのは早い)


迂闊にも程がある。
相手がエリオットだから良かったものの、普通、ゲームとは常に危険が伴うものなのだ。

アリスは知らないことが多い。
だから、危険な目に遭う前に、自分が教えておかなくては。


「アリス」
「お呼びですか? エリオット様」


呼べば、てくてくと歩いてくる。
真っ直ぐに見あげてくる様は、エリオットの庇護欲を誘う。
エリオットは黙ってアリスを抱き寄せると、顎に軽く手をかけた。


「ん……!?」


抵抗する間を与えずに、素早く唇を重ねる。好き勝手にやわらかな口内を犯す。
続けざまに何度か重ね合うと、アリスの体からは力が抜けていた。目はとろんと扇情的で、頬は桜色に染まっている。
片腕でアリスの細い体を支えてやりながら、もう一方の手はスカートの中へ――と、アリスは瞠目した。


「ちょ、ちょっと、エリオット! こら!」
「いって。な、何すんだよ?」


バシッと叩かれて、エリオットは一瞬怯んだ。
アリスは顔を真っ赤にさせて、エリオットを睨みつけている。


「こっちが言いたいわ! あんた、いきなり何」
「アリス」


耳元で誘うように名前を呼ぶと、アリスはビクリと体を震わせた。エリオットは喉で嗤う。


「俺、すげー疲れてるんだ。だから、あんたで癒してくれよ。な?」


白くて柔らかな耳たぶを、唇で噛む。
アリスはくすぐったそうに身をよじったが、エリオットは離さない。


「そ、それは……メイドの仕事じゃないでしょうが!」


何とか流されまいとする健気な努力が愛しくて、エリオットは目を細めた。


「いーや、これも仕事だ。立派な仕事だぜー?」


しかも、アリスだけの仕事だ。
エリオットが諭すように言った途端、アリスは眉を吊り上げた。


「な……っ! あんた、まさか、誰かにさせたことがあるの!?」
「あ、あるわけないだろ!?」


思わぬアリスの剣幕に、エリオットは驚いた。
すっかり素に戻ってる、と指摘するよりも先に、否定の言葉が口から飛び出す。
事実無根のことを、アリスに誤解されるのは不本意すぎるではないか。


「……怪しい」


じとりと睨まれ、うろたえる。どうもアリスには弱い。


「なっ、怪しくないって! 俺、あんた以外には興味なんかねえよ!」


それは本当のことだった。
アリス以外に食指が動くことはないし、そもそも興味を持てないのだから、そういう気も起こらない。

それに、色々と面倒くさいのはブラッドを見て知っている。エリオットは面倒ごとが嫌いだ。
せっかく正直にエリオットは訴えたのに、アリスは微妙な顔になる。


「嬉しいけど……それもどうかと思うんだけどなあ……って、こら!」
「ってー……」


懲りずに伸ばした手を、ぴしゃりと叩かれた。意外としっかりしている。


「もー、あんたは真面目すぎるぜ……仕事中だから、乗れない?」
「ええ」


アリスは頑なな態度を崩さない。
それならば、とエリオットは奥の手を持ち出した。


「じゃあ、上司命令だ」
「え……」


ぽかんとしているアリスに、エリオットは強かに笑う。


「それなら、あんたも乗ってくれるんだろ?」
「……っ」


アリスは、いよいよ顔を赤くした。
アリスが否定しないのをいいことに、エリオットは行為を再開する。


「あ……っ」


衣類を緩めて、ひらいた隙間から手を差し込む。伝わる肌の暖かさに目眩がした。


(これが、ぜんぶ俺のもの)


そう思うと、凶悪なまでの幸福感が、エリオットを満たす。
恥じらって声を殺す様も、言葉とは裏腹な体も、白い喉も、アリスの全てが愛しい。
彼女の弱いところは熟知している。アリスの肢体は、エリオットが開いたのだから。


「アリス」


首筋に吸いつけば、アリスの白い喉が目に飛び込んできた。
さあ噛みついて下さい、とばかりに差し出された、アリスの喉。


(食いちぎってやろうか)


そんなことを考えさせる、魅惑の白だった。
エリオットは唇を押しあてて、その誘惑と葛藤する。


「エ、リ……」


アリスは、どうにかして与えられる快楽から堪えようとしている――のだが、その唇からは嬌声が漏れ聞こえ、エリオットは声を出さずに嗤った。


「そろそろイイよな」
「っ!」


その一言で正気に戻ったアリスはハッと顔をあげたが、エリオットは躊躇わずにねじ込んだ。
からみつく熱を丸ごと受け入れて、アリスは短く悲鳴をあげた。


「くっ……」


何度か大きく突き上げているうちに、アリスの顔は恍惚に染まる。それを見たエリオットは、果てる前に動きを止めた。
寸での所で止めるのは、辛い。このまま最後までやってしまうかとも迷ったが、エリオットは引き抜くことにした。


「……?」


アリスは視線の定まらない目で、エリオットを見上げている。
何故、ここで止めるのかと。


「なあ、アリス……自分から、いれてみろよ」
「え……」


彼女の思考が鈍い内に、エリオットは体勢を変えた。アリスを跨らせる。
手をとってソレに触れさせると、アリスの目は見開かれた。


「そ、んなの」
「嫌か? けど、欲しいだろ?」


意地悪く言うと、アリスはビクリと震えた。逃げようとはしないことが、アリスの意思を物語っている。


「なんで、そんな、こと」
「欲しがるあんたが見たい」


さあ、とエリオットが促すと、ようやくアリスはぎこちなく手を伸ばした。
恐々と躊躇いがちに、エリオットのものを握る。そのまま導くが――それ以上は決心がつかないのか、硬い表情のまま、アリスは動けない。


「アリス……そこで止まられるのは、俺が辛いんだけど」
「あ、ご、ごめ……でも、わたし」
「怖くないからさ、ほら」


優しく背を擦ると、アリスはこくりと頷いた。始める前までの抵抗が、嘘のように素直だ。
エリオットの肩に手をかけて、アリスはそろそろと腰を沈める。その先端が中へぬるりと入った時、エリオットは我慢ができなくなり、アリスの腰を掴むと、思いきり突き入れた。


「あ、あっ……!」


アリスは喘ぎながら、その白い肢体を仰け反らせた。
与えられる快楽が大きすぎて持て余しているのか、きゅっと眉を寄せている。

それでいい、とエリオットは嗤う。
アリスは、もっとエリオットとの情事を楽しめばいい。

アリスをこんな風にしたのは、エリオットだ。普段のアリスから、こんな痴態は想像もつかないだろう。
アリスとの交わりは、いつもいつも、白雪を踏みにじるような奇妙な高揚感がある。
体に縋りついてくるアリスを抱きしめ返しながら、エリオットは陶然とアリスに酔う。
アリスの肌に。腕に。声に。


「ご主人さま、だろ?」


意地悪く囁くと、真っ赤になったアリスに耳を引っ張られた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「やあ、お嬢さん」
「……なに? ブラッド」


廊下で呼びとめられて、アリスは嫌な予感がした。

嫌な予感しかしない。
ブラッドは、ニヤニヤとしか形容できないような笑みを浮かべている。


「エリオットと、なかなか面白そうな遊びをしていたそうじゃないか。次からは、私も混ぜてくれないか?」
「……」


やっぱりと思ったのが半分、何故それを知っている、とギクリとしたのが半分。


「何のこと?」


返す言葉に詰まってしまったのだから、何を言おうがもう手遅れである。
けれど、それでもアリスはしらばっくれてみた。


「ふふ、照れなくてもいい。君からゲームを申し出たそうだな。積極的なのは良いことだ」
「……何で知ってるの?」


じろりと睨むも、効果はないようだ。ブラッドの表情は全く崩れない。


「エリオットに聞いた」
「え……。エリオットが、言ったの?」
「ああ」


ブラッドはだるそうに頷くと、ひとつ息を零した。呆れたような疲れたような、そんな溜息だった。


「聞いたとも。君のことが可愛くて仕方ない、と切々と語ってくるんだ。延々とな」
「……」


アリスは絶句した。
何故わざわざブラッドに話すのだ、と頭を抱えて悶絶したくなった。恥ずかしくていたたまれない。


(エリオットは……もう)


ブラッド至上主義も、ほどほどにして欲しい。

恐らく、ブラッドも閉口したのだろう。
だから、こうして、わざわざアリスをからかいに来ている。
意趣返し――という程ではないだろうが、言わば、つまらないのろけ話を聞かされた分の仕返しに違いない。


「……ごめんなさい」
「お嬢さんが謝ることはない。君は何も悪いことをしていないだろう? もしかして、何か謝るようなことをしたのかな?」


ブラッドは意地悪だ。
何と返せばいいのかわからなくて、賢明なアリスは口をつぐんだ。頬が熱い。


「私も、あいつの言う『可愛らしいお嬢さん』に興味があってね。是非、私にも見せて貰いたい」


しばし、ふたりの視線が交わる。
ブラッドは、言葉にも視線にも色を仕込んでくる。だが。

ブラッドの言葉が本気でないことくらい、アリスにも判る。
勘ぐれば――本人は、わざと軽く見せているのかもしれないのだけれど。そこは敢えて気にしないことにした。


「……だめ。エリオットだけよ」


アリスは、ぷいっと視線を逸らした。ブラッドの視線から逃れたかった、というのもある。


「つれないな、お嬢さんは。だが」
「ん?」


アリスは首を傾げた。ブラッドはアリスをじろじろと眺めると、小さく息を吐く。


「……ふむ。確かに」
「何よ」


アリスがぶっきらぼうに呟くと、ブラッドはクスリと笑った。


「いや、何でも。あいつの言っていたことが、何となくわかる気がするだけだ」


また、アリスに分からないことを言う。

ブラッドは何が言いたいのだろう。
アリスが首を傾げていると、ブラッドはスッと顔を寄せてきた。


「次は、三人のゲームも考えてくれないか?」
「……次?」
「ああ、次だ。どうせ、またお嬢さんはゲームをするんだろう?」


アリスは溜息を零した。
アリスが「うん」と言うまでは、この男、引きさがりそうにもない。
渋々ではあるが、彼の提案を承諾することにした。


「……気が向いたら、ね」
「おや。あいつとの扱いに差があるな……」


納得いかない、と言いたげなブラッドに向かって、アリスは当然だと主張する。


「そりゃあ、そうでしょう。あなたとは友達だけど、エリオットは」


うっかり言いかけて、アリスは言葉を切った。危ないところだった。
ブラッドに「エリオットは恋人だから」とは――そのことは事実だし、別に隠すわけでもなく、しかもブラッドは知っている。けれど、恥ずかしくて言葉にできない。
アリスは冷静さを装って、適切な言葉を探す。ブラッド相手に、下手なことは言えない。


「……特別だからね」


誰も、エリオットと同じ扱いはできない。


「楽しみにしていよう」


気障な動作で、ブラッドは踵を返した。薔薇の香りを残し、その場から去っていく。
その背を眺めながら、アリスは心の中で思いっきり舌を出した。




【 make-believe play -1st- / 了】







===== あとがき ===

2010年8月発行『make-believe play』より。

1stの話は、メイドさんごっこ。
なんでメイドさんかってーと……だって、ねえ。せっかくアリスがメイドさんなんだし。上司と部下っていいよね!

読んでくださってありがとうございました。