刻みゆく時の中で










太陽が燦々と世界を温めている。
そんな明るい天候に似合わず、苦虫を噛み潰したような顔の少女がいた。


「……んー」


溜息と共に吐き出される唸り声。眉間に刻まれた皺は、くっきりと深い。

アリスの頭を巡っているのは、恋人のことだった。
帽子屋ファミリー随一の凶悪な双子の門番、ディーとダム。彼らと恋仲になって久しい。

余所者として招かれたこの世界に、アリスは残ると決めた。
この世界で、ディーとダムと一緒に生きていこう、と。その気持ちは、決意した瞬間からずっと堅牢なものだ。

幸せなのだ。怖いくらい。

二対一、というこの状態がそもそも大きく間違っていようが。誰が何と言おうと。

けれど。

彼らの過度なスキンシップに、アリスはいささか疲れ始めていた。


(疲れる……っていうか、身が持たないというか)


勿論、ディーとダムのことは好きだ。
それは変わりないし、これからもそうだと自信をもって言うことができる。

けれど、いくら恋人とはいえ、毎日毎日――しかも四六時中ひっついていたのでは、アリスの気が休まらない。

彼らの前で、気の緩みきった自分をさらけだす勇気は、アリスにはまだない。
そんな醜態は出来る限り見られたくないし、どうせなら良い所だけを見せたい。
アリスにも、そのくらいの見栄はあった。もともと見栄っぱりな性格なのだ。

たまには一人の時間も欲しい、とアリスは二人に持ちかけたことが多々ある。

けれど、そう彼らに訴えたところで、嫌だ嫌だと言われるのがオチだ。
彼らは、素直に「うん」とは言わない。
ごねられ、すねられ――愛が足りないのかなどと見当違いな解釈をされ、最後は泣き落としだ。

そこで強行できるほど、アリスの意思は強くはなかった。甘い、という自覚はある。
いつもいつもいつもいつも、気がついた時には、二人に言いくるめられている。

だからアリスは、人知れず悩んでいた。


「……うー」


出かけたいのなら、彼らが仕事をしている間に、こっそり出かけてしまえばいい。
さっき思いついたばかりなのだが、これはなかなかいい案だと思う。

ここ帽子屋屋敷の敷地内は、一人になるには不向きだった。
そこかしこにメイドたちがいるし、ディーとダムの方が立場は上だから、もし自分の居場所を聞かれたらすぐに教えてしまうだろう。

いつ見つかるか冷や冷やしながら過ごすよりは、精神的にも良い。
一人の時間をたっぷり確保するには、外に行くしかないのだ。

けれど、そこに問題があった。

彼らは門番であるが故に、正門を利用すると確実に見つかる。
そうなると少し厄介だ。ディーとダム自身が、ではなく。

二人はサボりの常習犯だが、アリスが率先して仕事をサボらせるわけにはいかない。
かといって、絶対に来るなとも言えない。


(いや、言うんだけど聞いて貰えないっていうか……押し切られるっていうか)


つまるところ、アリスはふたりを止められない。

だから一番いいのは、彼らに会わずに外へ行けることなのだけれど――。


(門を通らないで済む方法っていうと……)


塀をこえることも考えた。
けれど、屋敷をぐるりと囲むようにそびえ立つ外壁は高すぎて、アリスに乗り越えることは不可能だ。というか、それではまるで不審者ではないか。


(こんなに広い屋敷だもの。抜け道のひとつくらい、あるんじゃない?)


そう思いついたアリスは、エリオットに相談することにした。

主であるブラッドの方が確実だろうが、あんまり彼に弱みを握られたくない。後々まで影響がありそうで嫌だ。

比べて、詮索はされるだろうが、エリオットの方が気性がカラッとしている。
ただ難点があるとすれば、彼はあまり考えずに物を言ってしまうことか。

けれど、そっちの方がマシである。
ブラッドに延々とからかわれるよりは、余程。

そう判断したアリスは、さっそく彼の部屋へと向かった。


 



アリスが彼の部屋を訪ねた時、運良く、彼は自室に戻っていた。

彼はちょうど休憩中だったらしく、少し寝ていたのだ、という。
言われてみれば、髪の毛がやや乱れているような気がする。


「抜け道??」


体を伸ばしながら、エリオットは聞き返してきた。


「うん。裏口みたいなの、ある?」


エリオットは「んー」と首を捻った。


「まぁ、あるにはあるが……どうした?」


正門から出て、何かまずいことでもあるのか。
そう、エリオットの視線が語る。


「怪しい、よね。分かってるんだけど」
「いや、別にあんたは怪しくないって。ただ、なんか……妙なことに巻き込まれてるんじゃないか、って思ってな」


言いながら、エリオットは渋い顔になる。


(う……)


その心遣いがありがたいけれど、アリスは彼に申し訳ない気分になった。

そんな大層なことではない。
ただの――アリスの我侭だ。

気まずくなったアリスは、視線をやや逸らした。


「……二人に内緒で、出かけたいの」
「ガキどもに? そりゃまた、何で」


エリオットは思考が素直に口に出る。

エリオットの疑問は正当なものだ。
ディーとダムはアリスの恋人で、喧嘩をしている状態でもない限り、避ける必要なんてない。


(隠しても、変に思われるよね……)


彼には正直に理由を話しておいても害はないだろう。


「ちょっと一人になりたくて。息抜き、かな」
「あー……あいつら、あんたにべったりだもんなー」
「うん。って、いや、その……二人のことは好きなんだけどね。でも、四六時中一緒にいると、何と言うか」


アリスの言葉を、エリオットが引き継いでくれた。


「疲れるよなーガキどもの世話も。いいぜ、ついてきな」
「あ、ありがとう、エリオット!」


エリオットは納得したような顔でしみじみと言い、アリスの頼みを快諾してくれた。

アリスはパッと顔を輝かせた。
この帽子屋屋敷の中では、エリオットが一番、我侭を聞いてくれる……もとい、こちらの言い分を優先してくれる。
ブラッドは彼のしたいようにしか行動しないマイペースな男だし、ディーとダムも、アリス優先なのはエリオットと同じだが、その手腕はやや強引だ。
最後には、彼らの意思に沿うよう上手く持っていかれる。それが、たまに悔しくてたまらない。

そうすると、必然的に、矛先はエリオットに向く。
エリオットは人の良さそうな笑みを浮かべた。


「はは、いいっていいって。その代わりに、今度にんじんケーキ奢ってくれな!」
「ふふ、わかったわ」


可愛いウサギさんだ。
アリスはつられて微笑んだ。お互い、にこにこーっと笑顔になる。
邪気のない笑みだ。同じ笑顔でも、双子のそれは「何か企んでるのか」と思わせるのに。

エリオットは、マフィアらしく柄こそ悪いが、頼れるお兄さんでもある。
もとい、帽子屋ファミリーの中で、安心して頼っていいのはエリオットだといえる。


「よし、行くか。あー、言っとくけど、足元すげー危ねぇからな」
「うん」
「だから、手、貸せよ。ほら」
「え」


エリオットは、片方の手をアリスへ伸ばした。

これは、自分の手を取れということか。

それ以外には、考えつかない。
アリスは固まったまま、どうするべきかを迷った。
その間も、エリオットは手を引っ込めない。


「足元、マジで危ないんだって。だから、手を引いてやるよ」


エリオットは親切心から言ってくれていることで、他意などない。だが、アリスはためらった。
男の人と手を繋ぐのはあまり良くないというか、恥ずかしいというか、色々と駄目な気がする。
何故かディーとダムの顔が脳裏にちらついたので、アリスは頭を振った。


「子供じゃないんだから、手を引かれなくてもついていけるわ」
「そっか? んじゃ、行くぜ」


エリオットは別段気を悪くした様子もなく、歩き出した。
アリスも後を追い、隣に並ぶ。

すぐに、アリスは後悔することになった。


(これは、きついわ)


アリスは、日ごろの運動不足を実感した。
危ない、とエリオットが言っただけのことはある。非常に足場が悪い。

けれど、さすがというかエリオットは涼しい顔で、ずんずんと先に進んでいく。
もともと素晴らしく長身の彼とアリスとはコンパスの差があるが、それ以上に早い。

早く彼に追いつかなければと焦った、その時。


「わっ!」


ぐらり、とアリスの体が傾いた。


(転ぶっ!!)


アリスはきたるべき衝撃に備えて、咄嗟に目を瞑った。
どん、という衝撃を体に感じたが、全く痛くはない。

いつまで経っても転倒する気配がないので、アリスは恐る恐る目を開けた。


「……?」
「平気か?」


エリオットの顔が間近にあって、アリスは絶句した。
アリスが答えないので、エリオットは心配そうに首を傾ける。


「アリス? 大丈夫か?」
「あ、ありがとう」


エリオットが、体でアリスを受け止めていてくれた。慌てて体を離す。

アリスが照れながら礼を告げると、エリオットは微笑んだ。本当によく笑うウサギさんだ。
初対面のあれは幻だったのか、とすら思えてくる。


「早かったか。ちょっとスピード落とすからな」
「ううん、大丈夫よ」


アリスが強がると、エリオットの片耳がぴょこんと跳ねた。片眉があがる。


「……転びそうだったくせに?」


エリオットが意地悪そうにニヤリと笑う。


「気をつけるんだぜ。あんたって鈍そうだもんなー抱えてやろうか?」
「失礼なっ! 普通よ、普通!」


本当かー? と、エリオットはからかうように言いながら、カラカラと笑った。
アリスは言い返すことができずに、軽く睨んで返した。


「言ったろ? 足元、すげー悪いって」
「うう……気をつける」


むくれたように見せているが、アリスは機嫌が悪いわけではない。
むしろ、上々といったところだ。

ほら、と差し出された彼の手を、今度は素直に握ることができた。






エリオットに案内され、アリスは市街へ辿り着いた。
あれからまた何度も転びそうになったが、エリオットがうまく立ち回って庇ってくれた。


(頼もしいなー)


そう改めて実感する。

エリオットは可愛いが、こういう所は大人だ。
全力で寄りかかったとしても、軽々と受け止めてくれそうな気がする。

しかも、それが何でもないような顔をして、にっこり満面の笑顔を浮かべるのだ。
そんなずっしりした安心感がある。


「ありがと、エリオット。仕事があったのに、ごめんね」


言ってから、アリスは心の中で落ち込んだ。


(ずるいなあ、私)


エリオットが『かまわない』と言ってくれることを知っていて、こういう言い方をする。
嫌な顔など、彼は一度だってしたことがないのに。そうして、勝手に許された気分になる。

エリオットは案の定、口元に笑みを刻んだ。


「いいって。どうせ俺も、こっち方面に用事あったし」
「あら、そうなの?」


それは初耳だった。
たった今、即席で作った理由なのかもしれないが、これはちょっと救われた気になる。


「ああ。でも、ついてきちゃ駄目だぜ?」
「え?」
「ちょっとばかり、怖い思いすることになるかもしれねぇからなー。あー……でも、アンタが怖い思いしてみたいんなら、止めねぇけど」
「……もちろん、遠慮しとく」


誰が好き好んで恐怖体験をしたいというのだろう。
そんな自虐趣味はない。アリスは丁重に辞退した。

じゃあな、と背を向けたエリオットの袖を、アリスは慌てて掴んだ。
どうしたのか、とエリオットが振り返る。


「どのくらいかかりそう?」
「ん? 何が?」
「仕事。帰りに待ち合わせして、にんじんケーキ食べに行きましょうよ。奢るから」


アリスが提案すると、エリオットは顔を輝かせた。
耳が嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねている。


「まじで!? あんたって本当に優しいなっ!」


がばーっと力いっぱいに抱きつかれて、アリスは呻いた。
乙女にあるまじき、蛙の潰れたような声が出てしまう。


「いやいや、私にも下心があるの。帰りも一緒に連れて帰ってもらいたいな、っていうね」
「あー、そっか。悪い、帰りまで考えてなかったぜ」


アリスはくすりと笑った。
正直に言うエリオットが可愛い。


「じゃあ、改めてお願いね。私を連れて帰ってくれる?」


悪戯っぽく笑うと、エリオットは快く首を縦に振った。


「ああ、当たり前だろ。んじゃ、仕事、さくっと終わらせてくるからな。どこで待ち合わせにする?」
「そうねー……」


時計塔の広場ではどうか、と言いかけて、アリスはやめた。危なかった。
ユリウスを連想させるような単語は、彼の前で口に出さない方がいい。

エリオットの、ユリウスへの憎しみは半端ない。
過去に何か確執があったのだろう。そう思うが、詳細は未だ聞き出せずにいる。

アリスが聞けば、エリオットは何でも話してくれるだろう。恐らく。

けれど、無闇に他人の深い場所に踏み込みたくはなかった。
踏み込むと怪我をしかねないような、そんな予感すらするのだから。


「ここら辺りでぶらぶらするつもりだから、戻って来てくれたら見つけてみせるわ」


ただでさえエリオットは目立つ容貌をしているし、何より長身だから人ごみに紛れていても、見つけやすい。
間違えない自信はある。


「おう! じゃあ、また後でな!」
「うん、また後で」


エリオットと別れると、アリスはめいっぱい伸びをした。
一人でみる景色は、確かに違って見えた。

その事に、アリスはちょっぴり感動していた。






「疲れたねー」
「うん、疲れたー」


仕事が終わった二人は、その足ですぐにアリスの部屋へと向かった。

早くアリスの顔が見たい。
たくさん甘えたい。

片時も離れたくない、と思うようになって久しい。


「はやく会いたいね」
「僕も僕もー」


生活に潤いができたことで、二人の心には充足感が生まれていた。
アリスは、ディーとダムの彩りとなったのだ。


「お姉さん」
「お姉さーん」


声をかけながら、ドアをノックする。
鍵がかかっていないことは知っている。
気分的には、すぐさまドアを開けて飛びつきたい。

けれど、いきなり部屋に入ってくれるなというアリスとの約束があった。


「……?」


反応がない。

ディーとダムは顔を見合わせた。


「あれ、いないみたいだよ」


眠っているだけかも、と慎重に気配を探ってみたが、中に人の気配はない。


「……うん、いないね。何処にいるのかな、お姉さん」
「今日は出かけてない筈だから、屋敷の何処かだよね」
「うん。この時間帯はいつも、部屋に居る筈なんだけど」


既に、アリスの行動パターンは熟知していた。
今の時間帯は仕事が、というわけでもない。
仕事のシフトは覚えているし、二人が揃って忘れている筈もないから、勘違いではない。

何よりアリスは、この時間帯には二人の仕事が終わると知っている筈だ。

いつも待っていてくれるのに。


「うーん……待ってみようか」
「そうだね」


ディーとダムはためらいもなくドアを開けると、中へ入り込んだ。


「お姉さんの部屋って、いつも綺麗にしてるよね」
「そうだねー。散らかってるの、見たことないよね」


二人でのんびりとアリスの帰りを待つ。
だが、いつまで経ってもアリスが戻る気配はなく、二人の不安は膨らんでいった。


「遅いね、お姉さん」


耐え切れずに、ダムがぽつりと零す。ディーも頷いて返した。


「そうだね。……何かあったのかな?」
「まさかー。屋敷内にいるんなら、それはないと思うけど」


この屋敷内に、アリスを脅かすような存在はいない。
もしそんな不埒な輩が存在するとしたら、もう既にディーとダムが切り刻んでいる。
ディーとダムだけではなく、ブラッドやエリオットも許さないだろう。
ブラッドが許さないということは、屋敷内ではアリスの安全は保障されているということだ。

まさか。

でも。

芽生えた疑惑は、妙な胸騒ぎに変わる。
ディーとダムは顔を見合わせた。


「……探しに行こうか、兄弟」
「そうだね、そうしよう」


二人は腰を上げると、アリスの捜索に出かけた。

通りがかる使用人達全員に聞いてみたが、皆が口をそろえたようにアリスを見かけていないという。

ディーとダムは首を傾げた。
今日は珍しく、真面目に仕事をしていたのだ。猫の子一匹――アリスなら特に、見落とすはずがない。

また一人、メイドを呼び止める。


「ねえ、お姉さんを見なかった? 僕ら探してるんだけど」
「お嬢さまですか〜? 見ましたよ〜」
「え、何処で?」


やっと得られた手がかりに、ディーとダムは食いついた。
メイドはのんびりとした口調で、丁寧に答える。


「エリオット様とご一緒でしたよ〜。前の時間帯ですけど〜。お二人で、何か話してました〜。そういえば、今の時間帯になってからは、お見かけしませんね〜」
「……ひよこウサギと、お姉さんが?」


メイドは恭しく頷く。


「そうです〜。ちらっと見ただけなんですけど〜。お嬢さまの方が、何だか深刻そうでしたよ〜。エリオット様に、ご相談でもされていたのではないでしょうか〜」
「相談? ありえないね、兄弟」
「うん、ありえないよ。兄弟」


ディーとダムは眉間に皺を寄せながら、互いに頷きあった。メイドも習う。


「そうですよね〜。では、私は失礼します〜」


だるだるーっと言いながら、メイドは立ち去った。

ひよこウサギと、アリス。

ありえない組み合わせではないけれど、妙に引っかかる取り合わせだ。

不機嫌になった二人は、急いでアリスを捜索することにした。
アリスに関する手がかりは少なくても、エリオットに関するものならそれなりに集まる。

屋敷内の捜索はし尽くした。
これから外へ向かおうとしている途中、遠くに、求める姿を見つけた。


「……お姉さん?」
「お姉さんだね」


二人は駆け寄ろうとし、足を止めた。
アリスの隣に、見飽きたオレンジ頭が見える。

エリオットだ。
アリスがエリオットと歩いている。しかも、仲睦まじげに手を繋いで。


「何で」


ダムは思わず呟いていた。
ディーもそっくり同じ気持ちだった。
思いがけない光景に遭遇し、頭が混乱する。

何で、よりにもよってエリオットなんかといるのだろう。

外出していたのか? いつのまに?

正門は通っていない。

なら、抜け道を使ったのか。

アリスが抜け道を知っている筈がない。

ならば、エリオットが教えたのか。

でも、何で一緒にいる?

正門を通らなかったのは、自分達に見つかると思ったからだろう。

でなければ、わざわざあんな複雑な道を行こうとはしないはずだ。

何で、見られずに出かける必要があった? 

内緒で出かけたかった?

エリオットと一緒だから?

それはつまり、ディーとダムにとってまずい事をしているという自覚があってやったということだ。

だから、つまり。


「……」
「……」


アリスは楽しそうにエリオットに話しかけている。
二人の間に割り込めない空気を感じて、ディーとダムは石のように固まったまま動けなかった。


「お姉さん」


縋るような声で、ディーは呟く。
その声は、空中で溶けて消えてしまいそうだった。

アリスは笑っている。
どうして、そんなに嬉しそうに笑うのだろう。

なんで、自分達以外に、そんな。

胸の辺りが、きゅうっと締めつけられる。
ディーとダムは、無言でその場を後にした。






アリスが異変を感じたのは、夜の時間帯に変わってからだった。


「……おかしいなぁ」


アリスは一人、呟いた。

就寝しようとしているのに、今日は双子が現れない。

二人は、アリスと一緒の時間帯に休憩を取れるよう申請し、ブラッドに調整してもらっている。
確かに以前、そう言っていたのに。
三人で一緒に寝ることが日課のようになっていたから、一人で眠ることに違和感すら覚える。
べったりだった分、少しの時間帯離れているだけで不安が芽生えた。


「急な仕事が入った、とか?」


何となく寂しいので、思考は口をついて出た。
一人きりだと、部屋まで広い気がしてくる。


「そんなわけないか。仕事だったら、行く前にぶちぶち言いにくるし……」


仕事の前にたっぷり愚痴を言って、だるだるーっとしてから行くだろう。


(何か、嫌な予感がする)


胸騒ぎがした。
もしかすると、二人に何かあったのだろうか。怪我でもして、動けないとか。


「ど、どうしよう……」


どうするも何も、ここで待っているだけでは情報は入ってこない。
アリスは夜着を脱ぎ捨てると、普段着に着替えた。悠長にリボンなど結んでいる場合ではない。
ボタンを留めるのももどかしく感じながら、とりあえず格好を整えると、アリスは足早に部屋を後にした。

歩きながら、考える。
誰に尋ねればいいのだろう。
やはり、ブラッドかエリオットが確実な線か。

ブラッドには、正直あまり聞きたくなかったが――恐らく、首を突っ込んできそうだ――そんなことも言っていられない。
ブラッドの部屋に直行すると、幸い、彼は部屋に居た。エリオットもいる。


「ブラッド、エリオット」
「おや、お嬢さん」
「おう。どうした、アリス。血相変えて」


二人は話を中断して、アリスを受け入れてくれた。
手には、いくつか書類を持っていた。仕事の話をしていたのだろうか。

私用で割り込んで悪いなと思ったが、こっちだって急いでいる。
アリスは、ためらいがちに切り出した。


「あの、二人を見なかった?」
「二人、とは? 誰のことかな?」
「ディーとダムよ。二人とも、まだ仕事なの?」


ブラッドはわかって言っている。
時間があればたっぷり応戦したいところだが、今は彼と言葉で遊んでいる場合ではない。
回りくどいことはせず、ストレートに返した。

アリスがもっと噛みついてくると思ったらしいブラッドは、意外そうな顔をした後、すんなりと答えてくれた。


「いいや? 今は休みの筈だが……本当に、どうしたんだね? お嬢さん。顔色が非常に良くない」
「休み……なの?」


拍子抜けした。
気負いが肩からすとんと抜け落ちる。

アリスが呆然と呟くと、ブラッドは再度頷いて、肯定してくれた。


「ああ。どうした、君達が一緒でないとは珍しいな。喧嘩でもしたか?」
「喧嘩―? もしかして、あのクソガキども、あんたに何かしたのか?」
「違う、違うの。あの」


訂正しようとして、アリスは凍りついた。

いつも一緒に寝てるのに来なかったから、おかしいと不安になった、などと言えるわけがない。
口が裂けても言えない。

アリスは慌てて言葉を飲み込むと、努めて冷静な口調を作った。


「……二人が無事なら、いいの。邪魔して悪かったわね、ブラッド。エリオット」


すまして言うと、ブラッドは気だるそうに首を振った。


「構わないよ、お嬢さん。門番達を見かけたら、君が探していたと伝えよう」
「いいわよ、そんなの言わなくても。じゃあね」


アリスは精一杯強がってみせると、ブラッドの部屋を立ち去った。胸にわだかまりを残したままで。


「……エリオット」
「ん、何だ? ブラッド」


ブラッドに話しかけられても、エリオットの視線は動かない。
エリオットは、アリスが出て行ったばかりのドアを静かに睨みつけている。


「お前、とんでもなく険しい顔をしているぞ」
「そっかー? いつもこんなんだろ、俺」
「お前は……」


不器用だな、とブラッドは呆れた声で続けた。
その言葉がエリオットの耳に届いていたかどうかは、わからない。







===== あとがき ===

2008年12月発行『おねえさんあのね。』より。

ちょっとエリオット寄り?