ケーキと愛情
ああ、ツイてない。
シャルナークは不満顔で、パソコンに向かいあっていた。
部屋には、高速でキーボードを叩く音だけが響いている。
その指先は一時も止まることなく、生き物のようにしなやかに動く。
シャルナークは今、次の仕事の下調べをしていた。
今朝になって、クロロに呼び出されたのだ。それも、変更の報せ。シャルナークの機嫌は急降下した。
せっかく人が調べ上げたのに。
理由は一つ。
『クロロがその宝に興味を失ったから』。
そして今度は別件を見つけてきたらしい。
だからシャルナークは今、不平を漏らしつつも、皆の為に新しく情報を仕入れているのだ。
言いたい事は山ほどあるし、不満を言えばキリがない。
だが、仕事予定日が――今夜だった。
夕方には団員達が集まってくる。
なので、シャルナークは否が応にも急がなくてはならなかった。
クロロの気まぐれ。
そんな事は珍しくないのだけれども、やはり焦るしイライラもする。時間がないから尚更のこと。
(……頑張ってるよなぁ、俺)
旅団の頭脳を務めるシャルナーク。
その苦労は計り知れない。
何だかとても疲れて、シャルナークは手を止めて溜息を吐いた。
無性に今、に会いたいと思う。
は、旅団結成当時からのメンバーの一人だ。
長い付き合いで、シャルにとって気のおけない友人の一人でもある。
古参の中では最弱なのが気になるが、特に足手まといになっているわけでもない。
物心ついた頃から、共に生きてきた。
彼女はよく笑い人懐っこく、あの時確かに、皆の心を繋ぐ一端を担っていた。
後に彼女がシズクと戦い、敗れて交代するのは数年後の事。
突然扉が開かれた。
ひょこっと顔を出したのは、仲間ので。
シャルナークは一瞬目を疑った。願望が齎す幻覚かと思った。
はシャルナークを見ると、柔和に微笑んだ。
駆け寄ると、手にしていた箱を彼の目の前に差し出す。
「シャル、差し入れ!」
驚いて、シャルナークは目を瞠った。
何か気の利いた言葉が言わなくては、と思いながらも咄嗟に思い浮かばなくて、それが口惜しい。
甘い言葉など、いつもの自分なら流れるように出てくるのに、こんな時に限って何故だ。
それだけシャルナークは驚いていて――ただ、嬉しかった。
何より、が自分を気遣ってくれたのが。
「急に変更になったんでしょ? だから、疲れてるんじゃないかと思って」
クロロが予定を変更したことも、それでシャルナークがとばっちりを食らったのを、は知っていた。
単に立ち聞きしていただけなのだが。
それで、流石にシャルナークが可哀相になったのだろう。なりの、シャルナークへの気遣いだった。
シャルナークは、やっと事態を理解した。
箱を受け取りながら、シャルナークは自然と笑顔になっていた。
そう、下手に考えた言葉よりも、ここは素直に感謝を言おう。
「ありがとう。これは……何かな?」
「いちごショート。シャル、好きでしょ?」
「ホント? わざわざ買ってきてくれたんだ」
再び、シャルナークは驚いた。本日何度目だろう。
が、俺の好みまで知っていたとは。
ひょっとして自分の事が好きなんじゃないか?と期待してしまう。
すると何故か、は悪戯気味に笑った。
「ふふ、実は作ったの」
「え……俺のために?」
「うん。いつも頑張ってるし、せめてもの恩返し」
「ありがとう……嬉しいよ」
シャルナークは言葉に詰まりながら、それでも押し出すように、何とか礼だけは言えた。
は照れたように笑っている。
その言葉ひとつで、まだまだ頑張れる。
感動して何だか泣きたくなってきた。
ここまで存在がありがたいと思えるのは、今のところ彼女しかいない。他の連中の、可愛げのないことといったら。
他の――。
(……他の誰かに知られたら、殺されるな)
それはもう確実に。
背筋に寒いものを感じたが、その時はその時だ、とシャルナークは腹をくくった。恋する男は強く在らねばならない。
はシャルナークのそんな葛藤にお構いなしに、ニコニコしながら続ける。
「味の保障はしないけど、食べてね」
「勿論だよ!」
シャルナークは慌てて頷いた。
好きな子から貰った、特別な手作りケーキ。食べない輩などいないだろう。もし居たら、俺が殺す。
「じゃ、私ちょっと用事があるから出かけてくるね。頑張ってシャル!」
「うん」
は手を振ると、軽やかな足取りで出て行った。
時間をくって負担にならぬよう、気遣ってくれたのだろう。
彼女の一挙一動が、自分への配慮だ。自惚れかもしれないが、今はそう思えてしまう。
シャルナークは、渡された箱をじっと見つめた。
(……俺のために、わざわざ)
シャルナークは暫し幸せに浸っていた。
仕事のことなど、もうどうでもよくなってきた。
このまま放り出しても――後の事なんてどうにでもなあれ、と言いたくなる。
(俺の好みまで知ってるなんて、……俺のこと好きだったりするのかな?)
なんて、うっかり期待してしまう。
勿体無くて食べられない。
だが、誰かに見つかったら、絶対盗られる。
食べよう、とシャルナークは仕方なく包みを解いた。
本当なら、ずっと飾っておきたいくらいだったのだが。
ふわり、と甘い香りがした。
の料理の腕は素晴らしい。そう聞いている。
けど、実際に食べるのは、これが初めてだった。
「いただきます」
手を合わせてから、シャルナークはフォークを手に取った。
手を合わせるなんて事、普段はやらない。
甘く優しい味が、固かった心を難なく解きほぐしていく。
美味しい。
今まで食べた、どのケーキよりも。
疲れなど、全て吹き飛んでしまったかのようだった。
(ありがとう、……)
心の中でもう一度、シャルナークは礼を言った。
◆ ◆ ◆
夕刻より少し前。
は、シャルナークの部屋にやって来た。
そうっと気配を探ると、中には人がいる。シャルナークだろう。
(……邪魔じゃないかな? 終わったかな?)
少しだけ躊躇ったが、ノックをしてから扉を開ける。
シャルナークはベッドに座っていた。
そしてに気づくと、シャルナークはノートパソコンを閉じた。
「ただいま。シャル、仕事中?」
「ううん、今終わったとこだよ」
「そっか、お疲れさま!」
は買ってきたコーヒーを、シャルナークに渡した。
シャルナークは嬉しそうにそれを受け取ると、一口飲んだ。
「あのさ、……その、美味しかったよ」
「ホント?」
はパッと顔を輝かせた。食べてくれた事にほっとする。
「うん。のが一番美味しいや」
「嬉しい。ありがとう」
そう言うと、はとても嬉しそうに笑った。
礼を言うのはこちらの方なのに、先に言われてしまった。
「よかったら、また作ってくれない?」
「いいよ!」
は快く頷いた。
そして、無防備にシャルのベッドに寝転がる。
雑誌を広げて足をパタパタさせている姿は、かなりヤバイ。
好きな子を目の前にして、平常心を保てる方が難しいというものだ。
。
それは、キツイよ。
何とか衝動を抑えつつも、物凄くドキドキしている。
俺は今、顔が赤いかもしれない。奥手ではないのに何をやってるんだ、と自分でも驚いてしまう。
普段はポーカーフェイスを貫いてるのに、どうしてこうも簡単に自分の素顔を引き出すのか。
「できれば、ずっと俺のためだけに作って欲しいな」
「ん? 何か言った?」
「いや、何でもないよ」
思わず口に出た呟きに、は雑誌から視線を外してシャルを見た。
慌てて、シャルナークは首を振った。
『そう?』とは首を傾げたが、それ以上は追求してこなかった。
シャルナークは内心ホッとした。
何を言い出すんだこの口は。
自分でも制御できないものがあるなんて、と、新たに発見してしまった。
そして思い出したように、自然を装ってに尋ねてみた。
「あ、そうだ。今日仕事が終わったら、一緒に食事行こうよ」
「うん!」
は頷き、嬉しそうに微笑んだ。
シャルナークも、につられてニッコリと微笑んだ。
今日は、誰であっても二人っきりの邪魔はさせない。
いつもいつも邪魔されるが、今日こそは守り抜いてみせる。
今日はその自信がある。
今はこのままがいい。
俺は今、十分過ぎるくらい幸せだから。
でも、いつかきっと。
そう遠くない未来に――君は、俺だけの君になる。

===== あとがき ===
ほのぼのでした。
軽く、可愛い感じに。
読んでくださってありがとうございました!
(2015.8.27 山藤)