今日は雨。
湿気は言うまでもなく。気分は……割と良い。
はずだった。
密室ミステリー
地下室へ続く階段を、ゆっくりと降りていく。
ゴツゴツした岩肌に触れると、冷たさが体に染み渡るようだ。
降りるにつれ、血の香りが段々と濃くなってきた。
ある種の熱気が漂う空間の前で立ち止まる。
ぎぃと重たい音を立てながら扉を開けると、咽返るような鉄の香が流れ出してくる。
「……フェイタン」
は扉に背を向けたまま、必要以上に熱心に勤しんでいる仲間の名を呼んだ。
フェイタンは心底面倒そうに振り返る。
『お楽しみ』の最中だ。呼びかけには無視したかったに違いない。
「何か用か、」
「団長が呼んでる」
「あぁ……わかた」
名残惜しそうにチラリと視線をそれに向けたが、割と素直にスタスタと出て行った。
取り残されたは、改めて部屋を眺め回した。
この際、靴が血で汚れるのは無視することにする。
は今回の『被験者』に目をやった。
目は閉じられ、傍目からは呼吸しているように見えない程にぐったりしている。
生きる事を諦めたのか、もはや生気すら感じられない。
もう死んでいるのではないか。
と思いきや、ギリギリで生きているようだ。
手を伸ばしかけた時に、微かにくぐもった呻き声が聞こえてきたのだ。
気を失っても尚、どんな悪夢を見ているのだろうか。
は出しかけた手を引っ込めた。
流石フェイタン、やるなぁと正直感心した。
このギリギリの線で保つのは、余程の技量が必要なのだろう…けして私は習得したくはないけれど。
もう既に必要な情報は得てある。
だから、後はフェイタンの好きにしてもいい。
その真っ最中だったのだろう、は机上に置かれた器具に目をやった。
どうやって使うのだろう。
ちょっとばかし興味はあるが、勝手に触ると激しく怒られそうだな、と気づき手を出すのはやめた。
後で本人から直接聞けばいい事だ。
小さな薬品棚に近寄ると、見事に毒薬ばかりだった。
解毒剤が一切見当たらないのが、フェイタンらしい。
ずらーっと並べられた拷問道具を見ているうちに、何だか背筋がゾクゾクしてきた。
この部屋の空気が、凍てつくような冷たいせいかもしれない。
乾いた血の染みが、よく見れば天井にまである。
どうやったらあんな所まで血が届くのか見当もつかないが、フェイタンに聞いてみようか…。
「……まだいたか。何してるね」
少しばかり不機嫌そうな声音と共に、フェイタンが戻ってきた。
何を熱心に考えているのか、はまだフェイタンが戻った事に気づいていないようだ。
「………」
フェイタンはため息を吐いた。
と、少しの悪戯心が芽生えた。
黙って手を伸ばし、その白い首筋をなぞってみる。
(……ッぎゃー! 何かさわっ……!?)
一瞬にして血の気がひいた。
バッと勢いよく振り返ると、ちょこんとフェイタンが立っていた。
「ワタシね」
「……フェイタン、いつのまに……」
「さきから居たよ」
「え、嘘」
「本当。が鈍すぎるね」
フェイタンは楽しそうにククッと笑った。
ご丁寧に絶状態である。それで悟れというのは無理な話だ。
……まぁ、が気を抜きすぎていたせいもある。
「……まぁいいや。フェイタン、それ新しいの?」
は拷問道具らしき物を指差した。
フェイタンは視線をチラリとやると、ひょいと手に取った。
「これか。試した事なかたから試したいが……コイツ、もう耐えられそうもないね」
「そんなのまでわかるんだ」
「当然ね。……ま、そろそろ殺てもいいか」
フェイタンはすぅっと目を細めると、徐に器具に力を込めた。
すると、凄まじい最期の断末魔をあげた。
まだそんな声が出せたのか、とは目を丸くした。
ちらり、と先刻まで生きていた彼を見る。
その痛みを容易に予想させる苦悶の表情を見てしまい、は顔をしかめた。
「……うーわ、痛そ……」
「そうでもないよ。試すか?」
「嫌」
は即答した。
誰が好き好んで痛い思いをしたいか。
フェイタンは一拍おくと、ポツリと呟いた。
「、拷問かけてみたいね」
「何で」
「きと頑丈だから、楽しめると思うよ」
「……あのね」
絶対、今思いついた事だ。
聞こえなかったフリをしたら良かったのに、とは少し後悔した。
は聞こえよがしにため息を吐いてみせた。
「何が悲しくて、仲間に拷問されにゃならんわけ?」
「遊びね」
「遊びで殺されてたまるか!」
フェイタンは心外だ、と言わんばかりに眉間に皺を寄せた。
冗談でなく本気なのだから性質が悪い。
「死なさないよ。そんな初歩的なミス、するわけないね」
随分と論点がずれすぎている。
はこれ以上のやり取りを諦めた。
「……ともかく、ヤダったらヤダ」
「そうか。残念」
と言いながらも悪魔のように微笑むフェイタンを見て、は寒いものを感じた。
ヤバイ。
これはヤバイ。
本能がそう告げたので、は慌てて話題を変えようと試みた。
「そっ……そういえば、団長なんだったの?」
「教えてやらないね」
「……えー」
話題転換、終了。
見事に失敗し、次なる話題を急いで探していると、くいくいと袖を引っ張られた。
「、そこ座るといい」
「……いかにも怪しいんだけど」
「気にするな」
そこ……とフェイタンが指差した場所には、見るからに怪しげな椅子がある。
……それも、無駄に馬鹿でかい。
無論、フェイタンのする事に無駄があるはずない。
つまりは……あまり考えたくはないが、結論は1つしかない。
抵抗したものの、半強制的に座らされてしまった。
フェイタンは意外と力が強い。
は、腕力ならパクノダと同じくらいである。つまりは旅団内で一番下である。
そんなが、フェイタンに力で敵うわけがない。
途端、ガシャンと金属音がして手や足やらに鉄輪がはめ込まれる。
ガッチリと拘束された状態になり、は嫌な汗をかきつつ、慌てて抗議した。
「……ッ! ちょ、ちょっとフェイタ」
「さ、何が良いか……これとこれ、使てみるか」
「話を聞けー!」
フェイタンはの訴えを完全に無視し、嬉々として道具を選んでいる。
くるりと振り返りざまに、猿轡を噛まされた。
「んっ……!」
「なかなか似合うよ」
「……!」
猿轡が似合うと言われて喜ぶ女がいるか! と心の底から抗議したくても、できない。
目が本気だこの男。
下手に嗜虐心を煽ってしまうのは避けたい。
は諦めて、念を解いた。
生身を晒すのは怖かったが、きっとこの方が危なくないだろう。
フェイタンはが諦めたのを確認すると、満足げに頷いた。
「そう、おとなしくしてればいいね」
何の前触れもなしに、ビリビリと激痛が走った。
肩口を見ると、深く鉄棒が突き刺さっている。
フェイタンにそんな事を求めても無駄だとわかっているが、少しは遠慮して欲しい。
流れ出る自分の血の赤さと量に、は思わず顔をしかめた。
心臓のリズムと痛みのリズムが重なる。
こんなに自分の生肌が軟かったのか、とは素直に驚いた。
「……」
フェイタンは満足げな笑みを浮かべている。
「これ、このまま抜くね」
いちいち説明しなくてもいい。
そう思った途端、再び激痛が走った。
肉が無理矢理引き裂かれる感触が生々しい。
どうやらただの滑らかな鉄棒でなく、何やら刺々しい物体だったようだ。
フェイタンはどこか恍惚とした表情を浮かべながら、傷口に指を這わせている。
はちょっぴり涙目になりながら、フェイタンを睨みつけた。
「……その目、イイね」
失敗。
喜ばせてしまったか、とは内心舌打ちをした。
フェイタンはの猿轡を外してやることにした。声が聞きたかった。
指についたの血が、彼女の頬を滑る。
その紅が非常に魅惑的で、フェイタンはゾクゾクした。
「……これで十分でしょ! さぁ放して」
「まだまだね」
「このサディストー! 私はマゾッ気ないんだから!」
「そうか?」
「そうよ!」
しばし見詰め合うこと、十数秒。
……ちなみに、は思い切り睨みつけていたのだが。
フェイタンはふいに、低く呟いた。
「じゃ、試してみるか」
「何を」
言うが早いか、いきなりフェイタンは顔を近づけた。
の戸惑いで見開かれた目を挑発するよう見つめ続けながら、その細い顎に手をかける。
「……! フェイ」
の制止の言葉は最後まで発せられなかった。
息が止まる程に長く口づける。
ドキドキするというか、むしろ酸欠で苦しい。
やっと解放された途端、は荒く息をした。酸素が欲しかった。
フェイタンは嘲るような目でを見下ろしている。
その目に明らかに喜色が浮かんでいるのが見て取れて、は言葉に詰まった。
ヤバい。
今のフェイタンは止まりそうもない。
けれども、何とか気を逸らせないと。
何か手段が無いものかと思っているうちに、再び顎に手がかけられた。
思わずぎょっとしてフェイタンを見上げたが、それ以上は迫ってこなかった。
幾分不機嫌な表情で、視線を扉へと向けている。
「お? 何やってんだお前ら」
「フィンクスか」
これがヒソカ辺りなら、フェイタンの機嫌は最高に悪くなっていた筈だ。
寿命が縮まらずにすんだ、とはホッと胸を撫で下ろした。
そしてフィンクスに助けを求める。
「助けて欲しいですフィンクス様」
「おぅ、自力で何とかしろー」
「できないから頼んでるんじゃない!」
「そりゃそーか。フェイ、放してやる気は?」
「ないね」
フィンクスはいかにもおざなりにフェイタンに問いかけた。
だが、フェイタンはバッサリと切り捨てた。
せっかく楽しくなってきたところなのに、今その玩具を手放す阿呆がどこにいるというのだ。
「そうか。悪いな、無理だったわ」
「やる気ないじゃん!」
フィンクスは、の半ば本気な嘆願をあっさりと破棄した。
おのれ、他人事だと思って。
はフィンクスを睨みつけた。
だが、このままズルズルとフェイタンに遊ばれているわけにもいかない。
エスカレートするに違いないから、このままでは命が危なかった。
「それはそうと、何か用か?」
「お、そうだった。フェイタン、団長がまた呼んでるぜ」
「……ち。わかたね」
フェイタンは舌打ちをすると、再び部屋から出て行った。
それを見届けると、フィンクスはの方に向き直った。
隣にしゃがみ込み、がちゃがちゃと弄ってみている。
何だ、結局は助けてくれようとしていたのか。は安堵した。
しばらく試行錯誤してみたが、この手の物はとんとわからない。フィンクスは眉間に皺を寄せた。
「悪い、外し方わかんねーわ。ぶっ壊すか?」
「それやったら、フェイタン怒るかも……」
更に恐ろしい事態になりかねない。
思った事を素直にそう言うと、フィンクスは『それがどうしたんだ』とでも言いたげな顔をした。
「構わねーだろ。また同じの盗ってくりゃいいんだし」
「……フィンクス、カッコいい。どしたの?」
「……おい」
フィンクスは軽くを睨んだ。
照れ隠しなのがわかるので、睨まれても全く怖くない。
「んじゃ、いくぞ。加減できねーから、ガードしてろよ」
「OK」
フィンクスのオーラがみるみる高まっていく。
も素早く高めていく。
次の瞬間、きつい衝撃に体ごと吹き飛ばされそうになった。
(うわ、ホント加減してな……)
何とか耐えながら、は言葉を失った。
バキバキという不吉な音が聞こえたからだ。
幻聴ではなく、フィンクスにも聞こえているらしい。顔がひきつっている。
この部屋の方が耐えられなかったようだ。
嫌な予感は的中し、盛大に内壁が崩れ落ちていく。
フィンクスは慌ててに駆け寄った。
二人の身体は、みるみるうちに瓦礫に飲み込まれていった。
砂塵が納まると、二人はそろっと立ち上がった。
二人でケホケホ咳き込みながら、服についた埃を掃う。
そして改めて、この部屋の惨状を確認する。
跡形もなく壊れた拘束具。
その衝撃の余波で、使い物にならなくなった…ように見える、拷問器具の数々。
薬瓶棚は倒れ、薬瓶のほとんどが砕け散っている。
フィンクスとは言葉に詰まった。
気のせいなどではなく、二人とも血の気のひいた表情をしている。
少しの間そうして固まっていたが、がぽつりと呟いた。
「……フェイタン、怒りそう」
「……俺もそう思う」
珍しく、フィンクスと同意見になった。
とフィンクスは、お互いに顔を見合わせた。
「逃げる?」
「逃げるか?」
同時に呟くと、二人して疾風のように階段を駆け上がる。
眩しすぎる光に、は思わず目を細めた。
そうだ、まだ昼間だったのか。
薄暗い地下に居たから、すっかり感覚が狂っている。
さっきまで雨だったのに、いつのまに晴れたのだろう。
時折、雨の匂いを含んだやわらかい風が吹く。
清々しくて気持ちよかった。
爽やかな空気とは正反対に、心中は穏やかではないのだが。
「なぁ、」
「何?」
「……盗って来るか」
何を、とは聞かなかった。
素直に首を縦に振り、賛成の意を示す。
そうでなくても後が怖いのだ。
やれる事はやっていた方が、絶対に良い。
まずは多額の報酬と引き換えに、シャルナークを味方に引きずり込んだ。
フェイタンが好みそうな物を見繕ってもらい、それをフィンクスとが盗りに出かける。
そんな日々が、一週間続いた。
ほとんど不眠不休で動いた為、結構な量の器具が集まった。
これで許して貰えるかはわからないが、ここいらで一度謝っておこう。
シャルナークに丁寧に礼を言うと、は意を決してホームへ戻った。勿論、フィンクスも連れて。
退屈そうに、パラパラと本を捲っているフェイタンの姿を見つけた。
はフェイタンに近寄りながら、恐る恐る声をかけた。
「……フェイタン、あのー」
「ん、何か用か」
フェイタンは顔をあげると、に視線を移した。
言葉にも視線にも棘を含んでいるようには感じられず、は戸惑った。
(……あれ? そんなに怒ってない?)
いやいや、そう見えないだけで静かに怒っているのかもしれない。
は気持ちを改めると、頭を下げた。
「この間……部屋ごと駄目にしちゃってゴメン」
「加減できてなくてよ。あそこまでやるつもりはなかったんだ。悪かった」
フェイタンは突然の事に目を瞠ったまま固まっていたが、やがて思い出したようにポンと手をうった。
「あぁ、あの事か」
「あの事です」
「でよ、良さそうなモンいくつか盗ってきた。これ、使ってくれ」
フィンクスはフェイタンの前に、盗ってきた品々をずらりと並べた。
フェイタンは一瞬間をおいてから、二人を訝しげに見やった。
一体何を企んでるんだとでも言いたげな、刺すような視線が肌に痛い。
「ワタシにか?」
はコクリと頷く。
フェイタンは並べられた品々を次々と手に取っては、じっくりと眺め始めた。
は内心ドキドキしながら、その様子を見守っていた。
「……なかなか、良いね。頂くよ」
幸い気に入ってくれたようで、フェイタンはいそいそと片付け始めた。
とフィンクスは、ホッと安堵のため息を漏らした。
だが、腑に落ちないことがある。
それについて、口に出していいものかと迷った。
けれど、いつまでも悶々と悩むよりは、いっその事聞いて怒られてスッキリしたい。
ずるずると引き摺るのが大嫌いなフィンクスが、我慢できずに問いかけた。
「なぁ、怒ってないのか?」
「? 何がね」
「部屋、半壊させた事よ。使い物にならなくなったんじゃない?」
「あぁ……別に構わないよ」
「え」
予想してなかった答えに、は目を丸くした。
フィンクスも信じられないものを聞いたかのように、凍りついた表情をしている。
「大事なヤツは、私の部屋に置いてあるね。
それに、また必要になたら盗てくればいいだけのこと。ワタシ、そこまで心狭くないよ」
「……嘘つけ」
「何か言たか?」
「いや、何も」
じゃあ一体、この1週間は何だったのか。
とフィンクスはがっくりと脱力した。
フェイタンが奇跡的に怒っていなくて、心底安堵してはいたのだが。
フェイタンはそんな二人にお構いなしに、新しく手に入った器具を、どこか嬉しそうに眺めている。
そして、その中から1つを選び、手に取った。
「これ、次使てみるか。……」
「はい?」
「実験台、なるか?」
「断る!」
あっさりと斬捨てられ、フェイタンは残念そうに舌打ちをした。
フィンクスはその様子を眺めていたが、やがて思いついたようにポツリと呟いた。
「……ふぅん、なるほど」
「何が!?」
には訳がわからない。
フィンクスはフェイタンに歩み寄ると、何事かを耳打ちした。
「あんまり苛めんなよ。嫌われるぞ」
には聞こえない、絶妙な小声だった。
フェイタンは咄嗟に反論しかけて、言葉に詰まった。
適切な言葉を探しているその隙に、フィンクスはさっさとその場から退散してしまった。
突然二人きりになった。
フェイタンは何やら考え込んでいるようだし、の方も出て行くタイミングを完全に逸していた。
時間が経つにつれ、沈黙が重くなっていく。
(そのまま無言で出て行くのも変だし、どうしようかなー)
どうしようか悩んでいると、ふいにフェイタンが口を開いた。
「」
「はいっ?」
「傷は、どうか?」
「え、こないだの?」
は一瞬、何のことだかわからなくて聞き返した。
フェイタンは肯定の意で、小さく頷き返す。
フェイタンが他人の事まで気にかけるとは珍しい。
明日は吹雪にでもなるんじゃないかと本気で心配になりながら、はごそごそと上着を脱いだ。
自分でも気に留めてなかったのだが、改めて傷跡を見てみた。
あれから他事に気を奪われていたから、特に手当てはしていない。
だが、未だに痛々しい痕が残ってはいるものの、傷口はもう塞がっている。
「ほら、もう痕が消えれば大丈夫」
フェイタンはに近寄ると、乱暴に腕をとった。
引っ張られて危うくコケそうになりながらも、は何とか踏ん張った。
文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけたが、思いとどまった。
フェイタンの様子がおかしい。
何処が、と言われれば答えられないが、何処となくいつもと違う気がする。
フェイタンは、の肩を……その傷口を、じっと見つめている。
「……フェイタン、どうしたの?」
何だか心配になってきた。
体の調子でも悪いのだろうか。
「……痕、残るか?」
「え」
「これ……痕、残るのか?」
フェイタンは小さく呟いた。
辛うじて二度目は聞き取れたが、フェイタンが何故それを問うのかがわからない。
は、少し考えてから答えた。
「わからないけど……多分」
「そうか」
フェイタンは特にホッとした様子でもなく、ムッとした様子でもなく、淡々と呟いた。
の頭は混乱してきた。一体何だというのだ。
の物言いたげな視線に気づいたのか、フェイタンはふいっと顔を背けた。
「別に何でもないね」
「……そ、そう。じゃあ、私行くね」
フェイタンはもうには見向きもせずに、再び読書に没頭し始めた。
は首を捻りながらも、その場から立ち去った。
心がモヤモヤしてスッキリしなかったが、これ以上不可解な言動を聞いては混乱の元だ。
今日は大人しく過ごそう、と自室に戻ったものの、本を開いても集中できなかった。
結局、ただぼんやりと、実りない一日を過ごしてしまった。
次の日、扉の前には薬瓶が置かれていた。
傍らに置かれた小さな紙片には『痕を残さず綺麗に』等と書かれていたので、自分宛の薬なのだろう。
だが、贈り主はわからなかった。
フェイタンに聞いたが、知らないと言われた。
それならば、とフィンクスにも聞いたが、笑いを堪えながら知らないと言われた。
悩みに悩んだが、薬はありがたく使わせてもらった。
確かによく効いてくれて、傷跡は綺麗に消えてしまった。けれど、一体誰から。
それからたっぷり1週間、は悶々とした日々を過ごす羽目になる。

===== あとがき ===
ほのぼの……比較的ほのぼの。
フェイタンに遊ばれました。ちょい血の表現があるので、Rにしてます。
読んでくださってありがとうございました!
(2015.8.27 山藤)