晴れた日には綺麗な赤を








ディーとダムは、のんびりと自分の持ち場に戻った。
一応、門前に立っておく。

戻った時、周囲はすっかり元通りになっていた。
服や顔に付着した赤も、綺麗さっぱり。
漂う鉄の匂いすら、ちゃんと消えている。

これで、いつアリスが来ても大丈夫だ。

二人が立っているだけで十分に周囲への威嚇にはなるし、さっき既に一度やりあった。
今日はもう、客はこないだろう。

今の二人には、仕事なんて上の空だ。
今襲ってきたら少しはマシだったかもしれないのにね、タイミングって大事だよね、と二人はしみじみと呟く。


「贈り物かー」
「贈り物……」


ディーとダムは同時にぼんやり呟いた。

盲点だった。考えたこともなかった。
やはり大人の意見を聞いてみて正解だったな、と二人は思う。
プレゼントをすることで、アリスが喜んで笑ってくれるのなら、それはすごく素晴らしいことだ。


「お姉さんが好きなものって、何だろうね?」
「お姉さんが好きなものか……難しいな」


血が苦手で、ナイフを怖いと言い、危険なことは嫌だと言う。さっぱりわからない。


「うーん、わからないよ、兄弟」
「僕も。でも、頑張って考えようよ。お姉さんの為だもの」
「それもそうだね。よし、頑張る」


今まで、他人に興味などなかった。
そんなものがなくても、一向に困ることなどなかった。

それが今、初めてちょっと困っている。
ディーとダムは苦戦していた。

けれど、類稀なる残酷さをそのままにして育った二人は、観察眼が鋭くなった。
だから、アリスの心の動きには敏感だ。

二人は、普段のアリスの様子を思い出してみた。

アリスはあまり物欲は強くないようだ。
彼女が、自分では手が届かないぐらいに高価な物を欲しがる姿など、二人は見たことがない。
給金もほとんど貯めているらしい。彼女は、堅実で身の丈にあった生活をしている。

そこからアリスの欲しい物や好む物を考えるのは、ディーとダムにとって至難の業だった。

二人は――特にダムは守銭奴でもあるが、欲しい物に対して、お金に糸目はつけないタイプだ。
アリスへの贈り物にかけるお金は、気にならない。
あまりに高価すぎる物は遠慮されそうだが、安い物では駄目だろう。選択の幅は果てしなく広い。

二人でああでもない、こうでもないと案を出し合っていると、ふいに視界が陰った。

見れば、いつのまにかエリオットが立っていた。
今日は早くから仕事に出かけていた筈だが、無事に終わってしまったのか。

つまらない。
たまには怪我でもしてきたらいいのに。
それも、とびきり酷い怪我を。


「よぉ、ガキども。何うなってんだ、腹でも痛いのか? ちゃんと仕事だけはしろよー」


双子は無視を決め込んだが、エリオットはなかなか立ち去ろうとしない。

鈍い兎め、と二人は冷たい視線をたっぷりと送りつけた。
それでもエリオットには効いていないようで、全く動こうとしなかった。

仕方ない、とディーはこれ見よがしに大きなため息をついた。


「うるさいな、馬鹿ウサギ。僕らは真剣なんだよ」
「俺はウサギじゃねえ! 何度言ったらわかるんだよ!」
「何度言われてもわからないよ。僕らは悩んでるんだ。さっさとどっか行けよ」


ダムが冷たく返すと、エリオットは片方の耳をぴょこんと持ち上げた。
二人はは思わず眉をしかめた。

なんて目障りな兎耳だろう。
男が兎耳をつけてるなんて、その時点で死んでいいと思う。
嫌でも視界に飛び込んでくるのだから、自分たちよりもずっと暴力的だ。

大体エリオットは、本体からしてでか過ぎる。
でかい図体に兎耳がオプションについたところで、可愛くもなんともない。むしろ逆効果だ。

ふと、嫌な予感がした。こいつ、素直に引き下がるだろうか。


「あ? どうした、何を悩んでるって?」
「ひよこウサギには関係ないことだよ」


案の定、エリオットは首を突っ込んできた。

なんて鬱陶しい展開になってしまったのだろう。
このぐらい読むべきだった、とダムは自分の失態に舌打ちした。

エリオットの言葉をばっさり切り捨てた後で、ディーは気づいた。

エリオットも、とりあえず大人だ。
限りなく子供に近い大人ではあるが、分類は大人。

参考になるかどうかはさておき、エリオットの意見も一応聞いておいてもいいかもしれない。
何かのヒントくらいにはなるかもしれない。


「ひよこウサギは、女の人に贈り物したことある?」


聞いてから、ディーは後悔した。
エリオットの耳が、ぴょこぴょこと落ち着きなく動きだす。見ていてすごく苛立つ。


「ん? いや、ねぇよ。なんだ、女に何か贈るつもりなのか?」
「そうだよ。何を贈ったらいいのか、考えてるところなんだ」
「ふーん、お前らがねぇ……」


エリオットは、じろじろと好奇の目でディーとダムを眺め見た。

言いたいことがあるなら、はっきり言って欲しい。
ディーとダムはつんと澄まして、エリオットの視線を流した。
存在から何から、全てが目障りな兎だ。

エリオットが突如、ぽんと手を打った。
ぴん、と耳が元気良く立つ。目には冷やかしが浮かんでいたが、ちゃんと考えてはくれたらしい。


「そうだ、にんじんケーキを贈ったらどうだ? 絶対! 喜ぶぞ!」
「却下だよ」
「馬鹿ウサギ……」


エリオットの提案を、ディーとダムは即答して打ち返した。

冗談ではなく本気で言っているのだから性質が悪い。
にんじんなど贈られて、誰が喜ぶというのだ。自然と、二人の口からは溜息が出る。

駄目な大人もいた。
この意見は聞かなかったことにしておこう。にんじんなんか嫌いだ。

ディーとダムの反応が芳しくないので、エリオットは不満げな顔をした。


「えー、何でだよ。にんじんケーキ、うまいじゃねえか」
「うるさいよ。却下ったら却下! 食べ物以外!」
「にんじんとかマニアックなのじゃなくて、普通の物だよ。普通の贈り物!」
「えー、にんじんケーキは別にマニアックじゃねえだろ? でも、食いもん以外で、か……難しいぜ」


なんだかんだ言って、エリオットは一緒に悩んでくれる。

頼んでもいないのにうざったいなと常は思っていたが、こういう時は、ちょっとぐらいなら感謝してやってもいいという気になる。
実際はしないが。


「俺はよくわかんねえけど……ブラッドは、女に服とかアクセサリーとか贈ってたような気がするぜ。そういうのはどうだ? ブラッドのやる事だから、間違いはないだろ」


そうだ。
そういう贈り物なら、アリスだって好きに違いない。

ディーとダムは顔を見合わせた。

一筋の光明が差したようだった。
エリオットの提案という点が、少しだけ悔しい。
お礼に耳をちょん切ってあげようかな。そうすれば、少しはまともになるかもしれない。


「! それだよ、兄弟!」
「それにしよう、兄弟。ひよこウサギも、たまには役に立つよねー」
「お前らなぁ……」


わざわざ手助けをしたというのに随分な言われようだが、エリオットは呆れたような溜息をついただけだった。

に関する禁句さえ言わなければ、普通に――非常に短気気味なだけの、気の良い男なのだ。
エリオットのその気の良さは、仲間内限定のものだが。






「お姉さん!」
「あら、どうしたの? ディー、ダム」


アリスの花のような笑顔を見た途端、二人は嬉しくなった。

やはり、アリスが好きだ。
どんなに一緒に居たって、飽きることなんかない。

アリスもそう思ってくれるようになったらいいのに。

胸の内の風船が。また膨らんでいくのを感じた。
色は何色だろう。毒々しいほど、真っ赤なのがいい。

ダムはさっとアリスの腕を取ると、くいっと引っ張った。
ディーも負けじともう一方の手を取る。

自分達の手をアリスが振り払わないから、期待してしまう。
そう、期待させるお姉さんが悪い。


「お姉さん! お姉さんに見せたいものがあるんだ」
「そう、見せたいものがあるんだ。来て来て!」
「見せたいもの?」


そうそう、とディーがアリスの手を引っ張る。
ダムもアリスの手を引っ張りながら、早く行こう、と催促する。


「うーん、何かしら……って、引っ張らなくても逃げないわよ」


アリスが軽く抗議するが、ディーとダムは聞いちゃいない。
問答無用でアリスを引きずって行きそうな勢いだ。
結局、アリスの方が根負けすることになる。

それに、二人は何だか妙にうきうきしている。
何だろう、とアリスも興味が沸いた。

嫌な方向のうきうきでなければいいのだけど。
また物騒な罠でも仕掛けて、それを見せてくれるとかなら、ちょっと遠慮したい。


「早く早く!」
「はいはい、わかったから」


アリスは苦笑を浮かべると、素直に二人に引かれて行った。

こうして二人について行くのは、彼らからは危害を加えられないことを知っているからだ。
信頼と安心がなければ、ついて行ける筈がない。

ディーとダムは、アリスを連れて遊園地にやってきた。

移動している間に、時間帯は夜になる。
言われるままについて来ただけのアリスは、少し困惑顔だ。

遊園地は、二人にとって敵地だ。
まさかまた物騒なことを、と嫌でも予想してしまう。

また追いかけっこをするのだろうか。
今は足が疲れているから、走りたくない。
夜なので足元が見えにくいし、逃げるなら、森を抜けなくてはならない。危ないことこの上ない。

アリスは不安そうに眉を寄せた。ディーとダムの意図が読めない。


「遊園地?」
「うん、そうだよ。今日は中まで入らないけどね」
「うん、今日はここなんだ。ボリスから聞いたんだよ、お姉さん」


何が? と聞こうとしたアリスの言葉はかき消された。

重い音の後に、鮮やかな光。
夜空に満開に広がっていく。

驚いて空を見上げるアリスの隣で、ディーとダムが感嘆の声をあげた。


(え、ええ? 花火?)


花火は、次々と惜しみなく打ち上げられていく。
明るい色彩がアリスの目に焼きついていく。

驚いたまま、アリスは空から目が離せなくなった。
綺麗、と思わず口から言葉が零れ落ちる。瞬きすら、しばらく忘れていた。

袖を小さく引っ張られ、アリスは我に返った。

見れば、ディーとダムが真ん中をあけて座っている。
二人で、ここに座って、とアリスに手招きしている。

アリスは微笑むと、素直に彼らの真ん中に座った。

そのまま三人で、ただ鮮やかな夜の空を眺めていた。
胸に響いてくる重い音が、体に心地良い。

時の経つのも忘れていたが、短くはない時間が過ぎていたのだろう。時間帯が変わり、夕方になる。

同時に、花火が終わった。
赤く染まる空を見上げ、アリスは大きく息を吸った。

アリスは目を閉じると、しばらく光の余韻に浸った。
まだ体の底の方で、音が響きあっているような錯覚を覚える。

楽しかった。

再び目を開けると、アリスはディーとダムを見た。

ディーとダムは無邪気な笑顔をアリスに向ける。
びっくりした? と言いたそうに、悪戯っぽく目を輝かせていた。


「驚いたわ。二人が見せたかったのって、花火のこと?」
「うん。遊園地のオーナーが、新作の花火を大量に手に入れたんだって」
「それで、次の夜が来たら、花火の試し打ちするんだって、ボリスから聞いたんだ。間に合ったね」
「だから、私を誘ってくれたの?」


アリスは驚いて、ディーとダムを交互に見つめた。

こういうただ穏やかなものは、ディーとダムの好みとはちょっと違う。
それでも、アリスが喜ぶだろうと思って誘ってくれたのか。


「うん、そうだよ。お姉さん、こういうの好きでしょう?」
「すごかったね、お姉さん。たまにはこういうのもいいよね。楽しかった?」


ディーとダムは得意げにそう言いながら、アリスに纏わりついた。

花火を見ていた時とは比べ物にならないぐらいに、アリスの気持ちが高揚してくる。


(どうしよう、嬉しい)


思いっきり二人を抱きしめて、その頭を撫でまくりたい。
でも、乱心したと思われたら嫌なので我慢した。年上は辛い。


(何て言おうかなー……)


すごく嬉しかったし、楽しかった。

彼らがこんな素敵なお誘いを提案してくれたことも嬉しい。

何より、二人が自分の為に考えてくれた、という点が、アリスの胸を打った。
何と言えば、この気持ちを言い表せるのだろう。どんな言葉で飾っても、きっと言い足りない。


「ありがとう、ディー、ダム」


つらつらと言葉を重ねる代わりに、アリスはぎゅっと二人を抱きしめた。
これで全てが伝えられたらいいのに、その何分の一しか伝わらない。もどかしさで胸が詰まる。


(何ていい子達なんだろう)


彼らの柔らかな温もりが、腕からじんわりと伝わってくる。
アリスは感動しすぎて泣きたくなってきた。

二人の方から初めて、穏やかなお誘いをかけてくれたのだ。危険なことなど一切無いものを。

こんな事、今までにはなかった。
彼らからのお誘いといえば、物騒なコレクション展示会や、仕掛けた罠の見学。
最近では、スリルのありすぎる敵地での鬼ごっこもやった。
あれも一応、アリスの事を考えてくれたと言っていたから、この進歩は目を瞠るものがある。

ディーとダムは満足そうな顔になった。

第一手は成功したようだ。
ディーはアリスの頬に軽くキスをした後、小箱を取り出してアリスの手へ落とした。

さて、第二手はどうか。


「はい。お姉さんにプレゼント」
「え、私に?」


アリスは驚いて、手に乗せられた小箱を見た。綺麗にラッピングされている。
ダムが微笑みながら、アリスの頬に唇を寄せた。


「うん、お姉さんに。僕たちが選んだんだよ」


早く開けてみてとせがまれて、アリスは丁寧に箱を開けた。
包装紙を破らないよう、慎重に指を動かす。

せっかく二人がくれたものだ。
たとえ包み紙一枚だって、破ってしまうのは嫌だった。

ディーとダムが、アリスの一挙一動を優しく見守っている。アリスの鼓動は高鳴った。


(な、何だろう)


この二人が、私のためにプレゼントを。

それだけで飛び上がるほど嬉しいのに、あんまりドキドキさせすぎないで欲しい。心臓に悪い。
これで中に刃物が入っていたら、ちょっと別の意味でドキドキしてしまうが。

いいや、もう何だって構わない。
今なら、何でも大事にする自信があった。

ああ、今日は驚かせられてばかりいる。
この子達は、いつのまにこんなに成長したのだろう。
感慨深いような寂しいような、いやでも、今は嬉しさが一番強い。

箱を開いて、アリスは食い入るようにその中身を見つめた。

悩んだ挙句、二人はアリスにリボンを選んだ。
赤と青の刺繍がしてあって、割とシンプルなものだ。品がある。
けして安くはない物だと、すぐにわかる。

比較的シンプルな物が好む、アリスの好みも考慮してくれたのだろう。

どんな風にして、二人で決めて選んでくれたのだろうか。
お店の人に迷惑をかけていなかったらいいのだけれど。

そんなことを考えながら、アリスは心の奥から沸いてくる、強い感情に戸惑った。
うっかり気を抜けば、涙腺が緩んでしまう。

何て言われるだろう。喜んでくれるだろうか。

ディーとダムはやや緊張しながら、アリスの反応を待った。
アリスはリボンを箱からそっと取り出すと、大事そうに胸にかき抱いた。


「嬉しいわ、ありがとう。ディー、ダム」


嬉しさを隠そうともしないアリスを見て、ちょっとだけ二人は後悔した。
こんな笑顔を見せてくれるのなら、もっと早く気がついたらよかった。






アリスと帰っている途中、運悪くエリオットに見つかって、二人は強制的に仕事に戻らされた。

全く、あの兎め。
せっかくいい雰囲気だったのに。
今度、丁重にお礼をしなくては。

エリオットへの怒りはあったが、今、二人の胸は別のもので満たされている。
アリスが喜んでくれた、という幸福感。なんて温かいのだろう。


「喜んでくれたね、お姉さん」
「うん。すっごく喜んでくれたね。上手くいってよかったー」


ディーとダムは、ほっと胸を撫で下ろした。

本当、外さなくてよかった。
たとえ外していたとしても、アリスは優しいから喜んでみせるだろう。
それでも、本当に喜んでくれる方がいいに決まっている。


「兄弟。これでお姉さんも、僕らのことを好きになってくれるかな」
「なってくれるさ、兄弟」


アリスの口から、好きの言葉が欲しい。
自分達の言う好きと、そっくり同じ意味のものが。

また一歩、アリスとの距離は近づいた。
あと何歩ぐらいだろう。もうそろそろ、手を伸ばせば届くだろうか。

ダムの足が、突然ピタリと止まった。
ディーは振り返る。どうしたのだろう。


「でも、ひとつ問題があるよ、兄弟。僕らは二人で、お姉さんは一人だ」


言われて、ディーも気がついた。
そうだ、二人と一人だった。

アリスを得たとして、その所有権はどちらにあるのか。

これは非常に重要な問題だ。


「ああ、そっか。どうしようか、兄弟。たとえ兄弟相手だとしても、お姉さんを譲るつもりはないよ」


ディーが宣戦布告を告げると、ダムも同じように返した。


「僕だってそうさ、兄弟。困ったね」


ふう、と二人で軽く息を吐く。

これは無視できない大きな問題だ。
アリスに夢中になっていて、すっかり忘れていた。


「困ったね。僕らは平和的な兄弟なのにね」
「うん、殺しあわなきゃいけないなんて」
「うん。殺しあいはできるだけ避けたいけど、避けられないならしょうがないよね」


淡々と言いながら、二人は同時に斧を構える。

空気が次第に冷たさを増していく。
常のじゃれあいと違い、今から始まるのは、最初から本気の殺し合いだ。

刃を押し付けあうと、じゃきりと鈍い金属音がした。
しばらくそのままでお互いに睨みあう。

ディーとダムは双子だ。
勿論、互いに力も拮抗している。
どのくらいやりあえば決着がつくだろうか。
双方ともに無傷では済みそうにない。共倒れは避けたいけれど、とダムはしばし考えた。


「あ、そうだ」
「どうしたんだい、兄弟」


殺気を無遠慮に振りまきながら、口調だけは変わらない。
力を緩めないまま、ダムはディーにひとつ提案した。


「お姉さんに聞いてみようよ、兄弟。どっちが好きか」
「そっか、聞いてみようか。どっちが好きか」


ダムの持ち出した案は一見、良さそうに思えた。
けれど、そうするとまた別の問題が出てくることにディーは気づく。


「でもさ、兄弟。もしお姉さんが兄弟の方が好きーって言ったら、やっぱり殺したくなるんじゃないかな」
「ああ、それもそうだね、兄弟。争いは避けられないか」


斧を握る手に、より一層の力が込められた。

斧の刃が軋んだ音をたてる。
話す口調だけはのんびりしているのに、二人の纏う雰囲気は修羅のようだ。


「そうだね、兄弟。いっそのこと、お姉さんがどっちも好きだって言ってくれたら、平和的に解決するんだけど」


アリスがどちらも好きなら、殺しあう必要はなくなる。
二人とも同じだけ好きなら、アリスの所有権だって同じだけあるということになる。


「わけっこする?」


ディーがひとつの和解策を閃き、提案した。

双方に譲れない物なら、半分こにしたらいいではないか。
これが他の誰かとなら共有は難しいが、兄弟となら別に構わない。

ダムは考え込んだ。

そうか、共有という手もある。
今度の提案は良さそうだった。
共有するにあたっての問題は思い当たらない。
これが他の誰かとなら即却下だが。仲の良い二人だからなせる業だ。


「わけっこか……それもいいね。僕、兄弟のことも大事だから」
「僕もだよ、兄弟。ああ、平和的に解決したね! やっぱり僕らは模範的な双子だ」
「うんうん。僕らぐらいに仲の良い双子なんて、いやしないさ」


剣呑な空気は霧散した。
二人はやっと構えを解いて斧を持ち直すと、すっかり普段の二人になった。

穏便に話はついた。
あとはアリスがそれを了承し、受け入れてくれるかどうかだ。

アリスは、自身の常識に捕らわれすぎている面があるので、口説き落とすのは大変かもしれない。
けれど、そこは愛でなんとか乗り切ってもらおう。

流石に、アリスを真っ二つにしてしまうのは少し抵抗がある。
多分、アリスは死んでしまうだろうから。

けれど、アリスが――二人を受け入れようとしないような、そんな仕方のない場合になったとしたら。

もしも他の誰かの物になったり、元の世界の方がやはり良い、と二人の事を捨てて帰ろうとするのなら。

そんなことになったら――気は進まないが、手を下すことも視野に入れなくてはならない。
それでも、問題はまだある。

アリスの心臓はどちらのものか、また二人で話し合いをしなくてはならない。
アリスの大事な心臓は、どうしても自分が欲しいから。
何せ、ひとつしかないのだ。問題は山積みだ。

そんな事にならないよう、アリスには頑張って貰おう。
ここから先どうなるかは、アリス次第だ。彼女が一手でも間違えばゲームオーバーになる。

ああ、アリスがやって来る。

遠目にアリスの姿を確認すると、一瞬だけディーとダムの目が鋭くなった。
無意識に斧を強く握りしめる。


「……」


彼女が頭に結んでいるのはいつものリボンではなく、先ほど二人がプレゼントした物だ。
二人の見立て通り、彼女によく似合っていた。

嬉しそうなアリスを見て、ディーとダムの緊張は緩んだ。
小さく吐き出される吐息と共に、手の力がゆっくりと抜けていく。

今、少しだけ危なかったことに、アリスが気づくことはない。

ディーとダムは、愛しそうな視線をアリスに向けた。

なんて可愛いんだろう、僕らのお姉さんは。
僕らだけのお姉さんで居てくれるなら、どんなに幸せなことだろう。

けれど、アリスは二人の他にも目を向ける。

その度に沸き立つ彼らの嫉妬心を、アリスは気がついているのだろうか。
それが、自分の首を絞めかねないことも。アリスは非常に危うい位置にいる。

本当は殺したくない。
だから殺させないでよ、お姉さん。

お願いだから生き延びて。

そう心底願う反面、二人は密かにわくわくしている。

代わりのきかないアリスを手にかける。そこに、きっと意味がある。
たった一度きりの、相手に対する最大の干渉だ。きっと、とても甘美なものになるだろう。

どちらの気持ちにも嘘はない。
共通するのは、逃がさないという固い意思だ。

うっかり殺してしまわないように、ディーとダムは自分を律している。

殺したい、とディーが思うと、殺したくない、とダムが思う。
そうして互いになだめ合ってきた。アリスは死なせはしない。

しょうがない場合は、しょうがないけれど。

アリスにプレゼントするのは好きだ。
アリスが笑ってくれるから。

だから、最期のプレゼントは、やっぱり赤がいいかな。
それも、夢から覚めてしまうような、極上の赤がいい。

きっとアリスには赤が似合うから。喜んでくれるよね。

最期、笑ってくれると嬉しいのだけれど。それは流石に叶わないだろう。


「お姉さんだ」
「お姉さんだね」


ディーとダムは、ひっそりとアリスを待ち受ける。
獲物を狙う視線を消して、無邪気な子供の振りをする。
早く罠にかかって欲しい。早く、早く。
そう期待しているのだけれど、まだアリスは一歩を踏み入れたばかりだ。

もう一歩、踏み込んできて。

罠にかかったら、アリスのゲームはお終い。その行き着く先は何だろう。ディーとダムは楽しそうに笑う。
お姉さん、とびっきりの赤をあげるよ。



[ 晴れた日には綺麗な赤を 了 ]






===== あとがき ===

2008年8月発行『ぼくらのおねえさん』より。

やっぱり物騒な双子。
読んでくださってありがとうございました。