絆という名の









部屋の窓越しに、時間帯が変わるのが見えた。
夕方の時間帯から、朝の時間帯へ。

明るくなった室内で、ディーとダムは揃って顔をあげた。そして、同時に溜息をこぼす。


「あ、仕事の時間だ」
「あー、本当だね、兄弟」


だるそうにぼやきながら、二人はのろりと立ち上がった。
彼らは全身で『仕事に行きたくない』とアリスに訴えかけている。

アリスは読んでいた本を閉じた。
ディーとダムは、気力を充電するかのように、べたべたーっとアリスに張りつく。


「ごめんね、お姉さん。僕ら行かなくちゃ」
「もっともっと一緒にいたいけど、行かなくちゃいけないなんて……憂鬱」


はあ、と二人は大きな溜息をつく。
アリスは彼らの頭を撫でてやりながら、優しい声で返した。


「ううん。気にしなくていいのよ、仕事なんだから。でも、今日は門番の仕事じゃないの?」


いつもの業務だけならば、彼らはこうも素直に準備を始めない。
アリスが問うと、ディーとダムは頷いた。


「うん、そうなんだー。ひよこウサギが押しつけてきたやつ。面倒くさい」
「手ごたえもないしね。でも、そこそこ暇つぶしにはなるよ」


答えながら、手早く武器のチェックを終えると、そのいくつかを懐にしまいこむ。
多方面に、同時に意識が向けられる器用さを、彼らは持っている。


「最近、門番のほうは暇でさー。この間、派手に暴れたせいかな」
「そうかもしれないね、兄弟。面倒が減っていいけど、ちょっと退屈だよ」


アリスにしてみれば、退屈なくらいがちょうどよかった。
ディーとダムが、万が一でも怪我をする危険性が軽減されるからだ。

言葉に出したら反論が飛んでくるだろうから、口には出さない。


「そう……気をつけてね、二人とも」


彼らが駆り出されるということは、使用人では難しい仕事ということだ。すなわち、危険な任務。
アリスの表情が曇ったのを見て、ディーとダムは顔を見合わせた。
互いに目配せし合い、示し合わせたようにわざと明るい声を出す。


「大丈夫だよ、そんなに大きな案件じゃないから」
「ささーっと終わらせてくるよ、お姉さん」


きゅっと帽子を被ると、ディーとダムはそれぞれの斧を掴んだ。


「行ってくるね、お姉さん」
「行ってきます、お姉さん」


明るい声で仕事へ向かう二人を、アリスは複雑な思いを抱えながら、静かに見送った。



× × × × ×



アリスは町を歩いていた。
ついさっき勤務時間を終えたので、その足で散策にでかけることに決めたのだ。

あいにくディーとダムはまだ勤務時間帯で、しかも外での仕事が入っていた。
だからアリスは、ひさびさに一人で歩く羽目になっている。


(そんなに大きな案件じゃないから心配しないでねーって、言ってたけど……)


そう朗らかに言われて――けれど、心配なものは心配なのだ。理屈ではない。

大きな案件ではない、というが、ディーとダムが駆りだされる程の案件だ。小さい筈がない。
危険が大好きな子供たちは、必然的に怪我を負う可能性も付随してくる。
これまで、アリスが何度、肝を冷やしたかわからない。

自分のマイナス思考を払拭するように、アリスは元気よく歩を進めた。

何の気なく立ち寄った店で、目的のないままに時間を過ごす。とても贅沢な時間だ。


(今度、ディーとダムに何か贈りたいな)


最近の二人は、まともに仕事に励んでいる。
アリスも褒めてあげたいが、いつもいつも「頑張ってるわね」という声ひとつのみでは、二人だって飽きてしまうだろう。

望むものを――本人達に直接聞けばてっとり早い。その上、正確だ。

けれど、贈り物の醍醐味は、この『相手を想って考える時間』にある。
贈ったときの相手の反応をあれこれと勝手に想像しては、楽しむ。
この薔薇色の時間を、すぐに終わらせるなんてもったいないではないか。


(あ、綺麗)


アリスは、思わず手を伸ばしていた。

宝石のような大粒のキャンディーが詰まった、ぽってりとした瓶だ。陽の光を反射し、清く誇らしげに輝いている。
ディーとダムは子供だから、子供らしく、お菓子全般も大好きだ。
それがオレンジ色をしていなければ、という制限はあるけれど。

でも、消え物だけでは、贈る側としてはちょっと物足りない。


(残る方がいいな)


しばらく考え込んだあと、アリスは瓶を棚に戻した。


『何が欲しい? 君が欲しい物をあげる』

『何をして欲しい? 何でもしてあげるよ』


今も耳に残る、彼の言葉。元恋人の、家庭教師。

一見それは、優しい言葉のように思う。
けれど、心にわだかまりを覚えたのはいつだっただろう。

アリスは気づいてしまった。
優しい言葉のようでいて、彼はいつもアリスに考えさせていたことに。

自分で考えてはくれない。

そこに、義務感めいたものを感じ取れてしまう。

だからアリスは今、あえて「何が欲しい?」とは聞かないように努めている。


(いま思うと、前兆はあったか)


別れの予感。すれ違う予感。
冷静になって考えると、そんな青い物を会話の中に含んでいた。

当初は、まったく気づかずにいたけれど。

いや――実際は、薄っすらと感づいていたのかもしれない。
けれど、アリスは強引に目を瞑ろうとした。


(……ああ、やだやだ。暗くなってきちゃった)


アリスは小さく頭を振った。
まだ胸に鈍い痛みは覚えるものの、もうただの『思い出』として、こうして考察することはできる。
これは、アリスにとって、ものすごく大きな進歩だった。

今している恋のおかげだ、とアリスは思う。
きっとこのまま、どんどん痛みは薄れていく。悲しいようだが、それでいいのだと今は思える。

懐かしい青い思い出として、穏やかな気持ちのままで振り返ることができるようになる。きっと。


「……何がいいかな」


彼らの喜びそうな物は、何だろう。
うっかり、ナイフなどの――凶器類を思い浮かべてしまい、アリスは慌てて自分の考えを打ち消した。

それでは直接的すぎる。
確かに喜んではくれるだろうけれど、こういう類のものはできるだけ贈りたくない。


(第一、私は刃物が選べないし)


いったい何が良くて、何処がすばらしいのか。
それがわからないアリスには、良し悪しを判別することができないのだ。


(二人が好きなのは、ちょっと危険で、それでいて……ううん、危険な物は選ばないでおこう)


アリスの選ぶ物なのだから。
貴金属は好きそうだが、彼らはあまり身につけてはいない。
格好が派手だから、組み合わせによっては、かえってくどくなってしまう。

これは難しい、とアリスは息を漏らした。


(こんなこと)


すごくワクワクするではないか。


(よーし、頑張るわよ)


二人の笑顔の為に。

素敵なプレゼントを見つけるためには、まだしばらくかかりそうだ。
色々なものを見て、時間をかけて選びたい。
足も疲れてきたことだし、とアリスは今日の分の探索を打ち切ることにした。



× × × × ×



屋敷に戻ったアリスは、すれ違ったメイドに二人の所在をたずねた。
彼らの無事な姿を、早くこの目で確かめたかった。


「ええと、お二人なら〜部屋にいらっしゃいますよ〜」
「ありがとう」


間延びした返事を貰うと、アリスは礼を告げて場を後にした。
まっすぐに向かうは、二人の部屋だ。


(怪我をしてなかったらいいんだけど)


かすり傷を数に含めると、彼らはよく怪我をする。
さすがに、生命の危険を感じるような大怪我はしたことはないけれど。


(でも、心配だな……)


ディーもダムも、己の怪我に驚くほどに無頓着だ。
それがアリスが指を切ろうものなら、わあわあと騒ぐ。その温度差は、一体何なのだろう。

自分なんかの事よりも、もっと自身を大切にして欲しいのに。

自らの身を顧みない彼らを、アリスはいつも心配している。



「はーい、入っていいよ〜」


部屋の中からのんびり応える声がしたので、アリスはドアノブに手をかけた。


「う〜ん……」


双子の部屋には、ダムだけが居た。
テーブルに向かって、ひとり唸り声をあげている。


「どうしたの、ダム?」
「あ、お姉さん!」


ダムはパッと顔を輝かせると、アリスの胸に飛び込んできた。
声をかけてやっと、部屋に入ってきたのがアリスだと気づいたらしい。


「会いたかったよ、お姉さん」


猫の子のように甘えるダムに微笑みかけながら、アリスはもう一人の影を探した。
ディーは何処にいるのだろう。


「私も。ディーは?」
「兄弟なら、絶賛説教中だよ。一人ずつね。僕も、さっきまで説教されてたんだー。疲れた……」
「そ、そうなの……お疲れさま。それは?」


アリスが指で示した先には、けっこうな量の書類が山積みになっていた。


「これ? これは始末書だよ……ああ、面倒くさいな」
「始末書……」


アリスは、散らばっていた一枚を拾い上げた。

紙面いっぱいに、落書きがされている。
片隅に『ひよこウサギ』と題して、はりつけにされたエリオット(推定)が描かれてあった。
その全身には、これでもかとナイフが突き立てられていて、見ていると、何だか目眩がしてきた。
可愛らしいと無理矢理思い込むには、その絵は禍々し過ぎた。

ダムは、これを提出する気だろうか。まさか。


(わー、クールねえ……って、違うか)


アリスは己の思考を上手く流そうとしたが、今回は無理だった。


「こんなにあるの?」
「うん、そう。これ全部、始末書だよ。はあ……」


こんな量がある、ということは。


「何をやらかしたの?」


やらかしたに違いない、とアリスにも断言できる。
アリスが問いかけると、ダムは、待っていたとばかりに声を大にした。


「聞いてよ、お姉さん! 些細なことなんだよ、本当」


ダムは、可愛らしく口を尖らせている。
彼らの言う『些細なこと』は、本当に些細かどうか怪しい。アリスはひとまず話を聞くことにした。


「僕ら、さっき見回りに行ったんだ」
「うん」
「怪しい奴らがいたから、追いかけていったんだけどね」
「うんうん」


ここまでは大丈夫だ。アリスは続きを促した。ダムは調子よく続ける。


「建物に逃げ込まれたから、僕ら面倒くさくなって。建物ごと壊しちゃおうかーって話になってね」
「……」


どうも、話の雲行きが怪しくなってきた。あんまり話の先は聞きたくない。
相槌が打ちにくくなってきたが、アリスは懸命に言葉をひねり出した。


「……う、うん、それで?」
「でね、爆弾しかけたら、火薬の量がちょーっとだけ多かったらしくってー」


子供っぽく言うダムは、とても可愛らしい。
その口調は、料理を失敗して『ちょっと塩が多かったかも〜』と言っているかのようだ。

話のレベルが全く違うのに、そうアリスには聞こえる。


「……ど、どうなったの?」


本当は、聞きたくない。
けれど、ここまで聞いておいて、結末だけ嫌だというのも不審がられるだろう。アリスは意を決すると、心で身構えた。

ダムは、にこーっと無邪気に笑う。


「辺り一面、吹き飛んじゃった」
「……」


ダムの語尾には、星マークでもついていそうだ。
ちっとも悪いことなんかじゃないでしょう、と、ダムの表情が物語る。

何でこんな子に育ってしまったのだろう、とアリスは頭を抱えた。


(ブラッド……)


彼は、もっとちゃんと教育的指導――もとい、部下の指導を行うべきだ。
徒労に終わるかもしれないが、今度また、進言してみよう。

ダムはアリスの顔を見上げると、澄んだ赤の瞳で同意を促した。


「些細な失敗でしょう? そんなに目くじらを立てることないじゃないよね?」
「……そ、そうかしら」
「そうだよ。可愛い失敗だよ」


それを可愛いと称するのならば、世の中の大抵のことは可愛いで済まされてしまうだろう。

ダムの言い分は、アリスには同意しかねる。
何と答えてよいものか迷っていた時、部屋のドアが開かれた。


「はあ……やっと終わった〜……」


溜息と共に、のろのろとディーが入ってきた。
よほど疲労しているのか、珍しく肩を落としている。


「ディー」


アリスが声をかけると、ディーはサッと顔をあげた。


「あれっ、お姉さん? わあ、僕らに会いにきてくれたんだ! 嬉しい」


ディーは綻ぶような笑顔を見せると、アリスに駆け寄ってくる。その顔にはもう、疲労の色は見えない。


「お疲れさま。お説教されてたんですって?」


アリスが労うと、ディーは大きく頷いた。
きゅっとアリスを抱きしめながら、不服を訴える。


「そう! そうなんだよ。酷いよね、些細なミスなのにさー、子供を長時間拘束するなんて」


ディーは不満そうに唇を尖らせた。
だが、彼らの望むようには、アリスには答えてあげられない。


「始末書は? 兄弟」
「もちろんあるよ、兄弟……あー、面倒くさいったら」


苦虫を噛み潰したような顔で、ディーは書類の山を積み上げた。
やる気がまったく起きない、といわんばかりに乱暴な手つきだ。ちゃんと提出されるのかどうかすら怪しい。


「ってことで、これは気分転換が必要だね」


二人の目が、きらっと光る。


「お姉さん、次の時間帯は休みでしょう?」
「一緒に出かけよう、お姉さん」


ディーとダムは、口々にアリスを誘う。


「え……っと、うん」


アリスは迷いながらも、頷いた。
今度の休みは、もっと遠出をして、新しい店を巡ろうと思っていたのだが。


(ま、いっか。時間はたっぷりあるんだから)


彼らと共に過ごせることも、とても大切だ。
それに、両者は比べるまでもない。
彼らが勤務している間の、別の休みに出かければいいのだから。



× × × × ×



天藍の空の下、門番たちは今日もあっさりと仕事を放棄すると、街へと赴いていた。

格別、街に何か用事があったわけではない。
屋敷内に留まってもよかったのだが、そうすると必然的に付随してくる小言に、二人は少々辟易していた。

何度繰り返して言われようが、彼らに改善する気は毛ほどもない。
ならば、聞かされるだけ無駄というものだ。無駄なことが嫌いなわけではないが。

今も、ディーとダムは平然とサボっている。
けれど、これも適当に理由をつければいいのだ。

今日は――そうだ、街の見回りをしていることにしよう。

そう答えれば、過度の叱責は避けられる。
憂いが無くなった二人の足取りは軽い。


「何をしようか、兄弟」
「何をする? 兄弟」


手持ち無沙汰で、ブラブラと二人は歩く。
ひと暴れでもしようかな、と思った時だった。

通りの向こうにアリスの姿を見つけ、ディーとダムは立ち止まった。


「あれ? あれって……お姉さん?」
「お姉さんだ」


ディーとダムが、アリスを見間違えることはない。
そうでなくても、アリスの姿は群集の中でひときわ目立っているのだ。二人は顔を見合わせた。


「……んー、気になるね」
「気になる」


確かに、いまはアリスの休暇時間帯だ。
アリスが街に居ても、不自然なことではない。

双子の心配は、別のところにあった。

最近、アリスがひとりでよく出かけていることは知っていた。
ひょっとして誰かに会いに行っているのか、と思い調べてみたが、どうもそうではないらしい。

ならば、何故こうも頻繁に出かけているのだろうか。


「……気になって仕事もできないよね、兄弟」
「うんうん。こんな状態で仕事なんかできないよ、僕」


新たなる口実を見つけた二人の目は、いきいきと輝いていた。


「後をつけちゃおっか、兄弟」
「それはいいね、兄弟」


ディーとダムは、アリスの後をつけることにした。
バレないようにギリギリの距離を見定め、アリスの行動を見守る。

アリスは時々、双子でさえびっくりする程、ものすごく勘が良いのだ。女の人特有のものなのだろうか。


「何をしてるんだろう、お姉さん」
「何だろ? 何か探してるのかな?」


どうも、アリスに明確な目的はないように見えた。
手当たり次第、店へ入っては、何かを探している。

声をかけた方がいいのかな。

そう、互いに口にしようとした時だった。
ディーとダムは食い入るように、アリスの所作を見つめた。

アリスが手に取った、赤と青。

アリスはとても真剣な眼差しで、それを見つめている。
だが、じっくり考え込んだ後、アリスはそれを元に戻した。


「……」


二人は顔を見合わせた。
口には出さず、視線だけで語り合う。

アリスが出た店の正面にあるのは、色んな武器を並べた店だ。
店頭に並べられたナイフが、眩しいほどにギラギラと輝いている。

アリスは立ち止まると、それらをじっと見つめ――頭を振り、次の店へと入っていった。


「……あ」


ディーとダムは、ピタリと足を止めた。


「……僕、思いついちゃったんだけど。聞く? 兄弟」
「兄弟、僕も思いついた。お姉さん、僕らの」


――自分たちの為に。

ダムは言葉を切った。
それ以上は、言葉にならなかった。

凶暴なまでにあふれ出す感情に戸惑いながら、二人の頬は染まる。


「か、可愛い……ッ! どうしよう、兄弟!? お姉さんすごく可愛すぎるよ!?」
「お姉さんって、なんて可愛いんだろう……どうしたらいいんだろうね、兄弟?!」


アリスが愛しくてたまらなくなり、ディーとダムは互いの肩を叩いた。それはもう、身悶えするほどに。


「どうしよう、兄弟! 僕、すごく幸せ」
「僕も僕も! どうしよう、幸せすぎて……迷子でも殺しにいきたい気分だ」


ディーとダムは和やかに笑う。
きっと、今ならあいつを殺れる。ちっとも負ける気がしない。

それか、他の役持ちに、いいだろうとたっぷり幸せ自慢をしてやりたい。
奴ら、どんな顔をするだろうか。

力は後から後から沸いてきて、なんだかとっても無敵な気分だった。


「兄弟兄弟。どうしよう? 僕、お姉さんに何かプレゼントしたいな」
「うんうん、僕もそう思う。何を贈ろうか。お姉さん、喜んでくれるかな」


この気持ちを、少しでもアリスに返してあげたい。
二人の恋人で幸せだと、アリスにも思って欲しかった。
高揚感を持て余しながら、ディーとダムは街を歩く。


「この気持ちって、お姉さんも同じかな?」


ぽつりと呟いたダムの声に、ディーは笑って答えた。


「きっと同じだよ、兄弟。嬉しくてくすぐったい」


アリスと同じ。
アリスもきっと、自分達のように、この輝く気持ちに満ち溢れているのだろう。
それも、自分達のことを考えながら、だ。なんて素敵なことだろう。

そう思うと、尚更のこと、胸が不思議に温かくなる。





ディーとダムが真面目な顔で、終始、周囲を見回しているものだから、街の顔なし達は妙な緊張を強いられることになった。


――ああ、ブラッディ・ツインズだ。

――彼らが来るぞ。

――今度は一体、何が起こるのだろう。


そんな彼らの不安など歯牙にもかけず、ディーとダムは一生懸命に探す。その顔には、どこか鬼気迫るものがあった。


「これ、いいと思うんだけど。兄弟、どうかな? 護身用にもなるんだって、このドレス」
「へえ、いいねー兄弟。あっ、こっちの呪いのアイテムも格好いいよ!」
「うわあ、それもいいなあ……迷うね、兄弟」
「うん、迷う」


よもや、彼らがプレゼント用品を買い求めているとは夢にも思わないだろう。
そんな泣く子も黙るブラッディ・ツインズは、早々に見切りをつけると店を後にした。

この店にもなかった。
険しい顔のままで並んで歩きながら、二人は同時に息を吐く。


「難しいね、すっごく」
「うん……なんか、ピンとこない」


さっきのドレスも呪いのアイテムも、アリスに似合うだろうけれど。
どうも「これだ」という物ではないように思う。

同じように、アリスもまた、迷っているのだろうか。

そう考えるだけで、心を満たすものがある。
今までは、迷うなんて面倒くさいとしか思っていなかったが、これは嬉しい迷いだ。
こんな喜びもあるのか、と新発見した二人の心は、空のように明るい。


「いっそのこと、全部贈っちゃおうか?」
「それもいいね! 僕らの愛は海よりも深いんだ。どーんといっちゃおうか」


ディーの大胆な提案にも、ダムは調子よく同意した。
アリスの為に使われるのならば、まったく惜しくはない。
それでアリスが喜んでくれるのならば、対価として十二分である。


「……でも、お姉さんは遠慮しちゃうんだよね、多分」
「あー……そうか、お姉さんは慎ましいから」


ディーとダムほどの資金力があれば、この一帯を買い占めることだって出来る。

けれど、それではきっと――アリスは受け取らないだろう。
アリスの性格は、自分達が一番知っている。

うーん、と双子は唸った。


「やっぱり、吟味しないと」
「そうだね、兄弟。いっぱい考えよう」


アリスが考えてくれるのだから、自分達だって。
二人はしっかりと頷きあった。


「あ、あれは? いいんじゃない?」


新たに店を見つけて、ダムが指をさす。
ディーはその指先に視線を向けながら、頷いた。


「いいね。見てみようか」


ディーとダムは、パッと駆け出した。
瞬時に人波が綺麗に左右に分かれ、彼らのための道が作られていった。



× × × × ×



そんなことがあってから、更に十時間帯ほど経った頃だった。
二人が勤務を終えて部屋に戻ると、アリスが待っていてくれた。

それだけでも嬉しいというのに、アリスの雰囲気がいつもと違う。
すぐに察知した二人は、こっそりと目配せしあった。


「ディー、ダム、あのね……二人に、プレゼントがあるの」


アリスはしばらく、タイミングを計っていたようだ。ためらいがちに切り出される。


「え、プレゼント?」
「お姉さんが、僕らに?」


ディーとダムは驚く素振りを見せた。
まさに今はじめて知った、という風に装う。

そうとは知らないアリスは、二人の嘘を見抜けない。


「うん。って言っても、大したものじゃないんだけど……最近ね、あなた達が頑張ってるから、何か贈りたいなって思ってて」


言いながら、ディーとダムに紙袋を押しつける。照れがアリスを早口にする。


「お姉さん……!」
「わっ!?」


思いきり飛びつかれ、アリスはうっかり転倒しそうになった。
ひさびさにくる、全体重での抱擁だった。


(ま、また重く……そろそろ辛いー)


成長期真っ只中の彼らは、日増しに男の子らしくなるようだ。
そろそろ、アリスには受け止められないかもしれない。


「感激だよ、お姉さん! 大好きっ!」
「ねえねえ、開けてもいい? 開けるよ?」
「うん」


ドキドキする。
ディーとダムが包みを解く瞬間が、何よりもアリスを緊張させる。

包みを解いたディーとダムは、感嘆の声をあげた。


「あっ、お揃いだ!」
「わ、本当だ!」


熟考を重ねた結果、プレゼントはブレスレットに落ち着いたのだ。
これならば邪魔にはならないだろう、というアリスなりの配慮があった。

二人は満面の笑顔で、アリスに抱きついた。少年らしい、キラキラとした笑顔だ。


「ありがとう、お姉さん! 僕、すごく嬉しい!」
「お姉さん、僕、すごーく幸せだよ。ありがとう!」


アリスはすっかり嬉しくなった。


「よかった」


ディーとダムは早速、いそいそとブレスレットをつけている。
細い銀のブレスレットは、ディーのものは青の、ダムのものは赤の石が、バランスのよい配置で埋め込まれている。

華奢なシルエットは、事の外、ディーとダムによく似合っていた。
嬉しそうに手首を眺める二人を見て、アリスはホッと安堵の息を漏らした。


「ねえ、お姉さん」
「僕らからも、プレゼントがあるんだ」
「え」


驚くアリスに向けて、二人はあらかじめ用意しておいた袋を差し出した。
アリスは受け取ると、袋の中身に目をやった。中には細長い箱が入っている。

指先で箱を取り出すと、アリスはそれをしげしげと眺め見た。
縦に細い小箱は、青と赤のリボンでラッピングされている。


「開けて開けて」
「うん」


二人に促されるまま、アリスは包みに手をかけた。
美しい二連のペンダントだった。
こまやかな細工をほどこしてある金の鎖には、小ぶりのリボンモチーフがひとつずつ通されている。
モチーフの中央には、それぞれにルビーとサファイアが埋め込まれていた。


(ディーとダムと、私?)


そんなことを、アリスに連想させる。
アリスの様子を、ディーとダムは静かに――期待と不安の混じった目で、見守っていた。


「どう? 気に入った?」
「うん……すごく。ありがとう、ディー、ダム。嬉しいわ」


アリスが心からの感想を述べると、ディーとダムは照れたように笑った。


(え……!? もしかして、照れてる?)


照れる彼らを、アリスは初めて見る。
まったく異なる種類の笑顔だ。

度肝を抜かれたアリスは、胸の高鳴りを抑えることもできず、ただ見つめることしかできなかった。


(やだ、どうしよう。嬉しい)


その笑顔の裏にある、彼らの苦労が偲ばれた。

きっと、プレゼントを選ぶ時も、アリスのことを考えてくれたに違いなかった。
アリスが彼らのことを考えていたのと同じだけ、彼らもアリスを。

アリスの心が輝いていく。


「……本当に、嬉しい。大好きよ」


嬉しくて、声が震えそうになる。
アリスがもう一度繰り返すと、ディーとダムは飛び上がって喜んだ。


「よかった! ねえ、僕がつけてあげる」
「うん」


ペンダントを手にすると、ディーはアリスの背後に回った。細い首に鎖を回し、後ろで留め金をかける。
その様を正面から見ていたダムは、目を輝かせた。


「わ、すごく可愛いよ! お姉さん」
「……」


ほろり。
アリスの目から、大粒の涙が零れ落ちた。

驚いたのはディーとダムだ。
二人は、慌ててアリスの顔を覗きこんだ。


「えっ!? ど、どうしたの!?」
「お姉さん、どうかした!? どこか痛い!?」
「あ……」


アリスはわずかに頬を赤くすると、ごしごしと目をこすった。
不安そうな二人の顔を見ては、また涙がこみ上げてくる。


「やだ、嬉しくて、ちょっと……もうっ、あんた達がこんなことするから」


幸せだから、泣きたくなったのだ。
恥ずかしい、とアリスは顔を逸らした。

ディーとダムは目を瞠った。


「アリス」
「ん?」


ダムは顔を寄せると、アリスのやわらかい唇に、自身の唇を押しつけた。
アリスが驚いて意識がそれている隙に、ディーがアリスの体のバランスを崩す。


「きゃあっ!?」


アリスは小さく悲鳴をあげた。視界が転じ、床に転がされていることを知る。


「な、なにを……」


ディーとダムは互いに視線を交わすと、「うーん」と唸った。


「だって、ねえ?」
「うん」


アリスには何が何だかわからない。
このまま流されてはたまらない、とアリスは二人の拘束から抜け出そうとした。


「だってって……ちょっと!?」


青のリボンが解かれるのと、アリスの衣服が半分ほど脱がされるのは、ほとんど同時だった。
ディーとダムは二人な分、こういう時に素早い。

もう制止することも適わない。
アリスは懸命に手で体を隠そうとしたが、その手も取られてしまった。


「アリス……ねえ、すごく綺麗だよ」
「可愛い、アリス」


ディーにぺろりと指を舐められて、アリスの背筋は震えた。
悪寒なのか快感なのか、どちらかはわからない。

見つめる瞳の熱さに魅入られ、アリスは息を呑んだ。

愛している――そう、愛していると。

彼らの目から狂おしいまでの情を感じ取り、アリスは身を強張らせた。


「やっ、ちょっと、あの、待って」


後ずさりしようとするアリスの腕を、ディーとダムはしっかりと掴んだ。

アリスはなかなかに往生際が悪い。
そこが、二人の嗜虐心を煽ってやまない。

ディーとダムの瞳の色は、更に深くなった。
笑いすらこみあげてくるのだが、さすがにアリスを苛めるわけにはいかない。
そんな暴力的なことをしては、アリスが壊れてしまう。

いつ切れてしまうかわからない細い理性を、ディーとダムは繋ぐ。


「駄目」
「駄目だよ、アリス」


熱っぽく両の耳元で囁くと、アリスはみるみる顔を赤くした。
嫌だと言いながらも応じてくれる、そんな矛盾しているアリスが好きだ。
ダムの指が、アリスの胸元へ伸びる。好きにまさぐりながら、燃えるような赤の瞳で、アリスの表情を見逃すまいと見つめている。


「ここ、気持ちいい?」
「あ、あ……ダムッ……!」


アリスは身を捩り、押し寄せる快楽に何とか抗おうとしている。その表情が好き。


「こっちも弱いよね。知ってるんだよ」
「ディー……やっ」


ディーは逃れようとするアリスの腕を掴み、その首元に舌を這わせた。
鎖ごしに、アリスの肌を舐める。まるでアリスの血を舐め取っているかのようで、ゾクゾクする。
ディーは、歓喜に身を震わせた。

もっともっと、アリスに狂いたかった。
アリスを征服し、アリスに包んで貰いたい。貪欲な子供たちの欲求は留まるところを知らない。

衣服をすっかり取り去ってしまうと、ディーとダムはアリスの肢体をうっとりと眺め見た。
上気したピンク色の肌と、流れる絹糸のような髪。ああ、なんて素敵。


「うん、思った通り。アリスの白い肌に、すごく映えるね」
「だね、兄弟。アリスにとっても似合うよ、僕らの色」


ディーとダムはニヤリと笑う。
話している間も、二人は手を休めない。高ぶる気分に身を任せながら、アリスを執拗に攻め立てる。アリスの嬌声は耳に心地よい。


「だから、もっともっと染めてあげる」
「そうだね、たっぷりと。僕らに溺れてね、アリス」


絆という名の鎖で、アリスをがんじがらめに縛り上げてしまおう。
ディーとダムの囁きは、もはや、アリスには聞こえていなかった。

クスリと笑みを零すと、ディーとダムは再びアリスの体に没頭していった。
吸い上げ、舐め、まさぐり、交わる。
アリスを手繰り寄せるように、ディーとダムはアリスを抱く。
快楽に恍惚としているアリスは、どこか背徳を匂わせて――神秘的だ。


「愛してるよ、アリス」


愛は大きくなりすぎて、きっといつか、僕らはアリスを殺してしまうだろう。
アリスの胸元では、金色のペンダントが頼りなくきらめいていた。



【絆という名の/了】








===== あとがき ===

2009年12月発行『夢で呼ばれるは』より。

可愛い話のつもりが……あれ?

読んでくださってありがとうございました。