夕暮れには燃えるような青を
夜になって、アリスは夢をみた。
景色も何もない、何処に居るのか判らない空間に、一人で立つ。
そんな不安定な空間に居るというのに、アリスは落ち着き払っていた。
何度目になるだろうか、この夢をみるのは。
普段は綺麗さっぱり忘れているのに、ここへ来た途端思い出すから不思議だ。
夢なんてそんなものかな、と思うことで、アリスは自分を納得させている。
もやもやした空間に向かって、アリスは声をかけた。
「ナイトメア、いるんでしょう?」
「ああ、ここにいるよ。アリス」
ふわりと空気が揺れて、ナイトメアが現れる。
相変わらずその顔色は悪い。悪すぎる。
だが、今日は吐血まではしなさそうだ。ちょっと安心した。
「……ねえ、ナイトメア。これって夢?」
「ああ、これは夢だよ。目覚めれば忘れてしまう夢。どうしたんだ、アリス?」
ナイトメアは小さい子供に諭すように優しく、もったいぶった口調で言う。
(もう、意地悪ね)
アリスが軽く睨むと、ナイトメアの笑顔はひきつった。
ナイトメアは、こういう部分での押しが弱い。
クールを気取りたいようだが、どうも見てもクールに徹しきれていない。諦めればいいのに。
「そ、そんな冷たい目で私を見ないでくれ。穴が開きそうだ」
「開かないわよ、このくらいで」
言いながら、アリスはナイトメアに冷ややかな視線を送った。
穴が開くというのなら、開けてみればいいのだ。
今のアリスは、ちょっと意地悪な気分だった。
ナイトメアはわざとらしく咳払いをした。話の逸らし方も下手すぎる。
「そ、そんなにザクザクと心に突き刺さるようなこと、言うんじゃない。ところで」
「言ってないわよ。そっちが勝手に読んでるんじゃない」
じとーっと、冷たい視線を追加でプレゼントする。
ナイトメアはもう一度、咳払いをした。
あんまり苛めては吐血されそうなので、この辺りでそろそろ止めておく。
「と、ところで! アリス。どういった心境の変化があったのか、教えてくれないか?」
「読まないでってば」
そんなもの、口で言わせなくてもわかるくせに。
アリスはむすっとして溜息を吐いた。
これ以上彼に八つ当たりしても仕方がないので、正直に話すことにする。
「最近ね、この世界が夢じゃなければいいのに、って思うことがあるの」
「ほう」
ナイトメアは少し驚いた顔をした。
アリスはばつが悪そうに視線を逸らす。
(何で嬉しそうなのよ。こいつ)
驚いているようだが、どこか嬉しそうにも見える。
ナイトメアは感情がすぐに顔に出るから、自分の気のせいということはないだろう。
人前で弱音っぽいものを吐いてしまった。
悪いことではない筈なのに、どんどん後ろめたくなってくる。
ナイトメアはアリスの顔を覗き込んだ。
「君がここを夢じゃないと思うなら、夢ではないんだよ」
ナイトメアにそう言われ、アリスはがっかりした。
急激に気持ちが冷めてくる。そうしてアリスは、いつもの頑なな自分に戻った。
(そんな適当な答えが欲しいんじゃないわよ)
アリスの心のぼやきも、ナイトメアには筒抜けだ。
ナイトメアは心を読む夢魔。最初は戸惑ったが、今はそれほど嫌ではない。
単に、彼の人柄のせいもあるだろう。何だか憎めないのだ、この男は。
「適当なんかじゃないさ。夢でなくて現実だよ、と私に言って欲しいのかい?」
「言って欲しいわ。保障されたいのよ、何かに。あなたでもいい」
アリスは素直に気持ちを吐露した。
どうせこれは夢の中の出来事で、目を覚ませば内容を忘れているのだ。
ナイトメア以外に誰も聞いていないのなら、少しは心も素直になれる。
それに、心を読む人の前で本音を隠したって意味がない。
アリスはこの世界をまるっと夢だと思っているから、向けられる過度の好意に困っている。
現実だというのなら、どんな形になるかは判らないが、応えられるのに。
(いや、わかんないけどねーそればっかりは)
恋愛が苦手なことには変わりない。
眼前に選択肢を突きつけられたら、まず逃げ出してしまいたいと思うだろう。
この気持ちは、おそらくずっと消えはしない。根っこの部分でずっと残っている。
けれど、それすら乗り越えて、手を取りたいと思う人がいる。
すぐそこで、ディーとダムが笑って手を差し伸べてくれているのに。
アリスは唇を噛んだ。
彼らの手を取れず、かといって、振り払うことも逃げ出すこともできずにいる。
ただじっとその手を見つめ、まごまごしているだけだ。
手を取りたいな、でも傷つくのはやだな、と、ただ延々迷っている。なんて往生際が悪いのだろう。
(でも、これは夢だわ。目覚めてしまう)
ディーとダムがいる。
だから、この夢から覚めて欲しくない。
そんな甘えたことを考えるようになってしまった。
夢みがちにも程がある。
自分が乙女だとはついぞ思ったことがないが、ひょっとすると元からそういう素質があったのだろうか。
現に、姉はあんなに女らしく、純粋に夢をみていられる人だ。
リアリストを気取っていたつもりはないが、とアリスは考える。
遊園地にピンクの猫、兎耳に昔の恋人そっくりの男。
己に潜む資質を認めるには十分過ぎるほどだ。
物騒だけど、アリスには優しい人たち。
どんどん親しくなって、愛着も沸いてきて……だが、そこまでだ。
それ以上、近寄ってはいけない。
だって、もし彼らの手を取った瞬間に夢から覚めたとしたら、自分はどうすればいい?
全て自分の妄想の産物だったという現実を突きつけられる、その時は。
容易に想像がついてしまい、アリスは絶望した。
(私、こんなに弱かったの?)
繊細であるとは思ってもいなかったが、自分の打たれ弱さは想定外だった。
元の世界よりも、こちら側の世界を望むようになっている。
いや、どちらが強いかは微妙なところか。
小瓶には、もう薬が溜まり始めている。
薬が溜まっていく度に、アリスの焦燥感は募った。
帰りたい、帰りたくない、帰りたい。
本当はどちらだろう。
境界線に立たされたまま、道を見失ってしまった。
けれど、早く答えを見つけなくてはならない。
残された時間はあまり多くない。
だから今、曖昧ではなく、はっきりした物が欲しいのだ。
(あと何十時間帯変わったら、目覚めるとか……そういうの、ないかな)
明確な決まりさえあれば、諦めもつくし腹もくくれる。
うだうだ悩む性質の自分にとって、全てが曖昧なものしかないのは物凄く辛い。
方針が立てられないから迷いに迷って、しかも動けない。
ナイトメアに髪を撫でられて、アリスは彼の顔に視線を移した。
ナイトメアの視線はどこか慈愛を感じさせ、柔らかく優しい。
アリスの頬はカッと熱くなった。
「だから、勝手に読まないでってば。こんなぐだぐだした考えなんて読んだら、あんたの体に障りがあるんじゃないの? 倒れた原因が私、だなんて嫌よ」
「大丈夫だよ、アリス。私は別に嫌ではないし、障りがある筈がない」
「そうかしら」
憎まれ口も何のそのだ。
アリスの言葉が、気恥ずかしさからくる反動だという事を知っているからだろう。
苦い顔をしているアリスに向かって、ナイトメアは微笑む。
「悪いことではないさ。ずっとここに居ればいいんだ」
「夢の世界の住人で居ろって? そんな都合良くは出来てないわよ、私の夢だもの」
アリスは苦笑を浮かべた。
我ながら嫌味な言い方をしてしまった。
軽く自己嫌悪に陥ったアリスは、視線を落とした。
足元を見ると、周囲と同じような、もやもやした物が揺らめいていた。
この奇妙な空間はどこまで続いているのか、果てはあるのか、よくわからない。
以前、ナイトメアに手を引いて空を――空のような部分を飛んで貰ったことがあるから、きっと狭くはないだろう。
アリスは足元を見つめ続ける。
気を抜けば、足元すら危うくなりそうな不安さがこみ上げてくる。
地面と呼ぶには、あまりにも見た目が不安定すぎる。
ナイトメアは、そっとアリスの手を取った。
「そうさ、君の夢だ。君が望むのなら、ずっとここで居られるよ。誰も咎めはしない」
耳元で、アリスに甘言を囁く。
だが、アリスは顔をしかめた。
こうして、いざ甘える道をどうぞと示されても、ついつい抵抗してしまう。
本音では、行きたくてたまらないのに。
(どうしちゃったんだろう、私)
帰らなければならない。帰りたくない。
どちらが本当の気持ちなのか、今ひとつ判断がつかない。
どちらの声も強すぎて、どちらを選べば正解なのか判らない。
ただ思い浮かぶのは、ディーとダムの笑顔だ。
(ディー……ダム……)
二人の姿を無意識に求めて、アリスは惑う。
一人では駄目だ。
彼らが居なくては。
彼らなら、答えを持っているだろう。
そうでなくても、彼らが居てくれるのなら、それが道になるのに。
次いで、ペーターの顔が思い浮かんだ。
この世界にアリスを引きずり落とした張本人。
彼なら、今のアリスを見て何と言うだろうか。
ペーターはアリスに向かって、「あなたがこの世界に居てくれるなら何だっていい」と、ずっと言い続けている。
それこそ、出会った当初から今まで、ずっとだ。
どういう事なのか尋ねてもはぐらかされるだけだったが、今度会った時はきちんと問いただそう。
(ペーター……あんたは何か知ってるの?)
どこかでペーターの笑い声がした――ような気がした。
近くで自分を呼ぶ声がして、アリスは眠りの淵から引き上げられた。
「お姉さーん。朝だよ、起きて」
「朝だよ、お姉さん。起きて起きてー」
「ん……」
体を軽く揺さぶられて、アリスは重たい瞼をこじ開けた。
目を擦りながら、のっそりと体を起こす。
見慣れた赤と青の双眸が、アリスの瞳を覗きこんでいた。
アリスはぼんやりとしたまま、じーっと見つめ返した。
(あれ? ディーとダムがいる……)
寝起きで頭がふわふわしている。考えがまとまらない。
(そうか……これ、夢かな。幸せー)
アリスはそう、ほわほわした頭で考えた。
さっきまで見ていた夢とは違うような気がするな、とアリスは手を伸ばし、ディーとダムの頬に触れた。
手触りまでちゃんとしている。リアルな夢だ。
このまま布団に抱きいれて、ぬくぬくと一緒に眠っていたい。
彼らの柔らかい頬をぺたぺたと触っていると、突然その手を取られてしまい、アリスはいささか驚いた。
(あれ、動いた?)
ああ、夢でも動くことはあるよね、とアリスは疑問を打ち消した。
その動きが突然だったから、びっくりしただけだ。
ディーとダムは手の甲に軽くキスを落とすと、アリスに顔を近づけた。
「あ、起きた起きた。おはよう、お姉さん」
「お姉さん、おはよう。寝顔もすごく可愛かったよ」
「うわっ!?」
アリスは驚きのあまり、思わず本気で叫んでしまった。
夢ではなかったのか。
いや、これも夢なのか。
夢から覚めても夢の中。
現実のようにも思えるが、実はどっちだろう。
アリスの頭は混乱した。
アリスが勢いよく後ずさったので、ディーとダムは肩を落として項垂れた。
「……お姉さん、そんなに驚かなくても。今のはちょっと傷ついたよ」
「ご、ごめんね。おはよう、ディー、ダム……って、あんたら何処から入ったの!?」
謝りながら、アリスはようやく覚醒した。
二人を招きいれた覚えがないのに、何故、目の前にディーとダムがいるのか。
ディーとダムは互いに目配せした後、一様に微笑んだ。その間が非常に気になる。
「え? ドアからだよ、お姉さん」
「うん、ドアから入ったよ。駄目だよお姉さん、寝るときは鍵をかけないと。無用心だよ?」
「そうそう。鍵をちゃんとしてね、お姉さん。心配だから」
「鍵? でも、鍵は、私……」
寝る前にちゃんと鍵はかけた気がするが、とアリスはドアに目を向けた。
確かにドアは開いている。
破壊したようには見えないから、二人の言った通り、本当に鍵がかかっていなかったのか。
だが、何となく釈然としない。
疑うわけではないが、妙にひっかかる。
(あれ? おっかしいなー……)
だが、いくら首を傾げてみてもドアに異変は見られない。
ならば、自分の気のせいなのだろう。
昨夜は疲れ果てて即寝てしまったから、自分が鍵をかけ忘れたのだ。
そうでなければ、彼らがここに居る説明がつかない。
とはいえ、寝ている乙女の部屋に無断侵入した事は確定だ。
またやられては困るので、ちゃんと注意しておかねばなるまい。アリスは溜息を吐いた。
気の抜けた無防備な寝顔を、わざわざ彼らの目に晒したくはない。
そんな状態を彼らに晒していたなんて、と思うと、穴があったら入りたいほど恥ずかしい。
間抜けではなかっただろうか。多分、酷かったと思う。
アリスは気恥ずかしさを隠すよう、コホン、と咳払いをした。
「二人とも駄目よ、勝手に入っちゃ」
「えー、駄目なの? お姉さんと一緒に寝られなくて、僕ら寂しかったんだよ」
ディーは甘えた声で、アリスを見上げる。
言動も行動も本人もすごく可愛いが、負けてなるものか。
「子供でも、駄目なの。約束して。じゃなきゃ、一緒に寝てあげないわよ」
アリスが負けずに言うと、ディーとダムはあたふたと慌て始めた。
「わ、それは嫌だよ! 約束するよ!」
「僕も僕も! 約束する! 何を約束したらいいの?」
「……私が寝てる時は特に、だけど……許可なしに、勝手に部屋に入らないこと」
二人は、意外とすんなり首を縦に振ってくれた。
理解しているのかどうかまでは判らない。
だが、今は理解までいかなくても、とりあえずの約束で十分だった。
「うん、わかった。約束は守るよ」
「お姉さんとの約束だったら、ちゃんと守る。だから、追い出したりしないでよ」
「しないわよ、ダム」
縋りつかれて、アリスは笑みを零した。
しっかりした顔つきで言うのだから、そう約束を反故にはしないだろう。
これで安眠できる、とアリスはほっとした。
「本当? だったら、また一緒に寝てくれるよね?」
「寝……そ、そうね」
改めて言われて、アリスは頬をわずかに染めた。
そんな風に言われると、ちょっと恥ずかしい。
やましい事は何もない筈なのに、この気恥ずかしさは何なんだろう。
こそっと二人の様子を見ると、二人は「よかったー」と胸を撫で下ろしている。
ディーとダムは恥ずかしくないのだろうか。
いや、恥ずかしい気持ちがあるのなら、そもそも一緒には寝ないか。
自分ひとりが、あれこれ考えてしまっている。
これでは、自分にやましい気持ちがあるようではないか。
アリスは否定するように首を振った。話を変えなくては。
「そういえば、ディー。ダム。仕事は? まだ休憩は先でしょう?」
「ううん、一緒だよ、お姉さん。僕らがお姉さんを一人にすると思う?」
「そんな寂しい思いは、絶対にさせないからね。安心してね、お姉さん」
ディーとダムは、斧をテーブルの上に置きながら、笑顔で答える。
ついでに帽子も脱いで、斧の上にぱさりと落とした。帽子を脱ぐと、二人の少年らしさが際立って見える。
長居するつもりかな、とぼんやりアリスは考えた。
「え、本当にお休みなの?」
休みならば、前もって遊ぶ約束を取りつけるだろうに。
次の次の時間帯が休みだから一緒に遊ぼうね、等と常は言ってくるのに、とアリスは首を傾げる。
突発的な休みなのだろうか。
ブラッドが気まぐれに仕事を中止させたとか、そういう。
ディーとダムはアリスの疑念を掃うかのように、ニッコリと笑う。
まるで天使のようだ。人によっては、地獄の使者に見えるかもしれない。
「うん。僕ら、お姉さんと休みが同じになるよう、ボスに頼んできたからさ」
「僕らと一緒だよ、お姉さん。ボスがね、この次の休みから三人一緒にしてくれるって」
「……それって、今、休みじゃないんじゃないの?」
嬉しいことを言ってくれるが、惑わされない。
アリスは冷静に指摘する。あ、と二人は顔を見合わせた。
「ばれたね、兄弟」
「うん、ばれた」
悪びれもせずにあっさり認めながら、ディーとダムはアリスのベッドに潜り込む。
アリスはぎょっとした。
今のアリスの格好は夜着だし、今まで寝ていたせいで少し乱れている。
慌てて服の裾を手で直しながら、アリスは小さな侵入者に向かって声をかけた。
「こ、こらっ! 勝手に入らないっ!」
声だけでは、制止のうちにも入らない。
ディーとダムはアリスの両隣を陣取ると、にやっと笑いながら、アリスの腕をそれぞれ絡めとった。
「えー。お姉さん、追い出したりしないって言ったじゃない」
「そうそう、一緒に寝てくれるんでしょう?」
うっ、とアリスは言葉に詰まった。
年上たるもの、安易に言動を撤回はできない。
(この子達は……!)
絶対にわざとだ。計算してやっている。
でも、怒ることができない。
ディーとダムが駄目押しとばかりに微笑んでみせると、アリスは諦めて、軽く息を吐いた。
二人は、アリスが強くは突っぱねないことを知っている。
だから少々強引に押してくるのだ、と知っていながら、それでもアリスは彼らのことを完全に拒否できない。
ディーとダムは上着を脱ぎ捨ててしまうと、アリスを抱えてベッドに倒れこんだ。
アリスは驚いて小さく声をあげたが、声音には拒絶が感じられなかった。
ディーとダムは優しいアリスの匂いに包まれながら、彼女をぎゅっと抱きしめた。
緊張で強張っていたアリスの体から、次第に力が抜けていく。
そのまま三人で身を寄せ合っていると、何だか眠たくなってきた。
伝わる鼓動と体温のせいで、どうしようもなく気が緩んでいく。このままゆっくり溶けてしまいそうだ。
このまま眠ってしまうのも悪くない、とアリスは欠伸を噛み殺した。
とろとろと眠たそうな顔をしているディーとダムの髪を、ゆっくりと撫でる。
すると、二人は安心したようで、すっかり目を閉じてしまった。
幼い顔が、更に幼く見える。
アリスはクスッと笑みを零した。
「ディー、ダム……嬉しそうね」
アリスは、半ば呆れたように呟いた。
アリスが観念して、二人のことが好きだと言って以降、二人の密着度合いは確実に増した。
あれから十時間帯も変わっていないが、彼らは二回に一回はアリスのところへやって来る。
そうして、アリスから離れようとしない。
今だってそうだ。
さっきから少々苦しいのだが、幸せそうな彼らを見ると強く言えなかった。
二人とも仕事は大丈夫なのだろうか。
またエリオットに怒られるのではないか、と心配だったが、彼らは気にも留めない。
アリスにひっつくことを最優先としている。
実はそれを嬉しいと思っている自分が居るのだが、そこがちょっと嫌だ。
眠たそうな声で、ディーとダムが呟く。
今にも眠ってしまいそうだ。
アリスの声に応えようと、無理に意識を保っている。
「うん、嬉しいんだ。幸せだよ、お姉さん」
「うん、僕らは幸せなんだよ、お姉さん」
「どうして?」
アリスが傍に居てくれる。
幸せ以外の何物でもない。
ディーとダムは体を起こして、アリスの顔を上から覗き込んだ。
眠たいせいなのか、いつもよりその瞳が柔らかい。アリスの髪をそっと撫でながら、甘えるように囁く。
「だって、お姉さんがいるもの」
「お姉さんも、僕らが居れば幸せでしょう?」
嬉しそうに目を細める様は、猫のように愛らしい。
そんなに愛しそうに見つめられると、何だかくすぐったい。アリスの口元に微笑が浮かんだ。
(さっきもまた、夢をみたわ。前にも見たことがある。でも……なんだっけ、思い出せない)
目が覚めた時、アリスは毎回、ナイトメアのいる夢を忘れてしまっている。
何か大事なことがあったような、そうでもないような。
ディーとダムが居ればいいのに、と不安に思ったことだけを微かに覚えている。
ならば、希望は叶ったのだ。三人で見る夢ならば、きっと怖くない。
「ええ、幸せよ」
もう、どうにでもなればいい。
彼らが幸せそうに笑うなら、なんだって。
ディーとダムはアリスの言葉を聞くと、安心したようにベッドに体を沈めた。
すぐに軽い寝息をたて始める。アリスをその手にしっかりと抱きしめたままだ。
だんだん眠気が我慢できなくなってきて、アリスはゆっくりと目を閉じた。
アリスは幸せそうに小さく息を吐いた。
実のところ、この子達と居られれば幸せだ、なんて思っている自分もいる。最近、そのことを発見したのだ。
なんて贅沢な休日なのだろう。
アリスは押し寄せる温もりに浸りながら、幸せそうにその口元を緩めた。
両隣には可愛い二人がいる。そして、今の時間帯は夕方だ。
窓から見える空は赤かった。流石に昼間眠りこけるのは気が引けるが、夕方ならそれほど罪悪感もなく眠れる。
次に目覚めた時に、まだ時間帯が変わってなければいいけれど。
次の次には仕事がある。
遅れないようにしなければ……つらつらと思いながら、アリスは意識を手放した。
これはもう、帰れそうにない。
そんな予感が薄っすらとし始めていた。
[ 夕暮れには燃えるような青を 了 ]
===== あとがき ===
2008年8月発行『ぼくらのおねえさん』より。
逃がしてくれそうにもありません。
読んでくださってありがとうございました。