何故、人を殺せるのかを問われることがある。
何故?
理由なんて必要なのだろうか。
この世界は弱肉強食の世界。
それが『当然』であるという認識自体が間違っているのか?
動物には何らかの天敵が存在する。
きっと、それと同じこと。
では、人の天敵は何だろうか?
まさか、自分達が頂点だ、万能だなんて思っているわけではなかろうに。
だからこそ、自分達みたいな人間がいるんだ。
我々は必然。
人の天敵は人なのだから。
その答えは、ただ生きる為に。
VS Spider
例えば。
血のぬるりとした感触とか。
流れ出る赤を綺麗だと感じることとか。
死の淵に強制的に追いやられる者の、最期の瞳の色とか。
何というか、そういうものに触れていると酷く安心する自分の心とか。
そういった事実があるのだから、フェイタンは人を殺める事に何の躊躇いもない。
弱い者は強い者に喰われる。
何て単純で素晴らしいルールなのだろう、この世界は。
他者を排除した時に、自分が生きていることを実感して安堵する。
自分は確かに在るのだと直に感じられて、それで多少はまともな心でいる事が出来る。
ただ己の欲求に従って、生きる。生きていく。
そんな刹那的な生き方は自分には驚くほどしっくりきていたし、不満などあるはずもなかった。
この不健康すぎる生活を変えよう、と思ったことなどない。
光などフェイタンには要らないのだ。
肌に馴染むのはやっぱり深い闇だけだ、とフェイタンは己を知っている。
だから、フェイタンはフェイタンなりに充実した日々を送っているのだ。誰が何と言おうと。
ある意味屈折しまくった者たちが集った『幻影旅団』は、闇を共有する者たちの集団である。
自ら闇を選び、更なる闇へと突き進んでいく者たち。
フェイタンはその一人だ。
最凶の盗賊集団、などと世間では言われているらしい。
自分に限ったことではないが、それに対して何も思うことはない。『あ、そう。』程度である。
むしろ、不特定多数のそういった畏怖の念でさえ、彼らの心には心地良い。
人の恐怖は支配しやすいから、何かと好都合である。
そんな冷徹を絵に描いたようなフェイタンだったが、少しばかり変化が訪れようとしていた。
今現在、が目の前に居る。
は自分と同じく幻影旅団の団員だ。
ただ、古参の自分とは違って彼女は途中参加ではあるのだが。
この廃墟には今、二人の他には誰もいない。
団長は用事があるらしく出て行ったし、それに同行してパクノダとコルトピも共に出て行ってしまった。
元々、ホームに居る人数は少ない。残ったのがと自分だった。
はフェイタンの部屋にやってきた。
は今まであまりそういう事をしたことがないから、フェイタンは一瞬だけ戸惑った。
けれど、別にいいか、と特に問題を感じなかったフェイタンはを入れてやって、自分は再び読書に戻った。
はそこら辺に適当に座って、持参した本を読んでいた。何のために来たのかわからない。
だが、本に集中していないことは明らかだった。
始終そわそわとしていたし、何だかいつもと様子がおかしかった。
基本的に他人に無関心なフェイタンでさえ、それに気づいたのだから。
そんなに挙動不審だとこっちも気になる。
フェイタンは読書を諦めて、本を無造作に置いた。
「」
「な、何?」
はフェイタンに名前を呼ばれると、何故か一瞬だけ表情を強張らせた。
その様子を見て取ったフェイタンは多少ムッとしながら、を軽く睨みつけた。
「……今日の、おかしいね」
「そ、そうかな……あの」
「何か用があるのか?」
フェイタンは軽い苛立ちを感じて、眉間に皺を寄せた。
はいつにも増して、煮え切らない態度をとっている。
フェイタンはそういうのが好きではない。
何でもさっさと決めて、決めたからにはさっさと行動するタイプである。
は何やら青くなったり赤くなったりしていたが、ふいにフェイタンを見据えるとゆっくり口を開いた。
「フェイタン、貴方のこと……好きなの」
「?」
一瞬、とうとう頭がやられたのかと思った。
いきなり何を言い出す?
わからない。
そんな感情は知らない。
素直にフェイタンはそう告げた。
だって、本当に解からなかったから。
ただ、の顔が酷く哀しそうに見えて、何故かドキリとした。
「……ごめん、わかってるよ。フェイタンがそういうの、わからないって事も知ってる」
「?」
はまたしても不思議な事を言う。
一体何を言いたいのだろう、とフェイタンは首を傾げた。
「ね、フェイタンって拷問好きだよね? 殺しとか」
「ああ」
「基本は、それと同じことなんだけどなぁ……」
は苦笑まじりに、小さくそう呟いた。
フェイタンはまだ何やら難しい顔をしている。
拷問や殺しを『好き』だと断言できるのに、人に対する感情としての『好き』は理解できないのか。
そんなフェイタンが何だか不器用で、だからこそフェイタンらしい、とは思う。
告白をした答えとしては微妙だが、それはそれでいい、と思う。
フェイタンが異性として自分を見ているわけではないことを実感してしまって、ちょっと寂しかったけれど。
フェイタンは自分を特別視していない。
そして、これから先もあまり発展は望めないだろう。
そう思うと少し心が安堵したのは何故なのだろうか。
自分を含んだ誰もが、フェイタンの『特別な人』にはなれない。
本人がそれを必要としていないのだから、それは仕方の無いことだ。
他の誰かに取られる心配はないのだから、とは無理矢理に前向きに考えることにした。
フェイタンの同胞という地位。その地位を得ることは難しい。
それだけで、フェイタンにある意味『特別』だと認識されているのだから十分じゃないか。
……今、彼の中で『わけのわからない存在』として新たに認定されたかもしれないが。
「ねぇ、私がフェイタンの傍にいるのは?」
「ああ……それは別にいいけど」
「よかった」
フェイタンは素直にそう答えた。
別にの事を嫌っているわけではない。
は嬉しそうに笑うと、スッと立ち上がった。
不完全燃焼気味だがとりあえず想いを伝える事はできたし、満足していた。
「じゃあね」
「ああ」
フェイタンはを引き止めるでもなく、素っ気なく返した。
は軽く手を振ると、フェイタンの部屋から去っていった。
フェイタンは一人、読書を再開するでもなく、ただ静かに考え込んでいた。
先程のの言葉を一つ一つ反芻して理解しようと努めたが、やはりわからずじまいだった。
フェイタンは釈然としない思いで扉をぼんやりと眺めた。
ただ、この時から、フェイタンのに対する認識が少しだけ変わったことは確かだった。
不思議な事を言う、ちょっと変わった奴だな、と。
だがこの時はまだ、恋など発生する兆しすらなかった。
◆ ◆ ◆
それからというもの、フェイタンの傍にがいる、という光景が多く見られるようになった。
仕事で組む事は流石に少ないのだが、以前より確実に頻度は高くなっている。
どちらかというとだった控えめだったが意外と行動的だと知り、皆も少しだけ驚いていた。
はフェイタンにあれこれ話しかけ、フェイタンが相槌を打つ。
フェイタンはというと、満更でもない様子に見えた。
のことを邪険に扱ったりはしなかった。
いつもは他人の過度の干渉を鬱陶しがるのに、どういう風の吹き回しだろうか。
「最近、と良い感じじゃねーか」
「は?」
ある日、フィンクスがフェイタンを呼び止めた。
フィンクスは周囲を窺い、が近くに居ないことを目で確認する。
抜きで会話をするのは久しぶりだった。
フェイタンは体の向きを変え、しばらく何か考え込んでいた。
「別に……が一緒に居たいて言うから、一緒に居るだけね」
「まんざらでもないんだろ?」
「何故ね」
フェイタンは怪訝そうにフィンクスを見ている。
があれだけ好意を示しているのに、当のフェイタンが気づいてないとは。
いや、もしかすると気づいているのかもしれない。
……まさかそこまで鈍くはないと思いたい。
健気だよな、とフィンクスは溜息を吐いた。今度会ったら食事でも奢ってやろう。
「嬉しそうに見えたがな、俺には」
「それはお前の目がおかしいね」
「ひでェな」
「……優しくして欲しいのか?」
「いや、それは勘弁してくれ」
フィンクスは真顔でそう断言した。
そして、フィンクスは冗談半分にポツリと漏らした。
半分、二人の後押しをしてやるような気持ちもあった。
「抱いてやればいいじゃねーか」
「……」
フェイタンは眉を顰めてフィンクスを見た。
いや、正確には睨みつけたという方が正しいか。
フィンクスはやれやれ、と肩を竦めて見せた。
も難儀な奴を好きになったものだ、と心底同情した。
よりによってフェイタンか。
まぁ人の好みをとやかく言うのも野暮だが、また難しい奴を選んだものだ。
(……だが、はっきり否定はしなかったよな)
そういえば、何でもハッキリキッパリ言うフェイタンが、断定的な事は口にしなかった。
の事が迷惑だ、とか、嫌いだ、とか…好きだ、とも言ってはいないが。
もしかすると、もしかするのかもしれない。
フィンクスはあれこれと考えを巡らせた。
フェイタンに最も近い位置にいる女はだ。それは間違いない。
そして、フェイタンがあまり器用とはいえない性格だということを思い出す。
の方も少しばかり励ましてやろうか、とフィンクスは立ち上がった。
首を傾げながら考え込んでいるフェイタンを置いて、その足での部屋に向かった。
部屋に入る前に、ドアを軽く叩く。すぐに扉は開かれた。
「よォ」
「あ、フィンクス。何?」
「ちょっと話さねーか?」
「うん、いいよ。どうぞ」
はあっさりフィンクスを招き入れた。
フィンクスは近くにあるソファーに座る。
はコーヒーを二つ淹れると、一つをフィンクスの前に置いた。
他の蜘蛛たちとは違い、の部屋は比較的女の子らしかった。
特に住む場所を重要視していないからなのだが、それでも彼女に比べれば皆の部屋は殺伐としている。
絨毯やソファーもあるし、ちゃんとしたベッドや机などもある。クッションまである。
勿論、盗ってきたものだけれど。
ここに電気は通ってないから必然的に明かりは蝋燭に頼るのだが、それも皆とは一味違う。
趣味の良いカンテラが置かれている。数も多すぎず少なすぎず。
机上には、可愛いデザインの透明なガラス容器に、色のついたキャンドルを置いて使っている。
だからなのか、の部屋は他の団員の部屋よりも明るい。
何故そんな凝った物を使っているのか、フィンクスにはあまりわからない。
疎いというか、まぁ男なんてそんなものだ。
そうフィンクスは思っているのだが、以前何気なくそれを口にしてしまい、シャルに心外だと怒られてしまった。
あれは例外だと思う事にしている。
「二人で話すのも、久しぶりだな」
「うん? あー、そうかな」
「ああ。……最近、フェイタンにべったりだな」
フィンクスがそう言うと、はハッとして少し頬を染めた。ばつが悪そうな顔になる。
「! ……そうね。あーあ、やっぱり周りから見ればバレバレ?」
「そりゃそーだろ。苦労してるな、お前」
「わかる?」
は苦笑いを浮かべた。
「フェイタンの方は知ってんのか?」
「何が?」
「お前があいつの事、好きだって」
「ああ、うん。ちゃんと一回言ったよ」
は意外にもそう答えたので、フィンクスは驚いた。
まさかもう既にフェイタンに言っていたとは、思いもしなかった。
「……マジか? で、何て?」
「……そういうのはわからない、って言われたの。けど、一緒に居るのはいい、って」
「……」
ある意味正直な奴め。
フィンクスはガクリと項垂れた。
「皆から見ても、無謀? 私が一方的過ぎる?」
「んー……どうだろうな、それは」
可能性は低いが、無いとは断言できない。
フェイタンに限ったことではないが、そういった感情に疎いところがあるのは事実。
フィンクスは、自分はまだマシな方だとは思うが。
先ほどのフェイタンの様子を考えると、はまだ見込みがある方だ…と、思う。
やはり、押すならばフェイタンの方だな、とフィンクスは考えた。
もとい、これだけ頑張っているにこれ以上押すような所はない。
あのフェイタン相手によく頑張っていると思う。
「さっき少しアイツと話した」
「えっ……それで……どう、だった?」
みるみるの表情が心配そうに曇っていく。
あれだけつきまとっているし、フェイタンに嫌がられてないか不安なのだろう。
フィンクスはの頭に手を置いて、乱暴にわしわしっと撫でた。
「否定はしなかったな、肯定もしなかったが」
「あ、良かった」
は心底ホッとしたようだ。
そこで心から「良かった」と言える彼女がいじらしい。
「それでまぁ……ちょっとお前と話したくなってな」
「あはは、心配してくれてるのね。ありがとう」
「いや……」
は彼の気遣いが嬉しかったので素直に礼を言った。
フィンクスはバツの悪そうな顔をすると、照れ隠しに頭を掻いた。
そしてふと、真剣な顔になる。
「で、どうするよ。俺が口を挟むことじゃねーけど」
「うーん……今は現状維持かなぁ。これ以上はどうすることもできないし」
多分、の方から『抱いてくれ』と言えば、素直に抱いてくれるだろう。
時折、言ってみようかなと思うこともある。
だが同時に、そんな事をしても何もならないと思う。
体の関係を結んだとしても、それはけして前に進んだわけではないのだ。
でももしかすると、進むかもしれない。
フェイタンが認識を改めてくれるかどうかがポイントになるのだが。
十中八九、それでもきっとフェイタンは変わらない。
だから、そんな希望的観測に縋るわけにはいかない。
それでもし何も変わらなければ……恐らく、自分の心は凍ってしまう。
ならばいっそ、今のままで良い。
そんな危ない橋を渡る気は毛頭ない。
「……いっそ、誰かに乗り換えたらどうだ?」
「フェイタンが好きなんだもの」
はきっぱりと言い放った。
その意思の強い瞳を見て、フィンクスは感心した。同じ流星街出身だというのに、この違いは何だろう。
自分の感情に真っ直ぐなを、いっそ羨ましく思う。
誰かの事を、こんなにも真剣に好きになれるが。
恐らく自分も、のようにはいかないだろう。
仲間として大事だと思う感情は皆にあると思うが、のそれとは違う。
思えばフィンクス自身、異性と付き合ったことはあるが、本気で愛したことは一度も無い。
多分、本気で愛されたこともない。そういう相手を選んできたから。
精神的に必要とはしていなかったな、とフィンクスは当時を思い起こす。
そしてふと、がフィンクスの視界に入った。
……ならば、本気になれるのだろか?
フィンクスは自分の考えを打ち消すように、軽く頭を振った。
何を馬鹿なことを。
の心はフェイタンに向いているというのに。
「けどよ、押して駄目なら……って言うじゃねーか」
「あ、それもそうか……」
は首を捻りながら考え込んでいる。
だがフェイタンの場合、こちらが引いたらどんどん引いていくような気がしないでもない。
フィンクスもしばらく考えてから、口を開いた。一つの案を思いついたのだ。
「誰かと付き合って、アイツの反応見てみるとか」
「んー、でも相手がねぇ」
「おい。俺が居るだろーが」
ナチュラルに除外されているのか、俺は。
何故だかわからないが、フィンクスは妙に凹んだ。
はフィンクスの申し出に驚いたのか、目を見開いた。
「フィンクスが?」
「不満でもあるのか?」
「ううん、ない。けどそんなの、フィンクスに失礼じゃない。駄目だよ」
「……お前、俺に気ィ使ってどーすんだ」
「だって」
それでもは渋っている。
フィンクスは、不満はないと言われてちょっぴり安心していた。
やっぱりは変な思考回路をしてるな、とつくづく感じる。
だからこそ、結構気に入ってたりするのだが。
「はぁ……報われねェな、お前も」
「報われたいから好きになったんじゃないもの」
「はは、それもそうか。んじゃな」
フィンクスは立ち上がるとドアに向かった。
途中一度だけ立ち止まり、くるりと振り返った。
「なァ、アイツに飽きたら俺のトコ来いよ」
「……気が向いたらね。ありがと。」
色んな意味を込めて。
話をして、少しだけ気持ちが軽くなったような気がする。
ヒラヒラと手を振ると、フィンクスは去っていった。
入れ替わりにフェイタンが入ってきた。
何やらいつにも増して苦い顔をしているように見える。
突然のことで、の心臓は飛び跳ねた。
「え、あ、フェイタン? どうかした?」
フェイタンは無言で歩を進めると、フィンクスの居た場所に腰を下ろした。
はフィンクスに出したカップを下げようと手を伸ばした。
と、いきなりその手を掴まれた。
またもや、の心臓が音を立てた。
はどうしていいのかわからず、ただ固まっていた。どんどん顔が紅潮してくるのを感じる。
ドキドキしながらフェイタンの方をちらりと盗み見ると、とんでもなく険しい顔をしている。
しばらくそのままの状態が続いたが、ふいにフェイタンが酷く不機嫌そうに呟いた。
「……何を話してたか?」
「え。……フィンクスと?」
フェイタンは軽く頷いた。
は一瞬、正直に話すべきかどうか迷った。
「えーと……」
「さきの話、聞いてたね」
「え」
聞いてたんならわざわざ聞くな。とは突っ込まなかった。
そのまま何か話が続くのかと思いきや、それきりフェイタンは何も言わなかった。
(ち、沈黙が重い……!)
とりあえず気持ちを落ち着けるべく、は深呼吸をした。
なるべく、まだ掴まれたままの手のことは考えないように。
腰を屈めている妙な体勢なので、とりあえずも近くに座った。
それでもまだ、フェイタンは手を放してはくれない。
「……うん、心配してくれたみたい」
「アイツに心配されるような事、ないね」
「うん……そうだね」
は素直に頷いた。
まるで恋人であるかのように言うんだね、と心中は複雑ではあったが。
それを見て、フェイタンはますます苛立った。
の想いに応えてはやれない。
その事はもう、骨身に沁みているだろうに。なのに、何故の心は変わらない?
フェイタンにはそれが不思議で仕方が無い。
いっそ、痛めつけてやろうかとも考えた。
痛めつけて、自分のことなど嫌いになればいい、と。
二度と自分を好きだなんて言い出さなくなるように。
その方が楽だ。
と居るのは嫌いじゃないが、どうも調子が狂う。
こんな自分は知らない。
もしかすると、が自分の天敵ではないのだろうか、と思える程に。
何でこんなにイライラしているのだろうか。
自分でも訳の解からぬ所で、だからこそ尚更イライラする。
これは何なのだ、一体。
何に怒っているのか、自分でもよくわからない。
フェイタンはじっくりと原因を考えてみることにした。
が変わらず、自分を好きだと言い張っている事か? いや、違う。それは違う……と思う。
では、フィンクスが間に割って入った事か?
……。
フィンクスに警戒しておかねばならない、と話を盗み聞きながら無意識に感じていた。
何故、そんな風に思ったのだろう。
フィンクスは古参で実力も確かで……蜘蛛の中では、フェイタンともかなり親しい方だ。
そんなフィンクスの事を、こういう風に思ったのは初めてだった。
彼の最後の台詞が、まだ耳に残っている。
『アイツに飽きたら俺のトコ来いよ』
思い出しても腹が立つ。何を勝手な、と。
が他の誰かの物になるなど、想像した事もなかった。
だが、このままではいずれそうなるだろう。
自分がこのままを好きになることがなければ、は諦めて別の誰かを同じように好きになるのだろうか。
それはない、と思いたかった。
まるで、飽きた玩具でも他人に横取りされるのは嫌がる子供のように。
「……フェイタン?」
が、ずっと黙りこくっているフェイタンを心配そうに見つめている。
フェイタンは、じっとを見つめ返した。
が好きになるのは、何も自分でなくても良いような気がする。
もっと別の……そう、の事を愛してくれるような男を好きになった方がいいのではないか。
その方がと思いながらも、それとは逆にやり切れないような想いも僅かに感じる。
フェイタンは、二つの相反する気持ちの間で揺れ動いていた。
そしてもう一つ、フィンクスに言われたことを思い出した。
に手を出してやれ、と。
今、に手を出そうという気にはならない。
考えてみればそれも不思議なことだった。
今までは適当な相手を選び、特に何も考えずに抱いていたが。
相手が今までと違うからだ、という事にフェイタンは気づかない。
ある意味、を大事にしているのだ、という事にも。
フェイタンはから眼を逸らした。
「……応えてやれなくて、すまないね」
は何も言わず、ゆっくり顔を横に振った。
「けど……抱いてやることは、できるよ」
フェイタンはそう言うと、ゆるりと立ち上がった。
そのまま、ゆっくりとをソファーに押し倒す。
は抵抗しなかった。
少しだけ嬉しそうに微笑んだのは、見間違いだろうか。
いっそ抗ってくれた方が、少しは救われたのに。
フェイタンにしては優しかった。
なるべく慎重に、丁寧に……壊れ物のようにを扱った。
それ以上は進んではいけない。
これからも、変わらずに蜘蛛であるために。
そうフェイタンの頭は危険信号を発していたが、無視した。
そんな事はもう、どうでもよかった。
手つきだけは酷く優しかったが、フェイタンの心には炎が生まれ始めていた。
は誰にもやれない。
何度も抱き続けてそんな確信が得られたのは、もう薄っすら朝日が昇り始めた頃だった。
「…………を誰にやるつもりもないね」
ポツリと、口に出して言ってみる。
口に出すと、何だかくすぐったいような気もする。
は流石に疲れ果てたらしく、今はフェイタンの腕の中で眠りについている。
フェイタンはの髪を撫でた。
髪がサラサラと指から零れ落ちていくのが心地良い。
ああ、これがの言っていた『好き』ということなのかもしれない。
今ようやく意味が飲み込めたような気がして、フェイタンは嬉しくなった。
ここまで辿り着くのにだいぶ時間がかかってしまったが、彼女が目を覚ましたら話をしよう。
フェイタンは僅かに微笑んだ。
自分は変わってしまった。けれど、これで良い。
これからも蜘蛛であり続けることが、自分にできないはずがない。
やっぱり、は自分の天敵だったのだな、とフェイタンはしみじみと感じた。
変化をもたらす者。
蜘蛛でありながら、蜘蛛の天敵のような。
それが良い変化か悪い変化かは、本人の気持ち次第だろう。
そして、その結果は最期になってわかる筈。
今、色々な迷いが晴れて、いっそ清々しく感じる。
フェイタンはの寝顔を眺めた。
フィンクスには悪いが、もう二人の間に割って入る隙はない。
まずは、朝になったらに何と言おう。
初めて肌に触れる人の体温を心地良いと感じながら、フェイタンはゆっくりと考え始めた。

===== あとがき ===
ちょっとシリアス入りつつ、ほのぼのでした。
読んでくださってありがとうございました!
(2015.8.27 山藤)