桜花と君と
いつものようにクロロから連絡があり、数名の団員がアジトに集った。
クロロから今度のターゲットについての説明やら作戦やらを聞く。
仕事的には中規模のものだが、彼らを苦戦させるような相手ではないようだ。
蜘蛛は夜動く。
それまで少し時間があったので、フェイタンは何をするともなしに辺りを散策することにした。
この辺りは廃墟郡が並び木々も少なく、殺伐としていた。
ふと、フェイタンは足をとめた。
崩れた廃墟郡の真ん中にある、開けた空間。そこにが居た。
は、ただその場に立ち尽くしている。
訝しげに思ったフェイタンは、の傍に近づいていった。
「……?」
「あ、フェイタン」
一瞬、声をかけるのを躊躇った。
の背中が、声をかけてくれるな、と拒絶しているように見えたから。……結局、声をかけてしまったが。
フェイタンの呼び声に、はくるりと振り向いた。
「こんな所で何してるね?」
「何って……桜見てたのよ。ホラ、綺麗でしょ?」
「……コレか?」
フェイタンは、目で眼前の木を指した。
今まで見たことのない木だった。
それ一本だけ、淡い優しい色の花を咲かせていた。
頼りない色の花弁が周囲の空気まで柔らかに染め上げているような錯覚を起こし、フェイタンはしばし桜の木に魅入った。
この空間ごと周囲の廃墟と隔たれているような奇妙な感じがする。
は熱心に桜を見つめているフェイタンを満足そうに見ながら、頷いた。
「うん、そう。あんまりここら辺では見かけないよねー」
「そうなのか」
「うん。かなり珍しいんじゃない? 誰が植えたのかなー」
は静かに呟くと、再び視線を桜に戻した。
一本だけで咲いている、美しい桜の木。
時折風に吹かれ、薄紅の花びらが舞い落ちる。
フェイタンもつられて、しばらく桜の木を眺めていた。
どれくらいそうしていたのだろう。の声が、静寂を破った。
「昨日の晩、この桜が咲いてるのを見つけたの。昼と夜とじゃ雰囲気が違うね」
「そうなのか?」
言いながら、フェイタンはちらりとを見た。
の視線は、まだ桜の木に注がれている。
「うん。昼は、あったかくて優しい感じ」
「? 何が違うのか?」
「何かね、夜は……何ていうか、もっとこう、冷たい感じなのよ。神秘的っていうか」
「そうか」
フェイタンは、の言葉の意味があまりよく解からなかった。
元来、花に興味はない。
この桜を綺麗だとは思うが、もし彼女が居なかったらこうして立ち止まってまで見ることもなかっただろう。
と一緒に、こうして並んで花に埋もれているのも悪くないとフェイタンは思った。
「私はどっちかっていうと、夜のが好きだな」
フェイタンはいささか驚いて、思わずの顔をを見上げていた。
何故、そう言ったのかが解からなかった。
彼女は、今のこの光景に驚くほど溶け込んでいるというのに。
彼女はれっきとした『幻影旅団』の一員だ。
なのに、纏う雰囲気はそのイメージからは蜘蛛とは程遠い。
フェイタンはの顔を見て、ドキリとした。
声音とは裏腹に、どこか寂しげな表情を浮かべていた。
何を憂いているのだろう。
それは、とても不自然だった。
彼女はフッと陰りを消すと、柔らかく微笑んだ。
「そういえば、夜桜って何となくフェイタンみたい」
「? 何故?」
「だから、何となくだってば」
首を傾げるフェイタンを見て、は楽しそうに笑った。
もう、自分の知っているいつもの彼女だった。
フェイタンは、心の何処かで安堵した。
はフッと真剣な眼差しになった。
フェイタンは心の何処かでギクリとした。何かの決意を宿した瞳だった。
こんなに傍にいるのに、自分と彼女の距離は果てしなく遠い気がする。
そんな思いに駆られ、何故か胸が苦しくなった。
「ねぇ、フェイタン」
「何か?」
「夜、仕事が終わったら、またココに来ない?」
「いいけど」
そんなことか、と拍子抜けしたが、フェイタンは快く頷いた。
仕事が終わったからといって、特に急いでしなければならないこともない。
は、何故か安堵したように微笑んだ。
「やった! 絶対、フェイタンと夜桜って似合うよ」
「……今」
「ん?」
「にも、似合てると思うよ」
「ありがと!」
は少し照れながらニッコリと笑った。
フェイタンは言い慣れぬ言葉を使った為か、ほんのり頬が朱に染まっている。
フェイタンは、照れ隠しにふいっと体の向きを変えた。
そして、ちらりと時間を確認した。
「そろそろ、時間ね。行くよ」
「はーい」
とフェイタンは共に連れ立ってアジトへと戻っていった。
皆が、クロロのもとへ集まる。
(あ、花が……)
見れば、の髪に花びらが一片ついていた。
フェイタンはそれを告げようとした、その時。
「、髪に花がついてるぞ」
「え?何処?」
「ココ」
クロロはの髪から、桜の花びらを摘みあげた。
その様子に、フェイタンは何となくムッとした。
いわゆる『男女』の身長差で、一対の絵のように似合っていたからだ。
だが、何故かの笑顔はぎこちなかった。
フェイタンは、それが気にかかった。
仕事が終わり、二人は再びあの桜の元を訪れた。
昼とはまるで違った景色だった。
その雰囲気が、ガラリと変わっていた。
彼女の言った通り、何処か神秘的な空間を作り上げていた。
「ほら、やっぱり! フェイタンのイメージだな」
「そうなのか?」
「うんうん!」
訝しげにそう言うと、は嬉しそうに頷いた。
フェイタンは、桜を見つめた。
成る程、昼間とは違って冷たい印象を与えている。
けれど、この妖しいまでの美しさと自分は全く似ていない。
似ているとすれば、その研ぎ澄まされたような冷たさか。
だが、自分というよりは……。
「ワタシというよりは、クロロの方が……」
「違うよ。クロロは薔薇って感じ。やっぱりフェイタンだって!」
『クロロ』の単語に、一瞬が反応した……ような気がした。
またしばらく、二人は桜を見つめていた。
「昔ね」
「ん?」
が、ポツリと小さく呟いた。
の方を見ると、はどこか苦しそうに見えた。
「クロロとね、一度だけ見たことがあるの」
「……」
「あの時も、凄く綺麗だった」
フェイタンは、黙っての話を聞き流すことにした。
は、何故そんなことを言い出したのか自分でもわからなかった。
ただ、誰かに聞いてもらいたかった。
聞いているだけなフェイタンの態度が、なんとなく嬉しかった。
それが、フェイタンなりの優しさだということも知っている。
「もう別れたけどね。って、知ってた?」
「……あぁ」
「そっかー……」
は、悲しげに微笑んだ。
別れを言い出したのは、彼女からだったと聞く。
だが、彼女の様子を見ていると、どうもクロロを嫌いになったとは思えない。
フェイタンは、一瞬躊躇したが、口に出した。
「……何故、別れたか?」
一瞬、彼女の体が強張った。
聞いてはまずい事だったのか、と、フェイタンは少し後悔した。
「……んー、何となく」
「ちゃんと質問に答えるね」
「……だってさ、パクだったんだもん。クロロが好きなのは」
それは、フェイタンにも初耳だった。
そういえば、最近のクロロはパクと二人でいることが多い。
「パクじゃ、しょうがないよね……」
は苦笑いを浮かべ、寂しそうに呟いた。
「……どっちも、大事だからさ。だから」
二人が実は両思いだと知ったとき、彼女は身を引くことを決心した。
だから、彼女は自分から別れを告げた。
クロロはそれを知っていたのだろう。ただ一言、に『すまない』と言った。
そんなことを思い出して、は少し目を閉じた。
フェイタンは何も言わなかった。
ただ、無言での言葉を聞いている。
「ちょっと、見に来るのに勇気が要ったよ」
「……そうか」
フェイタンは、そっと呟いた。
彼女に聞こえるか聞こえないかの、小さな声で。
「悲しかったな……でも、やっと吹っ切れた感じ。つきあわせてゴメンね」
「悲しいだけじゃないよ」
「……え?」
は驚いて、フェイタンを見た。
フェイタンの目はいつになく真剣だった。
そして、いつもは冷たいその瞳に優しさを湛えていた。
「楽しいこと、これから沢山作ればいい」
「……一人では、無理だよ」
は、ポロッと涙が流れているのを感じた。
とうとう、抑えきれなくなってしまった。
クロロと別れた時だって、泣いたりなんかしなかった。
流石に、夜に泣きそうになったけど。
クロロが憎いわけじゃない。
パクノダが憎いわけじゃない。
ただ、クロロが私を好きじゃなかったという事実が悲しいだけ。
クロロは本当に優しかった。でも、私では駄目だった。
はその場にしゃがみこんだ。
今まで我慢していた分、もう止まらなかった。
フェイタンは、あやすようにの頭を撫でた。
「ワタシがいるから、大丈夫よ」
「……ありがと」
「は、大丈夫ね」
フェイタンはもう一度そう囁くと、静かに泣いているの傍で黙って立っていた。
の気が済むまで、つきあってやるつもりだ。
たまには泣いた方が良い。
彼女の事だ。今まで無理をしていたに違いない。
何故、あの時泣きそうになっていたのかが、ようやく解かった。
クロロのことなど、忘れてしまえばいい。
今度は、自分がと一番近い場所に居ることができるだろうか。
フェイタンは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
とは、幻影旅団設立当初からのつきあいだ。
幼い頃から、一緒にいるのが自然だった。
だから、
『フェイタン! 私、クロロとつきあうことになったの!』
と聞いたときは、心臓が凍った気がした。
はクロロが好きなのだ、と。
何故、ワタシじゃなかった?
嬉しそうにそう言うを見て、フェイタンは悲しかった。
今まで自分の気持ちに気がつかなかったのが、もっと苛立たしかった。
表面上は冷静を装い、やっとのことで『よかたな。』とだけ言えた。
その後、仲睦まじい二人を見る度に心が痛んだ。
最近二人が別れたと知って、心底安堵した自分がいた。
まだ、未練がましく想っていたのか。
自嘲気味になりながら、と再び共にいられることが嬉しかった。
やはり、のことが好きだった。
泣いている彼女を見て、愛しさが増した。
もう、二度と他の男になどやるものか。
二度とあんな思いはしたくない。そして、にも。
二度と、こんな悲しい思いをさせはしない。
桜の淡い花びらが、二人を包むように静かに舞っていた。

===== あとがき ===
フェイタン→様な感じで。
すみません失恋させてますが。。
読んでくださってありがとうございました!
(2015.8.27 山藤)