いつもと変わらない毎日。
ちょっとした刺激が欲しくて始めた、他愛もないゲーム。
ゲームに特に深い意味はない。
だが、そのことがアリスを悩ませることになる。
ディーの憂鬱、ダムの憂鬱
ディーとダムは目を覚ますと、大きく伸びをした。
今日も何ら変わりない。
次の時間帯になれば、また仕事が始まる。
とはいっても、最近、来客はめっきり減ってしまった。
なので、多分二人が仕事を――動くような事はないだろう。
四時間帯ほど前に大きな案件を片付けたばかりだから、それがまだ効いているのだ。
サボってしまいたいが、前の時間帯にサボったばかりだ。
その上、最近は妙にエリオットがうるさい。
あまり連続してサボっては、査定に響きそうだ。
気は進まないが、行かねばなるまい。
二人は身支度を整えると、互いに顔を見合わせた。
考える事は同じか。交わす視線でわかる。
「今日は入れ替わりっこしようか、兄弟」
「いいね、兄弟。仕事が終わったら、そのままお姉さんに会いに行こう」
今のところ、入れ替わっていてもアリスに気づかれたことはない。
今日はどうだろうか。
騙されてくれるといいな、と二人はにんまりと笑いあう。
お互いの服を取り替えて、引き出しからカラーコンタクトを取り出す。
仕上げに、交換した帽子をそれぞれが被る。ディーはダムに、ダムはディーになった。
「よし、行こうか兄弟」
「そうだね、兄弟」
すっかり口調まで変えてしまうと、二人は各々の斧を手に取り、部屋を後にした。
できるだけゆっくり歩き、門前に到着する。周囲に不穏な気配は感じられなかった。
「あ、そうだ。兄弟兄弟、僕、今からこれを研ぎに行ってくるよ」
ダムに扮するディーが、ディーに扮するダムに話しかけた。
これを、と言いながら斧を軽く振る。
「あれ、この前出したばっかりじゃない? もう切れ味が悪くなったの?」
「そうなんだよ。また刃こぼれしちゃってさ。全く、お金かかるんだよね」
「修理代もバカにならないよね。でも、手入れはちゃんとしないと」
お金がかかるのは嫌だよね、と、しみじみとダムが呟く。
ディーも大きく頷いて肯定した。
かかる修理代がきついほど安月給ではないが、こう頻繁に修理が必要となると、一回がたいした金額でなくとも結構響いてくる。
「わかったよ、兄弟。僕は適当に仕事してるね。サボりたいけど、最近、またひよこウサギがうるさいし」
「うん、うるさいよねーあいつ。じゃあ、さくっと行ってくるよ。兄弟」
淡々と言葉を交わしながら、ディーは体の向きを変えた。
ディーがさっさと行ってしまうと、ダムは一人きりになった。
いつも二人一緒で、一人になることは滅多にない。
いつものことだが、仕事をする気は全く起きない。
なので、今日は閉門したままでいることにした。
特に出入りする予定はない筈だから、問題はないだろう。
話し相手がいなくて手持ち無沙汰だな、程度には思いながら、ダムは帽子を深めに被りなおした。
立っているだけで、特にやる事がない。
昼寝でもしていようかと思った、その時だった。
「ディー」
柔らかい声に名前を呼ばれ、ダムは振り返った。
門越しにアリスの顔が見える。
つまらなさそうにしていたダムの表情が、ぱっと明るくなる。
「あっ、お姉さん!」
「門、今日は通っちゃ駄目? ちょっと出かけたいんだけど」
「ちょっと待ってて、すぐ開けるよ」
ダムは急いで開門させた。
外に出てくるアリスに駆け寄りながら、その顔に笑みを刻む。
こうして、アリスが素直に騙されてくれることが嬉しい。
アリスは、もう一人、居るべきはずの人物の姿が見当たらないことに気がついたようだ。
きょろきょろと周囲を見回して、何かを確認している。
「珍しいのね、今日はディー一人なの? ダムは?」
やっぱり気づいていない。
心の中で、ダムは小さく舌を出した。
ダムは、ディーのように快活に喋る。
「兄弟なら、修理に出かけてるよ。すぐ戻ってくると思うけど」
「あら、そうなの」
いつもとは違う状況に、アリスは落ち着かない様子だった。
ダムはわざと拗ねたような声を出す。
「お姉さん、兄弟に用事があったの? 僕だけじゃつまらない?」
アリスは目を丸くすると、慌てて首を振った。
本当、可愛くて素直なお姉さん。
「ううん、違うわ。そんなことない。ただ、こうして一対一で話すのって珍しいなって」
「ふふ。そうだね、お姉さん」
何だか新鮮な気分だ。
抱きしめるのも自分ひとりだけ、向けられる笑顔も自分だけが貰える。
いつも平等に二分されるものが、今は独り占めできている。
これはちょっと贅沢だ。ダムの機嫌は良くなった。
口元が緩む。ダムは甘えるような声を出した。
「ねぇ、お姉さん」
「なぁに?」
「大好き」
不意打ちでそう囁くと、アリスは耳まで真っ赤になった。
可愛いな、とダムは思う。
いちいちアリスは可愛い。
何をしていても、どんな表情でも。
きっと今、アリスの心臓は高鳴っていることだろう。
ダムはアリスの左胸に視線をやった。
アリスの心臓の音は好きだ。
聞いていると、不思議と落ち着く。
彼女の胸に耳をあてて、いつまでも聞いていたいと思うが、今そこまですると、流石に兄弟は怒るだろう。
なので、我慢した。
「……ありがとう。私も好きよ、ディーのこと」
頬を染めて言うアリスの姿は可愛いが、その言い方はちょっと引っかかる。
ダムは、不満を声音に滲ませないように気をつけながら、できるだけ軽く聞こえるように言った。
「僕だけ? 兄弟のことは?」
「勿論、ダムも好きよ」
ダムはホッと胸を撫で下ろした。
安心したと同時に、ちょっとした悪戯心が芽生え、ダムはアリスに更に問いかけた。
外出するとは言っても特に急いではいないようだし、もう少し自分がアリスを独り占めしていても構わないだろう。
「ねぇ、お姉さん。僕と兄弟のどっちが好き?」
こういう遊びのような問いかけにも、アリスは真剣に考えて答えてくれる。
アリスは俯くと、しばらく考え込んだ。彼女の真面目な横顔が好きだ。
「二人ともよ」
「二人とも? 全く同じだけ好き?」
アリスは頷いて肯定した。
「そっかー、兄弟と一緒なんだ」
残念なような嬉しいような、複雑な気分になった。
もっとも、よりどちらかを好きだと言われたが最後、殺し合いに発展してしまうので、それはそれでちょっと困るのだが。
ダムを好きだと言われたら、いい。
けれど、もしディーが好きだと言われたら、ダムはディーを殺してディーになり代わるだろう。
そして、そ知らぬ顔をして一生アリスを騙し続ける。
それくらいのことは平然とやってのける自信がある。
きっと、ディーも自分と同じことを考える。だから、争いは必然になる。
「じゃあさ、お姉さん」
「うん?」
何だか今日は口が滑る。アリスが居るせいだ。
ダムは迷ったが、思い切って口に出すことにした。
今、言いたい。
心から伝えたいと思った時が言うべきタイミングだ、と誰かから聞いたことがある。
それはブラッドだったか、エリオットだったか――単に、前の時計の持ち主の記憶なのか、それは判らないけれど。
「僕らの恋人になってくれる?」
「……え?」
「だって、お姉さんは僕たちのことが好きで、僕たちはお姉さんのことが好き。両想いでしょう?」
ダムは早口で畳み掛けた。
真剣にそう告げても、アリスの表情は陰らない。
これはひょっとしたら、いけるかもしれない。
このあいだ、やっとアリスから『好き』の二文字を引き出すことができたのだ。
アリスの口にした『好き』は、ディーとダムのそれと、前よりも近くなっている。
そんな風に感じた。
以前ほど、全力で逃げようという雰囲気もなかった。
けれど、まだ完全な意味ではない。
焦れたダムが詰め寄ると、アリスは焦り始めた。
「ちょ、ちょっと待って、ディー。その」
「それとも、僕たちのことが嫌い? 子供だから頼りない?」
アリスが未だ踏みとどまっている理由が知りたい。
子供だからとかそんな瑣末な理由を盾にするつもりなら、こちらにも打つ手はある。
アリスは冷静さを取り戻したようだった。
そんなアリスを、ダムはじっと観察する。
こういう話題を逸らさずに考えようとしてくれている分には、アリスだって自分達のことが好きだと思うのだけれど。以前は、ディーとダムが恋愛を匂わせただけで、慌てて話題を変えていた。だからきっと、前よりは近い位置にいるはず。
ダムは辛抱強く、アリスの答えを待った。
しばらく経ってから、アリスが口を開く。混乱も収まったのか、その口調は落ち着いていた。
「いや、そもそも、恋人って一対一じゃない……?」
「そうなの? 絶対に一人?」
「そう、だと思うけど。世間一般的には」
ためらっている部分はそこなのか。
これはちょっと難題かもしれない。
どういう風に崩せば効果的だろうか、とダムはしばらく考えこんだ。
「ふぅん、面倒なんだね。なら、僕と兄弟、どっちが恋人がいい?」
とりあえず、どちらかを恋人位置に据えればいいのだ。
そう思いついたダムが尋ねると、アリスは目を丸くした。
「どっちがって……同じだから、決められないわ」
「同じ……」
そうか、これが同じであることの弊害か。
ダムは初めて気がついた。
どちらでも同じなら、どちらを恋人にしても問題はないように思ったのだが。
あとは、そこに一人増やせばいいだけだ、と。
これが出来ないとなると――と、ダムは打つ手を模索する。
「あ、ごめん。二人は同じじゃないわよね」
アリスは慌ててダムに謝った。
ダムが黙り込んだのを見て、気分を害したのだと誤解したのだろう。
ダムはきょとんとして、アリスを見上げた。
「どうしたの、お姉さん。何で謝るの?」
「だって、同じだなんて言われるのは嫌でしょう?」
「なんだ。そんなの気にしなくていいよ、お姉さん。兄弟と僕は同じなんだから」
姿も性格もそっくりで、思考も同じの仲良しの双子。
それを見分けろという方が難しいし、それを要求しているわけではない。
むしろ、意識して互いに似せて見せるようにしているのだ。
同じだと言われて、何を不服に思うことがあるだろうか。
現に、今だってアリスは気がついていない。
アリスは神妙な顔になると、首を振った。
「ううん、ディーとダムは同じじゃないわ」
「そう? どこが?」
「うーん……二人の目の色が違うように、他にも違いはあるはずよ」
アリスはしばらく考え込んでから、そう言い切った。
それ以上、具体的なことは出てこなかったから、自分達の相違点を見つけることができていないに違いない。
(よくわからないな。でも、お姉さんが言うんだから、そうなのかな?)
兄弟と自分のどこが違うというのだろう。
それこそ、目の色しか違わない。
しばらく考えてもわからなかったので、ダムは話題を変えることにした。
とりあえず、今日はここまでにしておこう。
「そういえばお姉さん、今日はお出かけするんだよね?」
「ええ。私用があって、ちょっとだけ」
「僕も一緒に行ってもいい? お姉さんが一人きりだなんて心配だよ」
ダムがそう言うと、アリスは困ったような笑みを浮かべた。
「今日は駄目よ。大丈夫、すぐそこの町に買い物に行くだけなんだから」
「えー。すぐそこでも、いきなり銃撃戦が始まるかもしれないよ? だから、僕がお姉さんの護衛でついていってあげるよ。守ってあげる」
アリスの笑顔が引きつる。
けれど、今日はアリスの意思の方が固いようだった。
「こ、怖いこと言わないでよ……大丈夫よ、きっと。それに、エリオットに見つかったらディーが怒られちゃうでしょ? この前もかなり怒ってたし、今日は離れない方がいいわ」
「ひよこウサギはどうでもいいんだよ。お姉さん、本当に本当に平気?」
アリスは頷く。
これ以上は押さない方がいいか、とダムは渋々諦めた。
アリスが自分の体裁を気づかってくれたことは嬉しい。
アリス以上に大事なことなどないから、気を使わなくてもいいのにとも思うが。
アリスのこの真面目さは、彼女の魅力のひとつでもある。
「じゃあ、門が見える範囲までは送らせてね。それならいいでしょう?」
珍しく根負けしたダムは、アリスの手を取った。
アリスの頬がぽっと桜色になる。
「うん、ありがとう。仕事を頑張る子は好きよ、ディー」
「僕も大好きだよ、お姉さん」
にこーっと笑いかけながら、ダムはアリスの手を引いていく。
二人だけというのも、案外いいかもしれない。
ダムはアリスと別れると、歩きながら一人考え込んだ。
ディーを出し抜くことができるなら、とちらりと思いつく。そのことも考えておくべきかもしれない。
すっかり鋭さを取り戻した斧を手に、意気揚々とディーは歩く。
研ぎたての刃物を持っていると、とても気分がいい。
そういえば、この間手に入れたばかりのナイフの試し斬りがまだだったな、とディーは思い出した。
こんな時は、早く客が来てくれたらいいのにと思う。そうタイミングよくはいかない。
そうだ。今度、エリオットの見回りを代わろう。
そして、そこら辺にいる顔なしを、難癖つけて切り刻めばいいではないか。実にいい案だ。
そんな物騒なことを考えながら、ディーは機嫌よく歩く。
ふと、ディーは歩みを止めた。
視線の先には、一人の少女の後姿がある。
青いエプロンドレスに、頭にはリボン。
間違いない、アリスだ。
買い物をしていたのだろうか、紙袋を抱えている。
ディーは早足で近づくと、アリスの背に向けて声をかけた。
「お姉さん? どうしたの、こんなところで」
「あら、ダム」
ダムと呼ばれて、ディーは微笑んだ。
よし、気づかれていない。
「さっき、門のところでディーに会ったわ。ダムは修理に行ってるって聞いたけど、もう終わったの?」
「うん、そうなんだよ。見て見て、お姉さん! この切れ味」
言うが早いか、ディーは得意げに斧を振り回した。
切っ先に触れた木の枝が切れ、ぱさりと地に落ちた。
アリスの顔がひきつった。慌ててディーを制止する。
「ちょ、ちょっと! こんな人通りの多いところで振り回しちゃ駄目よ! 危ないじゃないの!」
「危なくなんてないよ、お姉さん。僕がお姉さんを傷つけると思う?」
「私じゃなくて、他の人たちが危ないでしょ!」
今、この場にアリスしかいないのならともかく、そこそこ人通りもある。
そんな物騒な物を振り回していい場所ではない。
アリスがそう言うと、ディーはちらりと歩行者達へと目を向けた。
怖いもの見たさで遠巻きに二人の様子を見ていたらしい顔なし共の体が、ディーが視線を向けた途端に怯えで震える。
ディーの視線が僅かに険しくなった。
顔なしどもの安全など気遣う必要もないし、アリスさえ無事ならば正直どうでもいい。
むしろ、アリスをじろじろ見ていたことについて、殺意が沸く。殺すには十分な理由だ。
いや、顔なしなんかに理由などいらない。
「えー、そうかな? 別にいいんじゃないかな」
「駄目よっ! ほら、移動しましょう!」
ディーの体から発せられる不穏な空気を察知したアリスは、ディーの手をぱっと手を取った。
アリスを傷つけないと豪語するのならば、これで迂闊に動けないだろう。
アリスに手を取られ、ディーは驚いた。
アリスの方から触れてくることなんて滅多にない。
ディーの心に芽生えていた苛立ちは、すぐに霧散した。
アリスに手を引かれて、ディーは素直について行く。
途中、アリスの手をぎゅっと握り返した。アリスがディーの方を見る。
「ふふ、お姉さん。僕ら、デートしてるみたいだね」
「え、デート?」
アリスは目を丸くした。
アリスとしては、迷子を誘導している気分だったのだが、言われてみればそうかもしれない。
手を握っているし、傍目から見るとデートに見えなくもない。
「そう、かしらね」
そう返すと、ディーが嬉しそうに笑った。
なので、そういうことにしておいた。
アリスは、以前のように全力で打ち返してはこなくなった。
言葉や行動の端々にも、徐々に変化が見られるようになった。これは嬉しい変化だ。
並んで歩きながら、ディーはアリスに話しかけた。ちゃっかり手は繋いだままだ。
「ねぇ、お姉さん。今日は外に用事があったの?」
「ん? あー……うん、ちょっと買い出しに」
アリスが抱えている紙袋の中を、ディーは覗き込んだ。
アリスの細腕には重そうに見えたので、自分が持つと申し出たが、アリスは笑って首を横に振った。
甘えてくれていいのに、ちょっと残念だ。
「たくさんあるね。何をそんなに買ったの?」
「今度、お菓子を焼こうと思って。それで材料を色々ね。二人に差し入れするから、食べてね?」
「お菓子? お姉さん、僕らに作ってくれるの?」
「ええ。そのつもり……っと、失敗したらいけないから、内緒にするつもりだったのに」
言っちゃったから失敗できないわ、と笑うアリスはなんだか楽しそうだ。
思わず、ディーはアリスに抱きついた。
アリスは驚きもせずに、優しく髪をなでてくれる。
「ん、どうしたの?」
「ううん、僕、すごく嬉しくて」
「やだ。お菓子ぐらい、いつでも作ってあげるわよ」
アリスは照れくさそうに笑う。
違うんだよ、お姉さん。
そう言いかけて、ディーは口を閉ざした。
自分達の為にアリスが何かをしてくれることが、こんなに嬉しいものだなんて思わなくて。
以前も勿論、嬉しかった。
だが、最近では嬉しさに加え、切なさが混ざるのだ。
胸がきゅーっとする。苦しいような、泣きたくなるような、不思議な感覚だ。
胸いっぱいに溢れてきて、止まらない。
言ってしまいたい。
制御することができず、ディーは口を開いていた。
「じゃあ、お姉さんにお願いがあるんだけど」
「うん。あんまり難しいのじゃないのなら、いいわよ」
「難しくなんかないよ、簡単なことだよ」
「それならいいんだけど。何かしら?」
きっと、アリスはお菓子のリクエストだと思っている。
アリスの予想に合わせてあげてもいいけれど、今日は駄目だ。
ディーの口から出たのは、アリスの予想とは違う言葉だった。
「僕らの恋人になって」
「……」
「駄目?」
黙り込んだアリスを不安そうに見つめて、ディーは探るような視線を向ける。
アリスは驚いたのか、数回ぱちぱちと目を瞬かせた。
ゆっくりアリスの口が開くのを、ディーは緊張しながら見守る。
アリスの唇からは、どんな言葉が飛び出てくるのだろう。
「……いやー、ディーにも同じこと言われたから、驚いちゃって」
「え? 兄弟も?」
ディーは眉をひそめた。
まったく、油断も隙もない。
「ええ」
「何て答えたの、お姉さん」
ダムに先を越された、と気持ちが焦る。
焦りが声に出てしまい、自分のことながらディーは驚いた。
今のは、ダムらしくなかったかもしれない。
バレるかな、とひやりとしたが、アリスは気がついていないらしかった。
ディーはホッと胸を撫で下ろした。
「そもそも恋人って一対一でしょ? 私、貴方達の区別がいまいちついていないもの。それって、失礼じゃない? 本当に好きなのか疑わしいわ」
ごめんね、と悲しそうな顔になるアリスを見て、ディーは慌てた。
そんな顔をさせたいんじゃないのに。
「謝らないで、お姉さん。どっちとも好きなんでしょう? だったら、僕ら三人で居れば」
「駄目よ。そんな危ういバランス、長くは持たない」
一度崩れてしまえば、二度と戻らない。
そして、崩すのは自分だ。
二人が好きだ。
だからこそ、今のままの関係で居たい。
そうしたらきっと、ずっと一緒に居られる。
恋人という形にはなれなくても、だ。
関係が壊れてしまうことの方が、ずっと恐ろしい。
アリスが神妙な顔になったので、ディーは黙ってアリスが話し出すのを待った。
「私が二人を、同じだけ好きなままなら、ずっとそうしていられる。でも……私がもし、ダムよりもディーが好きになったら?」
「そうなったら、兄弟を殺すよ」
ディーは間髪いれずに答えた。ダムもきっとこう答える。
アリスは肩をすくめた。
「ほら、だから駄目なの。一人でも欠けるのは嫌よ」
駄目だと言われても、ディーにはわからない。
欠けたとしても、アリスの好きな方が残るのなら、それで特に問題はないと思う。
ディーには、アリスが何を悩んでいるのかが理解できない。
アリスの返事はNOではない。
そして、真剣に検討はしてくれたらしい。
それだけでも収穫だといえるが、アリスは一体何をためらっているというのだろう。
好きだから、恋人になりたい。それだけでは駄目なのだろうか。
「でもお姉さん、どちらかに余計に気持ちが傾くってこと、ある? 僕らは双子で、同じなのに」
違いなどない。
だから、平等に気持ちは二分されるはずだ。
ディーは素直に疑問を口にした。
アリスは目を伏せると、首を振った。
「わからない。双子だけど、ディーとダムは同じじゃないでしょ? 違いはあるわ」
「えー、違いなんてあるかな?」
「ええ、きっと」
アリスは言い切った。
そして、心の中で付け加える。
(だから私、怖くて。臆病でごめんね、ダム)
ディーとダムは好意を示してくれる。
自分だって――これでも隠そうとしているのだが、最近は端々に滲み出てしまっている。
それなのにいつまでも逃げ腰で、二人には本当に悪いと思う。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
けれど、この悩みが解消されない限りは、慎重派のアリスは飛び込めない。
ディーとアリスは、連れ立って帽子屋屋敷に戻ってきた。
門のところでダムの歓迎を受けて、そのままディーは門前に残った。
アリスが屋敷の扉を開くのを見届けると、ディーとダムはくるりと背を向けた。
門にもたれかかるようにして、二人並んで立つ。
「ねぇ、兄弟。僕ら、違うのかな?」
ディーがぽつりと呟く。
抜け駆けしたのはおあいこだから、その件は互いに不問にすることにした。
今の二人の疑念はひとつ。
互いに違うのはどこかという点だ。
「兄弟、僕も同じことを悩んでいたよ。僕らは違うのかな? 同じだと思うんだけど」
「僕もそう思う。でも、お姉さんが言ってたよ。僕と兄弟は違うんだ、って」
同じだからこそ、こうして仲良くやれているのだけれど。
アリスのために相違点を作ってあげてもいいが、そうなると、向けられるアリスの情も平等ではなくなる危険がある。
二人の懸念はそこにあった。
そうして、行きつく先は殺し合いだ。
どちらかをより好きになられては、仲良しを自負する二人にとって、少々困ることになるのだ。
「僕も、お姉さんからそう聞いた。お姉さんが言うんだから、間違ってないよね」
「うん……困ったね」
「うん、困った」
アリスを納得させるだけの材料を、見つけなければならない。
しばらくの間、アリスの言葉は二人の頭を悩ませた。
===== あとがき ===
2008年8月発行『ぼくらのおねえさん』より。
あと一息ですね。