Treacle moon














アリスは、フラフラと廊下を歩く。


(流されてしまった……)


反省すべきことは多々あるが、後だ。
とりあえず、まずはブラッドとエリオットへ相談しに行くことに決めた。

三人で手分けをして、アリスはエリオットに、ディーとダムは、ブラッドに。

最終的なきちんとした報告は、三人揃って行うつもりだけれど。
双子と別れたアリスは、真っ直ぐにエリオットの部屋へ向かっていた。


「エリオット、いる?」


ドアをノックすると、中から返事があった。


「ああ、あんたか。入ってこいよ」


ドアノブに手をかける。
アリスが部屋に入ると、エリオットが出迎えてくれた。


「どうした?」
「あの……」


アリスはエリオットに説明した。
部屋を訪ねた経緯を、簡単に――睡眠薬のことには、触れないでおいた。


「んー? 屋敷を持ちたいって?」
「うん……でも、それっていいのかな。勝手にやったらまずいことだって思ったから、エリオットに聞きにきたの」


正直に告げると、エリオットは明るく笑った。


「あんたって、真面目で律儀だよなぁ……あいつらも、ちっとは見習えってんだ」


本気でそう思う、とエリオットは溜息を吐く。


(真面目なディーとダム……)


アリスは想像してみた。

真面目なディーとダムは、日々の仕事も真面目に取り組んで、日々、バッサバッサと斬り倒し――。


(……あれ? あんまり真面目じゃなくっていい気がしてきた)


二人な分、多少はゆるゆるな方がバランスが良いのかもしれない。


「エリオット、それで……屋敷の話は」
「ああ、そうだったな」


いんじゃね、とエリオットは軽いノリで言った。
そんな簡単に良いのだろうか、とアリスが不安に思うほどに。


「でもね、エリオット。屋敷……じゃなくって、私としては、三人で暮らせるくらいの普通の家がいいんだけど」


アリスが言うと、エリオットはしばらく考えこんだ。


「んー……だけど、そういうわけにもいかねえだろ? あんたの住むところだ。それに、あいつらはアレでいて、役があるからな」
「役があるから……?」


アリスには良く分からない理屈だ。
エリオットは頷くと、言い方を変えてきた。


「ああ。多少の見栄も必要ってことだ。権力の誇示にもなるし」
「ああ……そっか」


帽子屋ファミリー屈指の腕ききが、粗末な家に住んではいけないのだろう。ファミリーとしての外聞もある。


「でも、あんまり大きい屋敷だと、手入れがねえ……私ひとりじゃ、掃除しきれないな……」


問題はそこにある。
広い屋敷を維持するのは、労力を使うのだ。

アリスが本気で悩んでいると、エリオットはがくりと項垂れた。


「あんたは、もー……」
「な、なによ」


呆れたような溜息に、アリスは動揺した。


「いや、うちの使用人がいるじゃねえか。好きなだけつけるぜ」
「え」


アリスの心情を読み取ったエリオットは、苦笑を浮かべる。


「……邪魔されたくないのはわかるけど、そこだけは譲歩してくれな。あんたの身を守る為でもあるんだから」
「あ、ありがとう……でも、そんな」


気づかいは嬉しいけれど、過剰なのではないだろうか。


(危険なことってあるかな?)


疑問は顔に出ていたらしい。
すぐさま、エリオットは打ち返してきた。


「いーや、狙われるぜ?」
「……ほんとに?」


半信半疑で聞き返すと、エリオットは頷いた。


「ああ。言い方は悪いが、あんたも居るんだ。んで、ガキ共と一緒に別の館で暮らすとなりゃ、もうな。しばらくの間は、すげー狙われやすくなると思うぜ」


エリオットの声音は真剣だった。
自分の顔が引きつっているのが分かる。


「……わかった。お願いします……」
「よしよし」


エリオットは満足そうに口元を緩めた。すぐに算段し始める。

本当に、世話好きなお兄さんだ。
ありがたいなあ、とアリスは思う。
個性の強いファミリーの中で、エリオットが切り盛りして成り立っている部分は、かなり大きい。


「んじゃ、三十人くらい見繕っとくな。あとは、ガキ共の部下もいるから、そいつらも加えて……足りるかな」
「……」


十分すぎる数だと思うが、アリスは口を挟まなかった。







「ねえ、ボスー。お願いがあるんだー」
「そう、真剣なお願いがあるんだ。聞いてくれる?」
「何だ? 今、私は忙しいんだ。手短に言え」


ぴしゃりと返されて、ディーとダムは顔を見合わせた。これは聞き入れて貰えそうにない。


「……機嫌わるそうだねー、兄弟」
「そうだね、兄弟。ここは手っ取り早く、奥の手を使うことにしよう」


ブラッドの機嫌の悪さは想定済みだ。
対策もちゃんと練っている。ディーは、ごそごそと缶を取り出した。


「話したいけど、その前にー。はい、ボス。賄賂……じゃなかった、お土産」


コトリ、とブラッドの目の前へ置く。


「ん? 何だ、これは……はっ!」


缶に貼られたラベルを見て、ブラッドの目の色が変わった。椅子から勢いよく立ちあがる。


「これは……っ! まさか、お前たちが手にいれてくるとは……!」


歓喜に震える声で、ブラッドはあからさまに喜色をあらわした。
いまの彼の耳に届くかどうか怪しいが、ディーとダムは大きく頷いてみせた。


「うん、僕ら頑張ったんだよ。向こうの購入ルートを邪魔しちゃったけど、問題ないよね」


面倒ごとが起こったらどうにかしてね、と暗に含ませる。


「問題などあるわけがないだろう! これは……ああ、何て素晴らしい……!」


ブラッドは、その茶葉が如何に素晴らしいか、如何に価値があるかを陶然と語りだした。
相変わらずの冷静さの失いっぷりに、二人は閉口した。

ディーとダムは、こそこそと耳打ちし合う。


「兄弟兄弟、ボスが悦に入る前に、ちゃっちゃと用件を言わないと」
「そうだね、兄弟。長くなっちゃうもんね……」


もう既に、片足を突っ込んでいるけれど。
饒舌なブラッドは見ていて割と面白いのだけれど、度が過ぎるといけない。ぐったりする。

ダムは、酔っているブラッドに向かって声をかけた。


「ねえ、ボスー。お願いがあるんだけど、聞いてくれないかな」
「何だ? 何が望みだ? 何でも聞いてやろうじゃないか。私は寛大な上司だからな」
「……」


この変わり身の早さは、部下として見習うべきなのかもしれない。色々と便利そうだ。
ディーとダムは気を取り直すと、話を切り出した。


「僕ら、アリスと一緒に暮らしたいんだ。だから、許可を頂戴」
「アリスと? 三人でか?」


さほど驚いた様子もなく、ブラッドは平然と話を受け止めた。まったく、話が早くて良い。


「うん、そうだよ。僕と兄弟とお姉さんで暮らしたいんだ」
「ふむ。現状でも既に、いつも三人でいるじゃないか。それでは駄目なのか?」


ブラッドが指摘すると、ディーとダムは肩をすくめてみせた。


「言われてみたらそうなんだけど……でも、やっぱりさー、いろいろと不都合があるっていうか」


そう、色々と。

ディーが答えると、ブラッドはしばし考え込んだ。


「ああ……まあ、私の監視下にあるといって過言ではないからな。そのあたりを気にしているのか? アリスは」
「うん、それもあるんじゃないかなーって、僕らは踏んでるけど」


ダムは言葉を適当に返した。
むしろ、双子の方から一緒に暮らしたいと望んでいるのだ。


「ねえ、ボス。許可ちょうだい?」


ストレートに乞うと、ブラッドは黙り込んだ。


「屋敷か……ふむ。場所は、どの辺りを考えている?」


前向きに許可はくれる方向のようだ。
珍しいな、と思いつつ、ブラッドの気が変わらないうちに話を詰めたい。

ディーとダムは身を乗り出した。


「最初は街中で、と考えたんだけどさあ」
「その方が、お姉さんが便利かなって。でも、お姉さんは、街中では暮らせないっていうんだ」
「まあ……そうだろうな」


ブラッドが苦笑したので、ディーとダムはいささかムッとした。
アリスのことをよく知っている風なのが気に入らない。
交渉に支障をきたしてはいけないから、顔には出さないけれど。


「だから、緊急事態にはボスを守りにいける距離でー」
「でも、この屋敷とは別な建物でー」


改めて条件を並べてみると、だいぶ範囲が限られることに気づいた。
これらの条件を満たす、手っ取り早い方法はないだろうか。


「……そうだっ! ボス、この屋敷内の土地を僕らにわけてくれない?」


思いついて言うと、ブラッドは僅かに目を瞠った。


「ここの土地を?」
「うん。そうしたら、場所も近いし。いろんな条件もクリアできるでしょ? ねえ、兄弟」
「それは名案だね、兄弟。効率的だ。ボス、どう?」


ブラッドの所有地を譲り受ける。
確かに、諸々の条件はあっさりクリアできる。


「まあ、妥当ではある……が」


簡単なように思えるが、色々と手続きが必要なのだ。

役持ち同士、しかも帽子屋と門番の間柄だ。
これが女王と帽子屋なら、単なる『領土争い』になるけれど――。

ルールに触れぬよう、うまく抜け道を探さなくては。


「正式に契約書を作ることになるが、構わないな?」


双子はあっさりと頷いた。
アリスの為なら、ルールなんて構わない。


「うん。いいよ、作る」
「言い値で買うけど、仮払いにしといてね」


ブラッドへ返還の意思がある、と示すことが必要だ。一時的に借りた、という。
わかった、とブラッドは頷いた。


「あと、何か問題はある?」


一番の問題だった土地も、これで何とかなりそうだ。
ブラッドは答える前に、葉巻を取り出した。すかさず、ディーが先に火をつける。
白い煙を吐き出すと、ブラッドは徐に窓へと目をやった。


「あとは……景観が問題だ」
「景観??」


ブラッドは頷く。


「ああ、景観だ。念のために聞くが、お前たち、どんな屋敷を建てるつもりだ?」


どんな、と聞かれて、双子は間を置かず口を開いた。


「そりゃあ、もちろん、危険がいっぱいな感じで」
「駄目だ。それはやめろ。私の屋敷と合わない」
「えー!?」


速攻で切り捨てられた。
不満の声をあげたが、ブラッドは、駄目だ許さんと首を振る。


「せめて、外観だけはまともなものにしろ。私が設計してやるから、その中で決めろ。その代わり、内装には口を出さん」
「えー……まあ、しょうがないか……」
「だねー……部下はつらい……」


ぶちぶちと不服を漏らす。
雇い主であるブラッドには、さすがに逆らえない。


「でもさ、とりあえず、許可はでたね」
「そうだね、お姉さんに報告しよっか。喜んでくれるといいなあ」


アリスと暮らせる第一歩だ。

双子は気を取り直すと、元気よく駆けだした。


「おい、お前たち。案が固まったら、ちゃんと報告に来るんだぞ」
「はーい!」


背後から飛んできた声に調子よく返事をしながら、ドアを閉める。閉めた後、二人はフッと息を吐いた。

――ああ、疲れた。

弾む足取りで、二人は歩く。目指すはアリスの部屋だ。







ブラッドたちも交えて話しあった結果。

結局、ディーとダムの主な待機場所でもある、帽子屋屋敷の正門の近くに、新たな住居をかまえることとなった。


(屋敷内だとブラッドがいる、って思うと、気にはしてたわ。正直)


朝食の準備を進めながら、アリスは考える。


(だって、いつ部屋に出没するかわからないし、前に、屋敷内のことならわかるって言ってたから)


じゃれ合っていても、心の何処かでそれは引っかかっていた。
ブラッドが知っていたらどうしよう、と。


(まずいわー、これは)


べたべたしたくなる。
辺りをはばかることなく、となると、際限なく緩みきってしまう。


(でも、せっかく頑張ってくれたんだし……)


アリスと暮らす為に、ディーとダムは色々と奔走してくれた。
そう聞いてから、尚のこと二人が可愛くてたまらない。顔がニヤけてしまう。

支度を終えると、アリスはベッドルームを覗きこんだ。
愛らしい双子は、まだ安らかに寝息をたてている。


「ディー、ダム」


アリスは、二人に向かって声をかけた。反応はない。


「二人とも、そろそろ起きて? 仕事に行かなきゃ」


傍に寄って声をかけ――アリスはポッと頬を染めた。


(……うわあ。引く……何、この声音)


甘ったるくて、自分の声じゃないみたいだ。
恥ずかしいな、と思う反面、このくらい良いじゃないかと開き直っている自分が居る。

もしかすると、本来のアリスは、こんなものなのかもしれない。
自分の知らない自分を発見してしまった気分だ。


「でも、いいわよね、うん……っていうか、逆にまずいのかしら。いきなり変わりすぎ? べたべたしちゃって、二人に引かれたりしたら嫌だけど……でも」


二人が起きないのを良いことに、アリスは小声でブツブツと呟いた。
布団の中で、ばっちり聞かれているとも知らず。


「……兄弟、お姉さんが可愛いすぎて起きられないんだけど、僕。なんか、腰がくだける……」
「あ、兄弟もなの? 僕もだよ……あー、すぐにでも可愛い〜って抱きしめたいけど、今のお姉さん、思考ダダ漏れだし」


ヒソヒソと二人は言葉を交わす。
こっちが赤面しそうなぐらい、アリスが可愛い。
飛び起きてアリスに抱きつくのは易いが、この状況も手放すには惜しい。


「そうそう、もうちょっと聞いていたいな」
「もう少し粘ってみようか、兄弟。忍耐だよ」


子供だから、二人は我慢したことがない。
忍耐とは程遠い自覚はある。
けれど、こんなアリスが見られるのならば、たまには忍耐もいいものだな、と思える。


「……うーん。いざ、こういう状況になってみると、私って駄目ねえ。崩しすぎた気もするんだけど……、せっかく邪魔されない生活なんだし……って、やだ。なんか緊張してきた」
「……もう駄目」
「僕も。ギブ」


その忍耐も、長くは続かなかった。
これは自分たちのせいじゃない。アリスが悪い。

ディーとダムは体を起こした。
本当は思いきり抱きしめたかったが、不自然だろう。無理矢理に衝動を抑える。


「おはよう、アリス」
「おはよう……あー、いい匂いがするー」


穏やかな顔を作って、二人はベッドから降りた。


「おはよう……あの、ええと、ご飯、作ったの。食べてから行く、でしょう?」


アリスはもじもじしている。
生活に慣れていない新妻のようで、何だかムラムラする。


「……まずいよ、兄弟」
「これはまずいね、兄弟」
「んん? 何がまずいの?」


心が疼く。
ディーとダムは、困ったように目を伏せた。アリスがまともに見られない。


「アリスが可愛いから、僕らは仕事に行けないんだ。どうしようね?」
「……いや、仕事は行こうよ……」


二人は真剣なのに、アリスはしょうもないことを、と呆れている。心外だ。
本気を伝えなくては、とダムはアリスの手を取った。


「僕、仕事なんかより大事なものってあると思う」
「そんな真顔でサボり宣言しないで。って、あの」
「うん? なに? アリス」
「なになに? アリス」


ディーとダムは気を静めると、子供らしくアリスにまとわりついた。


「飲み物、いれるから。紅茶がいい? それとも、コーヒーにする? ジュースもあるけど」


どうする?と聞かれて、ディーとダムは考え込んだ。

特に紅茶が好きなわけではない。
コーヒーは苦いのであんまり飲まない。今、いちばん欲しいのは――。


「うーん……僕、アリスがいいな」
「僕も! 僕もアリスがいいっ!」


腕を引いて、ベッドに連れ込む。


「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!」


バランスを崩したアリスは、あっさりと双子の腕に囚われた。

そのまま事を続けようとしたらアリスにしこたま怒られたので、二人は断念した。
ディーとダムは大人しく食卓へ向かう。

出来たての料理が、綺麗にテーブルに並んでいる。


「わ。お姉さんが作ってくれたんだよね?」
「うん」
「わー、美味しそう!」


アリスの料理は好きだ。
双子はいそいそと席につくと、さっそくフォークを手に食べ始めた。


「……美味しい?」
「うん! すごく美味しい!」
「本当に? ちょっと味が薄かったりするなら、気にせずに言ってね」


二人には、美味しいと思って食べて欲しいから、と小さく続ける。


「……」
「……」


ディーとダムは何とか頷いてみせると、黙々と食事を続けた。アリスのせいで、食事どころではない。


(何だろう、この可愛い生き物)
(殺人的だね、これは。もちろん、いつものクールなお姉さんも好きだけど)


食欲よりも性欲を上まわせるなんて、いけないお姉さんだ。我慢にも限界がある。
ダムは勢いよく立ち上がった。
アリスの元へ走り、その白い腕を取る。


「アリス……」
「ん?」
「……っ」


このまま、テーブルに押し倒してしまいたい。滅茶苦茶になればいい。けれど――。


(駄目だよ、兄弟! もうちょっと我慢しなきゃっ!)


ディーは刺すような視線で、切れかけたダムを制する。


「ダム?」


何も知らないアリスは、きょとんとしてダムを見つめている。
アリスの目には、警戒もなにもない。そんな純粋な目で見られたら、邪なことをやりにくい。


「……ご馳走さまでした……」
「? うん」
「行ってくる、ね」


奇跡的にも、ダムは耐え抜いた。
ディーも、のろのろと立ち上がる。よくやった兄弟、と心の中で称えながら。


「行ってらっしゃい、二人とも、気をつけてね」


立てかけておいた斧を掴む。
ご機嫌なアリスに見送られて、ディーとダムは家を後にした。








定位置につくと、双子はやっと肩を落とした。


「笑顔が胸に痛い……まずいな、これ」
「やばいね、理性がもたない」


子供だから、尚更長くは保たない。余計に辛い。
いきなり破綻させなかっただけ、褒められてしかるべきだ。

二人が思っていた以上に、アリスは可愛くなった。

こんなに変わるなんて詐欺だ、と声を大にしたいところだ。
あんなアリスは想像していなかった。
きっと伸び伸びとしてくれるだろう、とは思っていたが――。

三人の暮らしは、やはり効果的であった。


「恋に狂うって、こんな感じかな?」
「今なら、あいつが狂ったのも分かる気がする」


冷静沈着潔癖を絵に描いたようなペーター=ホワイト。アリスに狂った哀れなウサギ。

――早く、仕事が終わらないかな。

今ほど切に願ったことはない。
ディーとダムは空を仰いだ。夕焼けの赤が目に痛い。


「試されてるのかな、僕ら」
「かもしれないね……」


はあ、と双子は揃って溜息をついた。








夢を見ていた。

場所は――ああ、ここは何処だろう。
足元には柔らかな色の草が広がっている。空は青く高く、風は清い。
愛らしい二人だけが傍らにいる、とても幸せな夢。


『お姉さん、起きて。逃げなくちゃ』
『はやく逃げて、お姉さん』


アリスはベッドから飛び起きた。


「……!」


すぐに、漂う異変を感じとる。
アリスは立ち上がると、身を翻した。一直線に、とある部屋へ向かう。

寝室に隣接している部屋へ飛び込むと、アリスは焦る気持ちと戦いながらキーを押し、部屋を施錠した。

この部屋は、言うなれば、パニックルームだ。
壁に寄りかかると、そのままズルズルと床にへたり込む。


(ディー、ダム……っ)


二人の顔を思い浮かべて、なんとか、叫びそうになるのを堪えることができた。


『僕らのいない間に何かあったら、すぐ、ここに逃げ込んで。僕らが開けにくるまで、隠れていてね』
『ちょっとでも異変を感じたら、すぐにだよ。アリスがこの部屋を施錠したら、屋敷から応援がくるようになってるんだ』
『僕らにも連絡がくるけど、もしもその時、僕らが遠くにいたらマズいから』


考えないようにしなきゃ、と二人の言葉を思い出す。
いたずらに怯えさせたくはないけれど、おそらく、ここを襲撃しようという輩が現れる。
だから特別に作ったのだと、双子はアリスに打ち明けたのだ。

話をされた時、アリスは嬉しかった。

ディーとダムは、いつもアリスを守ってくれる。
アリスが見ないように、不安にならないように、隠してくれている。

その『見せたくない』部分を、少しだけとはいえ、アリスにも明かしてくれたのだ。
怖くないといえば嘘になるけれど、嬉しい気持ちの方が遥かに勝っていた。

いま、実際に直面してみると――。


「ツインズがいないぞ!」
「何処だ!?」
「女がいる筈だ! 探せ!」


物騒な声が飛び交うのが聞こえて、アリスは思わず息を止めた。


「……っ!」


震えそうな体をかき抱いて、アリスはぎゅっと目をつぶった。










どれくらい時間が経っただろう。気づけば、周囲は静まりかえっていた。


「お嬢さまぁ〜」
「!」


伸びやかな声がして、アリスはハッと面をあげた。思わず立ち上がる。


「あのっ……」
「大丈夫ですよ〜。不埒な侵入者は、私たちが片付けました〜」
「でも、掃除をしなくっちゃいけなくて〜」
「せっかくの新居を、汚してしまってすみません〜。すぐにキレイにしますからぁ〜」
「だから〜、もう安心ですけど〜、まだ出てこないでくださいねぇ〜」


口を挟む隙もなく次々と告げられて、アリスは目を白黒させた。思考が追いついていかない。

ええと、つまり――。


「わ、わかった……ありがとう」


終わったのだ。
体の力が抜けて、アリスは床に座り込んだ。

エリオットの危惧していた通りだった。彼には感謝をしなくてはならない。
けれど、こんな事が何度も起こるのならば――。


(慣れる……のかな……)


耐えられるのだろうか。
このスリリングな生活に。


「アリス!」
「僕らだよ、アリス。開けて?」


アリスはのろのろと手を伸ばすと、カードキーで解錠した。
体はすっかり冷え切っていて、うまく動かせない。

軽い音を立てて、あっさりとドアが開く。
ディーとダムが、息を切らせて立っていた。


「……ディー、ダム……」


舌が渇いて、うまく回らない。
フラッと危うい足取りで一歩踏み出した途端、アリスの体はディーとダムに受け止められた。


「ごめんね、お姉さん。でも、まさか初日にくるなんてね……」
「まったく、無粋もいいところだよね。ごめんね、怖かったでしょう」
「うん……」


もうちょっと言い方があるだろう、と我ながら思う。
けれど、青ざめた体は体温を取り戻すことに必死で、そこまで口が回らなかったのだ。


「……」


双子はハッとして、申し訳なさそうに目を伏せた。


「……怖かったよね」
「……ごめん、アリス」


ぎゅう、と抱きしめられる。


「あいつら、全部絶やしてこようか。兄弟。僕、今なら時間外労働なんて気にしない」
「そうだね、兄弟。二度と襲撃する気なんて起こさないように、徹底的に痛めつけてやる……」


双子の表情には、鬼気迫るものがある。
自分に向けられたものではない筈なのに、アリスはゾッとした。

ディーとダムは本気で怒っている。
そしてきっと、本気になった双子は止まらない。


「すぐに殺しちゃわないようにしないとね。思いきり苦しませてやろうね? 兄弟」
「うん、当たり前だよー。気をつける。あ、部屋にナイフがあったかな……あれ使おう」
「わあ、それはいいね、兄弟! 切れ味も試せるし、いいことづくしだよ。何処から切る?」


口調は明るいくせに、目がギラついている。アリスは息を呑んだ。


「まって……ねえ、二人とも」


二人の服を握りしめ、アリスはふるふると首を振った。


「アリス?」
「そんなの、行かなくてもいい」


単純な言葉を駆使して、引き留めようとする。だが、二人の顔は曇ったままだった。


「……でも、それじゃあ僕らの気が治まらないよ」
「そうそう。お姉さんを怖がらせた罪は重いんだよ。それはちゃんと、知らしめないと」


険しい横顔は、立派なマフィアの顔だった。


(……いつもの可愛い二人がいいのに)


言葉では、二人を留めることができないのか。


「……ディー」
「うん? ……んっ!?」


アリスはディーの首にするりと手を回すと、唇を重ね合わせた。
ディーは戸惑いながらも、アリスを受け止める。

二人の瞳からは、急に毒気が抜けた。


「ええ〜〜〜兄弟ばっかりずるいよ……。僕も僕もー。アリス、僕にはっ?」
「ん……。ダム……」


ディーから唇を離し、アリスはダムを引き寄せる。

最初は、アリスから。
返すように、二人から。

浅く深く交わす度に、体温が上がるのを感じる。
ディーとダムから体温を分けて貰ったみたいだ。


「……していい?」
「ん……したい」


アリスが誘うと、ディーとダムは斧を放りだした。
それを視界の隅で確認すると、アリスは縋りつく指に力を込めた。


「寒いから、お風呂に行きたいわ」


温めて欲しい。
甘えた視線を送ると、ディーは頷いた。


「うん、行こう」


アリスを軽々と抱き上げて、三人は浴場へと向かう。
屋敷の浴室は、三人でも十分に遊べるスペースをとっている。主に、遊んでいるのはディーとダムだが。
脱衣室の扉をダムが開け、アリスを抱いたディーが先に入る。


「玩具、今日はいらないね」
「うん、いらないいらない」


言いながら二人は、ブルーブルーなんとかと、レッドレッドなんとかを横に避ける。
アリスを床へと下ろして、二人は帽子と上着を脱ぎ去って――ダムが、アリスに目を留めた。


「アリス、脱げる? 僕が脱がせようか?」
「ん……お願い」


アリスが頷くと、ダムはアリスの服に手をかけた。
普段は絶対に言わないのに、たまにはいいかな、と何となく思えたのだ。

今だけは、手のかかる子で居たい。
双子が、アリスを置いて行ってしまわないように。

この身ひとつをさらけ出すのは、勇気が要るけれど。











ディーとダムはすっかりアリスの服を脱がせてしまうと、肢体を抱えあげた。
柔らかい感触に、疼きを覚える。服なんて脱いでいる余裕がなかった。
性急に、三人は湯船に浸かった。パシャン、と水面が揺らぐ。


「二人とも、まだ、服っ……」
「そんなのいいよ。アリスが先」


――はやく。

濡れて体に纏わりつくシャツを乱暴に引き千切る。
破り捨てた服の切れ端は、ピンク色の湯の中へと消えて見えなくなった。

これで多少、動きやすくなった。
ディーはアリスの顎を持ち上げると、衝動的に唇を重ねた。


「ふっ……ん、んっ」


アリスの眉根が顰められた。
味わうように絡め取り、奥まで深く。

たっぷり堪能した後は、ダムの番だ。
ディーと同じように深く口づけて口内を犯し、アリスの正気を攫う。

ディーはアリスの肢体に手を伸ばした。もう、理性を取り戻す暇など与えない。
これまで我慢していた分を、ぶつけるように。
アリスはなすがまま、素直に二人分の愛撫を受け入れてくれた。
胸に吸いつきながら、ディーはアリスの反応を見る。
片手でほぐすように揉みしだき、舌先で甘い突起物を転がすように舐める。


「兄弟、そっち」
「わかった」


短く言葉を交わし合い、二人で手分けしてアリスの体を開く。
本当はすぐにでも入れて突き崩してやりたいのだけれど、流石に、それではアリスがきついだろう。

ダムがずぶりと指を突き立てると、アリスの体はビクリと跳ねた。
大きく中をかき乱して、やわらかい肉の感触を味わう。


「あ……っ、あ、ああっ」


二人に翻弄されて、アリスの体は弓なりにしなる。短い悲鳴も快楽によるもので、双子の愛撫は止まらない。
すっかり準備が整ったところで、ようやく双子は手を休めた。


「ねえ、兄弟。今日はどっちが先にするの?」
「僕、先がいいな。でも、兄弟もだろ?」


うん、とダムは頷く。
我慢していたのはお互いに、だ。
同時にできればいいんだけど――と、ディーはアリスに目をやった。
くたりとしているアリスの耳元に、唇を近付ける。


「アリス」
「ん……」
「ねえ、アリス。口でして?」


ぼんやりしているアリスに、硬くなった物を握らせる。
ようやく頭が動き出したのか、アリスは頬を染めて首を振った。


「し、たこと……ない」
「怖くないよ、ほら」


ぐい、と見せつけると、アリスは躊躇いがちに指を添えた。
口を開きかけて――やっぱり怖いのか、そのまま閉じる。
生殺しの状態は、双子とてきつい。ダムはアリスの背後に回ると、ピタリと体をくっつけた。


「ねえ、アリス?」
「? なに……あうっ」


ぐぐっと腰を押しこむと、アリスは喘ぎながら大きく息を吐いた。すかさず、ディーが口にねじ込む。


「んん、むっ……ぅ」
「ああ、いいね……歯は立てないでね?」


アリスは上目づかいにディーを見上げると、コクリと頷いた。
アリスの口に――と思うと、さらに硬くなったらしく、アリスはくぐもった声をあげた。

ダムがゆっくりと腰を動かして体を揺さぶる度、アリスは嬌声をあげた。水音が混じり合い、頭が痺れる。

双子は、良い香りがするアリスの肢体を味わい尽くす。
同時に果てては絡みあい、睦みあい――。
アリスの嬌声と荒い息遣いだけが、いつまでも室に響いていた。








しばらくの間、アリスは双子と暮らしてみたが、ひとつ分かったことがある。

言い出しにくいことだった。迷って迷って迷いながら考えて、やはりそうするべきだと決心した。
夜の帳が降りたベッドルームで、アリスは二人と向き合っていた。


「やっぱり、元の生活に戻しましょう」


アリスが告げると、双子は目を瞠った。


「えええ!? どうして!」
「どうしても」


アリスの意思が固いこと知った二人は、急に雰囲気を変えた。
スッと目を細めて、斧を掴む。


「アリス……僕らのこと、嫌いになったの?」
「許さないよ、そんなの」


刃先を、アリスの首元へ。

ピリッとした空気に、アリスは息を呑む。
危険な二人だということを、アリスは今更ながら思い知った。


「ディー、ダム……斧を」
「だめ」
「僕らのこと、嫌いになったの? ねえ」


声は優しいのに、視線は冷たい。背中がゾクゾクする。


(怖……怖い、けど)


伝えなくては。
理由もなくアリスが解消したいと言っているわけではないのだ、ということを。

アリスは小さく首を振った。
気をつけねば、刃先で切れてしまいそうだ。


「ううん、違う。ちゃんと、二人のことは好きよ。ずっと好き」
「じゃあ、どうして? 嫌いになったんじゃないのなら、解消する理由がないよ!」


ディーは悲痛な声で訴える。
アリスが、自分たちのことを嫌いになったに違いない、と思い込んで。

アリスは、尚も否定を続けた。
片方の頭に血がのぼっていると、なかなか意思の疎通が難しい。


「ええと、違うの。私がね、まだ覚悟が足りてないんだなって思ったから」
「覚悟?」
「うん。何があってもあなた達と暮らしていくっていう、覚悟」


あれから、襲撃が何度か行われた。
その度にアリスは震え、心がガチガチになる。何度でも。

これでは、アリスの身が持たない。
恋人の職種を理解していなかったわけではないが、危険性を目の当たりにすると、まだまだアリスは甘かった。


「だから、あなた達は悪くないわ」


本当に、ディーとダムの非はない。
これはアリスの問題だ。

ダムは、斧の切っ先を下げた。


「私、強くならなくっちゃね」
「……」


ディーとダムと、生きて行きたいから。

アリスの口元は微笑んでいた。

ディーとダムから、焦りの色が消える。
すっかり陰りを消してしまうと、二人はアリスの腕をとった。


「じゃあ、僕らと一緒に鍛錬しようか」
「やだ」


アリスは微笑んだまま、全力で否定した。








三人きりの生活は、解消する運びとなった。

契約書も白紙。土地も返還。
そうして、すっかり元通りだ。

双子の部屋で、三人は寛いでいた。
しばらく離れていただけなのに、この部屋で居るのも懐かしい。


「ぶー。三人のほうがよかったのにー」
「だよねー。あーあ」


ディーとダムは不満そうに口を尖らせている。

アリスは苦笑いを浮かべた。
悪いことをしたなあ、と思うから、下手な言葉は返せない。

ディーとダムはソファに座り、足をぱたぱたとさせている。ふいに、その口元が笑った。


「でも、お姉さんがすっごく可愛かった」
「同感。あれはよかったね〜すっごく」


クスクスと笑い出した双子を見て、アリスはぎょっとした。


「な、なにが!?」


慌てて尋ねると、ディーとダムは互いに顔を見合わせた。
彼らの間で、何かやり取りがあったらしい。


「ふふ、もうバラしちゃお。お姉さん、ぼやいていたでしょう。初日の朝」
「初日……朝……?」


何かあったかな、とアリスが思い返そうとして――ピタリと、その動きを止めた。冷や汗が吹き出る。


(まさか……)


まさか、そんな筈はあるまい。

アリスの願いも空しく、ディーとダムはニヤリと悪戯っぽく笑った。


「お姉さん、思考ダダ漏れだった」
「……!! まさかっ!?」
「本当本当。起きるタイミング、すごく迷ったんだよー僕ら」
「ねー」


顔から火が出そうな勢いで、アリスはみるみる真っ赤になった。


「〜〜〜〜っ!! あんた達は〜〜っ!」


拳を握りしめ、ぷるぷると震わせる。
ディーとダムは声をあげて笑った。


「あははっ、いいじゃない、可愛かったんだから」
「あ、照れてるお姉さんも可愛い〜」


年下なのに、からかって遊ばれている。
何だか年上の尊厳というものが危うくなっているようだ。

ディーとダムはひとしきり笑った後、立ち上がった。
ダムがアリスの背後に回り、後ろからアリスを抱きしめる。
ディーはアリスの隣に座り、真横からアリスに抱きついた。


「ねえ、アリス?」
「なーに?」


ダムの唇はアリスの耳に近くて、何だかくすぐったい。


「早く僕たちの奥さんになってよ」


優しい眼差しを受けて、アリスは微笑んだ。


「いつか、ね」


いつか、きっと。
含んだ意味を汲み取った双子は、嬉しそうに顔を輝かせた。


「あーあ。……また、三人で暮らしたくなってきたよ、僕」
「まだよ」


アリスは流されなかった。
甘ったるい雰囲気の中で居ても、そう簡単に甘やかしたりはしない。


「えー……。本当、アリスって……」
「うん?」


はあ、と双子は肩を落としている。


「焦らすのが上手いよね……」
「な、なに、それ」


アリスはうろたえた。
誤解を招くような言い方をしないで欲しい。アリスには、そんなつもりはないのに。


「だってさあ……ねえ?」
「うんうん」


はあ、ともう一度溜息を吐かれる。
一体なんだと言うのか、彼らを問い詰めたい。


「今はまだ、このスタイルがいいのよ。きっとね」
「えー、そうかなぁ?」


不服そうな双子には悪いが、もう少しだけ我慢して貰おう。
アリスの決心が固まるまで。

きっといつか、三人で暮らしていける筈だから。


【了】





 


===== あとがき ===

2010年8月発行『Treacle moon』です。
可愛い双子が書けましたぜーとか思ってたけど、ちょっとスパイシー要素は入りますね。そしてエロも。しかたないね。

読んでくださってありがとうございました。