TORIKO










アリスが本気で怒るようなことを、ディーとダムがやらかす――なんて、そうそう無いに違いない。
そうアリスは願っていたのに、その機会は、存外すぐに訪れた。


「……! ちょっと、何てことするのっ!!」


仕事を終えてアリスが部屋へ戻った時、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

紙吹雪のごとく部屋中に散らかる紙片。
そして、その傍らにはナイフを手にしたディーとダムが。

ディーとダムが居るのは、良い。
仕事が終われば一緒に出かける約束だったから、部屋で待っていて欲しいと言ったのはアリスだ。
けれど、悪戯をしていいとは言っていない。


「それって……あんた達……」


アリスはしゃがみ込むと、散らばる紙片に目を凝らした。
残骸から、その元が本であることに気づく。


「私の本よね、これ」


アリスは紙片を手に立ち上がると、ディーとダムに突きつけた。


「え。まあ、そうだね」
「お姉さんの本だね」


ディーとダムは、まだきょとんとしている。
アリスの怒りを理解していないらしく、見つかって慌てた様子もない。それが尚更、腹立たしい。

アリスは据わった目で、ディーとダムを睨みつけた。


「本は読むものだから傷つけちゃいけないって、私……前にも言ったわよね?」
「えー、そうだっけ?」
「言われてたっけ?」


二人はとぼけてみせるが、アリスは許さなかった。


「斬れ味でいい本か悪い本かわかるんだよーとか、とんでもないこと言ってたから、私、全力で止めたわ。覚えてる」


強く言うが、彼らにはちっとも堪えていないようだ。


「でも、お姉さん。本には気をつけないと」
「そうだよ、お姉さん。気をつけなきゃ」


口々に言いながら、ディーとダムはアリスの傍に寄り添った。


「ごめんなさい、お姉さん」
「ごめんね、お姉さん。機嫌直して?」


甘えるような声に、目眩がする。どうして――。

するりと腕を絡められそうになったが、アリスは身を引いて彼らの手から逃れた。


「……。もう、いい」


怒りを抑えた声に、ディーとダムは目を瞠った。


「え」
「二人が真剣じゃないことくらい、わかるわ。馬鹿にしないで」


アリスは二人を睨みながら、冷たく言い捨てる。
そうでもしないと、怒鳴ってしまいそうだった。


「出かける約束、なしね。そんな気分になれないわ」
「ええっ!? そんなの」


酷いよ、と続けようとしたのだろう。だが、その先はアリスが掠め取った。


「酷いのはあんた達でしょう。じゃあね」


アリスは身を翻すと、硬い表情のまま、自分の部屋を後にした。






バタン、と音を立てて扉が閉まる。
残された二人は、互いに顔を見合わせた。


「まずいね、兄弟……お姉さん、すっごく怒ってる」
「そうだね、兄弟。どうしよう」


アリスの本気の怒りを見たのは、久しぶりのことだった。
まずいことになった、と気が焦る。


「……しばらく、様子をみてみる? 落ちついた頃に声をかけるとか」
「そうしようか。時間がたてば、お姉さんだって綺麗に忘れてくれるよね」


言ってから、しばしの沈黙が降りる。


「……本当にそう思う? 兄弟」


ディーが問うと、ダムは首を振った。


「……いいや、思わないな。お姉さんは理由があって怒ってるんだもの。持続するね」
「僕もそう思う。でも、嫌われるのは嫌だ……何とかして、お姉さんの機嫌をなおさないと」


すぐにその結論に達した二人は、アリスの後を追った。
幸い、すぐにアリスに追いつくことができた。

気づかれないよう気配を消して、二人はこっそりアリスの後をついていく。


「お姉さん……」
「……全身で怒ってるね」


何処へ向かうのか、アリスの歩みはいつになく早い。

彼女が滅多に怒らないせいか、アリスに怒られると二人は怖くなる。
そのまま嫌われて、自分たちから離れて行ってしまいそうで。

アリスに手放されるのは嫌だし、怖い。

どうしたら、アリスの怒りを鎮められるのだろう。これはちょっと難しいかもしれない。
怒っているアリスを目の当たりにして、二人は頭を抱えた。

そんなアリスを呼びとめる者があった。


「よう、アリス。どうした? そんなに肩、怒らせて」
「怒ってんの」
「へー、そうかー。……って、マジで?」
「マジよ」


アリスの声は低い。
聞いていてハラハラする。


「あいつらか。何かしたのか? あんたが嫌がってるのに無理矢理ヤッたとか」


お姉さんに何てことを聞く。
思わずナイフを投げつけたくなった。
いや、一本ぐらいなら投げてもいいかもしれない。


「そんなんじゃないわ。あの子たち、私の……」
「あんたの?」


アリスは言葉を切ると、じっとエリオットを見上げた。


「……好きなものを壊されたら、誰だって怒るわ。そうよね? エリオット」


そう静かに呟くアリスの瞳には、いつにない迫力がある。
素敵だな、とディーとダムは思った。ああいうアリスもまた、良い。すごく素敵だ。

エリオットは、完全にアリスの勢いに負けている。


「あ、ああ。そうだな。そりゃー怒る」
「だから私、怒ってるの」


エリオットは目を瞬かせた。
しばし考え込む素振りをしかけて――考えたのかどうかすら怪しいほど短時間の後、エリオットは神妙な顔で頷いた。


「そっか。なら、仕方ねーよな」


馬鹿うさぎ。

ディーとダムは脱力した。

そこで納得して引きさがってどうする。
少しくらいフォローしていけよ、と二人は唇を噛む。全く、使えない男だ。






エリオットと別れた頃を見計らって、二人はアリスに声をかけた。
もう少し間を置くべきだったのかもしれないが、待ってなんかいられない。我慢なんてできない。


「お姉さん!」
「……」


アリスは立ち止まってくれたものの、いつものようには笑ってくれない。
それが、二人にはきつかった。

けれど、おずおずと手を伸ばすと、今度は振り払われなかった。
良かった、と胸をなで下ろす。


「怒ってる……よね」
「怒ってるわ」


アリスはとても悲しそうに言う。
ディーとダムは焦るばかりだ。


「ごめんなさい、お姉さん! でも、僕らだって仕方なかったんだよ!」


そう告げると、アリスの目からは幾分か険しさが和らいだ。


「ただ単に、退屈しのぎに斬り捨てた……とかじゃ、ないっていうの?」


アリスの声は固いままで、ディーとダムは泣きそうになった。
このまま嫌いになられたら、どうしよう。

きっと、アリスを殺してしまう。

殺したくない二人は必死だった。何とか誤解を解かないと。


「違うよ。ぜんっぜん、違う!」
「理由があるんだ!」


思いきり首を振って、強く否定する。
二人の切迫した勢いに気おされたのか、アリスの怒りは、ややトーンダウンしたらしい。
その瞳が、怒りと理性と希望との狭間で揺れ動いている。


「理由?」


そうだ、と双子は頷いた。
勘違いで嫌われてはたまらない。


「お姉さんは気づいてたの? あの本のこと」
「本のこと……?」
「そうだよ、本のこと」


アリスは訝しげに首を捻った。

アリスの知らなかったことがある。
そこに、ディーとダムは賭けた。


「……待って、わけわかんなくなった……説明してくれる?」
「うん、いいよ」


ディーとダムは当然のごとく頷いた。
アリスが話を聞いてくれる気になったことに、心から安堵しながら。

廊下で話すのも何だから、とディーとダムはアリスを自分の部屋へと誘った。
それにアリスが応じてくれたものだから、二人の心には、やっと余裕が生まれてきた。

アリスがソファへ座る。
ディーとダムは、アリスの正面に座った。
本当は左右に座ってアリスにくっつきたかったのだが、今は駄目だ、と理性で我慢した。

その一方で、アリスは内心驚いていた。


(あれ? いつもは隣に座るのに)


アリスの正面だなんて、初めてのことだ。

アリスの怒りに真面目に向き合うことにした、ということだろうか。
彼らが茶化さないでくれる――誤魔化さないでくれることが、アリスにはちょっぴり嬉しかった。

ダムが徐に口を開いた。


「本はね、大人しい奴と、活発な奴がいるんだ。性質の良いのも、悪いのもいる」
「……大人しい? 活発?」


話の最初だというのに、いきなりついていけなくて、アリスは目を丸くした。

話しているダムの顔は真剣そのものだし、今さらお茶を濁すような真似はしないと思う。
おまけに、ディーは神妙な顔つきで頷いているではないか。
アリスの頭は余計に混乱した。


「そう。なんて言うのかな。読んで貰うのを待っているタイプと、強引に誘って読ませるタイプっていうか」


とりあえず、確認しておきたいことがひとつ。


「……本の話、よね?」
「そうだよ、本の話だよ」


あっさり肯定されてしまい、アリスは二の句が継げなくなった。
大人しく、彼らの言い分を聞くことに徹する。


「お姉さんの持っている本の中で、危ないヤツがあったんだ。それが、コレ」


そう言いながら、ダムは本の残骸をテーブルの上に置いた。
それを見て、アリスの心はチクリと痛んだ。


「こないだ会った時は本棚には無かったよね? いつ買ったの?」


促されて、アリスは記憶を探った。
確か、これは。


「それは……前の休暇時間帯に、手に入れた本よ」


そして、まだ読んでいない本だ。
次の休暇時間には読もうと思っていただけに、アリスの怒りも大きかった。


「ちなみに聞くけど、何処で手に入れたの? これ」
「いつも行ってる、街角の」


いつの間にか、尋問のようになっている。
けれど、アリスは素直に答えた。ディーとダムの表情が、とても真剣だったから。


「……」


ディーとダムは強張った顔のまま、アリスの言葉を黙って聞いている。


「触れた時、違和感はなかった?」


アリスは腕を組むと、購入した時のことを思い返してみた。


「……うーん、言われてみれば……」
「あった?」


うん、とアリスは小さく頷く。
ふと微かに感じただけの、ほんの小さな違和感。


「手にとった時、これだって思ったのよね。だから買ったんだけど」


表紙すらろくに見ていないのに、手にした瞬間から、購入する意思がアリスの中で固まっていた。
いつものアリスなら、それでも『どうしようかな?』と一瞬は迷うのに。


「本はいつも直感で買うから、あんまり妙だとは思わなかったわ」
「……なるほどねー」


二人は納得している。
彼らは何処かホッとしたようでもあった。

ディーとダムからの質問は、一応終わったらしい。
次は、アリスからだ。


「……どう危ないのか、聞いてもいい?」
「えっとねえ」


言葉を選んでいるのか、いつもよりのんびりとダムは答える。


「僕らもあんまり知らないんだけど、ね。最悪、閉じ込められるって聞いたよ」


アリスは目を瞬かせた。


「閉じ込め……って、それって本当?」


突拍子もなさすぎて、俄かには信じられない。
本が人を喰らうなんて、まさかそんな。


「本当だよー。心が喰われるんだ」


ディーも同意しているのを見ると、アリスの自信が揺らいでくる。


「……喰われたら、どうなるの」


とりあえず、アリスは先を促してみた。判断するのは後だ。


「うーんと……心が喰われたら、身体はからっぽになるでしょ?」


ディーもダムも、アリスにも解かるように説明しようとしてくれている。
いつもなら、こんなに丁寧に教えてはくれないのに。


(真剣に……)


そう思うと、アリスの疑念は沈静化した。
こんな時に、真剣な顔でアリスを騙すような子供たちではない、とアリスは信じている。


「死ぬわけじゃないのよ、ね?」
「うん。別に、時計を残像が回収にくるわけじゃないけど……精神的に死ぬって感じ」


アリスの質問に、ちゃんと答えを返してくれる。
一生懸命なディーとダムを見ていると、不思議と心が穏やかになり――。


(……あれ?)


アリスは、いつのまにか怒りを忘れていることに気づいた。あんなに怒っていたのに。


「顔なしのことはどうでもいいんだ。お姉さんのことだよ」
「みんな知ってるから、実際に起こるのは稀だから。でも、お姉さんは分からないじゃないか」


すごく心配だったんだからね、と、ダムは拗ねたように呟く。


「……そうね。私、本に没頭するタイプだし」


話に夢中になって本に引きずり込まれる……というのなら、アリスにもその資質はあるだろう。


(……いつもの悪戯だって決めつけたのは、私ね)


理由があってのことなら、アリスが頭ごなしに怒ることはなかった。
二人には悪いことをした。

ディーとダムは立ち上がると、アリスの隣に腰をかけた。
やっと触れてもいい許可が出たかのように、そっと寄り添われる。


「アリスは、もっと僕らに夢中になってくれたらいいのに」
「そうそう。つけこまれる隙がないくらいに、さあ。本だって、アリスが好きなんだから」
「……いや、十分、夢中になってると思うけど……」


その証拠に、アリスはもう彼らを許してしまっている。

アリスの漏らした言葉を聞き逃すことなく、ディーとダムは反論してきた。


「えー!? もっとだよ、もっと!」
「まだまだ、僕らに夢中になってくれなくちゃ!」
「ま、まだまだ!?」


アリスはぎょっとした。
今でさえ大分やられていると思うのに、まだまだ先があるのか。それとも、底なしなのか。


「そうだよー、アリス。ふふ、覚悟してね」


逃がさないよ、とディーとダムは愛らしく笑う。


「それで……わかってくれた?」


ディーとダムは真剣な眼差しで、アリスの答えをじっと待っている。

アリスはゆっくり思考を巡らせた。
ディーとダムの話を聞いてみて、アリスは――。


「……うーん、なんか腑に落ちないけど」


本については、まだ違和感はある。

けれど、一応、理由なく壊したのではないことは解かった。
アリスには、そこが一番重要だった。

ディーとダムはアリスに抱きついてきた。
いや、しがみついてきた、という方が正しいかもしれない。


「僕ら、お姉さんの好きなものを傷つけたりなんてしないよ」
「そうだよ。そんなに極悪非道じゃないよ、僕ら」


それはどうかな、とアリスは思った。
けれど、思うだけに留めておいた。

ディーとダムが、そんなにしおらしいタイプである筈がない。


「……じゃあ、エリオットのことも好きだから喧嘩しないで、って言ったらどうするの?」


突然、投げかけてみる。
ディーとダムは目を丸くした後、揃って強く頷いた。


「よし、ひよこウサギを殺そう」
「駄目じゃないのっ!!」


言った矢先に、いきなりアウトだ。
アリスはがくりと項垂れた。


「だって〜〜。アリスに好かれてるって思うと、殺したくなるよ! それって仕方ないよね、兄弟?」
「当然だよねー。その分、僕らへの好きが目減りしてるってことでしょ?」


ディーとダムは不服そうに口を尖らせた。アリスは慌てて否定した。


「減らないっ! 減ってないっ!」
「減るよ!」
「減ってないってば!」


減る減らない、で互いに言い争う。


「減らなくても駄目だよ! お姉さんの好きは、僕らのだ!」


言い切られて、アリスはグッと言葉に詰まった。アリスの負けだった。


「もうー……」


アリスは、心がすっきりしていることに気がついた。

こんな風に、彼らと正面からぶつかり合ったのは初めてだ。
最後に言い争った内容はくだらないが、そのしょうもない言い争いが愛しい。


(ひょっとして、丸めこまれたのかな? それとも、本当に、本当のことを……?)


確かに、ディーとダムはむやみやたらにアリスの持ち物を壊したりはしない。
壊したことはあったが、不慮の事故というか、力加減が上手くいかなかったというか――ともかく、悪意があってのことではない。彼らが故意にやったのは、今回が初めてのことだ。

けれど、小さな疑惑の火が、アリスの胸に灯る。
むやみに疑うのは良くない、と思っているせいか、それは罪悪感を伴っていた。

アリスが真偽を確かめる術は。


(ブラッドに……)


後で確認をとれば、嘘か本当か白黒ハッキリさせることができる。けれど。


(私は、この子達を信じなきゃ)


アリスの身を案じたのだ、という彼らの並べ立てた理由が、嘘ではないと信じたい。

ここで信じなくてどうする。
例えそれが、どんなに黒に近くとも。

それに、自分は――白でもなく黒でもない、灰色が好きなのだから。さもないと。


「……お姉さん」


ぐい、と腕を引かれて、アリスは二人を見た。


「お姉さんに黙って勝手に壊しちゃったのは、ごめんなさい……」
「でも、本当のことを言ったら、お姉さん怖がるでしょう? お姉さんは読書が好きなのに」


ディーとダムは、すっかりしょげている。
感情の浮き沈みの激しい子達だ。アリスとて、人のことは言えないが。


「お姉さんを不安にさせたくなかったんだ。って言い訳しても、出来なかったんだから、格好悪いんだけど」
「……ディー……ダム……」


言い訳なんて格好悪い、と照れくさそうに言う姿が、アリスには輝いて見える。


「今度からは実行する前に、ちゃんと私に話してね」


アリスは、声が優しくなっているのを感じた。

アリスを守る為の嘘だった。
けれど、嘘をつかなくても、アリスはちゃんと彼らと一緒に居たい。


「……でも、怖いのは嫌いでしょ?」
「お姉さんを怖がらせたくないよ、僕ら」


彼らなりの守り方だったのだ、と知ってしまえば、もうアリスは怒れない。アリスは穏やかに首を振る。


「怖くない。だって、二人が守ってくれるもの。そうでしょ?」


空気を和ませようとアリスが悪戯っぽく言うと、二人は顔を輝かせた。


「守るよ。僕らが必ず」
「絶対に守るから、だから……」


アリスよりも年下の少年なのに、アリスよりもずっと大人びた表情を見せてくれる。
ダムは手を伸ばすと、恐る恐るアリスの頬に触れた。


「僕らのこと怒ってる? ねえ、嫌いにならないで。お姉さん」
「僕らを捨てちゃ嫌だよ、お姉さん」


縋りつくようにアリスを求める彼らを、どうして嫌いになれるだろう。アリスは穏やかに微笑む。


「ん……あなた達も、ね」


ディーとダムを包み込むように、アリスも彼らを抱きしめる。
抱きしめた彼らの体はやっぱり少年のもので、とても愛しくなる。


「捨てるくらいなら……む?」


ふと、ダムの指がアリスの唇をおさえた。
それ以上言わないで欲しい、と悲しそうな瞳をしている。


「……なに言ってるの、アリス」
「そんな悲しいこと言わないで。僕らはアリスのこと、ずっとずーっと好きだよ?」


切に訴える彼らの声は、僅かに震えていた。


「それとも、僕らの言うことを疑ってるの? いつも悪戯ばっかりするから、信じられない?」
「ううん。信じてるわ。私……私自身よりも、あなた達を信じてる」


たとえ、騙されても。
ディーとダムがアリスに誠実なら、それでいいとアリスは思う。

アリスの答えを聞くと、ディーとダムの顔から、やっと焦燥感が消えた。


「そうだ。約束しようよ、アリス」
「約束?」
「うん。約束、約束。僕らとアリスだけの約束だよ」


秘密の約束。
毒々しくて、美しい響きだ。アリスの心は弾む。


「どんな約束?」


できれば、深い紅色のソーダのような、そんな約束がいい。
交わされる約束が深ければ深いほど、ディーとダムとの絆も一層、深くなるだろう。


「それは、今から一緒に考えよう!」
「そうだね。三人なら、きっと楽しいよ!」


ディーとダムは朗らかに笑う。
影の消えた彼らの笑みにつられて微笑みながら、アリスは二人の柔らかな髪を撫でた。
艶やかな黒い髪は、アリスの指に絡みつく。

いつまでも、こうして居られたらいいのに――。


「そうね。楽しいわ」


心から、アリスもそう思う。

ディーとダムは勢いよく立ち上がった。


「じゃあ、僕らの部屋に行こう」
「そうしよう。ねえ、アリス」


さあ、と二人はアリスに手を差し伸べた。
ディーとダムの瞳は、期待にキラキラしている。もちろん、アリスに異論などない。






あの時、続く筈だった言葉。

捨てるくらいなら、せめて最期は、彼らが斬り裂いて欲しい。
ズタズタに斬り裂かれた、その本のように。


(私も、大概イカれてるわ……)


ディーとダムは、アリスを逃がしてくれそうにない。
それもきっと、永遠に。

その事に、アリスは酷く安堵を覚えている。


(たとえ終わりがきても……私の心は、ずっとディーとダムのままがいい)


魂ごと、囚われ続けるままに。
そう願うアリスにとって、本に囚われる、ということは酷く魅惑的に聞こえた。

ディーとダムを好きな自分のまま、彼らに愛されている自分のまま、ずっと。


(いいなあ)


――ああ、それはなんと幸福なことだろう。

アリスは微笑を浮かべていた。
きっといつか、アリスは本を手に入れるだろう。他でもない、己の為に。


(でも、隠さなきゃね)


手に入れたら、ディーとダムに見つからないようにしなくては。
切り裂かれてしまっては、意味がない。


「アリスー、はやくはやくー」
「おいでよ、アリス!」


愛らしい呼び声が、アリスを繋いでいく。
がんじがらめに縛られて、アリスはもう、動けない。

さあ、永遠が終わってしまう前に。

アリスは足早に、双子の背中を追いかけていった。




【TORIKO/了】





===== あとがき ===

2011年8月発行『TORIKO』より。

ちょっとアリスが病んできてますね……改めて読み返してみると。大丈夫か。

読んでくださってありがとうございました。