極彩色コンフュージョン
遊園地の近く、草が青々と生い茂る場所に、三人は居た。
一人はピンク色の猫。
あとの二人は、赤と青の双子。
色だけ見ると、派手すぎる面々だ。
三人が揃ったところを目にした者は、さぞかし目に痛かったことだろう。
ディーとダム、ボリスの三人は、所属勢力に関係なく仲が良い。
ボリスは遊園地に完全に属しきっているとはいえないし、もともと双子と気質が合う。
スリルと遊びが大好きな少年達だ。
先ほどまでは全力で騒いでいたのだが、今は何をするでもなく、三者三様にのんびり寝転がっている。
欠伸を噛み殺しながら、ボリスはぼんやりと空を見ていた。相変わらずの空だった。
天は高い。
清々しさを通りこして、イライラする。
どこまでも青く広がる空は、ボリスに少女を連想させた。
青い瞳の、余所者の少女。
彼女がこの世界へ迷い込んできて、もう随分と経ったように思う。
少女は帽子屋屋敷を滞在先に選び、結局、この双子を選んで世界に留まることとなった。
選ばされた、といってもいいかもしれない。
愛らしい外見とは裏腹に、綿密で周到な手口を使うことを得意とする双子からは、どうあがいても逃げることができなかったのだ。
かの白兎は、腹の底ではどう思っているのだろう。
ふと、そんなことを思った。
ボリスと少女は、仲が良かった。
ディーとダムをまじえて、四人で遊んだこともある。
彼女からの手紙は届くが、長いこと姿を見ていない。
ここに残ることにした、と報告しに来た時の、晴れ晴れとした笑顔を思い出す。
安堵と――少しの嫉妬を胸の奥底に押し殺して、ボリスは「おめでとう」と言ったのだ。
(本当は、な)
思うところはある。
けれど、アリスが幸せそうにしている限りは、黙っておこうと思う。
無性に今、彼女に会いたい。
ボリスは彼女に対して、少なからず思慕の念を抱いていた。
双子がアリスに選ばれたからといって、はいそうですか残念だったなあ、と、そう簡単に消えてしまうものではない。
だから――正確には『抱いている』だ。
が、この勘の鋭い双子の前ではそんな素振りは見せられない。
(俺、すげー長い間、アリスに会ってなくね?)
なんと我慢強いのだろう。と、自分の理性に賛辞を贈る。
けれど、今日はこんないい天気だから――。
ボリスの緩まった思考は、素直にそのまま口をついて出た。
「……なあ、アリス元気?」
ぽつりとボリスが呟く。
声には眠気が混じっていた。
アリスの名に、双子はすぐさま食いついた。
「お姉さん? 元気だよ」
仰向けに寝転がっていたダムが、ゆっくりと上半身を持ち上げる。
いつのまにか髪に絡みついていた青い草が、はらりと落ちた。
「うん、元気だよ。可愛くて元気」
うつ伏せで頬杖をついているディーが、頷きながらダムに賛同する。
青い風が草を柔らかくなでていく。いい陽気だ。
こんな陽気なのだから、戦うことになっても仕方がない。
「僕らが守ってるんだもの、お姉さんは元気に決まってる。どうしたの? ボリス。そんなこと聞くなんて」
ボリスがゆっくりと視線を二人に向けると、逆に見つめ返された。
挑発とも取れる、探るような深い視線だ。
ついさっきまで眠たそうにしていた子供のものとは思えない。
(おー、ギラついてんな)
けれど、そう簡単に挑発には乗らない。
そ知らぬ振りをして、ボリスは言葉を続けた。
「会いたいなーっと思って。アリスに」
「駄目」
「駄目だよ」
二人同時に即打ち返されて、ボリスは面食らった。
「即答かよ……いいじゃん、別に。会うだけだぜ?」
断られるだろうと予測はしていたが、取りつく島も無いとは。
ボリスは尚も食い下がったが、ディーとダムは揃って首を横に振った。
「駄目ったらだーめ。会うだけじゃすまないかもしれないでしょ? ボリスは何かしそうだし」
「うん、そうだね。隙あらば、お姉さんを誘惑しそうだし」
アリスは慣れてないからねえ、と知った顔で語るところが、尚のことムカつく。
ディーがそう断言すると、ダムが頷いた。
少々乱れていた、緑がかった黒髪を指で整える。
「お前ら……そんな目で俺を見てたわけ?」
ボリスが苦笑まじりに咎める視線を向けると、ディーとダムは顔を見合わせた。
「勿論、友達の恋人に手を出すような馬鹿じゃないって信じてるよ?」
釘をさすかのように、わざとらしいほど明るくディーは言う。
釘といっても五寸釘ぐらいはありそうだ。涼しい顔で威圧してくる。
「そんな人でなしじゃないよね。ボリスは猫だけど。猫でなしっていうのかな?」
「うっわ、嘘くせー……」
ボリスがじとっと睨むと、双子はそっくり同じ顔で、そっくり同じ笑みを作った。
先ほどの間といい、その笑顔は何処となく嘘っぽく見える。
「酷いなあ。嘘なんかじゃないよ、ボリス。友達は信用しなくっちゃ」
「そうだよ、ボリス。僕たち友達でしょ?」
ディーとダムは、背後に凄みすら見え隠れする笑顔をボリスへと向ける。
性質の悪い笑顔だ。
いったい今まで何人が、この笑顔の前に犠牲になったことだろう。
――顔なしがいくら死のうがどうでもいいから、哀れだとは思わないけれど。
ただ、アリスだけは犠牲にしたくないな、と思った。
「だーよなー。って、それなら俺の事も信用しろよ。アリスに会わせろ」
「駄目」
ディーは、すっぱりとボリスの要求を却下した。
「だーめ。僕らだけのお姉さんだもの」
「そうそう、僕らだけなんだ」
クスクス、と楽しそうに二人は笑う。
一体、アリスはこいつらの何処がよくてこの二人を選んだのか、理解に苦しむ。心底解からない。
軽い苛立ちを覚えたボリスは、わざと一石投じることにした。
そもそも、ただ会うだけなのに何故こいつらの許可が必要なのか。
そう面と向かって訴えたところで、恋人の権利だと主張されれば、強く反論ができない。
「……束縛しまくる男って、嫌われるぜ?」
「!」
ボリスが意地悪く言うと、双子は弾かれたように顔を上げた。
笑顔を消して、真顔になる。
アリスの事となると余裕を失う二人を見て、ボリスは笑みを深くする。
可愛げのない子供らだが、これはいい弱点ができた。
「束縛じゃないよ。恋人なら当然の心配だよね?」
ダムが反論すると、ディーは同意した。
「うんうん。これが遊園地のオーナー相手だったら、別にうるさく言ってないよ。多分」
「いーや、言うね、お前らは。……っていうか、おっさんと俺と、どう違うってんだよ」
ゴーランドとて、ライバルには違いない。
ゴーランドがアリスに会えて、自分は会えないなんて理不尽だ。
――ゴーランドとそっくり同じ括りだ、などと言われても、それはそれでショックなものがあるが。
ディーとダムは、ちらりと互いを見る。
本当にこの二人は、時に気味が悪くなるほどに息が合っている。
「若さかな」
「危険度かも」
「手が早そう」
「ピンクだしね」
「ピンクだからね」
ディーとダムは遠慮なしに、口々にぽんぽんと列挙していく。
ボリスの顔が引きつり気味になった。
「……ちょっと傷ついたぜ、今のは」
というか、ピンクだから何だというのだ。意味がわからない。失礼な。
ボリスは傷心から立ち直ると、反撃に乗り出した。
(噛みついてやる)
噛みついて、引っ掻いて――ああ、そうだ。このぐらいの反撃は許されるだろう。
アリスを得たのだから、ささやかな八つ当たりを受ける理由が、彼らにはある。
ボリスの金色の目が鈍く光った。
「俺がアリスに手を出すかもしれないって、心配してるわけ?」
ディーとダムは素直に頷いた。
「うん、心配。こういう心配は、しすぎることってないよ」
「だから、ボリスは駄目なんだ。ごめんね」
ディーはさらりと謝る。
最初から会わせる気など無かった癖に、とボリスは小さく舌打ちした。
「ふーん……お前らがアリスに会わせてくれないんなら、俺から会いに行くかな。敵地だから、ちょっとばかり面倒だけど。たまにはいいか」
わざと少し声を大きくして聞かせると、双子は目に見えて狼狽した。
「ちょっとちょっと! 普通に侵入宣言しないでくれる!?」
「来ても門で追い返すよ! その尻尾、ちょん切ってやる」
声を大にして騒ぎ始めた双子に向かって、ボリスは挑発するように微笑んだ。
かかってくるならこいよ、とその笑顔が物語る。
「ふふん、望むところだ。よーっし、決めた。お前らのご期待に沿ってやるよ」
「ボリス!」
ボリスは軽やかな身のこなしで立ち上がると、二人に向かって意味ありげな視線を送ってよこした。
しなやかな動きは、流石は猫といったところか。
「んじゃ、俺は計画を立てる。まったなー」
ディーとダムの刺すような視線を背に、ボリスは悠々と遊園地方向へと歩いて行く。
その後ろ姿を苦々しい顔で睨みつけながら、ディーとダムは立ち上がった。互いに顔を見合わせる。
「……まずいかな」
「……まずいね」
アリスの特別を得たという優越感から、妙にボリスを煽ってしまった。
本気になったボリスは、とても厄介だ。
普段は何もかもどうでもいいような顔をしている癖に、こうも強い執着を見せる時は、特に。
「対策を立てないと」
斧を引っ掴むと、足早に帰路につく。
ピンク色の猫から、アリスを守らなければ。
単に引っ掻かれるだけでは済まないかもしれない。
その爪には毒があるかもしれない。
気持ちだけが妙に焦る。
「早く戻ろう。罠をたくさん仕掛けなきゃ」
「そうだね、たくさん仕掛けよう。猫がかかるように」
ボリスがそう簡単に罠に引っかかってくれるとは思えないが、念には念を。
入り口――門は、自分達が塞ぐからいいとして、どの場所に何を仕掛ければ効果的だろう?
二人は走りながら、ボリスが使ってくるであろう、あらゆる可能性を頭の中で計算し始めた。
ゲームは、始まってしまった。
アリスを賭けたゲームだ。そう易々と負けるわけにはいかない。
「お姉さん、お姉さん」
腕を引っ張られ、アリスは振り返る。
二人が自分のすぐ後ろに居るのを見て、アリスは驚いた。いつの間に背後に居たのだろう。
「ん、どうしたの?」
動揺を隠しつつ、アリスは微笑んで答える。
最近、彼らは忙しいようだ。
珍しく真面目に仕事も行っているし、サボったりもしない。
休みも、二人して出かけていることが多い。
構われなくて寂しいな、などという乙女的な思考に、アリスがつい浸ってしまうくらいには。
「今日はどこにも行かないよね?」
「うん? うーん……そうね、特に用事はないけど」
次の仕事はまだ先だし、出かける用事はない。
アリスが素直に答えると、間髪入れずにダムが口を開いた。
「なら、僕らの部屋にいて」
「え?」
「僕らの部屋で、僕らが仕事から戻るまで待っていて欲しいんだ。僕ら以外の誰が来ても、絶対ドアを開けないでね」
アリスは首をかしげた。
新しい遊びだろうか? とも思ったが、それにしては彼らの表情が切迫している。
「ああ、うん……何だかわからないけど、わかったわ」
わけのわからぬまま――だが、承諾はしておいた方がよさそうだ。
アリスがとりあえず頷くと、二人はホッと安堵の息を漏らした。
(……どうしたのかな? でも、まぁ……いっか)
色々聞きたいことはあったが、ここは素直に付き合うことにした。
ディーとダムに手を引かれ、二人の部屋に連れられる。
彼らには抗い難い。
恋人という立場を差し引いても、だ。
晴れて恋人となってからも、力関係は変わらない。
二人には、どうにも弱いままだった。
ディーとダムの部屋へと辿り着いたアリスは、ソファへと誘導された。大人しく座る。
「じゃあ、僕らは仕事に行かなくちゃ。早く帰ってくるからね、お姉さん」
「行ってきます、お姉さん。待っていてね。きっとだよ」
アリスの左右の頬に軽く唇を押しつけると、ディーとダムは可愛らしく微笑んだ。
最近の彼らは、仕事に愚痴ひとつ零さない。
気分にムラッ気がある二人のことだから、またいつダレる時がくるのかはわからないが。
けれど、良いことには違いない、とアリスは微笑む。
「行ってらっしゃい、ディー。ダム」
アリスは座ったまま、二人の後ろ姿を見送る。
ドアを閉める直前、どこか不安そうなダムの視線とかち合った。
(ん?)
ちらりと見えただけなので、それはただの見間違いだったのかもしれない。
アリスは僅かな疑念を抱きながらも、ひらひらと手を振ってみせた。
静かに扉が閉まり、かちゃり、と鍵をかける音がする。
次いで、ぱたぱたと駆けていく音が遠ざかっていった。
アリスは正真正銘、一人きりになった。
二人の部屋に居ながら一人という状況は、初めてのことだ。
新鮮だとは思いつつも、少しだけ緊張を覚え、ドキドキする。主不在の部屋は、どうにも落ち着かない。
(……これって、ナチュラルに監禁じゃない?)
深くは考えないことにした。
ずっと座っているのも手持ち無沙汰なので、アリスは立ち上がった。
部屋の中をうろうろと彷徨う。
やることがないので、床に落ちている衣類を畳んでみたり、ぐしゃぐしゃになったシーツを整えてみたりした。
だが、それもすぐに終わってしまい、再び暇になってしまった。
机上にはいくつかのナイフが置きっぱなしになっていたが、アリスは見えない振りを決めこんだ。
(どうしようかなー)
本があれば、適当に時間は潰せるのだが――と考えて、アリスは思い出した。
本なら、ある。
前の晩から置きっぱなしになっていた一冊が。あれを読むことに決めた。
確かベッドの枕元に置いたはずなのだが、と目で確認するが、ない。
アリスはきょろきょろと周囲を見回した。
本を破壊するような子達ではないから、どこか見えないところに入りこんでしまったのだと思うが――と、アリスは姿勢を低くした。
(何処かな……あ、あった)
何故かベッドの下に滑り込んでいる。
どうにか手を伸ばして本を救出すると、アリスは再びソファに腰掛けた。
本を開いた時、ふわり、と風が吹き込んだ。
ページが勝手にめくれ、髪が乱れる。
窓を見やると、風に揺られてカーテンがはためいていた。
(あ、カーテン……)
今日は風が強い。
閉めておいた方がいいかな、とアリスは窓に近寄った。
カーテンに手をかけた、その時。
ピンクの塊が、そこにいた。
===== あとがき ===
2008年10月発行『TWINZ』より。
ボリスVS双子。