石に願いを













「もし一つだけ願いが叶うとしたら、何にする?」
「は?」



突然のの問いかけに、フィンクスは目を丸くした。
彼女が突拍子も無いことを言い出すのは日常茶飯事だが、今回はいささか衝撃的だった。

言葉を失うフィンクスにはおかまいなしに、はごそごそと懐から何やら取り出した。

不思議な彩色の石だった。
宝石ではなく、ただの『石』。

はその小さな石を指先で軽く摘み上げ、フィンクスに見せた。



「この石、この間手に入れたんだけどね。そういう言い伝えがあるんだってさ」
「……マジで信じてるのか? それ」



フィンクスは全身の力が抜けていくのを感じた。
どこの夢見る乙女だ、お前は。これ見よがしに、おおげさに溜息をつく。



「あのなぁ……お前、かなり馬鹿だろ」
「いいから。フィンクスだったら何にする?」
「あー……そうだな……」



意外にもは楽しんでいるらしく、目が輝いている。
悪名高い盗賊だというのにそんなことを微塵も感じさせない。

……戦闘中の彼女は、とんでもなく恐ろしいのだが。

動く物全てをなぎ倒していく修羅のような姿は、最初見たときビックリした。
戦闘中の彼女は全く無表情で、それが不気味な恐ろしさを醸し出している。
本当に敵と味方の区別がついてるのかどうか怪しいものだ。
彼女曰く『団員だったら避けられるでしょ。』と、当人はさほど気にはしてない様子なのだが。

殺しが楽しい、とは語る。
血の温かさを指に感じると、段々とそれが快感になってくるのだ、と。

氷のような仮面の下で、自分でも制御できないほどの激しい炎に身を焦がしながら歓喜に震える。
彼女の話を聞いた時、フィンクスはそんなの姿を思い描いてゾクゾクした。

そして、彼女も自分と同類であることを再確認して安堵する。

そうかと思うと、今のようにこんな幼稚な事ではしゃいでいる。
ギャップがありすぎだろ、とフィンクスは脱力しながら頭を掻いた。

いつまでもガキだな、とフィンクスは半分呆れながら思いつつ。
それでも、そんながお気に入りだった。

仕方ないから話に乗ってやるか、とフィンクスは少し考え込んだ。



(はぁ……願い事ねェ)



何かあったかな、とフィンクスはあれこれ考えた。
だが、これといって思いつかない。
欲しいと思った物は、大抵は実力で手にいれることができるのだ。

あるとすれば、人の心か。

ふいにフィンクスはに目をやった。
はフィンクスが答えるのを待っている。

フィンクスは、思いついたように口を開いた。



「『が俺のもんになりますように』だな」
「……馬鹿?」
「どっちがだよ」



は軽やかに切り返した。
フィンクスはいささかムッとした。
まぁ、半分冗談のつもりで言ったのだが、その中には本気も半分入っている。

話は終わった、とばかりにフィンクスは手にしていた雑誌を再び開いた。



「そんなの、石の力使わなくってもいいじゃない」



バサリ。

の小さく呟いた言葉を耳にして、フィンクスは思わず雑誌を落としてしまった。
フィンクスは一瞬固まった後、まじまじとを見つめた。

空耳か?
いや、確かに今、聞こえた気がするのだが。

見ると、は頬が少しだけ朱に染まっていた。
照れているのか気恥ずかしいのか、フィンクスの視線から目を逸らしている。
それを見てフィンクスも何だか照れくさくなり、パッと視線を外した。

しばらく、二人の間に気まずいような沈黙が漂った。
このままではまずい、と思ったのか、フィンクスはに話を振ることにした。



「じゃ、お前はどうなんだよ」
「んー? そうねぇ……」



の願い事とは何だろう。
そっちの方がフィンクスには興味があった。

少なくとも、自分と同じで物に関することではないだろうな、とフィンクスは推測してみた。
物ならば、盗賊だから実力で盗ってくるのは容易いことだ。
何処かへ行きたいとか、これが欲しいとか、そういう類ではないだろう。

ならば、一体何なのだろう?

単純に推測できないからこそ、尚更興味があった。
その望みが自分でも叶えられる事ならば叶えてやろうか、と考えながら、フィンクスはの答えを待った。

は少し考えてから、真顔でポツリと呟いた。



「……『もう誰も死にませんように』、とか」



フィンクスはハッとした。
言った本人も『しまった』と思ったのか、顔が多少強張っている。

は、おそるおそるフィンクスを見た。
フィンクスはの視線に気づいて更に困惑した。

はフィンクスがどう反応するか待っている。
だが、フィンクスは咄嗟にどう返したらいいのかわからなかった。何か、上手く切り返せる言葉はないものか。



「……」
「……」



あれこれ考えたフィンクスだったが、うまい言葉が見つからなかったらしい。
ただ重い沈黙だけが流れていく。

諦めたのか、フィンクスは深く溜息を吐くと、呆れながらを見据えた。



「……お前なぁ」
「な、何よ。フィンクスのよりはいいじゃない」



は慌ててそう弁解した。
自分でも無意識に呟いてしまった、彼女の本音なのだろう。

口にしてはいけない言葉。
誰もが思っているだろうけれど、誰も口にしていない言葉。

何となくだが、暗黙の了解で皆の間ではそうなっていた。

自分の弱さが露見すること。

皆はその事を最も忌み嫌う。
自分の念能力に関してもそうなのだが、心すらも。

いや、心こそ尚更だ。

妙に意地を張って、他者には見せまいとする。
皆もそうだが、フィンクスも……そしてもそうだった。

弱さを見せれば、それが命取りになるからだ。
見せる相手が、たとえ仲間でもあっても同じ事。

だがそれは、少し寂しいことだったのかもしれない。

ある意味、不器用すぎる者達の集団。
でも自分達がこんな風にしか生きられないことを、皆は知っている。

そしてこれからも、そうやって生きていくのだ。

不幸だとは思わない。
それが当たり前だったから、苦に思ったことなどなかった。

フィンクスはの頭をくしゃくしゃっと撫でた。



「俺は死なねェよ。お前が泣くからな」
「なっ……泣かないってば!」
「泣いてたじゃねーか」



あの、長い長い夜。ウヴォーが死んだ、あの夜。

フィンクスは知っていた。
が一人、部屋で泣いていたのを。

は声一つ立てず、静かにただ泣いていた。
流石に、あの時は声をかけられなかった。

失って初めて、気づいたこともある。

例えば、彼らのことが好きだった自分とか。
お互いに手の内を明かさなかったにも関らず、いつのまにか信頼していた自分とか。

でも、もう遅いのだ。気づくのが遅すぎた。
だからこそ、これからは……と改めて心に誓う。

例えば、目の前にいる大切な人の事とか。

僅かな間でもいいから、一緒に歩きたいと思う。
自分達がして来た事に後悔はしていないし、自分はロクな死に方をしないだろう、とも思っている。

けれど、それまでのほんの少しだけでもいい。
ほんの少しだけ、彼女と共に居ることは許されるだろうか。



「……俺は、死なねェ」



フィンクスは確かめるように、もう一度呟いた。
フィンクスがあまりにも真剣にそう言うから、は泣きそうな顔になってフィンクスを見上げた。

不安そうな、縋るような目。

こんな顔をする彼女は初めて見た。
そして初めて、フィンクスは彼女の弱さを垣間見た。それが不快には思わない。



「……絶対? 絶対、帰ってくるの?」



フィンクスはニッと笑って見せた。
そしてまた、の頭を撫でる。何を心配してるんだか、この馬鹿は。
さっさと鎖野郎を見つけ出して仕留めないとな、とフィンクスは改めて思った。



「おォ。ゾンビになっても帰ってきてやるからよ」
「えー、ゾンビは嫌だなぁ……。きっと倒しちゃうよ」
「おい、そりゃないだろ……」



そう言いながらも、の表情は明るい。
その口元が嬉しそうに僅かに綻んでいる。

見慣れているはずのフィンクスの笑顔が、今日は一段と頼もしかった。



「じゃあ、この石はもういらないね。フィンクスにあげる」
「気にいってるんだろーが。いいのか?」



フィンクスは受け取りながらそう問いかけた。
すると、は晴れやかな笑顔で頷いた。



「うん。だからさっきの約束、忘れないでね」
「ん」



フィンクスは素直に頷き、その石をポケットに突っ込んだ。

の願いもこの石の事も、忘れることのないように。
もう、絶対に落としてしまうことのないように。

の願いを背負って立つ事を、フィンクスは心に刻み込んだ。



 ◆ ◆ ◆



後日。

やっぱり落としてしまいそうだったので、石はペンダントに加工してもらった。

そのペンダントは肌身離さず身につけるようにしている。
幸い服に隠れて見えないので、皆に気づかれていない……と、思う。

時々、こっそり胸元から取り出して眺めてみる。
勿論、からかわれるのは分かっているので、誰も居ない時だけだ。

見れば見るほど、不思議な石だった。
明るい所で見ると、光の具合で微妙にその色合いを変える。

が気に入ったのも解かる気がする。
アクセサリーなどには興味がなかったが、これだけは気に入っていた。

突然、シズクとが現れた。
集中していた為か、気配を察することができなかった。
しまった、と軽く舌打ちをしながら、フィンクスはペンダントをサッと手の中に隠した。
だが、それをシズクに目聡く見つけられてしまった。



「何ソレ?」
「ん? ああ、コレか? ……お守りみたいなモンだ」



見せてとせがまれたので、仕方ないか、とフィンクスは諦めてシズクにペンダントを見せた。
はハッとして、フィンクスとペンダントとを交互に見た。



「ふーん……似合わないねー」
「うるせェ」



そんな二人の会話を聞いて、はにんまりと微笑んだ。
嬉しさのあまり顔が勝手に笑う。

ふいに、フィンクスと目が合った。
フィンクスは照れ臭いのか少し顔を赤らめた。

二人だけの約束だ。

そう目配せし合うと、はサッとシズクの腕を取った。



「シズク、フィンクスなんかに構ってないで行こ」
「それもそうだね」
「お前ら……」



フィンクスは疲れたように溜息をつきながら、軽い怒りを含めて呟く。
シズクとは笑いながら部屋から出て行こうとした。

その途中、は部屋を振り返る。

フィンクスは笑いながら手を振ってやった。
それで、も嬉しそうに手を振り返した。

二人の気配が完全に消えた後、フィンクスはガクリと項垂れた。
いつの間にか顔が綻んでいた。

全く、の奴め。

あんなに幸せそうな顔をするなよ。
こっちまで恥ずかしくなるだろうが。

そんな悪態吐きながらも、それでも確かに今、フィンクスは幸せだった。










===== あとがき ===

ほのぼのでした。
フィンクスはほのぼのになる傾向がありますね。すんなり両想いも珍しい。

読んでくださってありがとうございました!

(2015.8.27 山藤)