禁断遊戯
いつもと変わらない朝。
彼らにとっては比較的平穏な日々だといえる。
フェイタンは、何をするともなしに廃墟の廊下を歩いていた。
この廃墟は、言わずと知れた幻影旅団のアジトの一つ。
現在ここに居るのは、フェイタンととクロロとマチと、シャルナークだ。
他のメンバーは、思い思いの場所で好き勝手に過ごしているのだろう。
用事のある時以外では、互いに干渉することはほとんど皆無だ。
「ねぇ、フェイタン」
ふいに呼びとめられて、フェイタンは足を止めた。
見れば、が扉のところで手招きをしている。
フェイタンは向きを変え、の部屋に向かった。
特に裏があるようには見えないし、何よりヒマだった。
はフェイタンを招き入れると、パタン、と扉を閉めた。
(……コイツ、絶対また変なコト企んでるね)
フェイタンは何となく嫌な予感がした。
だるそうにを見上げる。
の方がフェイタンよりも背が高い。
フェイタンは、見上げるのは好きじゃないのだが。
「何か?」
はフェイタンとはうってかわって上機嫌で、ニコニコしている。
今度は一体なんなんだ。
は一見、とても清楚に見える。
フェイタンも、普通にの事は可愛いと思う。
世間一般的にどうなのかはわからないが、美人でもなく不美人でもない。
多分、半分の人が『可愛い』と評価するだろう。
だが、外見に似合わず性格は清々しいほどに豪快だ。
色々とウヴォーギンと競い合っているらしい、と噂では聞いている。
巨大な岩壁をどちらが早く壊せるかどうか、とか。
ある意味、至極健全な勝負事ばかりだ。
それらがあまりにも無邪気な類の勝負で、聞いていると何だか頭が痛くなってくる。
噂が本当なのか、本人に確かめたくはない。
フェイタンも、強化系は嫌いではない。
誰よりも感情が単純であるし、行動もわかりやすい。
けれど、彼女は本当に強化系なんだろうか、と思うことがある。
時々、とんでもないことを言い出すことがあるのだ。
そう、今のように。
はニッコリと微笑んだ。
その笑顔は純粋そうで、とても美しい。
だが、次に発せられた言葉は、フェイタンを固まらせるのに十分な威力を持っていた。
「首、ちょっと切ってくれない?」
「……は?」
一瞬、フェイタンは我が耳を疑った。
今、なんて?
聞き間違いではないだろうが、フェイタンは思わず聞き返していた。
首?
何故に首を?
自分を一瞬でも混乱させるとは。
はそんなフェイタンにお構いなしに、悪びれた様子も無く話を勝手に進めていく。
「本に書いてあったの。動脈から血、吹き出るのって気持ち良いらしいよ」
「……」
そういうことか。
フェイタンはの手にしている本に目をやった。
『完全●殺マニュアル』。
今はもう、販売禁止となった本だ。
は好奇心が人一倍強い。
こうなったら、もう誰もを止めることは不可能である。
聞けば単純な動機ではあるが、何故よりによって自分を選んだのか。
おそらくは『たまたま通りがかったから』。
きっと、そう答えるに違いない。
脱力しそうなので、あえて問う必要はないと判断した。
いっそ何も聞かなかったことにして、この部屋から出て行きたい。
だが、しつこくされるのも鬱陶しい。
フェイタンは嫌そうに溜め息を吐いた。
何が嬉しくて同胞の首を切り裂かねばならんのだ。というか、そんな事は自分でやってくれ。
と言いたいのを、フェイタンは奇跡的に何とか抑えた。
「だから、試してみたいなーって。フェイタン、スパって切るの得意でしょ?」
「……いいけど、別に」
「ホント? やった!」
「……」
は嬉しそうにガッツポーズを作った。
何を考えているのか、全然わからない。
理解しようと思うほうが無理だ、とフェイタンはあっさり諦めた。
呆れたようにを見上げる。
「殺しても、知らないね」
「その後すぐ念使うから」
「そうか」
は近くの椅子に座った。
フェイタンは、の背後でなく正面に立った。
の返り血を、浴びてみたい。
そう思ったからだ。
の血を見る折角のチャンスなのに、後ろに居てはよく見えないから。
どんな表情をするのだろう。
の、血に塗れた美しい姿を見てみたい。
やはりフェイタンにも、好奇心はあった。
それでなくても、の血を間近で見られる機会など、この先どれくらいあるのだろう。
フェイタンはの白い首筋に、手をやった。
頚動脈を正確に探り当て、指先を揃えて宛がう。
そして、一気に切り裂いた。
一瞬の後、真っ赤な鮮血が白い咽喉から吹き出した。
フェイタンの手が血で染まる。その血は、とても赤かった。
フェイタンの鼓動が高鳴る。
こんなにも血が綺麗だと思ったことはない。
フェイタンはの様子をじっと見つめていた。瞬きもせずに。
一瞬でも、見逃したくはなかった。
フェイタンはの表情を見た。
解放感で恍惚としたような、一種妖艶な。
美しいと思った。とても。
2,3秒後、は念を身に纏い出血を止めた。
フェイタンはたまらずに感想を求めた。
「……どうだた?」
「んー、確かに気持ちイイかも」
「そうか」
は、首に手をやった。
そしてその手を見、思わず声をあげる。
「うわー……すっごい血だねぇ」
「当たり前ね」
はぺロッと手を舐めた。
眉を顰め、鉄の味がする、と呟いた。
フェイタンは溜め息をつくと、徐にを担ぎ上げた。
そして、そのままベッドに連れていく。
「え? ちょっと、フェイタン? な、何?」
「もと気持ち良い事、教えてやるね」
「!?」
ベッドにを降ろすと、フェイタンは唇を押しつけるように重ねてきた。
困惑したままにそれを受け入れたが、唇が離れてからは慌てて胸を押した。
「……っ! い、いきなり何でっ!?」
「が悪いね」
フェイタンは動じる様子もなく、悪びれた様子もなく、さらっと言い切った。
突然そんなこと言われても、は理解できるはずもない。は眉間に皺を寄せた。
「……何で?」
「の血が……綺麗だたから」
「え?」
理由になってないんですけど、と文句の一つでも言ってやろうとしたが、フェイタンの唇で塞がれてしまった。
フェイタンはの首筋に舌を這わせた。
舌先を傷口に沿わせると、ゆっくりとなぞる。
の血の、甘い味がした。
フェイタンは満足そうに目を細めると、の顔を見た。
「今の、血に塗れてとても綺麗よ」
「……それって、誉めてんのかわかんない」
「勿論、誉めてるね」
「そうなの?」
の問いに、フェイタンは頷いた。
真面目な顔でそう言われても、正直あまり嬉しくない。
は呆れたように溜め息を吐くと、フェイタンに抱きついた。
フェイタンは、の思いがけない行動に、思わず固まった。
そのまましばらく固まっていたが、やがてぎこちなくの背中に手を回した。
「ねー、私はフェイタンの事好きだからいいけど、責任はとってね」
「も、勿論ね」
好きだ、と言われて、フェイタンは顔を赤らめた。
柄にもない、と自分でも思うが、こればっかりはどうしようもない。
さっきまでは自分の方がリードしていたのに、今や完全にのペースにハマっている。
本当に、は予測がつかない。
けれど、そんなところも気に入っている。
はニッコリ微笑むと、フェイタンの唇に自分の唇を重ね合わせた。
濃厚な、鉄の味がした。

===== あとがき ===
ほのぼの……なのかな?フェイタンと戯れる。
読んでくださってありがとうございました!
(2015.8.27 山藤)