晴れた日には綺麗な赤を










「全く、うざいよね」


斧を振り回しながら、のんびりとした口調でダムが呟く。


「次から次に沸いてくる。うん、うざいね。うざい以外に言い様がない」


ディーがさらりと答えながら、斧を振り下ろす。
彼らが斧を振るう度、また新しい赤が周囲一帯に飛び散っていく。

文字通り、今ここには血の雨が降っていた。
飛び交う悲鳴と銃声がこの場を凄惨なものにしていたが、その張本人達は冷静なままだった。
のんびりゆったりの構えを崩さずに応戦している。焦っているのは敵ばかりだ。


「早く休みが欲しいな。働きすぎだよね、僕らって」
「うんうん。僕たちは給料以上の働きをしているよ。そろそろ賃金の値上げをして欲しいな」
「そうだね、兄弟。子供をこんなに働かせるのはよくないことだ。もっと休みをくれないとね」
「そうとも。そろそろ、ボスに交渉してもいいんじゃないかな?」


動く合間に、そんな会話を二人で交わす余裕がある。

会話の途中でまた一人、敵が倒れた。
ディーの振り下ろした斧の先端が、顔なしの体に深く食い込む。
力任せにずるりと刃を引き抜くと、相手はそのまま地面に倒れこんで動かなくなった。
それがドサリと重い音を立てて倒れきる前に、ディーは次の顔なしへと視線を向ける。


「さあ、次。早くしなよ」


真っ赤な斧を突きつけながら、ディーはだるそうに呟いた。

こんな奴らの為に、わざわざ時間を割いてやっているのだ。
ならば、相手もさくさくと死ぬのが礼儀というものだろう。

ディーとは別の顔なし達を相手にしたダムも、思い切り斧を振り抜き、彼らの胴体を両断する。
真っ赤な血がダムの顔を濡らしたが、そんなことは気にも留めない。


「さ、次。来なよ。今日はだるいから、すぐ殺してあげるよ」


よかったね、とダムは相手に笑いかけた。

顔なしの為に割く時間がもったいない。

ダムの深く赤い目が、挑発するように妖しく光る。
多勢に無勢な状況でも、顔色ひとつ変えずに淡々と斬り伏せていく二人に、次第に敵は怯える素振りすら見せ始めた。

こうなってしまったら、もはや勝敗は明らかだった。
精神で勝てない者に、物理で勝てる筈がない。

もとより、ディーとダムは役持ちだ。
そこらの顔なしに負けるような脆さは、残念ながら持ち合わせていない。
ちゃんと狙えているのかすら怪しい敵の弾丸を避けながら、ダムはひとつ欠伸をした。

ああ、つまらない。
もっと手ごたえが欲しい。

せっかく襲撃してくるならば、もう少しレベルアップしてからにして欲しい。
顔を洗って出直してこい、と言いたいところだが、彼らに二度目はない。彼らはここで死ぬのだから。

こんなものは日常の一部。
ただの遊びの延長ようなものだ。
ただ楽しいとしか思わない行為のはずだが、今日は妙につまらなく感じた。

慌てて撤退し始めた敵に容赦なく追撃をかけながら、ディーとダムは溜息をひとつ吐いた。

駄目だ。
いまいち気分が乗らない。

今日は何だか、遊ぶ気も起こらない。これは相手のせいだろう。

やはり楽しいのはアリスだけだ。

彼女と居る時の二人は、心から楽しくて仕方ない。
アリスがいれば、どこだって何だって楽しくなる。

真の意味で、素直に歓迎をしてあげよう、と思うのはアリスだけだ。
ボリスもいるが、彼とはどちらかというと悪友の関係なので、対応は少し違う。

もしこの場にアリスが居てくれたら、きっともっと自分達は張り切るのだけれど。
この、仕事を頑張ってる姿を見て欲しい。そして、褒めて欲しい。


「そろそろお姉さんが来る頃かな、兄弟」
「ああ、そうかもしれない。さっさと片付けないとね」
「そうだね、兄弟。さっさと片付けちゃおう」


自然と声を弾ませながら、ディーとダムが交互に言い合う。

アリスがきっともうすぐ来る。
そう考えると、この作業もいくらか楽しく感じられてきた。

ディーとダムはニヤリと笑いあう。
笑いながら、すくんで動けなくなった敵をバサリと斬り捨てる。


「お姉さんは血が苦手だから、見せないようにしないと」
「うんうん。僕らって紳士だよねー、兄弟」


アリスは血が嫌い。アリスは血が怖い。

だから早くお片付けしないと、またアリスに見られてしまう。

このハートの国にはネズミがいないから、『お片付け』は自然任せだ。
全く、あれしきの事で逃げ出すなんて、ネズミには根性がなさすぎる。
今度ネズミに会う事があったら、精神を鍛えなおしてやらなくちゃ。

ついに逃げ出した敵の背中を、ディーとダムは追いかけた。

敵に背中を見せるなんて、阿呆としか言い様がないよね、とディーは呆れたように呟いた。
どちらが多く捕まえられるか競争だよ、とダムと一緒に笑いあう。

二人は、次々に敵をなぎ倒していく。

二人は今日は遊ばない。
一撃で致命傷を与えていく。

断末魔を聞きながら、うるさいな、と僅かに眉を顰める。

ああ、もう。
なんて目障りな奴らだろう。

とうとう最後の一人に追いついた。
残念だが、見逃すという選択肢は二人にはない。
もとい、二人に向かって刃を突きつけてきたのだから、これくらいは覚悟の上だろう。
役持ちに歯向かう覚悟はあった筈。だから、きっちり完膚なきまでに叩きのめさなくてはならない。

二度と歯向かう気なんて起きないように。

それに、彼らは帽子屋屋敷の大切な客人だから。
客はきちんと歓迎してあげなくては、門番の名が廃るというものだ。もとい、賃金にダイレクトに響く。

見せしめの意味も込めて、たっぷり遊んであげる方がいいのだが、今日はそこまで気分が乗らない。
その点では、ある意味、今日襲撃してきた敵はラッキーだった。苦しむことなく、すぐに逝けるのだから。

手を伸ばして乱暴に服をつかむと、ディーとダムは氷のような笑みを浮かべた。
嘆願の視線もくぐもった呻き声も、今の二人には、より鬱陶しく感じただけだった。






アリスに、自分達が怖いかと問いかけた、あの日。
ディーとダムの『仕事』を、まともに見られてしまった、あの日。

あの後、ディーとダムはエリオットにしこたま怒られた。拳骨つきで。

アリスは普通の子なんだから、血生臭いものはできるだけ見せないようにしろ、と。
それが優しさってものだ、と。

現に、エリオットはそうしていると言っていた。
兎の言葉なんて、どこまでが本当かは判らない。
エリオットの言葉を、ディーとダムは素直に聞いていた。

普段は彼に説教されても聞く耳すらもたない二人だったが、アリスに関することなら違う。

少々鬱陶しいエリオットのアドバイスも、抵抗なく受け入ることができる。
口では盛大に毒づいているが。それはそれ、これはこれだ。

エリオットはそんな二人の様子を見て、盛大に溜息を吐いた。
溜息を織り交ぜながら、二人に向かって忠告する。


『お前ら、アリスが好きなんだろ? そのくらい気づかってやれよ。男なんだから』


聞いた途端、ディーとダムは驚いてお互いに顔を見合わせた。
ひよこウサギは馬鹿だけど、変なところで鋭い。


「兄弟兄弟。僕、お姉さんが好きだよ」
「僕だってそうさ、兄弟。お姉さんが好きだ」


実際に口に出してみて初めて、この感情は確かなものになった。

アリスが好きだ。

前は一人の友達として。
今は一人の異性として。

いつのまに、こんなに好きになっていたのだろう。

意識の変化に気づいた原因はウサギの言葉だった。
なんて格好悪いから、それだけは絶対、口に出さないけれど。






最後の一人を手にかけた後、ディーとダムはのろのろと歩いて定位置に戻った。

準備運動にすらならなかった。
気持ちも体も、今ひとつすっきりしない。

二人は、屋敷の門にもたれてぼんやりと立った。

空は今日もつまらなく晴れている。
こうもさんさんと日光を浴びていると、紫外線が気になる。まったく、たまには曇ればいいのに。

ダムは、本日二度目になる欠伸を噛み殺した。
ディーの方を見てみると、彼もまた、ものすごく眠たそうだった。視線が普段よりも少し虚ろだ。

ぬるりと滴り落ちる赤を見ながら、アリスが来る頃にはすっかり綺麗になっていればいいな、と思う。


「お姉さん、今日は来るかな」
「来てくれたらいいな、お姉さん」


つまらないほど変わりない日々。
あまりにも変化がないので、とっくに見飽きてしまった空の青。
気温は常に穏やかで、時々しか暴走しない。

涼しい風が時折吹いては、ディーとダムの髪を揺らした。

のどかだ。
地面が真っ赤なのと、ついでに服と斧も真っ赤なのを除けば。

一仕事を終えてすることがなくなったディーとダムは、他愛のないお喋りを始めた。

咎める者などいないし、本人に向かって言う度胸のある者などいない。
彼らの機嫌を損ねようものなら、問答無用で切り刻まれることが分かっているからだ。

もし二人に直接何かを言ってくる者がいるとしたら、ひよこウサギくらいのものだ。
昼の時間帯なら、ブラッドの外出予定はない。だから、概ね問題はないと言っていい。

二人で雇用問題を熱心に語り合った後は、話題は自然とアリスのことに移る。


「お姉さんって可愛いよね」
「うんうん、すっごく可愛い」


お姉さんお姉さん、なんていい響き。

アリスは二人のする事に、いちいち驚いてくれる。
その反応が可愛くて、もっともっと驚かせたくなる。
もっとこっちを見て、もっともっと笑って欲しい。

アリスは、ディーとダムを普通に受け入れてくれる、数少ない一人だ。

ディーとダムが好きだと言っても、ただ照れるだけで振り払ったりしない。
殴ったりしない。拒絶したりしない。
全然怖くないわけではないのだろうが、それでも乗り越えようとしてくれる。抱きしめてくれる。

それが二人には不思議で嬉しくて、歪んだ愛情は更にアリスに圧し掛かることになる。
ああ、可哀想なお姉さん。


「お姉さん、僕らのこと怖くないって言ってたよね?」
「うんうん。それに、怖かったら、会いになんて来てくれないよ。笑ってもくれないよね」
「そうだよね。おかしなお姉さん。僕らは帽子屋ファミリーなのに」


アリスの言う『怖いこと』など、彼らにとってゴマ粒に毛が生えたようなものだ。

怖いことの基準が恐ろしく低いんだな、とは思うが、この世界の基準値ではない。
この世界の普通ラインは、アリスの想像よりもっともっと上だ。
無駄に怖がらせたくはないので、告げてはいないが。

だから、彼女の基準に合わせることは難しいが、アリスが嫌だと言うのなら努力するつもりはある。

もしもアリスに、自分達の仕事内容を逐一報告したら、彼女は卒倒するかもしれない。
悪戯心でちょっとだけやってみたいような気がするが、さすがに実行はしていない。
そんな事をして嫌われては元も子もない。


「でもさ、ファミリーを抜けろとか、そんなことは言われたことないよね。マフィアとか関係ないくらいに、好きってことかな?」


アリスは、この帽子屋敷がマフィアだということを知っている。
知っていて尚、彼女はここを滞在先に選んだ。
そして変わらず会いに来る。だから――本人は否定するが、実は物凄く度胸があるのだ。


「それはどうかな、兄弟。関係ないくらい、好きになってくれるといいんだけど」


仕事も年齢も、身長さえも関係ないぐらいに。

アリスはディーやダムよりも、少し背が高い。
抱きついて見上げるのも好きだけれど、やはり包み込むように抱きしめてみたい。
最近そう思うようになった。

以前、アリスがブラッドと並んでいるのを見た時、二人はとても似合っていると思ってしまった。
この身長差は時に有利となり、時に不利となる。オレンジ色の兎は、流石にでか過ぎるのでどうでもいい。
奴はたまにアリスに抱きついていて腹がたつ。大人のくせに。

はぁ、とディーとダムは同時に溜息を吐いた。

好きな気持ちは、日に日に膨らみ続けている。
一体どこまで膨らむのだろう。二人には見当もつかない。
胸に大きな風船を抱えているかのようだ。針で突いても、けして割れることはない風船。


「お姉さん、僕らのこと好きだって言ったよね?」
「うん、確かに言った。でも、お姉さんは僕たちみたいには思ってないんだろうけど」


アリスの言う好きと、自分達の言う好き。
その好きの意味合いは、両者で食い違っている。

聡い二人は、そのことに勘付いていた。


「僕らは、真剣にお姉さんが好きなのに」
「うん。どうしたら、お姉さんは真剣に受け取ってくれるんだろう」


以前、真剣に好きなのだとアリスに訴えた時、アリスは僅かに怯える表情を見せた。
二人自身に対する怯えではなく、己に対する葛藤にも似た怯えだと二人は読んだ。

だからその時は、それ以上にアリスを追撃することを止めておいた。

アリスが、恋愛に対して酷く臆病になっていることは知っている。
けれど、もう手遅れだ。
ディーとダムはアリスに振り向いて欲しくて、努力を惜しまないつもりだから。もう逃げられない。


「どうしたら恋人になれるかな」
「恋人になりたいね、兄弟」
「うん、恋人になりたいよ」


口をついて出た『恋人』という甘い響きに、二人は思いを馳せた。

アリスが恋人なら、どんなにか幸せなことだろう。

想像しただけで嬉しくなる。
けれど、実際問題どうしたらいいのかわからない。
何せ、異性として誰かを好きになるのは、二人にとって初めてのことだ。

どういうステップを踏めば、アリスは恋人になってくれるのか。
何かしなくてはならないのなら、早く行動に移さねば。そして、早くアリスと恋人になりたい。

今の彼女との――ゆるやかな関係も、それはそれでいいのだが、二人としてはその上の段へいきたいところだ。

それに、今の弟位置に甘んじていられる状況ではなくなってきた。

アリスは、ブラッドやエリオットとも仲が良い。
それどころか、他勢力の有力者とも親交があるというではないか。
特にハートの城の白い腹黒宰相は、アリスに異常に執着しているという。
もたついていたら手遅れになるのは目に見えていた。

ハートの城というと、二人が真っ先に思い出すのは、かの赤い迷子騎士だ。

あいつも、アリスにちょっかいを出しているのだろうか。
この間、アリスが偶然居合わせた時に、彼女に馴れ馴れしく話しかけていた。

アリスの反応から見ても、二人は既に知り合いのようだった。
万が一にも、アリスと迷子騎士が――という最悪の事態を想像してしまい、激しい破壊衝動が二人の胸を突いた。

迷子を他の誰かに当てはめても同じことで、アリスだけは誰にも取られたくない。
どうしても。
たとえ、我らがボス相手だとしても。

ブラッドが相手ではこちらの分が悪すぎるが、アリスの為なら何だってやる。


「好きだって何度も言うだけじゃ、駄目なのかな?」
「駄目なのかも。現に、お姉さんはまだ恋人になってくれていないよ」
「うーん、他に必要なものがあるのかな?」
「必要なものか……あるのかもしれないね」


とは言うものの、その必要なものの見当が全くつかない。

何をしたら恋人になってくれるだろう、とディーとダムは頭を捻った。

アリスが、自分達を好きだと言った。
その言質を盾に、強引に話を展開させることも考えた。

アリスは割と流されやすい。
二人にかかればそれも容易いことだろう。だがそれでは違う気がする。

大人びた子供達は、ただあるがまま育った。
世界のルールは生まれた時から体に刻まれていたし、それで不自由なこともなかった。

気味が悪いと言われ育てば、そんな大人を手本にしようという気も失せる。
そもそも、参考になりそうな大人など、周りに――と考えて、ダムは閃いた。


「そうだ、ボスに聞いてみる?」


そうダムが提案すると、ディーはすかさず頷いた。


「ボスか……ああ、それはいい考えだね。さすがは兄弟」


我らがボス、ブラッドには常に女の影が絶えない。
ほとんどが向こうから寄ってくるらしいが、とりあえずは自分達よりもこういったことの経験がある筈だ。
参考意見として彼にアドバイスを求めるのは、悪くない考えに思う。

そうと決まれば、即行動に移さねば。

ディーとダムは急いで屋敷へ駆け戻ると、ブラッドの部屋へ直行した。

今は昼の時間帯だから、きっとブラッドの機嫌は悪いだろう。
むしろ、寝ているかもしれない。最悪、撃たれるかもしれない。
彼が寝ていたら叩き起こすかどうか迷いながら、二人は駆けていった。






幸い、ブラッドは起きていた。
ただし――予想の範囲内ではあるが、彼の機嫌はよくないようだった。
その眉間にはくっきりと皺が寄っている。


「ねぇ、ボス」
「おや、お前達……今は仕事中のはずだが?」


常に気だるそうなブラッドが、やっぱりだるそうに呟く。

その視線はいつもよりも少し冷たい。
昼間だということも相まって、いつもより言葉の端々に彼の不機嫌さが滲み出ていた。

ディーとダムは気に留めずに、笑顔で流すことにした。
ブラッドの機嫌は悪いが、撃たれそうな程ではないと判断した。


「いいじゃない、ちょっとした休憩だよ。ボス」
「それよりも、ボス。僕ら、ボスに聞きたいことがあるんだ」
「ほう、何だね?」


ブラッドは眉をあげると、とりあえず二人をソファへ座らせた。

ブラッドは、気晴らしも兼ねて、ちょうど紅茶を飲もうとしていた所だった。
ポットを手にすると、カップに三人の分を丁寧に注いでいく。
いくら気分が悪くても、紅茶をぞんざいに扱うことだけはない。

双子がブラッドに相談にくるという珍しい出来事に、少しばかりの好奇心が疼いた。
その好奇心は、昼のもたらす倦怠感に打ち勝った。

ディーとダムはソファに座るや否や、口を揃えて同時に言った。


「どうしたら恋人になれるの?」
「何をしたら恋人になれるの?」


唐突にそう言われ、ブラッドは面食らった。

話の前後関係が判らないので、ただ咳払いをひとつ返すだけに留まる。


「……二人とも、結論から言わず、最初から説明しなさい」


ブラッドは溜息をつきながら、二人に説明を促した。
ディーとダムはきょとんと顔を見合わせた後、どちらが説明するかを視線で話し合った。


「最初からだね、わかったよ」


今回は、ダムが説明することになったようだ。
ディーの方はダムに丸投げするつもりらしく、のんびりとカップに口をつけている。


「僕ら、お姉さんが好きなんだ。だから、お姉さんに恋人になって欲しくて」
「お嬢さん?」


ブラッドは思わず聞き返していた。
その声音には、やや驚きが滲む。

ディーとダムは、深く頷いて返した。

ディーがカップをテーブルに戻す。
茶器を乱雑に扱ってはブラッドに烈火のごとく叱られるので、手つきは普段よりも丁寧だ。


「うん。僕ら、お姉さんのことが好きだから。でも、どうしたら恋人になれるのか知らないんだ」
「だからボス、教えて教えて」


ディーとダムはブラッドにせがんだ。
給料アップは後でもいい、休みだってしばらくなくてもいいから、とまで言われ、ブラッドは我が耳を疑った。

自分の欲望に忠実な子供達が、欲よりもアリスに関わることを優先させるなんて。

こんな珍しいことは、滅多に見られるものではない。
驚きで気だるさが完璧に吹き飛んでしまった。
驚愕も表面には出さず、ブラッドは優雅な動作で紅茶を一口飲んだ。


「……難儀な子だな、まったく」


ブラッドの言葉は、目の前にいる門番達に向けられたものか、かの余所者に向けられたものか、どちらなのかはわからない。
ディーとダムは、大人しくブラッドの言葉を待っている。

いつもはぎゃーぎゃーと騒がしいぐらいなのに、とブラッドは静かに戸惑った。

大人しい双子など、こちらが落ち着かない。
ひょっとして熱でもあるのではないだろうか。ああ、知恵熱の類かもしれない。


「そもそも、お嬢さんに好きだとは伝えたのか?」
「言ったよ! それこそ、何回も言った」
「けどお姉さん、真剣に受け取ってくれないんだ……何でだろう」
「ふむ」


余所者アリス。
過去に傷を抱える子。
自分を見ると、いつも微妙な顔をする子。

その顔は何なんだ、と問い詰めたくなったことが多々ある。
嫌われているように見えるが、行動を見る限り嫌われてはいない。

ただ、自分との距離が近づくことを非常に警戒している。

それがマフィアのボスという肩書きのせいか、そこまでは判らない。
別の理由があるとブラッドは見ている。
マフィアの肩書きを敬遠しているのなら、この双子やエリオットにも近寄ろうとはしないだろう。

お世辞にも純粋で真っ直ぐだとは言い難い子だが、アリスのひねくれ具合は好きだ。
頭の回転も悪くないと思う。何より、自分と通じるものがある。

自分だけでなく、エリオットや部下達までも、アリスのことを気に入っているのは知っていた。

でもまさか、この二人まで――しかも、ここまで深く進行していたなんて。

余所者の力は恐ろしいものだな、とブラッドは内心呟いた。
本当に、アリスには心から脱帽する。

自分もそうなのだが、この子たちも自分に劣らず飽きっぽい。
自分と違うのは、彼らが飽き性なのは彼らが子供であるが故だ、という点ぐらいだ。

それなのに、二人はアリスを恋人にしたいとまで言う。

それがただの一時の思いつきではないことは、彼らの表情を見れば一目瞭然だった。
いっぱしの男の顔つきをしているではないか。

ブラッドは二人の様子を観察しながら、深く息を吐いた。

本当に――いつの間に、アリスの存在は、我々にとってこんなに大きくなったのだろうか。
薄っすらと畏怖の念すら覚える。

自分に気に入られ、エリオット懐かれ、双子には愛される。
部下達も親切で、何かとアリスには世話を焼いている。

ハートの城の残酷な女王や、狡猾な宰相。
一見とっつき易そうに見せかけて、踏み込むことを許さない騎士に、偏屈で根暗な時計屋。
顔色の悪い夢魔に、音楽センス皆無の公爵。ついでに、気まぐれなピンク色の猫もしかり。

アリスは自覚がないだろうが、これは偉業だ。

少なくともブラッドはそう思う。
ブラッドだけでなく、恐らく誰もがそう思っていることだろう。口には出さないだけで。

皆の心を掴んで離さないなんて、どんな高名な勇者でも成し遂げられることではない。

最初は、一体どんな手管を使ってくるのか興味津々だった。

だが、アリスは何も特別なことをしたわけではない。
ただ一緒に過ごし、話すうちに、じわじわと内側へ浸透してくる。

ただ、それだけだった。
初めから此方が興味を持っていたという点で、既にアリスの方が優勢だったのだ。

それも意図してやったのではなく、無意識というところが性質が悪い。
この双子が真剣に彼女を愛するようになるとは、本人も予想していなかったのではないか。
だから今現在、彼らの悩みの種になっているようだが。


「まずは、真剣だと伝えることが先決だろうな」


ブラッドはティーカップを置くと、深く息を吐いた。

たまにはちゃんと答えてやってもいい、という気になった。
ここで適当なことを言うのも面白いと思ったが、問題はアリスだ。
ここでしたアドバイスは十中八九実行されるであろうから、アリスが可哀想なことになる。


「ああ、追い詰めてはいけないよ。お嬢さんはそういう気配が苦手のようだから」


間違っても、斧をつきつけて脅すなんてことはしてはいけない。

アリスも、彼らが残酷な子供であることは知っているだろう。

けれど、純粋なる殺意を向けられたことはない筈だ。
初対面の時を除いて。今再び正面から殺意を向けてしまえば、萎縮させるだけだ。
それはけして得策ではない。

二人は真剣な眼差しでブラッドの話に聞き入っている。
仕事の指示もこのくらい真剣に聞いてくれたら、とブラッドは嘆息した。


「好意の示し方は大切だ。言葉で伝えることも大切だが、たまには変化がある方がいい。そう例えば……贈り物をする、とか。まだ何かちゃんとした物をあげていないのなら、効果はあるだろう。ただし、慎重にな。最初の贈り物は大切だ」


贈り物、とディーが小さく繰り返した。ブラッドは頷く。


「贈り物は、お前達が欲しいものじゃなく、お嬢さんの望むものを考えるんだぞ。ちゃんと、お嬢さんに合わせなさい」


ナイフ詰め合わせセットとかを選んで贈りそうな気がしたので、ブラッドは親切にも付け加えた。
アリスの引きつる顔までが目に浮かんで、見ていられない。ディーとダムは素直に頷いた。


「ふむふむ。ありがとう、ボス」
「さすがボスだね。じゃあ早速実行してみようよ、兄弟」


ディーとダムは、弾むような声で話し合う。
ブラッドは二人の様子を眺めながら、息を吐いた。

本当に、この子供達ときたら。

彼らは器用そうに見えて、実は少しだけ不器用だ。
本人達は真剣なのだろうが、距離の詰め方などが今ひとつ上手くない。

攻め方はちゃんと心得ているようだが。
自分達の魅力が何なのか知った上で、最大限に利用することに成功している。

比べるのも何だが、エリオットよりは遥かに器用であるに違いない。
もし相談に来たのがエリオットだったなら、それこそブラッドは困り果てていただろう。


「いいさ。部下の悩みを解決してやるのも、上司の役割だからな。……ああ、お前達。実行するのはいいが、仕事が終わってからにしなさい」


はーい、と適当な返事をしながら、ディーとダムは足取り軽く駆けて行った。

あの様子では多分、仕事はしないだろう。
別段、今はそれを咎める気分ではないけれど。

ブラッドは、だるそうにソファに体を沈めた。
門番達とアリス。一見、可愛らしい組み合わせに見える。


「よりによって、あの二人に好かれるとは……アリスも哀れだな」


面白いことになったなと思う一方で、ブラッドの口から出たのは憐憫の言葉だった。







===== あとがき ===

2008年8月発行『ぼくらのおねえさん』より。

双子が早くも本気モード突入しかけ。