TORIKO
三人は、並んで廊下を行く。
彼らが少しでも長くアリスと一緒に居たい、と可愛いことを言うので、屋敷の玄関まで見送ることにしたのだが。
アリスが居るせいか、単にいつものことなのか、二人の歩くスピードは非常に遅い。
逆に、アリスの方が早いくらいだ。
かといって、アリスがさっさと先行しようとすると、
「お姉さん。駄目だよ、そんなに早く歩いたら。僕らを置いて行かないでよ」
と言われ、すかさず手を引かれて彼らの隣に戻されてしまう。
何度目かの攻防の後、はあ、とアリスは溜息を零した。
「二人こそ、駄目じゃない……早く行かないと、もう仕事の時間が」
「いいじゃない、ゆっくり行こうよ〜」
「門番ってだるいんだよね〜」
のろのろと歩きながら、ディーが呟く。ダムも溜息と共に頷く。
気が乗らない、面倒くさい、と彼らの全身は語る。アリスにはよく解からない心理だ。
確かに仕事とは面倒なものに違いない。だが、必要なものでもある。
ちゃんと自分の足で立っている気になれる、アリスにとって大切なものだ。
(この子達だって、そう思ってると思うんだけど……ああ、遊びたい年頃だからかな?)
それじゃあ仕方ないな、とアリスは一人で納得した。
どれだけ遊んでも遊び足りない頃なのに、それより仕事をしろと言われれば、苦い気持ちになるのもわかる。
「今日は、特にだるい気がする……ねえ、兄弟」
「うん、だるいね。だるすぎる……暴れたい気分の時に暴れられないし」
いいや。
十分、彼らは好きな時に好きなだけ暴れていると思う。
アリスは心の中でそっと言い返した。
「まあまあ……仕事が終わってから遊ぶ方が、もっと楽しいと思うわ。きっと」
ぶつぶつ不平を呟く二人の肩を軽く叩いて、宥めてみる。
けれど、ディーとダムは口を尖らせるだけだ。
ふと思い立って、アリスは尋ねてみた。
「門番っていうのは、あなたたちの役、なのよね?」
話を振ると、ディーとダムはコクリと頷く。
「うん、まあね。給料はいいし、立ってるだけで遊んでくれる人が来るんだもの。いい仕事だよ」
「うん、まあまあ退屈はしないよー。人がこなかったら退屈だけど」
今日はどっちだろうね、とダムはのんびり呟く。
アリスとしては、退屈であって欲しいものだが。
(平和だとこの子達が退屈するけど、楽しければ二人が危険……って、微妙よね……)
どっちを願っていいのか、咄嗟にわからなくなる時がある。
そんなに自分が心配性なのだろうか、とアリスは本気で悩む時がある。
不意に、ディーとダムは立ち止まった。
アリスも考えごとをしていたせいだろう。
そうと気づかず一人で歩いて行こうとしたアリスの手が、ガッと掴まれる。
「な、なに?」
それ程、早く歩いたつもりはないのに――と振り返って初めて、アリスは彼らが立ち止まっていることに気づいた。
「どうしたの、早く行きましょう」
「……」
アリスが声をかけても、反応がない。
深く考え込んでいるらしく、ディーとダムは押し黙ったままだ。
そうして、開口一番に。
「お姉さん、門番になりたいの?」
いきなり言われてアリスは目を瞬かせた。
(え、いきなりなんで?)
一体、今までの会話から、どう思考が飛んだのか。
驚くアリスを余所に、ディーが顔を輝かせて話に乗っかってきた。
「あ、そうなの? お姉さんもやりたい?」
「いや、あの……」
呑気な声に、体の力が抜ける。
いつ、そういう話になったのだ。はあ、とアリスは溜息を吐いた。
アリスの疑念には、答えて貰えそうにない。
アリスは早々に諦めると、話の流れに合わせることにした。
最近、諦めが早くなったような気がする。
「……私が門番って、どうすんのよ。来た人が素直に帰ると思う?」
アリスが投げかけると、ディーとダムは間を置かず、首を振った。
「ううんー、思わないよ。こんな可愛い子が門前にいたら、ちょっかい出してくるに決まってる」
「だよねー。お姉さんが門番なら瞬殺だね、ある意味」
「……」
そこで何かのスイッチが入ったらしく、ディーとダムは二人で盛り上がっている。
可愛い可愛い好き好き大好き、と連呼され、恥ずかしい事この上ない。
しかも、ここは廊下だ。ちらほら使用人の姿も見かける。
救いは、彼らが見て見ぬふりを決め込んでくれていること、だ。
けれど、しっかり聞こえてしまっているだろう。
アリスは思わず、床に座り込みそうになった。
床に転げてじたばたしたい。絶対にできないが。
二人は心ゆくまで騒いだ後、沈黙するアリスをじっと見つめあげてきた。
「なに、お姉さん。その疑いのまなざしはー。僕ら、嘘なんてついてないよ?」
「うん、本気でそう思うよ。僕らなら、遊びにいった先にお姉さんが居たら、すっごく喜ぶ」
またもや、ディーとダムの気分は著しく高揚したようだ。
アリスが居れば如何に嬉しいかを、ディーとダムは口々に語り始める。
そうして、ひとしきり語った後に。
「お姉さんが望むなら、僕、門番を廃業したっていいよ」
そう真剣な声音で漏らしたものだから、アリスは驚いた。
「二人で門番をするのが、雇用条件じゃないの?」
ブラッドとの契約違反になるのでは、と心配になり、アリスは二人に尋ねる。
(そりゃ、危ないことはして欲しくないけど)
安全な方がいいに決まっている。
けれど、この世界では『役』がとても重要視されていて、そう簡単な問題ではないとアリスは思うのだが。
アリスでもそう思うのに、ディーとダムが知らない筈がない。それなのに、二人はケロッとしている。
「いいんじゃない、別に。ねー、兄弟」
「やったことないけど、いいんじゃない? どっちかが居れば」
自分たちのことなのに、何処か他人事のような軽い口ぶりに、アリスは不安を覚えた。
「そういうもの?」
本当に?
アリスが重ねて問うと、ディーとダムは揃って小さく頷いた。随分あっさりしたものだ。
「うん、そういうものだよ。こなせる仕事量は、そんなに変わりないしー」
それは、仕事を面倒がってサボったりしているせいではないのか。
懸命なアリスは、思うだけで口を挟まない。
「時間は2倍かかっちゃうけどね」
「だったら、斬るんじゃなくて、撃ったら早いよ。そうすればすぐ終わるさ」
「それもそうだねー、兄弟。でも僕、斬るほうが好きなんだ。そこが問題かな」
「でも些細なことだよ。だってそうしたら、交代でお姉さんとずーーーーっと一緒に居られる。ね? メリットは十分だ」
ようやく、アリスへと視線が戻る。
じーっと観察するように眺められ、アリスはたじろいだ。
「お姉さんが門番……新鮮でいいかもしれないね」
「……ちょっと、本気じゃないでしょうね」
「人聞きが悪いなあ。いつだって僕らは本気だよ」
にこーっと微笑みかけながら、ディーはアリスの腕をがっちりと掴んだ。
「お姉さんお姉さん、門番一時間帯体験してみない?」
「言いにくい、それ」
「え、そうかな? じゃなくって、一時間帯だけ門番の振りをしてみたくない?」
一緒に悪戯をしよう。
声を潜めることなく、ディーとダムはアリスに悪事を囁く。
アリスは狼狽したが、腕は既にディーに確保されており、身を引くこともできない。
「いや、あの……そもそも、本当にお客さんが来たらどうするの。っていうか、ブラッド達にバレたら大目玉じゃないの」
だから考え直そうよ、とアリスは説得を試みた。
多くの場合、その説得は無駄になることを知っていて。
ディーとダムは動じることなく、にっこりと笑った。
「その時はその時だよ」
「いいねいいねー、そうしようよ」
それに、スリルがある方が燃えるものだ。
そう、彼らの意欲的な瞳が物語る。
それでも尚、顔色の晴れないアリスに向けて、ディーとダムは宥めるように囁いた。
「大丈夫だよ、お姉さん。僕ら、近くで見守っていてあげるからさ」
「そうそう、大丈夫大丈夫。何も心配することなんてないんだよ」
「万が一、危ないかもーって時は、ちゃんと僕らが飛び出て行くからさー」
任せてー、と笑顔で言い切る様は、何とも頼もしく映る。
何故、アリスがやることが決定されているのか。
(まあ、いいか……たまには)
ディーとダムは一緒に居たいと言う。
でも、アリスだって、この双子と一緒に居たいのだから。
(よし、覚悟を決めよう)
アリスは深呼吸をすると、肩の力を抜いた。
「……立ってればいいの? 門で」
「……」
ディーとダムは僅かに目を瞠ると、互いに顔を見合わせた。
まさかアリスが応じてくれるなんて思ってなかった、と彼らの表情が語る。
そして、すぐさま笑顔になると、アリスの体をぎゅっと抱きしめる。
本当に嬉しそうに笑う彼らを見て、アリスの心は穏やかに温かくなっていく。
「うん、そうだよ。門で立ってれば、それだけで立派な門番だよ」
弾む声に、アリスの心は和む。だが。
(それはどうかな……)
門番というものは、大事な役割である。
顔ともいえる正門に配置されているのだから、下手な真似はできないし、期待されていることは多い。
「うーん……」
耳に小さな唸り声が聞こえてきたので、アリスは顔をあげた。
「ん? どうしたの?」
「……」
ディーとダムは言葉少なに、アリスをじろじろと眺めまわしている。
「……そのままの格好で行くのは、よくないね」
「うんうん。何処からどう見ても『お姉さん』だもんね」
だからね、とダムはにこやかに続ける。
ディーもダムも、面白いものを見つけた子供の顔だ。
「変装しなきゃ、アリス」
アリスはぎょっとした。
これ以上、何を要求してくるのだ。
「変装!?」
「変装、変装。僕らのね」
呆然とするアリスをよそに、ディーとダムは好き勝手に続ける。
「お姉さんは細いし、僕らの格好をしてたら、遠目からはお姉さんだと分からない」
「うんうん。だから僕らの服を着て、帽子を眼深にかぶってたら、十分いけると思うよー」
いけるわけがない。
だが、こんなに楽しそうな彼らに水を差しても悪い気がする。
反応に困る、とアリスは内心、頭を抱えた。この突破口は何処にある。
「……私のほうが、背が」
言いかけて、アリスは口を抑えた。
「え?」
「なに?」
「なんでもないです」
ぽろりと零れた言葉を、慌てて回収する。
危ないところだった、とドキドキしながら。
彼らに、身長に関する話題はタブーだ。
じゃあやっぱりアリスを削ればいいんだ、などと言われ、非常に厄介なことになるに違いないから。
(慣れてきたなあ……)
危険察知には、鋭くなった気がする。
アリスは心を落ちつけると、改めてディーとダムを見やった。
「あなた達の格好って……」
「服だって貸してあげるからね!」
胸を張る二人に、はあ、とアリスは曖昧に返した。
本音を言わせて貰うと、彼らの服のデザインは奇抜で――アリスが身につけるのは、ちょっと遠慮したい。
彼らには似合うが、アリスには似合わないだろう。
けれど。
「……わかった。貸して貰うわね」
やろうと言ったらやる子供たちだ。
最初から、アリスに拒否権はない。
この悪戯にかける情熱の欠片ひとつでも、仕事に向いたらいいのに。
「僕のを着なよ」
「僕のを着るよね?」
ディーとダムは、同時に言う。
息がぴったりだなあと思っているうちに、彼らは互いの顔を見合わせて睨みあった。
「……」
ついさっきまで和気藹々としていたのに、場の空気がみるみるうちに刺々しくなる。
二人は互いに、お前が引けよ、と冷たい視線で牽制し合っている。
「え〜〜〜〜。絶対、お姉さんには僕の赤い服の方が似合うよ!」
「その点については異論はないよ、兄弟。もちろん、お姉さんは赤だって似合うさ。でも、青の方が似合うんだから仕方ないじゃないか」
ディーとダムは激しく主張し合い、お互いに一歩も譲らない。
双子なだけに、頑固なところもそっくりだ。
言葉だけの争いならまだしも、二人は斧を構えて臨戦態勢になった。
「ちょ、ちょっと、二人とも」
実戦形式の争いになってはまずい。
アリスが慌てて口を挟むも、二人は構えを解かなかった。
(どうしたら……私がどっちか選ぶのは、もっとまずいし)
だったらアリスに解決してもらおう、さあどっちか選べ、と二人に迫られたらどうしよう。
アリスは冷や汗ものだった。
どちらを選んでも、片方は不機嫌になる。
(他の解決方法にしてー……)
アリスが切に願っていると、まずはディーが、斧の切っ先を下げた。
「じゃあ、交代にしない?」
「交代?」
そうだ、とディーは小さく頷く。
ダムも瞳から剣呑さを消すと、構えをといて斧を持ち直した。
「一時間帯は、僕の。もう一時間帯は、兄弟の格好をすればいいんだよ」
「ちょっと、何を勝手に一時間帯増やしてるの」
アリスに選んでもらおう、などという修羅場に陥らなかったのは助かったが、そこは聞き捨てならない。
アリスが異議を申し立てると、ディーとダムはやっとアリスの方を見た。
「えー……ダメ?」
「ダメ」
「じゃあ、兄弟と殺し合いだけど」
「わかったわ、そうしましょう! 二時間帯ね!」
二人がいそいそと斧を構えなおそうとしたので、アリスは半ば叫ぶように声を張り上げた。
ディーとダムの顔に、ようやく笑みが戻る。
「よかった。平和的に解決したね、兄弟」
「そうだね、兄弟。僕らは仲のいい双子だよ」
ニコニコと二人は笑い合っている。
何処がだ、とアリスは突っ込む気力もない。
「あ、そうだ」
ぽん、とダムは手を打つと、てくてくとアリスの傍へ歩み寄った。
「はい、お姉さん。武器」
「っ!?」
「持ってみて、持ってみてー」
はい、と、アリスへ向かってダムは斧を差し出す――と、そのままパッと手を離してしまった。
床に落ちてしまう、と思ったアリスは、咄嗟に手で受け止めていた。
ずしりとくる衝撃的な重さを、アリスの手は辛うじて耐える。
きっとアリスならばそうする事を、彼は予想していたのだろう。
眺めているだけのダムの態度には、どこか余裕があった。
「どう? いい感じ?」
のんびりした声。
アリスは全力で首を振った。
「お、重……無理、無理! ぜったい!」
自然と、アリスの声が大きくなる。
何人かのメイド達が何事か、とアリスに視線が集まったのを感じた。
けれど、そんな事を構ってなんていられない。
(こ、これ、こんなに重かったのっ!?)
アリスは少なからず衝撃を受けていた。物理的にも精神的にも、だ。
今までは、遊びの範疇で――じゃれてきて握らされたことはあれど、一人きりで持たされたのはこれが初めてだ。
ディーとダムは、いつも軽々と振りまわしているのに。
改めて、自分の恋人たちが常人離れしていることを思い知らされてしまった。
(そりゃ、武器なんだから軽くはないんだろうなーって思ってたけど……!)
そんなアリスの様子を見ていた二人は、やわらかに微笑んだ。
「なんだか可愛いな、お姉さん」
「なにが!」
アリスは必死だ。
斧を取り落とさないようにするだけで精いっぱいである。
誇張ではなくて、これがアリスの全力だ。既に、手がぷるぷるする。
それでも、まだディーとダムは助けてくれない。
「無理だーって言いながら、そうやって頑張ってみてくれるところ」
幸せだね、とディーとダムの和やかな声がする。
嬉しそうな彼らには申し訳ないのだが、アリスはそれどころではなかった。
「ちょ、ちょっと、ホントに落としそうなんだけどっ!」
「わかった、わかったってー」
ダムがひょい、とアリスから斧を取り上げる。片手で軽々と。
「うーん……ホントは、武器も僕らのを使って欲しかったけど……ちょっとばかり、手元が危なっかしいよ」
「……ちょっとじゃないと思うよ……」
まともに持つことすらできないのに、どこが『ちょっと』だ。
痺れて感覚を失くした手を擦りながら、アリスはダムを軽く睨んだ。
(手が痛い……)
ディーとダムの斧。
敵を山ほど斬り裂いて、周囲を真っ赤に染め上げる、黒い悪魔のような武器。
あの斧を、さっきまで自分が持っていたんだ――と思うと、背筋がぞわりとする。
「じゃあ、お姉さん用に特注してくる。軽いやつ」
「それがいいね。あ、でも、デザインは同じにしよう」
「うん、わかってるよ、兄弟」
ディーとダムは、それしきの事で諦める子供ではなかった。アリスはすっかり置いてけぼりだ。
「ちょ、ちょっと……二時間帯の為だけに、それは……勿体ないと思うんだけど」
いつもはお金に対して渋いのに。
不思議と、悪戯に関わる事柄に対しては、やけに羽振りがいいのだ。男の子ってよく分からない。
そして、アリスはようやく気がついた。
この子達。
完全に、仕事のことを忘れている。
(まさか、わざと)
アリスは青くなった。
彼らのサボりに加担してしまったなんて。
いいや、落ち込むのは、まだ早い。
せめて、今からでも行かせないと――。
アリスが制止する間もなく、ダムは先へと駆けて行ってしまった。
(に、逃げられた……)
それでは。
アリスは、残された双子の片割れへと目を向ける。
せめて、ディーだけでも送り出すべきなのか。
けれど――ディーだけにそれを言うのも、酷な気がする。アリスは躊躇いがちに口を開いた。
「ね、ねえ、ディー。あのね」
「お姉さん!」
「はいっ!?」
話をしようとした矢先、がしっと肩を掴まれて、アリスの心臓は飛び上がった。
ディーの強い眼差しに、思わずドキドキしてしまう。
「服、脱いで」
「は?」
ディーの言葉を、アリスの頭は理解できなかった。
ディーはアリスの肩を掴んだまま、再びアリスに詰め寄ってくる。
「兄弟がいない間に、僕の服を着てよ」
「え」
「どっちのを先に着て貰うか、きっと揉めると思うんだよねー」
そういう事か、とアリスはようやく理解した。
ディーは、先に自分の服を着せようとして――ダムを出し抜きたいらしい、と。
アリスが理解したのを察したのか、ディーはアリスの肩から手を離した。
「揉めなくても、どっちも着るんだから……」
ディーは首を振る。
「でも、僕は僕のを先に着て欲しいよ? 兄弟だって同じだよ」
「ディー……」
ディーが言うことだ。ダムも同じことを言い出すだろう。
二人の争いは、なるべく避けたかった。
「わかったわ。それで、あなた達が争わないで済むのなら」
アリスは承諾した。
これ以上、二人が喧嘩でもして、悪戯にずるずる長引かせてはいけない。
「でも、着替えはダムが帰ってきてからにしましょ。勝手に着てたら、かえって怒らせるかもしれないし」
アリスが提案すると、ディーは素直に頷いた。
「それもそうだね。兄弟が戻ってくるまで、そんなに時間はかからないと思うし」
「そうなの?」
特注させると言っていたから、もっと時間がかかると思っていたのに。
「そうだよ。待たされるのは嫌いなんだ」
子供だからね、と明るくディーは言う。
「あ。お姉さんは僕らのこと、いくらでも待たせていいからね。お姉さんなら、僕ら喜んで待てるから」
嫌いだとあっさり言いきった後、アリスが考える間を置かずに、ディーは付け加えた。
「うん……。じゃあ、ダムを待ちましょう」
「そうだね」
アリスは、近くの壁にもたれかかった。
ディーも隣に立つと、アリスに倣う。
他愛ないやり取りを交わしながら、アリスとディーはダムが帰ってくるのを待った。
ディーの言った通り、ダムが戻ってくるまでそう時間はかからなかった。
===== あとがき ===
2011年8月発行『TORIKO』より。
流されるアリス。
もうちょい続きます。