――ここはどこだ。
周囲は暗闇に包まれ、何もない空間にフェイタンは立っていた。
何も見えない。何も音がしない。ただ深い闇だけがある。
「フェイタン……」
「!」
フェイタンは弾かれたように顔をあげた。
何処からか、のか細い声が聞こえる。
周囲を注意深く見回すと、倒れているを見つけた。
血だまりの中、青ざめたがフェイタンに向かって手を伸ばしている。
の体は、じわじわと闇に蝕まれ呑みこまれていく。
「……!」
慌てて手を伸ばしたところで、フェイタンは目を覚ました。
夢だったことに安堵したが、妙な汗をかいていることに気がついた。なんて嫌な夢を。心臓に悪い。
(が……)
本当にただの夢か。何かの予兆ではないのか。
彼女は今、無事なのか。
馬鹿げたことを、と冷静に己を諭す自分がいる。しかし、芽生えた不安が拭えない。
――うだうだ悩んでいても仕方がない。
フェイタンは立ち上がると、の部屋へ急いだ。早く彼女の顔が見たかった。
「?」
扉をノックしても声をかけても、中から返答はない。
それもそのはず、今は深夜だ。きっと彼女は眠っているのだろう。
しかし、そんなことではフェイタンは引き下がらなかった。
ドアノブに手をかける――と、部屋のドアは開いていた。音を立てずに忍びこむ。
ベッドには、ちゃんとの姿があった。
気配を消して近寄り、様子を探ると――すやすやと気持ち良さそうに眠っている。ちゃんと息をしている。
「……」
無事だったか。
我ながら馬鹿なことをしているとは思うが、確かめずには居られなかった。
ふ、と小さく安堵の息を吐く。
その空気の揺らぎで、は気がついたらしい。
ゆっくりとその目が開かれ、フェイタンをぼうっと見上げてくる。
「……ん? ……フェイタン?」
本人に来訪がばれてしまったからには、もう取り繕っても仕方がない。
フェイタンは絶を解くと、ベッドに腰を下ろした。
は身を起こそうとしていたが、フェイタンはやんわりと止める。
「お前は寝ていれば良いね」
「でも……んー、起きるよ……」
自分でも驚くほど、声が優しい。
幸いにはその異変に気づかれていないようで、フェイタンはホッとした。
「まだ夜かあ……どうしたの、フェイタン?」
「……何でも」
眠たさもあるのか、は柔らかく笑いかけてくる。なんて無防備なのだろう。
今すぐ襲われてもおかしくないのに、どうしてこうもは防御が甘いのか。安堵と苛立ちが入り混じり、気持ちは複雑だ。
結局、伸びをしながらは起き上がった。
枕元にあるテーブルランプのスイッチをつけると、周囲は薄っすらと明るくなる。
「珈琲いれるから、飲も?」
「……ああ」
が珈琲をいれているその後ろ姿を、じっと眺める。
一人で勝手に心配しているのが馬鹿らしくなるぐらい、呑気な後ろ姿だ。彼女は、隙がありすぎるのではないか。
団員同士の本気の殺し合いはご法度だ。
しかし、たまにはルールを破っても良いのではないか。
動けなくして人目につかない場所に隠してしまえば、は守られる。一方的に守ることはできる。
そんな暗い考えが、フェイタンの頭を過ぎる。
(……隠すか)
誰も見つけられない場所に。
厳重な罠や護りを配した本格的な拠点を作るのも、悪くない考えのように思えた。
「できた。おまたせー」
明るい声で、フェイタンは我に返った。
がカップを手にして戻ってくる。
芽生えた思いは、無理矢理に片隅に追いやることにする。今はまだ。
「はい」
「……」
カップを渡し、はフェイタンの隣に座った。ベッドのスプリングが軋む。
は珈琲を一口飲むと、フェイタンの横顔を盗み見た。
あまり部屋が明るくないので確証はないが、どことなく彼の顔色が悪い気がして、どうにも気にかかる。
「フェイタン?」
フェイタンは何か深く考え込んでいるようで、反応は薄い。
何かろくでもない事を考えてそうな気がするなあ、とは察した。フェイタンの纏う雰囲気が何だか怖い。
また珈琲を一口飲んで、は気持ちを落ちつけた。
寝起きで鈍いからか、いくらか素直な気持ちになっていた。今なら、ちゃんと言える気がする。
「ね、フェイタン」
「……何ね」
やっと反応してくれた。
距離が近いから互いの体温が少し伝わって、ほんのりと温かいのが嬉しい。
良い雰囲気だと無理矢理思いこむことにして、は口を開いた。
「今度一緒に、ご飯いこうよ。今度はふたりで」
「……二人で?」
「うん。前に助けてもらったお礼もしてないし」
フェイタンは何も言わない。だが、尖った雰囲気はない。
ただ、じっとを見つめている気配はしていて――見られていると思うと、照れる。
カップからゆらりと湯気が立ち上り、緩慢に溶けていく。
(おいしい)
これくらいの軽い時間が、もっと欲しいなと思った。
特別なことじゃなくても、今のには十分だ。
しかし――何故フェイタンは今、の部屋に来たのだろう。何も言わず、ただ隣に座っているなんて。
(……お誘い的な? いやいや、まさかそんな)
意味のない行動はとらない筈だけれど――ふと、どんな顔をしているのだろうか気になった。
フェイタンに視線を向けると、ばっちり目が合ってしまった。
フェイタンの目は真剣そのもので、の胸は不意に高鳴る。
「皆には見つからないようにしないとね。もう、皆してからかって。フェイタンも落ちつかなかったでしょ? ごめんね」
は苦笑を浮かべた。全く、皆して。
あれはいけなかった――完全にペースが狂わされた。
だがしかし、良いきっかけにはなったようにも思う。今はまだ、感謝する気にはなれないけれど。
「……ちゃんと話もできなかったから」
フェイタンと話がしたかった。
多分、お互いに知らない事が多すぎる。この胸の高鳴りの意味も、まだ芽生えたばかりだから。
はカップを床に置いた。
「だから、仕切り直そう。ちゃんと二人で行きたい」
確かなことは、フェイタンとは変にこじれたりしたくない、という事。
ちゃんと手順を踏んでステップアップしていけば、もしかしたら上手くいくのではないか。それがどんな形であれ。
の心には、そんな淡い希望があった。
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よし、うまく言えたとが満足している時。
フェイタンはというと、の言葉をじっくり反芻していた。
(……二人で?)
邪魔されずに、ということか。確かにあいつらは少々鬱陶しかったな、とフェイタンも思う。
彼女の表情と言動からして――二人でということは、つまり。
――なるほど、彼女は自分のことが好きらしい。
「」
「え」
誘われているのだな、と理解したフェイタンは、徐にを押し倒した。の目が驚きで見開かれる。
「ちょ、ちょっと待って、あの」
「嫌か?」
は顔を赤くしながら、ぐいぐいとフェイタンを押し返してくる。
なぜ彼女は焦っているのだろう。
今のはからの誘いだろう、とフェイタンは汲んだのに。
これで手を出さない方が男としてどうかと思ったのだが。
こうして真上から眺めるのも悪くないな、とフェイタンは思った。
す、との服の内側に手を滑らせる。の体がビクリと跳ねた。
「い、嫌ではないけど!
その、ええと、まだ早い!」
「……そうか?」
フェイタンは侵略する手を止めると、首を傾げた。
そういうものだろうか。
遅かれ早かれ結果がこうなるのなら、変わらないようにも思うのだけれど。
それに――本気で振りほどこうとしていない事ぐらい、フェイタンにもわかる。
彼女に好きだ(要約)と言わせてしまったのだから、行動くらいはこちらから仕掛けないとな、とも。
「嫌ではないなら、しても……」
「い、今はダメ!」
「」
「だっ……ダメだってば……」
口では駄目だと抵抗するが、強い拒絶ではない。
慌てている彼女は可愛らしく、フェイタンの口元は緩む。
今、強烈に彼女が欲しくなった。
「?」
「……!」
本当に手を引いていいのか、と意味を含ませて。
耳元でねだるように囁くと、はいよいよ赤くなった。なかなか嗜虐心をそそられる。
「ワタシは今、が欲しいね」
「フェイタン……あの……」
「くれるか?」
そっと頬に手を伸ばし、の柔らかい唇をゆっくりとなぞる。あくまで優しく。
は目を逸らせず、ただぼうっとフェイタンを見つめている。
愛らしいと思うと同時に、胸の内には破壊衝動が湧きあがる。いっそこのまま、彼女を壊してしまおうか。
しかし、この手に落ちてきてくれるのなら。
密着しているせいか、彼女の揺らぎが手に取るようにわかる。フェイタンはを辛抱強く待った。
「あ、あげてもいいけど、その……こういうのって……」
「抵抗が?」
往生際が悪いことだ、とフェイタンはの髪に指を絡ませた。
もじもじしている彼女の言葉を引き取ってやると、は小さく頷いた。
「ある」
「そうか。……では」
少し考えて、フェイタンはの上からどくことにした。
この場面、どう見てもフェイタンが優勢だ。とフェイタンでは力に差がある。
このまま無理強いしても良いが、体だけ手に入れるのもつまらない。自ら落ちてきて貰わねば意味がない。
フェイタンが退いたことで、やっとは緊張を解いた。
はあ、とが安堵の息を吐くのが聞こえる。
安心するにはまだ早い、とフェイタンは密かに嗤う。
ゆっくり身を起こしたの肩をフェイタンは素早く引き寄せると、唇を合わせた。柔らかな感触と、珈琲の香りがした。
不意打ちをくらい面食らっているを尻目に、フェイタンは今度こそ立ち上がった。
「……また今度ね」
聞こえるか聞こえないかの声で言い残すと、フェイタンはの部屋を後にした。
まだ混乱している様子だが、好きなだけ悩むと良い。少しだけなら猶予はあげよう。
これでも抑えた方だ。感謝して欲しい。
ようやく手に入れたいものができた、と楽しみを見つけた充足感が胸にはあった。
思わぬ発見もあるものだな、とフェイタンの足取りは軽かった。
一方のは、未だ混乱から立ち直れずにいた。
頭の中はまさしく白一色で。
それから一睡もできずに夜明けを迎える羽目になった。
[stage2 / 了]
===== あとがき ===
ステージ2終了、ほのぼの?と攻め込まれ中。
ステージ2が、今回まるっと追加した部分ですね。ちょっと関係を進めたくなり。
ではでは、読んでくださってありがとうございました!
(2022.8.13 山藤)