夢で呼ばれるは
――アリス。
何処かで、誰かがアリスを呼んでいる。
アリス、何処にいる?
戻ってきて、お願いだから。でないと。
× × × × ×
――夜明け。
アリスは勢いよく跳ね起きた。
「……夢?」
ドキドキと、妙に胸が高鳴っていた。
手足が冷たく、痺れているような錯覚に陥る。
思わず呟いた声は、アリスの心情を映すかのように、わずかに掠れていた。
「変な夢だった……」
アリスは、じっとりと汗ばんでいた自分の額を、手で乱暴に拭った。
相当にうなされていたのか、寝覚めは酷く悪い。
(また、あの夢を)
動悸がおさまるのを待ってから、懸命に夢を思い出そうとしたが――。
(また……って、あれ? どんな夢だった?)
思い返そうとするのに、アリスの思考はおぼろげに滲んでいく。
堅く絡まった糸がするするとほどけていくように、みるみる記憶が薄れていく。
(だめ、忘れたくない)
何故そう思うのかすらもわからず、アリスは思う。
せめて、断片だけでも拾いあげねば。
(なにか)
何が――ああ、そうだ。
アリスの名前を呼ぶ人がいたのだ。
(誰が?)
あれは誰だったのか。
場所は――場所はもう、思い出せない。
呼ぶ人が男だったか女だったかすらおぼろげで、思い出そうとする程に滲んで溶けていく。
「……うーん」
まあ、いいか。
忘れることに不安を覚えたことすらも忘れ、アリスは小さく首を振った。
アリスは大きく伸びをすると、立ち上がった。ベッドから床へと降りる。
触れる床がやけに冷たく感じられ、アリスの体はわずかに震えた。
アリスは真っ先に窓辺に向かうと、サッとカーテンを開けた。ガラスごしに、朱色の空が広がっている。
次の次の時間帯からは、会合がある。
その支度をしなくてはならかなった。
× × × × ×
本日何度目かの欠伸を噛み殺しながら、アリスは周囲を見渡した。
ナイトメアはエリオットとくだらないことで言い争っているし、ブラッドはグレイとポツポツと会話を交わしているようだ。
会議を始める前にはあったピアスとボリスの姿も、今は見えない。
ビバルディ達も退屈そうに、明後日の方向を向いている。他にも、好き勝手に歓談する者も多くいる。
(ああ、駄目……どうしよう。集中できない)
アリスは小さく息をついた。
思考が散漫で、ちっとも集中できやしない。
集中して聞かねばならない程のことは、話し合われていないけれど。
もとい、今はまさに脱線しまくっているけれど。
アリスは早々に諦めると、机に突っ伏した。バレない程度に、少しだけ眠ろう。
「……お姉さーん?」
「ねえ、お姉さん?」
アリスが顔を上げると、アリスを覗き込む赤と青の瞳があった。
「どうしたの? うわの空だね」
「あ、わかった。会議がつまらないせいだね」
ストレートなディーの物言いに、アリスは苦笑いで誤魔化した。
「いや、そんなことは……」
「え、楽しいの? この会議」
ディーは目を丸くすると、不思議そうにパチパチと瞬かせた。
くるりとダムに視線を向け、問いかける。
「兄弟、楽しい?」
ダムは肩をすくめながら、ゆったりと首を振った。
「いいや、ちっとも。兄弟は?」
「勿論、僕はつまらないよ」
ディーは胸をはって答えた。
自信たっぷりに言い切るのもどうかと思うが、アリスは同意した。
「まあ……楽しくは、ないわね」
「だよねだよねー。意味のないことばーっかり話してるんだもん、退屈だよ」
ディーとダムは身を乗り出し、うんうんと頷いている。
「僕も。くだらないよね、すごく。無意味すぎるよ。肩は凝るし、疲れちゃった。休みたいよ」
「うんうん。あーあ……この拷問みたいな時間の分も手当てをくれるんなら、もう少しまともに参加しようって気にもなるんだけどな〜」
「……」
はたして、手当てが支払われるぐらいで、二人は真面目に参加するだろうか。
(……無理)
断言しよう。
この二人に限って、それは絶対にない。
アリスはそんな確信があったが、賢明にも、口には出さなかった。
「じゃあさ、お姉さんと抜け出しちゃおうよ」
「そうしよっか、兄弟。お姉さん、僕らと行こう」
さあさあ、と両の手を引かれて、アリスは席から立ち上がった。
「で、でも」
「いいんじゃない? 今なら気づかれないよ、早く早く」
「……うん」
若干の後ろめたい思いを感じながらも、アリスは場を後にした。
「お姉さん、こっちこっちー」
「こっちに面白い場所があるんだー」
ディーとダムの声に導かれながら、アリスはぼんやりと彼らの後をついていく。
(違う、この子たちじゃない……かな? って、何を考えてるのよ、私)
夢の中で呼ばれたものとは、違和感がある。
だが、それも微細で、どこが違うのかと問われてもわからない程度だ。
アリスは、ディーとダムの背中を見つめた。
アリスを呼んでいたのは、この子達だったのかもしれない。
でも、どうしてあんな風に。
「……お姉さん?」
「どうしたの、考えごと?」
双子に顔を覗きこまれ、アリスは我に返った。
しまった。
いつの間にか立ち止まっていたのか。アリスは動揺を隠し、笑顔で取り繕った。
「ううん、違うの。ごめんね。ええっと……行きましょうか」
アリスが精いっぱい明るく言ったというのに、ディーとダムの表情は曇ってしまった。
「……うーん。ちょっと待って、お姉さん」
「予定は変更。お姉さんの悩みごとを聞こう。どこか落ち着ける場所に行こうか」
「え、ええ? ちょっと」
そのままアリスの手を引いて行こうとする二人を、アリスは声で制した。
「私なら平気よ? ぜんぜん悩んでなんかないし、予定通りに」
「だーめ。お姉さんの方が大事だもん」
「そうだよ、お姉さんの方が大事。だから、僕らに話してよ」
ディーとダムはアリスの言葉を遮り、話して聞かせてくれと訴える。
「でも、たいしたことじゃないの。本当よ」
アリスは尚も繰り返した。
嘘ではない。
本当にたいしたことではないのだ。
到底、彼らが期待するような悩みではない。
「だから、後でも」
だが、双子は首を振った。
「駄目ったら駄目!」
「駄目だよ、そんなの! お姉さんのことを後回しにするだなんて絶対に駄目!」
ディーとダムは、アリスの腕をからめとった。
二人に拘束されたような気分になり、アリスは目を白黒させた。
――どうして、ディーとダムはこんなに焦っているのだろう。
いつもと違う彼らの雰囲気に、アリスは完全に呑まれていた。
(そんなに心配されるほど、やばそうに見えたのかも)
すぐに顔に出てしまう。自分の悪い癖だ。
二人の剣幕に気圧されたアリスは、とうとう押し負けた。
「わ、わかった……でも、場所なんて変えなくてもいいのよ。……夢を、みたの」
「夢?」
ディーとダムは首を傾げた。
アリスは小さく頷くと、言葉を続ける。
二人に口を挟まれる前に、喋りきってしまわねばならなかった。
「そう、夢なの。ただの夢だから、そんなに期待して聞かないでね」
「うん」
アリスが念を押すと、双子は真摯な顔で頷いた。
アリスは一息ついた後、二人に語りかける。
「夢の中で、ずっと誰かに名前を呼ばれているの。誰なのかわからなくて、場所もわからない……けど、引っかかって」
それだけよ、とアリスは締めくくった。
ディーとダムは茶化すこともなく、真剣な面持ちで考えこんでいる。
「……うーん、どんな風に呼ばれてたの?」
見上げられ、アリスは薄い記憶を手繰り寄せた。
「どんな風に……必死に、というか切実に? 多分、だけど」
「多分?」
「うん、多分なの」
目が覚めたら、すっかり忘れてしまうのだ、とアリスは苦笑した。
そうだ、切実な声だった。
いなくなったアリスを探しているような。
(……姉さ、ん?)
まさかね、と思う反面、一番しっくりくる人物ではある。
帰らないアリスを心配して、きっと――ロリーナだけは、アリスを探し続けているだろう。
(違う、姉さんじゃない)
アリスは自分の考えを無理矢理に払拭した。
そうであって欲しくない、というアリスの願望だ。
もうアリスは戻らない。
ここに、他でもないディーとダムが居るからだ。
「ディー、ダム?」
双子は静かなままだった。
アリスは心配になって、二人に声をかけた。
ディーとダムの表情は沈んだまま、硬い。
「でも、それは僕らじゃないんだね」
「……わからない」
アリスは正直に答えた。
ロリーナである可能性を思いついた今、ディーとダムの線は薄い、とアリスは考えている。
「一度だけならまだしも、ここのところずっと同じ夢を見ているの。だから、ちょっとね」
「お姉さん」
ディーとダムは、そっと包み込むようにアリスを抱きしめた。
彼らの表情はどこか寂しげで、アリスの心は戸惑いを覚える。
「……お姉さんは、誰に呼ばれたがっているの?」
「え?」
思わぬ問いに、アリスは目を丸くした。
(呼ばれたい? 私が?)
あんな風に、必死に探し求めて欲しい、と――アリスが願っている、というのだろうか。
「どういう意味?」
アリスが聞き返しても、ディーとダムは答えてくれなかった。代わりに、するりと身を寄せられる。
「僕らでしょう? お姉さんを呼んでたのって」
「僕らだよ、お姉さんを呼んでたのは」
「え……」
アリスは目を瞬かせた。
(ディーとダム、だった?)
何となく違うような気もするが、彼らの言い分を否定もしきれない。
「……」
黙りこんだアリスを見て、ディーとダムは唇をとがらせた。
「違う? じゃあ、他の誰かに呼ばれたかった? お姉さん、浮気?!」
「浮気かも……うわ、どうしよう。困ったな、それは辛すぎる……」
「ち、違うっ!」
話があらぬ方向に飛躍しそうになり、アリスは急いで訂正した。
「二人ならいいなって思うけど、ええと」
弁解しようとするアリスに向かって、双子はにんまりと笑う。
「ふふふ、焦るお姉さんも可愛いね」
「安心してね、お姉さん。僕ら、ちゃーんとわかってるから。お姉さんが好きなのは、僕らなんだよね」
明るい声で笑いながら、ディーとダムはアリスの手をとった。
「だから、僕らが守ってあげる」
「祓ってあげるよ。だから、一緒に寝よう」
子供の顔で、甘くねだられる。
アリスはつられて頷きかけて、その物言いに引っかかりを覚えた。
(……? 祓う?)
妙な言い方をするなあ、とアリスは首を捻った。
「そうそう。嫌な夢なんて追い払ってあげる。だから僕らと一緒に寝ようよ、お姉さん」
「今日は手を出さないからさ。ね? いいでしょう?」
「……わかった」
アリスが承諾すると、ディーとダムは「約束だよ」と微笑んだ。
就寝の時間は、すぐに訪れた。
夜の薄暗い部屋の中、アリスは未だに眠れずに居た。
アリスの傍らには、ディーとダムが両隣を陣取っている。
彼らに守られながらも、不安は――消えない。
夢を見るのが怖い。
そんな事を思ったのは、生まれて初めてのことだった。
いつものアリスなら、夢は夢だと割り切って考えることができる。だが、この胸に燻ぶる不安は何だろう。
もしも、ロリーナだったらどうしよう。もしくは、ディーとダムだったなら。
「……」
そのどちらでも、良くないことには違いない。
アリスはただ、ぼんやりと天井を見つめていた。
今は到底、眠れそうになかった。体は疲れているのに、眠れない。
(仕事があるのに)
睡眠不足で仕事など、言語道断だ。思わぬミスにつながる。
「……ディー? ダム? 寝ちゃった?」
アリスが小さく声をかけるが、かえってくる反応はない。
(寝ちゃったのか……)
少し落胆し、寝返りをうった時だった。
不意にアリスの横から、にょっと手が伸びてきた。
「ん……っ!?」
顎に手をかけられ、唇と唇が重なる。
突然のことに、アリスはただ驚いた。
「あ、びっくりしたでしょ? わかってるって、今日はしないよ。お姉さん」
「お、起きて……」
「うん、起きてたよ」
ひっかかったね、と悪戯っ子のような笑顔を見て、アリスの体から力が抜けた。
(なんだ……)
ホッとしたような、残念なような。
アリスは息を吐いた。緊張していた心がほぐれたような気がした。
「どうしたの? 眠れない?」
ダムの声は優しい。
「んー……うん」
アリスが答えると、ディーとダムはのっそりと上体を起こした。
二人で腕組みをして、うーん、と考えに浸る。
「あ。夢をみないくらい、疲れてから眠る……っていう手もあるけど」
「ああ、それもいいかも。試してみる? お姉さん」
冗談めかして言うディーとダムの目は、半分本気だった。
アリスは慌てて毛布を被りなおした。
「い、いいっ! 寝るっ!」
「あはは、お姉さんってば可愛い。耳まで赤いよー?」
くすくすと楽しそうな忍び笑いが聞こえる。
(〜〜〜!! この子達は〜〜!)
ぷりぷりと静かに怒るアリスの上から、優しい声が降ってきた。
「お姉さんが眠るまで、僕らは起きてるからね」
よしよし、とあやすように頭を撫でられる。
立場が逆転したような、奇妙な感覚を覚えた。
いつだって彼らは、アリスを守ってくれる。
沈みそうになると、引きずり上げてくれる。
今だってそうだ。
子供っぽさを前面に押し出して、アリスを和ませようとしてくれている。
(……まあ、そんな意図はないのかもしれないけど)
彼らの地である可能性も捨てきれないけれど。
それでも、アリスは彼らに救われている。
その事実は、アリスの気持ちを緩ませた。
ディーとダムは毛布にもぐりこむと、それぞれにアリスの手を取った。
アリスが握り返すと、ディーとダムもしっかりと握りしめてくる。その確かな感触に、アリスはホッと息を吐いた。
そうだ。
二人がこんなに近くにいるのだから、きっと怖くない。
「おやすみ、お姉さん」
「おやすみなさい、お姉さん」
どうぞ、よい夢を。
アリスがすっかり眠ってしまったのを確認すると、ディーとダムは身を起こした。
二人はアリスを起こさないように、慎重にベッドから抜け出す。
「さて、どうしようか」
小声で、こっそりと相談を始める。
「僕らだ、ってアリスが思ってくれるまで、僕らが祓うしかないね」
「うん。僕らだと思ってくれるよう、うまく誘導しなくちゃね」
言いながら、二人は武器を手に取った。
部屋の片隅に、ぼんやりと現れたものを睨みつける。
それは影だった。
薄く儚い色をした、人型の影。
残像のようで、これは残像ではない。
影は、アリスに近寄るのをためらうように、ゆらゆらと揺れ動く。
いや、近寄りたいのに近寄れないのだ。間に、ディーとダムが居るから。
「お前は、ゲームに必要ない」
抑揚のない声で、ディーは影に宣告した。
「さっさと消えて。目ざわりだ」
ディーとダムが揃って空を薙ぐと、影はふたつに分断された。
叫び声もなく、ゆるりと溶けて消えていく。
「……んー、手ごたえがないねえ」
つまらない、とダムは口を尖らせる。
「流石にねー。相手は思念体だからしょうがないよ」
「まあ、それもそうか。実体じゃないもんね」
驚くほど大人びた瞳で、ディーとダムは周囲を見回した。
「いつまでも僕らのアリスにしがみついて……みっともない」
忌々しそうに吐き出された言葉が、二人の心情を露わにしていた。
次の手が起こらないことを確認すると、ディーとダムは顔を見合わせた。
ベッドで眠るアリスを、二人で見やる。
彼女の穏やかな寝顔に、二人の気は緩んだ。
「……厄介だなあ、もう。どうする、兄弟」
アリスを脅かす存在は、一刻も早く排除すべきだ。
けれど、今のところ毎回撃退するしか、彼らに思いつく方法がない。
「夢魔さんに相談に行く? 頼るのは癪だけど、アリスのことだから僕、我慢できるよ」
「僕も。じゃあ、今から行こうか」
眠るアリスを起こさないように気をつけながら、ディーとダムは部屋を後にした。
× × × × ×
ドカッと、ディーとダムは扉を足で蹴破る。
配慮の欠片もない乱暴な所作だ。ノックも返事も必要ない。アリスが見たら叱責ものだろう。
キイ、と椅子の軋む音がした。
部屋の主は少しも動じてはいなかった。平然とした顔で、二人の侵入者を受け入れる。
「こんばんは、夢魔さん」
「僕ら、相談があるんだ。お姉さんのことで」
「アリスの?」
ナイトメアは相変わらず顔色が悪い。
青いというか、土色に近い。
今も吐血はしているけれど、その態度は悠然としている。
強者の雰囲気は、どこかブラッドに似ていた。
どうやら、二人がここへ来る事は彼に読まれていたらしい。その事に、少し苛立ちを感じる。
ディーは早口で用件を伝えた。
「そうそう。だから、吐血なんて後にして、さっさとアドバイスを頂戴」
「お、お前たち……ちょっとは病人を労れ」
ナイトメアはゴホリ、と嫌な咳をした。
口にハンカチを押しあてると、赤が滲む。また吐血しているらしい。
ディーとダムは揃って肩をすくめた。
「あんたを労って良いことある?」
「お金でもくれるなら、労ってあげてもいいけど」
「……はあ」
ナイトメアは肩を落とした。
可愛げのない、と言いたげな動作だが、まるっと無視をすることに決めた。
ナイトメアが死のうが生きようが、二人は心底どうでもよかったのだ。
「アリスがどうした」
咳が落ちついた後、ナイトメアが話を再開させた。
「夢を見るんだって。呼ばれる夢」
「僕たちじゃない誰かに呼ばれる夢」
ナイトメアは灰色の瞳で、探るようにディーとダムを見据えてくる。
ナイトメアのその目が、二人は嫌いだった。
奥底を覗こうとするような、その目が。
ディーとダムの機嫌は、やや降下した。
斬りつけたい衝動が沸き起こったが、アリスの為にグッと我慢する。
実際問題、夢に関してはナイトメアが適任だからだ。
用済みになれば、斬ってしまえばいいのだし。
「……夢」
「そう。ここのところ、毎晩だよ。毎回僕らが追い払ってるけど、根本的に解決できるなら、そうしなきゃと思って」
ディーとダムは冷たい瞳で、ナイトメアと対峙する。
こうして改めて――平和的に話すだけ、なのは、二人にとって本当に珍しいことだった。
「呼ばれているのか」
「うん」
ディーとダムは頷いた。
そう。
アリスは呼ばれている。
それは妄執――過去の幻影、とでも言えば、聞こえは良いが。
「厄介だな」
ナイトメアは神妙な顔になった。
「わかった。そちらは、私が何とかしよう。君たちは」
時折ゴホッと咳きこみながらも、強い口調でナイトメアは言う。
「アリスの方を。強い想いで塗り替えてしまえ」
断ち切るには、それが手っ取り早い。
過去の想いも後悔も――未練も、新しい想いで覆って埋め尽くしてしまえばいい。
ディーとダムは頷いた。
その瞳には、固い意思が窺える。
「わかった」
「邪魔したね」
短く別れを告げると、ディーとダムは踵を返した。
聞きたいことは聞いたからもう用は無い、とナイトメアの部屋を後にする。
暴れなかったのは、彼らなりの謝礼だった。
× × × × ×
「……ん」
アリスは小声で呻きんがら、寝返りをうつ。
そして、隣が空白であることに気づいた。やけに空間が広い。
(あれ、ディー……ダム……?)
アリスは、薄っすらと目を開いた。
隣に寝ている筈の二人の姿がない。
アリスは目を擦りながら、ゆっくりと体を起こした。
寝ぼけ眼で、周囲をきょろきょろと見渡す。
けれど、やっぱりディーとダムはいない。
(いない……二人とも、何処に?)
静まり返った暗い部屋は、アリスに冷たい。
アリスは身を守るように、強く枕を抱きしめた。
ふわりと漂うディーとダムの残り香が、アリスの不安を鎮めていく。そして代わりに、寂しさが募った。
(今は、夢を見たくない)
子供みたいだ、とアリスは苦笑した。
どうしたらいいのか、分からなくなる。
起きてしまうには、体の疲れが抜けていない。
眠っておかないと支障があるだろう。
「寂しい……」
ぽつり、と零れた言葉は本当に寂しそうで、アリスは声をあげて笑いだしたくなった。
――何てか弱い声で。
自己嫌悪に陥りそうになった、その時だった。
部屋に、廊下の光が差し込んでくる。
見れば、ドアが音を立てずに開かれていくところだった。
「あ」
入ってきた人物を見て、アリスは声をあげた。
「あれ、お姉さん。どうしたの?」
「どうしたの、って……」
ディーとダムが現れて、自分でも驚くほどにアリスは安堵した。
二人は斧を手放すと、再びベッドへ舞い戻った。
「あ、わかった。起きたら僕らの姿がなかったから、寂しくなったんでしょー」
図星を指されて、アリスは口ごもった。
違う、そんなんじゃない、と言いたかったけれど、要約すればそういうことだったから。
「そ、それは……ともかく、何処いってたのよ」
否定も肯定もできず、アリスは恥ずかしくなって頬を染めた。
ディーとダムの視線が、柔和に緩む。
「……可愛いなあ、アリス」
「うんうん。すっごく可愛い」
左右から抱きしめられて、アリスは戸惑った。
この動揺が、彼らに伝わらなければいいのだけれど。
「好き」
「僕も。アリスが好きだよ」
囁かれ、擦り寄られる。
恥ずかしくて突き飛ばしてしまいたくなったが、彼らの温もりはアリスに優しかった。
「ちょ、ちょっと待って……っていうか、本当に何処に行ってたの?」
「うん? トイレだよ」
「トイレ?」
「うん」
ディーとダムは、こくりと頷く。
(なんだ……)
そうだったのか、とアリスは気が抜けた。
それなら、不在だったことにも納得はできる。
「お姉さんを起こさないように気をつけたつもりだったけど……ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。ドアが開くまでは、きっちり眠ってたから」
「そう、よかった」
ディーとダムはニコリと微笑むと、ごそごそとベッドに潜り込んだ。
「もうちょっと寝ようよ、お姉さん」
「そうね……うん」
アリスも二人に倣う。
左右の変わらぬ温もりが、アリスの眠気を誘った。
労るような、優しい声がする。
「おやすみ、アリス」
「おやすみなさい、アリス」
次は、きっと僕らを呼んでね。
【夢で呼ばれるは/了】
===== あとがき ===
2009年12月発行の『夢で呼ばれるは』より。
双子、アリスの知らないところでも頑張ってます。ナイトメアもね。
比較的穏やかな双子×アリスでした。
読んでくださってありがとうございました!