恋人達の午後
アジトで、何をするでもなしにのんびりと過ごしていた。
ソファに寝転がりながら、本をパラパラとめくってはいるが、没頭はしていない。
斜め前の椅子には、いつの間にかシャルナークがいる。
パソコンで何やら作業をしているようだが、仕事ではないだろう。仕事の時とはまるで表情が違う。
隙間から差し込む、春の柔らかい陽射しが肌に優しい。
この気だるい陽気を嫌う者もいるが、は割と好きだった。
アジトでは、二人の他にも何人か戻ってきている。
特にお互い干渉するでもなく、それぞれ好きなように過ごしていた。
「んー……そろそろ飽きちゃったなぁ」
「何が?」
小さな呟きが聞こえたので、は顔をあげると、何気なく問いかけた。
シャルナークはの方に顔を向けると、やわらかく微笑んだ。
「今、俺に貢いでくれてる女のコトだよ。いい加減飽きた」
あまりの言い方に、は口を噤んだ。
はシャルナークの、その春の陽射しのような笑顔を曲者だと思う。
そんな人の良さそうな笑顔をするくせに、口ではそんな事を平気で言う。
シャルナークは顔が良い。それに、頭も良い。
だから、彼に寄ってくる女は多いのだろうとは思うが…。
本性を知らないというのは恐ろしい。
は心から――その女達を哀れに思う。
今までのシャルナークの『彼女』達の末路は、それはもう悲惨なものなのだ。
それは、クロロからも聞いて知っている。
はぁ、と、は意味の無い相槌を打った。
先刻まで、このポカポカした陽気って嫌いじゃないなと和んでいたのに、一瞬にして氷点下に叩き落された気分だ。
その証拠に、腕には鳥肌がたっている。
旅団の男性陣は、結構飽きっぽいのが多い気がする。気のせいだろうか。
「捨てるの?」
「いや? 殺すか、売り飛ばすか。まぁまぁ顔が良いから、そこそこお金になるかなぁ」
は心底呆れてシャルナークを見やった。
もう既に頭では算盤を弾いていそうだ。
冗談ではなく本気なのだから性質が悪い。ため息交じりに零す。
「シャル……そんなコトしてると、いつか刺されるんじゃない?」
「はは、そうかもね」
シャルナークは無邪気に笑ってそう言った。
本当、外見だけは純粋そうなのに。詐欺だろう、これは。
「……罪悪感とかってないの?」
「ん? 別に。遊びでいいって言ってたし」
「そースか……」
悪魔かこの男は。
はがくりと脱力した。コイツに聞いた私が馬鹿だった。
何を思ったのか、シャルナークは嬉しそうに笑った。
の隣に座ると、ニコニコと話しかけてくる。
「何々? ってば、俺のこと気にしてくれてるの?」
「んなワケないっしょ」
「酷いなーもぅ。俺、の事好きなのに」
「ふーん」
は軽く返した。
既に視線は本に戻していたから、そう言ったシャルナークの表情はわからない。
いつものように、どうせふざけているんだろう、と思ったからだった。
何回、その「あいのことば」とやらを囁いたのだろうか。かつての彼の――恋人たちに。
(あれ? 何でムカムカするんだろう……)
何故だか、胃の辺りがすごく重い。
本の頁をめくろうとしたの手が、シャルナークに掴まれた。
シャルナークは声のトーンを落として、もう一度言った。
「本気だよ。が好きだ」
「……シャル?」
思いがけず耳元でささやかれ、背筋がぞくりとした。
は驚いて振り返った。
シャルナークの瞳は、いつになく真剣だった。
その目に、思わず惹き込まれそうになってしまう。
あぁ、これは惚れる筈だよ。
と、思いがけずに彼女達の心情をちょっぴり理解してしまった。
「だから、他の女なんて俺にとってどうでもいい」
「……シャル」
「……は俺の事……どう思う? 嫌い?」
は困惑した。
確かにシャルナークと居ると楽しい。
けれど、それが『恋』なのか。
それに、シャルナークは『本気』なのか。
どうもこの男は読めない。真意がわからないから、答えようがない。
「……好きなヤツ、居るの?」
唐突にシャルナークが呟いた。
少しムスッとして、いかにも不機嫌そうだ。
が返答に困っているのを見て、断ろうとしていると勘違いしたらしい。
「え?」
「団長とか?」
「何でそんな話になるの」
「だってさ、ってば団長と居る時、すっごく楽しそうじゃん」
はぽかんと口を開いた。
今、我ながら間抜けな顔をしていると思う。
「そんな風に見えてるの? そりゃ、クロロとは仲が良いけど……本の話しかしてませんが」
「だって……それにフェイタンとも仲いいよね。どうなの?」
次々とシャルナークから質問が出され、の頭は混乱してきた。
嫉妬という感情故に、シャルナークから見ると全てが疑わしく見えているのだ、とは気づかない。
このまま悪化したら、部屋に置いているサボテンにさえ難癖つけてきそうだ。
「ちょっと待ってくれない? 頭ん中整理するから」
「うん」
シャルナークは素直に頷いた。
それを横目で確認すると、は考え込んだ。
私は誰が好きなんでしょう。
そもそも好きって何なのだろう……と、そこまで考えると深みにはまりそうだから止めておこう。
団長に感じているのは、尊敬の念。
クロロとしてなら、確かに外見も良い上に強い。話も合う。
けれど、今後『団長』よりも『クロロ』を意識するようになるとは思えない。
フェイタンについては、『単なる仕事仲間』といった方が近い。
能力や性格上、一緒に組まされる事が多いというだけで。
見聞きしている『恋』なんてシロモノは、発生する兆しすらない。
そして――はシャルナークに目をやった。
いつも浮かべている笑みは消え、真剣そのものな表情にドキリとする。
(……どうなのかな?)
シャルナークは旅団の頭脳だ。
仕事の時にも、テキパキしていて手際が良い。
今、シャルナークとこうして同じ空間を共有しても苦にも思わない。
ふいに、初めて旅団に来た時の事を思い出した。
初めて旅団に来た時、ニコニコしながらシャルが一番に話しかけてくれた。
そのおかげで、いつのまにか肩の力は抜けていた。
仕事の時や今のように、たまに見せる真摯な表情が『男の人なんだ』と感じる。
(これは……我ながら不覚)
は深い溜め息を吐いた。
今更気づいた感情が、僅かだがそこに在った。
「ねぇ、いつから?」
「え?」
「いつから、私のことそんなに」
「あ、えーっと……うーん……」
シャルナークは考え込んだ。
この感情に気がついたのは、いつだったのだろう。好きだという感情が芽生えたのは、いつだ。
いつから惹かれていたのかはわからない。
は特に美人というわけでもなく、飛びぬけて強いわけでもない。
何故心惹かれたのだろう。
初めて顔合わせをした時には『えらくオドオドした子だな、大丈夫なんだろうか』とさえ思った。
それは緊張しているのだと知ってから、こちらからなるべく話しかけるようにした。
次に会った時、は自分を見ると手を振ってくれた。
微笑んでくれた。
たったそれだけの事が、自分でも驚くほど嬉しかったのを覚えている。
今まで自分に微笑んでくれた人は、どれくらい居ただろう。
旅団のメンバーも笑ってはくれる。
けれど、それはある意味身内だから、別段気にしてはいなかった。
他人から、心から信頼しきった笑みを向けられたのは、随分と久しい事だった。
何だか見守っているような気持ちになって、皆とも次第に馴染んでいく様子をずっと見ていた。
それから、誰にでも笑いかける彼女を見ては、ちょっぴり妬いた。
「わからないけど……最初からって言っても、嘘じゃないと思う」
シャルナークは真剣に向き合い、答えを出してくれた。
ならば、誠意には誠意で返さなくてはならない。
「えーとですね。結論が出ましたが。聞きます?」
「うん」
シャルナークはの目をじっと見つめている。
途端、は、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
何故か緊張してしまう。
言う事になのか、見られる事になのか、にはわからなかった。両方かもしれない。
ただ伝えるだけだというのに、何故こんなにも恥ずかしいのだろう。世の女性らを心底尊敬する。
少し俯いて呟いた。
真正面から視線を合わせたいところだが、とてもじゃないが無理だ。
「多分、シャルが好き……だと、思うの」
それを聞いたシャルナークはパッと顔を輝かせた。花のような笑顔だ。
「ホント? って……なんで『多分』とかつくの?」
「だって……初めてだからよくわからないし……」
もしこれが違っていたら申し訳ないじゃないか。
シャルナークは目を瞠ると、思わずを抱きしめていた。
「、可愛いな」
「……正直に言ったのに!」
は軽くシャルナークを睨んだ。
そうやって怒る様も、シャルナークにとっては、ただ可愛らしく見える。
「はは、ゴメンゴメン。嬉しいからさ、つい」
「もー……って! あー!」
良いムードになりかけたと思いきや、突然が叫んだ。
シャルナークはビックリして、腕中のを見た。
「!? え? ど、どうしたの?」
「言っておきたい事があるんだけど」
は低い声で言い放った。
……その目は完全に据わっていた。
シャルナークは内心少しビビりながらも、恐る恐るに問いかけた。
「何?」
「他に女がいるよーな人とは付き合えません」
そう言うと、はぷいっと横を向いてしまった。
シャルナークは慌てて弁解した。
「え!? だけだよ!?」
「シャルに貢いでる女がいるって言った!!」
「わ、わかった。彼女達とはもう会わないし、別れる。約束する」
焦ったあまり口を滑らしてしまった事に、すぐシャルナークは気づいた。
の目がスッと細められる。まずい。怒ってる。
「達……って、複数いるの」
「い、いるけど、別れる! 別れるから!」
「……円満に別れてね? 恨まれるの嫌だよ」
「もちろん!」
大きく頷くと、はやっと表情をやわらげて――大きな溜息を吐いた。
その肩に、そうっと手を伸ばす。拒絶されなくて、シャルナークは安堵した。
「が傍に居てくれたらそれでいい」
シャルナークは再びを抱きしめた。
も、ためらいがちにシャルナークの背中にそっと手を回した。互いの体温がやけに心地良い。
自分がこんなに人を求めるなんて。
シャルナークは、何だか自分が信じられなくなってきた。
けれど、他の誰でもないを求めている心は変えられない。
こうして共に居ると心が温かいから、それで良いと思う。
ずっと一緒に――彼女の小さな囁きが聞こえたような気がした。
===== あとがき ===
ほのぼのでした。
シャルナークは可愛い感じが似合うと思います。
ではでは、読んでくださってありがとうございました!
(2015.8.27 山藤)