We need is …
「事件が必要だと思わないか? 兄弟」
「うんうん。事件は必要だよ。兄弟」
夜、煌々と明かりの燈った帽子屋の入り口に、門番たちの声が無邪気に響いていた。
「事件っていうのはさ、待っていても来てくれないものだよね」
「そうだねー。お金と一緒だねー。待ってるだけじゃ貯まらない」
ビュンッ……ビュンッ……理不尽さを示すように斧を振り回す音が、声と重なる。
「何事も、自分から動かないとさ」
「仕方ないよね。僕らはこんなに頑張ってるのに」
ザシュッ……ザシュ……と何かを切り刻む音も。
「ボスは分かって無いんだよ。僕たちに文句ばっかりで全然休みもくれないし」
「うんうん。それに、労働条件についての話し合いするって約束したのに……。絶対忘れてるよ」
「僕も有給取りたいって言ってたのに、何の連絡も無いよ……忘れてるね、絶対」
暫く銃声やくぐもった呻き声などが聞こえてきたが、そんなことはお構いなしに2人の会話は続く。
「寛大な僕らでも、そろそろ許せないなぁ、ボスの紅茶でも全部燃やしてみようか、ちょっとは目が覚めるかも」
「いいねいいねー。やってみたいな。……でも得策じゃないよね」
「うん、リスクの方がが大きい。僕らにリスクは似合わないよね」
はぁ……と2人はため息を吐く。屋敷の灯りでぼんやりとした夜空を見上げる。
「そういや兄弟、ちょっと働きすぎじゃない?」
「あぁ、そうだね。そろそろだるいと思ってたんだ。休憩にしようか」
ちょうど時間帯が変わり、世界が夕焼けに変わっていく――。
「ねぇ兄弟。どんな事件がいいかな?」
「うーん、お姉さんに聞いてみよーよ。きっと教えてくれるよ」
赤く染まったディーとダムは、楽しげに可愛く笑いながら、休憩を取りに向かった。
「お姉さーん。事件〜!」
「事件だよ。事件、事件〜!」
屋敷に戻り、ディーとダムはアリスの部屋に直行した。
いつものように、勝手に入るなとか煩いとか怒られたが、アリスが大好きな2人には全くもって小言に聞こえない。
「あれ? お姉さんもう寝るの?」
「え〜、もう寝ちゃうの?」
アリスがいつもの服ではなく、眠るときに着ている服なのに気付いて不服そうな声を出す。
「ええ。さっきまで夜だったから、寝ようと思ったんだけど」
まだ前の世界の気分が抜けていないらしい。早く忘れてしまえばいいのに。
「でも夕方になったから寝ないよね?」
「そうだよ、僕らと遊んでよ!」
しかし、アリスは「えー」と、嫌そうな顔だ。
「兄弟、いいじゃないか。今日はお姉さんとゆっくり休憩しようよ。僕も眠いかも」
「それもそうだね。お姉さんが寝るんだったら、僕らも一緒に眠ればいいよね」
ふふふ、と笑いあったディーとダムに、アリスの反応は早かった。
「そ、そういえば事件って何? どうしたの? もしかして殺人事件でもあった?」
こうして双子は、大好きなお姉さんを、思い通りの展開に引き込むことに成功したのだ。
「殺人事件? お姉さん、それってどんな事件?」
「ボスの紅茶が爆発するよりすごい?」
わくわくしながら問いかけるディーとダムに、アリスは困惑しながら答える。
「だから、殺人が起きる事よ。ほらよく小説にあるじゃない。 ある日、朝食に起きてこない人がいて、部屋にいくけど鍵が掛かって入れない。声をかけても返事も無いし、それでドアをどうにか開けてみたら、床に倒れて殺されてる……みたいな」
アリスはよくあるでしょ? と二人に問いかける。
「僕らはあんまり本を読まないから知らないけど、よくあるのは分かるよ、お姉さん」
「うん。ありがちだねー。多分、いま正門を開けたらそんな感じだと思うよー」
帽子屋屋敷に侵入しようとして返り討ちにあった死体や、仲間同士のいざこざ、道を歩いていても時々見かける死体。
暫くすれば消えるものの、見る機会は少なくない。
「……この世界じゃ、事件ってほどでもなかったわね」
アリスは、見ないフリをしていた、彼らの服についている黒い染みに、呆れたような視線を向けた。
「お姉さん、そんな本が好きなの?」
「本なんかじゃなくて、僕らがいくらでも見せてあげるのにー」
不穏なことを言い出した2人にあわてて、
「違うわよ! 誰が好き好んで殺してるだけの話を面白がるのよ! 犯人は誰なのか考えたり、疑心暗鬼になる人間関係だとか、探偵や警察が謎解きをする過程が面白いわけで――」
実際、アリスはそんなに推理小説が好きなわけではなかったが、事件と聞いて真っ先に思い浮かんでしまったので仕方ない。
アリスなりの推理小説の面白さ論を繰り広げ、殺す事を楽しんでるんじゃないと、双子に説明した。ちゃんと伝わったかどうかは不明だ。
「ふーん」
「へぇ……」
ディーとダムは何か考え出したのか、手を口元に持っていき下を向いている。
2人とも同じポーズなので面白い。
そんな2人を見ながら、可愛いなーなどと素で和んでしまったアリスは、自分に呆れた。
見た目に騙されるな。
今だって頭の中で、どんな恐ろしい事を考えてるか分からないのだ。
それでも――この双子といる時間が一番楽しいことを、アリスは自覚している。
――結局、自分は子供のままでいたいってことなのかしら? と、都合のいい答えをアリスは導き出した。
「ねぇねぇお姉さん」
その声に、ふと気が付くと、ディーとダムがにこにこ笑いながら、アリスを見つめていた。
「何考えてたの? お姉さん?」
「なんだか楽しそうだったよ。僕らにも面白いこと教えてよー」
まさかディーとダムのことを考えていたとは言えず、アリスはとっさに嘘をついてしまった。
「違うのよ! えーと、エリオットがこの間、2種類のにんじんジュースをブレンドして満足げに飲んでいたのを思い出して――」
ごめんなさい、エリオット……アリスは心の中で詫びておいた。でも内容は事実だし。
「そっかぁ。それは面白いよね、お姉さん。僕らじゃあ2人いても、あいつにはかなわないなぁ」
「そうかもね、兄弟。あの馬鹿ウサギの馬鹿さ加減には、僕たちはかなわない」
にこにこ――
目が笑っていないって言うのは、こういう事を言うのね。と、アリスはしみじみ思った。
どうやら失言だったようだ。
「あのね、ほんとは――」
後が怖いので、やはり本当の事を言おうとしたのだが、ディーに遮られてしまった。
「ひよこウサギのことは置いておくとして、お姉さんの話聞いてたら、興味湧いてきちゃったよ」
「うんうん、もっと詳しく教えて欲しいな」
アリスは驚いて、まじまじとディーとダムを見た。
さっきまで興味なさそうだったのに、どういうことだろう。
「あなた達……何を企んでるの?」
双子は首を傾げる。
「えぇ? ひどいよ、お姉さん! 僕らは純粋に話が聞きたいだけなのに」
「そうだよー。お姉さんの事だけじゃなくて、お姉さんがいた世界の事も知りたいだけなのにー」
酷いよ、悲しいよと連呼され、アリスは結局請われるまま、話をする事になった――。
× × × × ×
ケース1 メイド
もうほんとに訳が分からないんです〜。こんなこと初めてで〜どうしたらいいのか〜。
え〜?
何が、ですか〜?
ですから〜最近〜おかしな事ばかりなんです〜。ついさっきも〜廊下に血で文字が書かれていて〜。大量ですよぉ〜。掃除するのが大変だったんです〜。血って時間が経つと落ち難いでしょ〜。もうこれで3回目ですし〜。
まぁ放っておいたらいいんですけど〜そのままにしておくとうるさいですから〜。あ〜、これは内緒ですよ〜。
あとですね〜、よく昼の時間帯に起こるんですけど〜。
なんていうか〜部屋に閉じ込められるんです〜。
清掃している隙だとか、眠っている間になんですけど〜。私だけじゃないんですけどね〜。
すごく困るんですよね〜。
そこから脱出するのがだるいんです〜。それでなくてもだるいのに〜。仕事も終わらないし〜。
そういえば聞いてくださいよ〜。
またボスの思いつきでティールームを増やすらしくて〜その為に取られた人件分がですね〜、仕事が増えてるんですよ〜。
はい〜? 他にですか〜?
そうですね〜〜あとは……あ〜。あります〜。
手紙が届くんです〜。
こう他の手紙の文章を〜、少しずつ貼り合わせてて――実は〜私にも届いてるんですけど〜見たいですか〜?
これです〜。
ね〜?
変な手紙ですよね〜。
どうしてわざわざ手間の掛かる事するんでしょうか〜だるいのに〜。内容も意味が分からなくて〜。
お嬢さまは大丈夫ですか〜?
ケース2 エリオット
よぉアリス……。
ん? 疲れた顔してるって?
そうかな……実はな、最近あんまり寝てないんだ。
なんでって、そりゃあ部屋があんな状態じゃいくら俺でも安眠できねーよ。
帰って来たらな、あるんだよ。
俺の部屋に、死にたてほやほやの死体が。
毎回毎回、人の部屋に死体置いて行きやがって。
それがもう、ぐっちゃぐちゃだしよー。気分悪ぃぜ。何処のどいつか知らねーが、見つけたら速攻殺す。
――部屋に閉じ込められた事があるか、って? 部屋か〜……あぁ、あるな。
閉じ込められるだけじゃねぇ。ナイフも飛んできた。
何のつもりか知らねえけど……でも結構やるかもな。この俺が見逃したぐらいだし。
えぇ?
大丈夫か、って?
――あんたって、やっぱりすっげえ優しいな! ありがとうな!
けど、俺なんかよりアリスのほうが心配だろ? いや心配だ!
俺がいるときはいいけど、出来るだけ一人になるなよ。いいか?
俺が居ない時はできるだけブラッドと一緒にいるか……まあブラッドに比べりゃ格は落ちるが、あのガキ共と一緒に居ろよ。
それにしてもあのガキ共は何してんだ? 侵入者を許してんじゃねーか! あいつらのサボり癖、よくねえよなあ。
ブラッドはブラッドで、最近昼ばっかりなせいで、夜が少ないから機嫌悪いし。
え? 手紙?
――そういえば……来てたような気がするけど、読みにくかったから捨てちまった。
ケース3 ブラッド
最近、屋敷内に侵入者が潜伏しているだって?
それは知らなかったな。ありがとう。それにしても、あぁ……紅茶が飲みたい。
そうだ。
どうだ、アリス。久々にお茶会でも。
なに?
それどころじゃない?
私には、紅茶より優先する事があるとは思えないが。
× × × × ×
満天の星空を望みながら、深夜のお茶会。
いつもは心地よい冷たい風も、どこか不安を掻き立てる――。
屋敷全体が不穏な空気に包まれているのだろうか。いつ何が起こっても不思議ではない。
屋敷のいたるところで起こっている怪事件――。
「犯人は、間違いなくディーとダムよ」
アリスは、この言い方はまるで探偵ね……と、嘆息する。
このところ起こっている一連の事件は、ディーとダムに話した推理小説を反映した悪戯だろう。
カチャ……
ブラットはティーカップをソーサーに置く。眉をひそめて珍しく真面目な顔だ。
アリスはディーとダムに余計な事を喋ってしまったことに、少なからず責任を感じていたので、焦る。
「私がつい色々話したことも悪かったかもしれないし、あの2人のことだから何かあるとは思ったんだけど、悪気はない……と思うの」
単純に楽しんでいるだけな気もするけど……と、心の中で呟きつつブラッドの反応を窺う。
ブラッドは沈痛な面持ちで口を開いた。
「アリス……折角の紅茶が冷めてしまう。無粋な話はよして、もっと楽しい話題に変えてくれないか。そうだな例えば、ある紅茶がもたらした歴史的な――」
「ちょっと、なんなのそれ! 自分の領土で起こった事件なんだから、解決するのがボスでしょ? みんな困ってるんだから何とかしなさいよ!」
紅茶の事しか頭に無いブラッドに、アリスは怒った。
「そうだそうだー。ついでに休み増やしてー」
「あと給料も増やして〜」
いきなり背後から聞こえた声に、アリスが振り向くとそこにはディーとダムが――。
「あっ……あなた達いつからいたの?」
「何でそんなに驚いてるの? お姉さん」
「そうだよ、楽しいお茶会を続けようよー」
いつもと変わらず無邪気に笑って、アリスの正面に座る。
ブラッドはディーとダムの存在よりカップの中身に集中している。
もうブラッドには頼るまい。
「話を聞いていたんでしょ? どうしてあんな悪戯したの? みんな困ってるじゃない」
「え、何の話? 僕ら悪戯なんかしてないよ」
「そうだよー僕らはまじめな門番だよー」
二人とも、驚いた顔だ。
「あなた達以外に考えられないわよ。この間私が話した内容そのままじゃない。犯人だってバレたんだから、もう終わりにしなさい」
犯人が分かったら解決。
そこで話は終結へと向かうものだと説明したはずだ。
「そんな事よりお腹空いたよー。お姉さん、何か食べるものない?」
「ボス〜紅茶いただきまーす」
アリスの言葉も虚しく、ディーとダムはお茶会を満喫し始めた。
「ちょっと、話聞いてるの?」
アリスが2人に詰め寄っていると、カチャ……と、ソーサーが鳴った。
ブラッド……! と、アリスは期待を込めた目を向ける。
「ディー、ダム――紅茶はもっと味わって飲むものだ。失礼だろう」
「「はーい」」
ブラッドの注意にディーとダムは良い返事だ。アリスは少し期待した自分を悔やんだ。
それにしてもブラッドは気にならないのだろうか。
メイドさん達の話を聞いていると、仕事に支障がありそうだったのに……。
「あっ、見て見てお姉さん」
「あっちだよ、お姉さん」
ディーとダムのその言葉に、アリスは視線を向ける。
見ると、エリオットが仕事を終えて戻ってきたところなのか、屋敷に入っていく姿が見えた。
「エリオットがどうかしたの?」
返事は無い。
振り返ると、ディーとダムはアリスを見つめている。
戸惑うアリスに、やっとディーが口を開く。
「別に意味は無いよ。バカうさぎだなーて思っただけ」
続いてダムが、
「そうだよ、帰ってきたなーってお姉さんに教えようと思っただけ」
そんな2人の言葉は、やっぱり意味が分からない。
大概アリスにとってディーとダムの行動は、突拍子もなく、時に残酷であったりするけれど、こんなふうに、はぐらかされた事は無い。最近ずっとこんな調子だ。
「お姉さん、眠いの?」
いつまでも黙ったままのアリスに、心配そうな声。
「……そうかも」
精神的に疲れてきたので、もう部屋に戻るのもいいなと、思った。
「僕も眠くなってきたかもー」
「それじゃあ、早く戻って寝よう」
そうしよう、そうしようとディーとダムは立ち上がって、アリスの両手を掴むと屋敷に向かって走り出した。
「ちょ、ちょっと――」
止まりたくても両手を引っ張られているので、止まれない。
走るのをやめても引きずられそうな勢いだ。それに――。
「私の部屋はこっちじゃないわよ!」
明らかにディーとダムの部屋に向かっている。
「折角だから一緒に寝ようよ、お姉さん」
「最近おかしな事件があるみたいだし、一人で部屋に戻るのは危険だよ、お姉さん」
もう犯人云々の話は言い飽きた。
私はなんでこんな双子の事を……と、思いながらアリスは溜息をついた。
× × × × ×
「お姉さん起きて! 早く起きないと……どうしようか兄弟」
「うーん、やっぱりここは――」
アリスは飛び起きた。
結局自分の部屋に戻れなかったので、当然ながら、ディーとダムの部屋で目を覚ました。部屋中を武器で飾った部屋では、安眠できた気はしなかったが……。
「あっおはよーお姉さん。なかなか目を覚まさないから、心配したよ。なぁ兄弟」
「うん、でもお姉さんの眠ってる姿、もうちょっと見たかったな」
「それはそうだけど……ほらお姉さんが睨んでる。思ってるだけで、言わないほうが良かったね」
「言葉で言っても伝わらないしね。もどかしいよ」
「んー今はアレで手一杯だから、これが終わったらまた考えようよ」
ひそひそと、二人で話し出した。この隙に、アリスは部屋を出る事にする。
音をたてないようにベッドから降り、ドアを目指す。慎重に歩いていると――
ギャギャギャッ
「な、なに?」
アリスは床に転がっていた、変な人形を踏んでしまった。
運悪く、押すと鳴き声がするものだったらしい。
チラと振り返ると、ディーとダムがこちらを見ている。
「あはは……面白い人形ね。ごめん、踏んじゃったわ」
笑ってごまかすしかない。
踏みつけた人形を拾い上げて、埃をはらう。
不思議な人形だった。
どこかで見たことがあるような……。
「お姉さん」
ディーだろうか。
アリスは気のせいかしらと、首をかしげながら顔を上げる。
二人はいつの間にかそばにいて、アリスの顔を覗き込んでいた。
近い、と文句を言おうと思ったものの、二人が何だか悲しそうだったので言葉を詰まらせた。
「どうかした?」
なんとかその言葉を搾り出す。
しかし、二人は聞こえなかった風に、
「……お腹空かない? 食事に行こうよー」
「行こう、行こう!」
と、アリスの手を取り、また強引に部屋の外に連れて行く。
ドアが閉まる瞬間、ダムはアリスからさりげなく取った人形を、後ろに投げ捨てた。
帽子を模した照明に照らされた、前を歩くディーとダム。
見た目はいつもと変わらないのに、行動が理解できない。
……いつも理解できていた訳では、もちろんない。
「ここだよ〜」
「入って、入って〜」
たどり着いた部屋は、これまでアリスが入ったことの無い部屋だった。
「何? この部屋」
部屋は広く、テーブルとイスが並んでいる。
「お姉さん、こっちだよ。」
ディーが進んでいく方向を見ると、そのテーブルの上には、食事が用意されていた。
パンやサラダ、スープといった朝食らしいそれは、ちょうど4セットだ。
「? この食事、あなたたちが用意してくれたの? でもあと一人分あるわね。誰のなの?」
ディーとダムはにっこりと全く同じ笑顔で笑って言う。
「もちろん、ひよこウサギのだよ」
「そうそう、いつも通りね」
何がいつも通りなのか分からなかったが、エリオットも食事に誘ったのだろうと、勝手に解釈する。
二人はいつも、何かと喋ったり遊んだりしているのに今日は、ちゃんと席に座って、エリオットを待っているようだ。
ディーとダムのほうを見ると、何かを期待するような目とぶつかった。理解不能。
「エリオット遅いわね」
アリスはもう先に食べようと思い、そう切り出した。
「うん、遅いよ! どうしたんだろうね!」
「うん、うん。心配だよーいつもはこんなはずじゃないのにー」
「見に行ってみようか」
「見に行こう」
二人は待ってましたとばかりに立ち上がった。ついでに、アリスの腕も掴んで一緒に。
「私は行かないわよ!」
もちろんそんなアリスの声が、ディーとダムに聞こえる事はなく、三人はエリオットの部屋へ向かった。
「エリオット!」
「馬鹿ウサギ〜」
「ひよこウサギ〜」
ドンドンと部屋のドアを叩きながら、呼びかける。返事は無い。
「もう出かけてるんじゃない?」
連日、二人に引っ張りまわされて、アリスは疲れを感じた。
最近眠っても眠っても、全然疲れが取れない。
それに引き換え、ディーとダムはドアを蹴破りかねないほど元気なようだ。
「どうしよう、お姉さん! 馬鹿ウサギが出てこないよ!」
「ここは、強行突破しかないねー!」
やっぱり……! と、アリスが思った瞬間、二対の斧が閃いた。
ドアは、瞬く間に木っ端微塵だ。
「……」
「さあ、お姉さん入って入って」
「邪魔なドアはなくなったからね」
アリスは、まさかと思いながらも嫌な予感のまま、エリオットの部屋へ入る。
「…………!」
そこには、エリオットがうつ伏せで倒れていた。
床には血溜まりが出来ている。
「エ、エリオット……! そんな、まさか――」
信じたくは無いが、アリスにはディーとダムの犯行だとしか思えない。
「違うよ! 僕たちじゃないよ!」
「そうだよ、ちゃんとアリバイがあるんだー」
それより見てよ――と、ディーがエリオットの頭のほうを指差している。アリスは震える足を何とか動かして、近づいた。
床に血で文字が書いてある。
「ダイイングメッセージだね。馬鹿ウサギもなかなか考えたよ……最後くらいは」
「うん……僕らに犯人を見つけて欲しい一心で、最後の力を振り絞って書いたんだろうね。絶対、僕らが見つけてあげるからね……!」
ディーとダムは、目頭を押さえ涙を拭っている。
「ねぇ、見つけるも何も、この文字の名前が犯人じゃないの?」
エリオットは血文字ではっきりとブラッドと書いている。
「普通に考えれば、ブラッドが……殺したってことでしょ?」
アリスは眩暈がしてきた。
本当にエリオットは死んでいるのだろうか。しかも、ブラッドが殺した?
「お姉さん、甘いね」
「うんうん、そんな直接的に犯人の名前書くはず無いんでしょ?」
「じゃあ、このブラッドって言うのはどんな意味なの?」
アリスには、他の考えが思い浮かばない。
「うーん、どう思う? 兄弟」
「さぁ?」
全く考える気はないらしい。
さっきあんなに、見つけるって決意表明してたのに。
「これは、犯人からのメッセージだろうな」
「ブラッド!」
「「ボス!」」
いつのまにか、エリオットの傍にブラッドが立っていた
いつも通りのだるそうな顔で、死んでいるエリオットの姿を見ても、特に変わった様子はない。
「いつの間に入ってきたの? ボス」
「流石だね、全然気が付かなかった」
ディーとダムは少し悔しそうだ。それより――
「ブラッド! 犯人からのメッセージってどういう事?」
「あぁ……次はお前だ、という予告のようなものだろう」
ブラッドは、部屋の中をゆっくり見回すと、なにかみつけたのか、しゃがんで拾い上げた。くしゃくしゃに丸まっている紙くずだ。
「何なの?」
「脅迫文……らしいな」
「きょ、脅迫文……!」
いよいよ持って殺人事件風だ。
アリスはブラッドの手元を覗き込む。そこには――
「えーと、お前の大事なものを預かっている、返してほしくば……」
「ひよこウサギの大事なものって何かな? 兄弟」
「うーん、にんじん?」
緊張感の欠片も無いディーとダムの言葉に、アリスは同意しつつ、続ける。
「三時間帯以降の昼に、死んだフリをしろ……死んだフリ?」
床に倒れているエリオットを振り返る。
聞いていたのか、そこには苦笑いを浮かべて体を起こしているエリオットの姿があった。
「エリオット!」
アリスはとっさに駆け寄って抱きついた。
「わっ、アリス! ……ごめんな、驚かせたな。これ俺の血じゃないんだ」
「もう、本当よ。死んじゃったかと思って……」
誰の血? という心の声は無視して、安心感からちょっと泣きそうになっていると、ディーとダムが間に入ってきた。
「ちょっとお姉さん! そいつから離れてよ!」
「そうだよ、そうだよ! そんな奴に抱きつかないでよ!」
ぐいぐい後ろから引っ張られて、引き剥がされる。
「ちょっと、感極まっちゃっただけよ! ……エリオット、何があったの?」
エリオットが生きていたのは嬉しかったが、何一つ事件は解決できていない。
「いや、俺にもよくは分からないんだけど、この脅迫状がきてさ。実は何回かきてたんだけど、全部捨てちまって……。そしたらある日、俺のにんじんが全部盗まれてて。まぁ、死んだ振りして返ってくるなら、やってやろうかと。まさかアリスたちが入ってくるとはなぁ」
アリスはこのにんじんバカは……! と毒づきながら、
「あの血文字も犯人の指示なの?」
「あぁ、あれはブラッド心配するなって意味のブラッドだ!」
チラッとブラッドを見る。
視線に気付いたのか、ブラッドは小さく肩をすくめる。
「それにしても、犯人の意図が分からないわね。それに犯人は何処に――」
ガタッ
部屋の隅で、何かが倒れる音がした。
「待て! 逃がさないよ」
「こいつが犯人かなぁ」
ディーとダムに捕まったのは、一見するとこの屋敷の使用人のようだ。
「……ここの者ではないようだな」
ブラッドがその男の顔を見て言う。アリスは顔全部覚えてるんだと、感心した。
「俺のにんじん返せ」
銃を構えてエリオットがすごむ。
でもセリフが全てを台無しにしている。
今にも発砲しそうだったので、アリスは慌てて間に入る。
「待って、待って! まだ犯人か決まって無いでしょ?」
「わたしが犯人です。すみませんでした」
使用人風の男が自白した瞬間、エリオットの銃が鳴り響いた。
「馬鹿ウサギ、僕たちにもやらせてよ。お姉さんに疑われてムカついてんだ」
「そうそう、僕たちだって被害者だよ!」
バラバラ。
そんな音が聞こえてきそうな惨状に、アリスは慣れてきている自分が悲しかった。
「キミ達、ここは部屋の中なのだよ……もっと綺麗に片付けられないのか。……ディー、ダム」
ブラッドは楽しそうにバラバラしていた、双子を呼ぶ。
「何? ボス。もしかして僕たちの仕事の手際を見て、支給額見直ししてくれたー?」
「それとも、僕たちをねぎらって、休み増やしてくれる?」
わくわく、うきうきしているディーとダムにブラッドは残酷な言葉をかけた。
「侵入者を許すのは門番失格だ。暫く減給の上、休みも返上で働いてもらおう」
そう言うと、部屋から出て行ってしまった。
「ボス〜〜待ってよ〜〜」
「僕たち真面目に頑張るから、減給だけは! お願いだよ〜」
ディーとダムは、バタバタとブラッドを追いかけて行ってしまった。
「あんなに慌ててるディーとダムを見るの、初めてかも」
アリスはエリオットに話しかける。
見ると、エリオットは手に人形を持っていた。
「なぁに? それ」
「なんだろうな。こいつが持ってたんだが……」
アリスには見覚えがあった。
血で汚れているが間違いなく、ディーとダムの部屋にあったものだ。
アリスは人形に手を伸ばすと、お腹の辺りを押してみた。
ギャギャギャッ
エリオットは目を丸くした。
「うわっ、なんだ、押したら鳴くのか。アリスよく気づいたな」
やっぱり同じだ。
何故ディーとダムは犯人と同じ人形を持っているのだろう。そして――。
「はぁ……早くこの死体消えねーかな。犯人まで俺の部屋で死ぬんだからな。やっぱブラッドの言うとおり綺麗に殺せばよかった。流石だよな! ブラッドの言う事に間違いはない! ……あれ? アリスもう行くのか?」
「うん……またね、エリオット」
エリオットに上の空で返事をしながら、自分の部屋へ向かう。人形の事が頭から消えない。
ふらふらとやっとの事で部屋にたどり着く。
ひどく久しぶりに帰ってきた気がした。ドアを開ける。そこにはあの人形が転がっていた。
「何で……!」
人形を拾って考えてみるが、買った覚えも、もらった記憶も無い。
そのまま、部屋の奥へと進む。
ベッドの上や床にも、人形が置いてあった。そしてその横には――。
「お姉さん」
呆然としているといつの間に入ってきたのか、ディーとダムがいた。
「あなたたち、知ってたの?」
双子はにっこり微笑んで、
「もちろん、お姉さんの事は何でも知ってるよ!」
「お姉さんより知ってるかもしれないよ」
「じゃあ……ほんとに私が?」
まったく記憶にないのに、ここには証拠が溢れている。
「大丈夫だよ。忘れっぽいお姉さんも大好き〜」
「うんうん。そんなお姉さん可愛い〜」
アリスは両側から抱きつかれながら、山積みになっているにんじんの山を……ぼんやりと、見ていた。
× × × × ×
「減給の話、撤回になってよかったね、兄弟」
「うんうん。休憩も取れることになったし、よかったよねー兄弟」
夜、煌々と明かりの燈った帽子屋の入り口に、門番たちの声が無邪気に響いていた。
「それにしても、お姉さん可愛かったよねー」
「すぐ信じてくれたよねー」
「犯人役の男には、悪い事をしたけどね」
そう言ってはみるものの、二人はちっとも悪びれてはいない。
「殺すつもりは無かったけど、馬鹿うさぎが撃っちゃうんだもんね〜」
「ひよこウサギ……お姉さんと仲がいいのが許せない」
「にんじんだけじゃ物足りないよね」
大勢の足音が近づいてくる。続いて銃声。激しい喧騒が暫く続く。そして、また静寂――。
「やっぱり事件が必要だね」
「うん、事件は必要だよ。」
「どんな事件?」
「うーん。じゃあ、お姉さんに聞いてみようよ」
「うん、それがいい」
ディーとダムは、屋敷に向かって駆け出した。
【We need is…/岬/了】

===== あとがき ===
2008年10月発行の双子×アリス合同短編集『TWINZ』より、岬さんの双子×アリス話でした。
犯人は、もちろんアリスではありません。
ではでは、読んでくださってありがとうございました。